第53話幕間~これまでと、これからと~part3

 「はあ・・・。」


 学園の正門から王都の南へ続く坂を、背中を丸めて、すっかり気落ちした様子で歩くアオ。

 昼下がりで、街は賑わいを見せているというのに一人テンションが逆行していた。

 

 「どうしてこうなってしまったのか・。」


 アオは後悔を吐露するように、昨日の情景を思い出していた。それは、理事長から報奨金を受け取る話をした後、急ぎアリスの元へと景気の良いステップで向かった時のことだった。


 アオのテンションは頂点にまで跳ね上がっていた。逸る足が地面を踏み出すと、空を駆けるように軽やかに舞う。アオの向かう先は一つだった。アリスは、休日でも剣の鍛練を怠らない。であれば、今も演習場に居るに違いない。

 アオは、急いで第1演習場へと向かった。途中、更衣室に駆け込む。各演習場に更衣室は設置されており、どの場所にも競技服などは完備されていた。

 アオは、例のピッチりとした競技服に着替え終えると、演習場に足を踏み入れた。しっかりと、新しいタオルを携えて。

 これより先は、こっそりと忍び寄ったことはあったものの、堂々と行くのは初めてだった。傍らからそっと見守るのも悪くはないと思いつつも、アリスと共に汗を流すことをずっと夢見ていた。

 アオは胸が飛び出るほどに楽しみな感情を湧きたてていた。


 日はすっかり昇り、昼間に差し掛かる時間帯。アリスはいつものように剣を振るっていた。春とはいえ、5月も終盤を迎えたこの頃の陽光は、少し肌にチリっと照りつかせる。

 アリスは額の汗を手で拭うと、ふと後ろからの足音に気づき振り返る。

 アオだ。昨日振りになるのだが、なんだか久しぶりの再会のようにドキドキと胸が鳴る。

 アリスの緊張する空気が伝わったのか、アオの顔も少し高揚としていた。


 「ア、アオ、来てくれたんだ・・。その、昨日は、ありがとう・・。こ、これからも、よ、よろしくね!」


 「は、はい。私の方こそよろしくお願いします。・・その、よかったらこれ使ってください。」


 アオはタオルを差し出す。アリスは快くそれを受け取ると、二人でベンチに腰かけた。

 タオルに顔をうずめると、アリスはにやけた表情を戻すために暫く顔を押し付けていた。

 アオは、ドギマギとしながら、アリスとは少し間を空けて座る。アリスの横顔をちらりと伺う。透き通るような肌と、鮮やかな黄金の髪。全てがアオの心臓を躍らせるほどに魅惑的に映った。

 心を通じ合わせたはずの二人だったが、まだぎこちない様子であった。しかし、居心地が悪いといった感じでもない空気が二人の間には流れていた。少し間のある二人の距離が縮まる日もそう遠くはないだろうことが伺えた。

 もじもじとしながら、アオは口を開く。


 「あ、あの、アリスはもう今日の鍛練は終わりますか?」


 「え、いや、まだ少しやっていこうかなって・・。」


 「そ、そうですか。では、私もお供してよろしいでしょうか、アリス・・。」


 「う、うん!その、アオが良ければ、一緒に・・・へへへ。」


 アリスの言葉を聞いて、パッと花を咲かせるように笑顔を浮かべるアオ。そんな、嬉しそうな顔を見てアリスの表情も柔らかくなった。

 アオはふっと、立ち上がると、一点を指さした。それは、少し離れた場所に設置してあった、疑似対人戦闘用の案山子だ。


 「では、私はあそこで体を動かしてきますので、アリスが終わる時間になったら声をかけてください!」


 「う、うん、わかった・・・。」

 (あ、あれ?私の剣を見てくれたり、模擬戦をするものだと思ってたけど・・・まあ、いっか。なんか・・楽しいな)


 アリスは想像とは違う共同修練になったが、近くで自分と一緒に汗を流してくれる人がいることに今までの孤独な鍛練とは違う、暖かさのようなものが心に染み渡るのを感じた。

 アオは、案山子の前に立つ。アリスと話せたことに初心な少年のように胸を高鳴らせていた。顔から火が出るように熱い。顔を抑えつつ、息を整える。


 (はあ、アリス可愛すぎますよ。どうしよう、直視できない・・。ほんとは、模擬戦や近くでアリスの剣術を見守るつもりでしたが、どうも今は無理そうだ・・。とりあえず、今は背中越しにアリスを感じよう、うんそうしよう。)


 アオは若干歪んだアリスへの想いを胸に、拳を前に構えた。

 スッと集中力を高める。目の前の案山子を敵と見なした。浮かんだ幻影は、やはり風撃のガリオだった。

 あの時圧倒出来たのは、偶然だったとアオは思っていた。不可視の風刃をもし見抜けなければ、やられていたのではないか。大嵐の一撃は、後ろにアリスが居たからこその火事場で防ぐことができたと言えなくもない。

