第52話幕間~これまでと、これからと~part2

 とある王都の広場。子連れの親子やカップル、昼前に会話を楽しむマダムたちが、中央で豪快に飛沫を上げる噴水を囲って賑わいを見せていた。端には巨大な時計塔が聳え立っており、今その針は11時30日を指す瞬間だった。

 そんな喧騒な風景とは打って変わって、静かな空気が流れる一角があった。そこには木製のベンチが背中合わせに並んでいて、そのベンチを占有するように二人が腰を下ろしていた。

 背中越しで会話をする二人は周りからすれば奇怪な光景に映るはずだが、ベンチ付近に人気はなく、またその場を気にする人間すらいなかった。


 一人は、黒いフードで顔が隠れていたが、黒髪が印象的だった。姿勢が綺麗で小柄であったが、性別は外からは判別できない。

 二人目は、銀色の髪がさらりと舞わせる気品のある少年。しかし、その笑みとダラリとした姿勢は、どこかわんぱくさや粗雑さを隠せておらず、風格と実際の性格の違いを表しているようだった。

 ベンチに深く腰を掛けると、アサギは前を向いたまま話しかける。


 「しっかし、認識阻害に加えて声帯変化までするなんて・・・。凝ってるねえ、ボールス。」


 「はあ・・、逆に、先輩の方が無防備すぎると思いますけど。それと、で呼ばないでください。叩き切りますよ?」


 「おー、怖い怖い。わかったよ、ホワイト。」


 フードを被ったホワイトは、アサギの軽口に辟易といった様子で首を振ると、すぐに背筋を伸ばした。

 認識の阻害や声を変化させる魔術を行使しても、周りには怪しまれないようにする姿勢が、ホワイトのアサギと対照的な性格を感じさせた。


 「それでは、今回の件について報告をします。」


 「ああ、頼むわ。」


 ホワイトの言葉を聞くと、ダラッとしたアサギも真面目な表情をした。

 今回の件。それは、黒風の旅団によるアリスを誘拐した事件をさしていた。


 「まず、捉えた黒風の旅団についてですが、幹部のガリオと倉庫にいた連中を除いたほとんどが、貧民街の住人でした。恐らく戦力消費を抑えるために今回限りで雇ったのだろうと思います。ただ、なぜわざわざ戦力を落とすような作戦を取ったのか・・・。風撃のガリオは頭脳を武器にする奴ではないですが、それにしても合理性に欠けるような気がします・・。結局、捕まっていますし・・。」


 「ほー、貧民街の連中だったのかあれ。んー・・よくわからないが、最近すげ変わった頭目の考えかもしれないな。その頭目のせいで、危険度最高のSになってるわけだし・・。それに、頭の切れる奴って話だろ。・・・低戦力で成功できる見通しだったか、失敗しても構わないようにしたかったのか、はたまたそれ以外か・・・。とにかく、黒風の旅団の動向の変化が関係していると見ていいんじゃないか?」


 「・・・確かに、黒風の旅団の頭目が変わってから、諜報員からの連絡が途絶えているのも事実ですしね・・・。あのガリオを切っても構わない戦力だと置いていたとは・・侮れないです。」


 ホワイトの両手にぎゅっと力が入る。

 黒風の旅団は世界的に指名手配されている犯罪者組織だ。最近その危険度が最近格上げされた。その理由がリーダーの脅威が関係していたようだった。

 ホワイトの言う諜報員は自身の仲間だったのだろう、悔しそうに手に力が入っていた。

 急激に危険度を増した黒風の旅団が、幹部一人を裂いてまで行った作戦。その考えや展望は一切闇の中だった。


 アサギはめんどくさそうに首をかいた。解せないことがまだあるからだ。


 「しっかし、俺たちの戦った奴らの戦闘用の魔術はなかなかのもんだったけどよ・・。最近じゃあ、騎士団や学園関係者以外でも、あんなに魔術が使えるもんなのか。俺は自信無くしちまったよ・・。」


 「ああ、それなら、これが理由かと。」


 ホワイトは二つのベンチの縁に何かを置いた。

 ふて腐れていたアサギは、それを手に取る。真ん中に小さな窪みのある銀色の腕輪であった。

 ベルベットの義手に似ていたそれを、アサギも不思議そうに見ていた。

 

 「なんだ、これ?」


 「それは最近開発されて需要が一気に伸びている簡易魔術発動補助器具。通称、魔具マギカです。」


 「あー、確か北の国の、ノーストイアの魔術師が考案したっていう、誰でも簡単お手軽魔術発生装置かー。」


 「そんな、俗物的な言い回しは初めて聞きましたが・・・。まあ、その通りです。実は今回雇われた貧民街の住民は皆それを持たされていました。それは、中心の窪みに任意の術式を刻んだ玉を填めることで、魔術の心得がないものでも、簡単に高位の汎用魔術を使える、ということだそうです。」


