第二章 魔術競技大会編

第54話プロローグ~ある朝のこと~

 「駄目だ。そうじゃない。もっと腰を入れるんだ。こう、ズッと構えて、パッと押し出す感じだ。・・・わかるよな?」


 独特な方法で技を教えようとする男。ヒラリと布一枚を被せたような朱色の軽装は、右肩から半身をはだけさせ、隆起した筋肉を覗かせる。左肩から巻かれた帯には繊細な模様が刻まれており、荘厳な腰に巻かれたベルト一つで服を留めているような、そんな簡素な格好だ。

 浅黒く焼けた巨躯な肉体と灰色の獣のような髪、ドワーフの中でも戦士として生まれた男の名は、ディギン・ロンドミル。勇者一行の一人で、最強の武闘家だ。そして、武闘家と同時に修行僧でもあった彼の開放的な服装は、その大らかな性格を表しているようだった。

 今、ディギンは自分の武術の手解きをしている最中だった。


 (この夢・・。いや、記憶なのか・・。それにしても、何か違和感があるのは、気のせいだろうか・・。)


 アオはディギンとその目の前の男を、頭上から見下ろすような、そんな夢を見ていた。

 彼の動きは繊細なのに大胆で、それでもってしなやかで型に填らない自由の体現であった。

 ディギンは、目の前の男に対して必死に身振り手振りで教えようとするも、実践派で独創的なディギンの指導はなかなか伝わらないようだった。

 男は首をかしげる。


 「・・・それで教えてるつもりですか・・。感覚的すぎますよあなたの教え方は。もっと、わかりやすく教えてください。」


 「しかし、俺は誰かに教わったことがないからな・・・。んー、信じてもらえないだろうが、おまえは筋がいい・・・。だからこそ、細かい所で惜しいのだ!・・・・うーん、もっといい言葉はないだろうか・・。」


 悔しそうに手をこまねくディギン。伝えたいのに言葉が出ないジレンマに襲われていた。そして、そんなディギンの言葉を微塵も信じていない様子で、辟易とする男。

 そんな噛み合わない空気感に痺れを切らしたように言葉を吐き出す。


 「まあ、結局武術の本質はだな!それは―」


 目の前が白く光る。ディギンの最後の言葉を聞けぬまま夢から遠のいていく。

 そして、白く美しい景色の中に意識が溶け込んだ。


 フッと目が開く。既に見慣れた天井に、アオはため息を吐く。

 

 (・・・いいところで目覚めてしまった。武術の真髄とは一体何だろうか・・気になる。)


 記憶は鮮明なのも相まって、最後の言葉が気になる様子だった。

 カーテンを開ける。朝陽が地平から顔を出そうとしていた、一日の始まりを告げた。


 ※※※※※※※※※


 早朝の第1演習場。ここでの修練は二人の日課になりつつあった。とは言っても、未だにお互いそれぞれ鍛練を重ねるような、ぎこちない日々であった。

 しかしそれでも、お互いに近づきつつある心の距離は感じ取っていた。


 アオは、夢で見た記憶の欠片を元に、ディギンの体術、ホロの練度を高めると同時に、自身の得意とする防御の神聖術式「蒼白竜鱗ドラゴエクスド」の向上。今現在できうるアオの技術の総合的な進化が、この隠れた特訓の主題となっていた。

 アオはいつものように拳を振るう。目の前の案山子への連続攻撃。流麗で研ぎ澄まされた動きであってもアオは満足のいかない顔をしていた。


 (まだだ、まだムラが多い。彼の、ディギンの動きはこんな雑ではなかった。自由の中にも揺るぎない芯があった。こんなんじゃダメだ・・。こんなんじゃ――!!)


 ドゴン!!――案山子が無造作に鞭打たれる。数回反復して元の位置に顔が戻った。


 (・・・アリスは守れないぞ・・)


 アオの記憶の男の動きは完全にマネできるものではない。それでも、頂きを目指す。アリスを守るためには譲れないものだった。


 一息ついて、ベンチで座る二人。拳一個分までは距離感が縮まっていた。ふとアオの目線がアリスの腰に向かう。正確にはアリスの腰に携えた剣だ。なぜだかアオの興味は常に向いていた。いや、第六感というべきか。とにかくその剣が無性に気になっていたのだ。


 「ん?どうかしたの?・・・もしかして、私汗臭かった・・・?」


 「え、あ、その、アリスはいつもいい香りがします!例えるなら、野に咲く花、昼下がりの陽光、風に舞う蝶のようです!!」


 「え!?あ・・・そう・・なんだ・・。」


 アオはその反応で我に返る。流石のアオでも言葉のチョイスを完全に誤ったことを理解した。しかし、放った言葉は取り消せない。拳三個分まで距離が開いた。

 咳ばらいを一ついれると、耳を赤く染めながら本題に入る。


 「えー、気を取り直しまして・・。私はアリスの剣を見ていました。もしよろしければ、その剣を抜いて見せてはくれませんか?」


 「あ、そうだったんだ。ふふふっ・・よかった・・・。いいよ、でも・・がっかりしないでね・・」


 がっかり、という言葉の意味はアオにはよくわからなかった。聖剣を近くで見たいという興味本位のつもりだったが、アリスには聖剣を見せることには何かしらの意味があったのかもしれない。

 アリスは腰の白く黄金の模様が散りばめられた鞘に手を当てると、右手で聖剣を抜いた。

 

 アリスは剣を天高く掲げた。

 蒼く美しい剣身は太陽の光が反射して、煌々と輝いていた。剣の良し悪しが分からない者でも感じ取れるほどの波動。業物の放つ覇気のようなものが肌を刺した。

 すると、アオの目にパシッと黒く弾ける光が映る。


 (気のせいか・・。今神聖力が弾けたように見えたが・・・。)


 それが何か、一瞬の光でわからなかった。

 アリスは、剣身を反対の手で持つと、膝上に聖剣を置いた。

 

 「これが、洸陽の剣クラウソラス。ローズレイン家が代々受け継いできた聖剣の一振り。・・・本当ならね、持ち手を認めた聖剣は自ら蒼く透き通るような光を放つと言われてるけど・・・。私は未熟者だから、そこまで認めてもらえないみたい・・。」


 「アリス・・・。」


 言葉が出ない。こんな時気の利いた言葉の一つも出ればと、いつもアオは自分の無力を嘆くばかりだ。

 しかし、アリスは俯かない。むしろ以前にも増して前向きに笑っている。


 「でもね、私諦めないよ!いつか、認めてもらえるように、絶対あきらめない!」


 そう言うとアリスは拳を前に掲げて燃えていた。

 アリスは諦めていない。アオの知るずっと前からそれは変わらないことだった。

 アオはその姿を見てそっと微笑んだ。


 「そろそろ、上がろうか。」


 アリスの言葉に頷くと二人は演習場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生した蒼竜は世界の果てで少女と唄う 松洋(しょうよう) @shoyo0425

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