 そんな、反省点を頭に思い浮かべながら、新たな強敵に対応できるように拳を振るう。

 

 アリスは自分の修練をそっちのけで、アオの洗練された動きに見入っていた。

 案山子に繰り出される、掌底、正拳突き、肘打ち、平手、手刀、上段蹴り、両手打ち。全ての動きが途切れなく流動的に打ち込まれていく。身体に一切の負荷がかかっていないように軽やかな身のこなしは、見る者を魅了した。

 

 (すごい・・。倉庫の中では暗くさと、あまりの速さで見えなかったけど、目の当たりにするとわかる。超人的な武術とそれを支える身体強化の練度。全てが洗練された武の極致。・・・私の剣術もいつか、あそこまで・・。)


 トドメの裏拳を顔にぶつけると、アオの動きが一旦止まる。息を一気に吐き出すと、心臓を再稼働させたように空気を吸い込んだ。

 呼吸を整えていると、ふと後ろの視線に気づき振り返る。アリスが口を開けて見ていた。

 ハッと見つめていたことがバレて、慌てふためいた動きをした後、アリスは後ろを向いて剣を振り回す。

 アオは首をかしげる。よくわからないが、気を取り直して案山子に構え直した。


 アリスは心臓が口から出そうになるのを抑えるように呼吸を整える。

 剣を振るうも、型がぐちゃぐちゃになっていた。


 (びっくりしたぁ・・。バレたかな、バレたよね?口開けてた恥ずかしい!・・・でも、あんな綺麗な動き私も出来るようになりたい・・・。よーし、頑張るぞ!)


 心を新たに、アリスも剣を振る。

 アオとアリス、二人それぞれに鍛練をしていて微妙な距離感ではあったが、それでも一歩前進できた一日となった。

 

 「そろそろ終わろう、アオ。」


 アリスの一言で、二人はお互いの修練を終えた。更衣室で着替え終わると、二人は制服姿で並んで演習場を後にした。

 正門まで行くと、アオの緊張感が高まる。遂に目的のデートのお誘いをする時が来た。

 鼓動が耳の中を響かせる。呼吸が荒く、顔は紅く染めた。

 アオが突然止まると、アリスは何事かと振り向いた。


 「アオ・・?」


 「アリス!・・・その、今回の件で、報奨金を受け取ってしまいまして・・・、そ、それで良かったら今度二人で食事でも――」


 アオの渾身の言葉を遮るように明後日の方向から声が飛んできた。


 「おーい、アリスー、アオー!何してんだこんなとこでー?」

 

 声の主はベルベットだった。いつもの制服とは違い、使い古されたレーザーアーマーと薄茶色のマントを振るわせるワイルドなスタイルは、彼女の風貌や性格に非常にマッチしていた。

 それと追随するように、肩をだらりと落とし、すでに意気消沈した様子のアサギがいた。

 アサギもナチュラルな恰好をしていて、普段の制服と違って、動きやすさに特化した薄手の服装とマントを身に付けていた。


 「ベル!逆に、何してたの?なんか、アサギがしおれてるけど・・・。」


 「ああ、ちょっと、ギルドの仕事片付けてきたんだけどよぉ。人でが足りないからこいつ連れて行ったら、すーぐへたばるもんだから、情けねえ奴だよなぁ。」

 「て、てめえ・・・。手伝ってやった相手に対してその態度はどうなってんだ・・。はあ、ダメだ、疲れて声を出すのもめんどくせえ・・。」


 「そ、それは、ご愁傷様ぁ・・。」

 

 アリスは同情ともとれる微妙な笑いを浮かべる。

 アサギは口を動かすのも億劫なほどに体力を消耗していた。身体というよりは精神の摩耗だろうか、ベルベットと何をしたのか見当もつかないが、いつもの砕けた表情と軽口を吐くアサギはどこにもいなかった。

  

 「それで、おまえらは二人で何してたんだよ?」


 「あ、それは、アオが私の修練に付き合ってくれて・・。その帰りだったの。・・・そういえば、さっき報奨金がどうとかって、あれって・・・。」

 「あ、アリス!それは、その・・・・。」


 『報奨金?』


 アリスが首をかしげる。アオが慌てるように身振り手振りしていたからだ。

 アオの顔に大粒の汗がタラリと落ちる。報奨金などという単語一つで全てを見透かされたに違いない。そんな、不安が過ると、案の定ベルベットと、先ほどまで気力の欠片もなかった様子のアサギが声を合わせて反応した。