 「ふ~ん、それで素人でも戦闘用の魔術を使いこなせたわけだ。」


 この世界では汎用魔術によって生活基盤が支えられている。

 料理をする時の火。家庭用具を動かす動力源。その他の全ての生活に必要なエネルギーは魔力によって成り立っていてた。その魔力が術式を介して様々な器具の使用を可能にしていた。そして、そのどれもが誰でも魔力を流すだけで発動できる簡易な術式が埋め込まれていた。

 しかし、戦闘に特化した高位の術式は、いくら汎用術式でも、その為の訓練無しでは使えない。ましてや、魔力を流すだけで、詠唱も無しに正確無比に発動させるなど皆無だった。


 アサギは謎が解けたと思って力が抜けたように、腰を深く座り直す。

 しかし、ホワイトはまだ話は終わっていないように、ピシッと背筋が伸びたままだった。


 「まだ、話しは終わってませんよ、先輩・・。その魔具マギカですが、流通経路は複雑に入り組んでいて、全てを把握できませんでしたが、搬入先の一つを特定しました。」


 「なに?どこだそれ?」


 「教会です。」


 その言葉に体がピクリと反応するアサギ。姿勢を正すと、額に手を当てながら思考する。

 教会。それは、神を信奉する者たちが願い、祈り、寄り添い合う場所。このレイヴェルト王国にも各所に点在している。

 アサギは、待っていたかのように笑みをこぼした。


 「先輩・・・、二ヤついてますね。まあ、ずっと怪しんでましたしね。どうしますか、これを王に報告して騎士団に徹底的に調べさせますか?」


 「いや、まだ駄目だ。知らぬ存ぜぬで通して来るに決まってる。それじゃ、逆に王の立場を危ぶめる。もっと、情報がいるな・・。とりあえず、他の搬入先を掴んで、今回の件の首謀者の全容を確かめてからだろ。・・・あー、しかしそうかー、やっと尻尾を見せ始めたかぁ・・。これで、この国の腐敗を排除できる糸口が掴めそうだなぁ!」


 「ふふっ、先輩の笑った顔が見てなくてもわかりましたよ。こちらでも、引き続き黒風の旅団の依頼主について調べてみますね。」


 「ああ、頼んだぜ、ボールス!」


 「ホワイトです。叩き切りますよ。」


 ホワイトの反応に嬉しそうに笑うアサギ。彼は教会の闇を暴こうとしていた。その一端が垣間見え、確かな光明を見ている気分であった。

 黒風の旅団、魔具マギカ、教会、そしてアリス。あらゆるものが複雑に絡み合い、この事件は幕を下ろした。しかし、それは氷山の一角でしかないと、二人は睨んでいる。まだまだ、調査は続きそうだった。


 「そういえば、今回風撃のガリオは、何者かの一騎打ちによって打倒されたと騎士団からの報告を受けましたが、あのガリオを単騎で打ち勝つなんて、いったい何者なんでしょうか。それに、もしいたとしてそんなことできるのでしょうか。」


 「ふっふっふっ。そりゃあ、我がヒーローの怒りの鉄槌を受けて立てる者がいるわけないだろう・・・って、もうこんな時間かよ!いっけね、約束があるんだ!悪いボールス俺行くわ!」


 「え!?ちょっと、先輩!?」


 アサギはふと顔を上げて時計塔を見る。針は12時を指していた。アサギは予定を思い出したのか、ベンチから飛び降りるように駆け出した。

 ホワイトは、振り向くと既にアサギは広場の入り口に走っていた。


 「ちょ、ちょっと、まだ報告終わってないですよ!どこ行くって言うんですか!?」


 「悪いなボールス!これからそのヒーローに飯を奢ってもらう予定なんだわ!おまえも、騎士団でなよ~、じゃあなー!」


 アサギはクルッと振り向くと、ホワイトに事情を手短に発して、そのまま走り去っていった。

 広場の端、誰もいないベンチの前で立ち尽くすホワイト。アサギやホワイトの声に反応する者はいない。こんな時でも認識阻害が役に立ったのか、それとも偶然誰の目にも止まらなかったのか。

 ホワイトは大きく息を一つ吐くと肩をダラッと落とした。


 「はあー、機密事項を大声で話さないでくださいよ・・。それと、僕はホワイトですってば、まったく・・。」


 ホワイトの小言は風に紛れて消え去った。

 アサギは約束の場所まで走り抜けていった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る