 二人は顔を合わせると、いつも通り示し合わせたかのような悪魔的笑みを浮かべた。


 「ほほーう、アオー、なんだなんだ、昨日の活躍で報奨金もらえたってかぁ?さぞ、懐が厚くなってるんだろうなあ。なあ、ベルベットそう思うだろ~?」

 「あー、これは相当儲かってるなぁ・・。まさか、優しくて温情に厚いアオは、その報奨金を独り占めなんて考えないよなーあ?」

 「・・・・・・。」


 視線が集まる。圧もかかる。アリスへ助け船の視線を送るも、きょとんとした可愛い表情に座礁した。

 アオは、ぐるぐると頭を回したが、最適解が出ない。袋の鼠状態。逃げ場などない、言い訳の余地など皆無だった。

 諦めに似た感情を決したように声を絞り出した。


 「あは、あははははは。勿論今回の黒風の旅団捕縛は、Dクラス皆で成し遂げたことですから。この報奨金で私からご飯を御馳走するつもりでしたよ、ははは・・・。」


 引きつった顔でアオの笑い声が学園の正門前で木霊した。

 二人は喜びで跳ね上がり、アリスは話に付いていけない様子でポカンとしていた。

 こうして、アオのデートに誘う作戦は無事頓挫し、明日Dクラスの面々に食事を御馳走することに決まったのであった。

 

 ※※※


 と昨日の経緯を思い出しつつも約束の店まで歩みを進めるアオ。

 実際、アリスとのデートは叶わなかったが、それでもDクラスに感謝していたのは事実、それを少しでも返せるならと、前向きに考え直す。なにより――


 「皆でアリスを救ったんだから、私一人の欲を満たすのは間違いでしたね・・・。今日は、美味しいものを食べてもらって皆に笑顔になってもらいましょう。あの店の料理なら、絶対満足してくれるでしょうから。」


 アオは心機一転し、例の店に足を運ぶ。それは、以前アオがお世話になった大恩ある店主の経営する店だ。

 道の先に多くの人が見える。Dクラスの皆だ。アサギの声掛けに賛同した多数の生徒が集まっていた。

 アサギはアオに気づくと、勢い良く手を振った。


 「おーい、アオ!おせーぞぉ!」


 その声を皮切りにクラスメイトからの声が降り注いだ。

 

 「もう、あたし腹ペコペコだぜ・・。」

 「いいのかな、僕ら、先生を呼びに行っただけなのに」

 「そうだよね、役に立っていないのに、ご馳走に預かるなんて。」

 「何を言っている、ライドとリーズレットが居たから、迅速にあの場を収拾できたんだ。胸を張れ。それに、タダでもらえるもんはもらっておけ。」

 「いや・・お主はタダ飯が食べたいだけであろう・・。」


 ベルベット、ライド、リーズレット、ジュウベイ、そしてボルグがそれぞれに発言する。

 後ろから続く第二陣も、顔を出した。


 「わー、私もご飯いただけるなんて~、楽しみだな~。」

 「いや、メイリスは今回の立役者。逆にうちの方が乞食っぽくて気が引けるわ。」

 「気にすることないよソフィア君。今回はDクラス皆のお手柄というものだよ。しかし、次回はぜひゴルド商会の預かる店を選んでいただきたいね。」


 メイリス、ソフィア、エルメも一緒に来ていた。アサギの人望なのか、アサギのせいなのか、大所帯で店の前で待ち構えていた。

 アオは、その場に到着すると、真っ先にアリスが駆け寄ってくる。


 「ごめんね・・。こんなに多くなっちゃって・・。アオ・・そのお財布大丈夫?」

 

 「大丈夫ですよアリス。それに、今回は私自身もこのお店に行きたかったので、一石二鳥ですね。」


 「このお店って・・。」


 アリスの視線が目の前の店に向けられた。それはアリスにとっては馴染み深い店でもあった。朝の修練をするために学園への通り道。そこの店主はいつもアリスの挨拶を返してくれる気さくな人だった。そんな印象がアリスにはあったが、しかしながら店に入ったことは一度もなかった。

 

 アオは、扉の前に立つ。以前来た時には気づけなかったが、看板には「青い鳥停」と大陸語で書かれていた。


 「この店のご夫婦には大変お世話になりまして、いつかお礼を込めてご飯を食べに行こうと思っていたのです。絶品ですので、きっとアリスの口にも合いますよ!」


 ニコッと微笑む顔からは純粋に楽しみなアオの気持ちが伝わってきた。

 かつてこの店に訪れた時は、孤独に震え、絶望に打ちひしがれていた。しかし、今は違う。後ろにはアオを慕うたくさんの友、仲間、そして世界で一番大切な人がいた。

 あの店主は、この光景を見てなんて言ってくれるだろうか。良かったなと、優しく微笑んでくれるだろうか。アオは期待を胸に抱いて扉を開ける。


 カランコロン――

 

 アオの王都での始点。ここから始まり、そしてここまで来れた。以前とは違う、胸を張って帰ってこれた。

 

 「いらっしゃい!」


 店主の声が奥から聞こえた。暖かな空気と香ばしい匂いに包まれて、アオが見た店主の顔は一瞬驚いた表情を浮かべつつも、すぐに陽光よりも暖かく笑っていた。


 こうして、アオの二重の感謝を込めたお食事会が開かれ、幕を閉じた。

 様々な経験がアオを大きく成長させた。

 そして新たな壁に立ち向かうことになるのは、まだ先の話だ。

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