第51話幕間~これまでと、これからと~part1

 貧民街での一件後、街の修復はゴルド商会の要請の元、ギルドを中心に多数の手が加わったことで、一週間という驚異的なスピードで元の姿へと完治した。この速度には他分野の職人ではあったが、ボルグも舌を巻くようであった。

 今回の修繕費はレッドの名義で行われたことだったが、理事長への見事なスライディング土下座で、請求先を学園に移行することに成功した。それを見ていた、アサギとベルベットは腹がよじれるほど大笑いしていた。

 この後、二人がレッドの大目玉を食らうのは別の話だ。

 

 この騒動は、王都中に知られることとなったが、あらゆるのおかげで、犯罪者組織、黒風の旅団が誰を攫ったのか、何がしたかったのか、真相はしっかりと隠蔽されていた。

 アリスの名前も、Dクラスの救出劇も、そして、アオの英雄譚も語られることはなかった。


 静かな廊下を一人歩く。アオは、休日の学園に赴いていた。学園に来てから一月が経過していたが、学園の全てを知れたわけではない。アオに馴染みがある場所と言えば、教室棟と呼ばれる学園の中心部と、いくつかの演習場くらいのもので、教室棟に関してもDクラス以外で赴くことはないのが日常だった。

 そんな、アオでも普通の学生には訪れない経験がある。それは理事長との対面であった。ライドが言うには、同学年で理事長と話す機会が与えられたのは、首席入学した生徒だけだという。そんな貴重な経験をアオはこの短期間で二度経験することになる。今まさに、理事長に呼び出されているところだった。

 

 理由は他でもない、アリス救出の件だ。

 アオは今回のことで、何か叱責を受けることはしていないつもりだった。当然だ。アリスを救うという行動に一切の不義はないと、大手を振って言える。

 しかし、アオの脳内に一抹の不安が過る。それは、アリスを探すために破壊して回ったあれだった。

 

(まさか、私が倉庫の扉を破壊しつくしたことへの、制裁でしょうか・・・。しかし、あれはアリスを助けるという大義ある行動だった・・。いや、アリスを理由に言い逃れはやめよう。ここは、誠実に謝るべきだ・・・・。はっ!そうか、レッド先生はそのために、手本を先に見せてくださったのか・・。これは早速、実行あるのみだ・・。)


 などと、明後日の方向へと思考が加速するアオは、理事室の前に立った。意を決したようにノックすると、中から声が聞こえる。


 「入りなさい。」


 「・・・失礼します。」


 部屋に入ると、学園の理事長アドルフ・ホーエンハイムが、二人分の紅茶を注ぎ終わるところだった。

 アドルフはティーカップを丸トレイに乗せると、テーブルの上に置いた。


 「休日にすまなかったね。まあ、今回の件のこともそうだが、君には早急に話したいこともあったから、呼びつけてしまった。君の予定を潰してしまいはしなかっただろうか?」


 「いえ、そのようなことはないです・・・。」


 「そうか、それなら良かった。まあ、立ち話もなんだ、とにかく掛けてくれ。」


 アオの頬に一筋の汗が流れる。間違いない。このタイミングでの急ぎの用など一つだけだと、アオは直観する。

 アドルフはテーブルの上のカップをそれぞれのイスの近くにセットする。

 後ろを向いたアドルフに対して、アオは膝と額を地面に付け、体を丸めた。


 「理事長。・・・まずは今回の件での不始末に対する私の誠意を見ていただきたいです。」


 「不始末?いや、君は何を言っている・・・ん・・・・だ・・・・。本当に何をしているのかい?」


 アドルフが振り向いて目に入ったのは、手を地面に伏せるアオの頭の旋毛だった。

 そう、これは見紛うことなき土下座だった。

 何故なのか、アドルフは理解ができずにフルフルと手に取るカップを震わせる。


 「これは、レッド先生が見せてくださった、最高にして最大の誠意を表す謝罪法です。今は、これでご容赦願えないでしょうか!」

 

 レッドの行動を間近で見ていたアオが、この行動が正しい謝罪の方法だと思い込んでいた。いや、誠意は表せるが、その姿はスマートではないし、何よりアオの性質に合っていないとアドルフは感じていた。

 驚いたアドルフの手の力がスッと抜けると、カップは床と衝突した。

 レッドの教師としての方針を再考慮するべきだと決心した瞬間だった。


 

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 「・・・・・・・」


 「・・・・・・・」


 二人はテーブルを間に沈黙を通す。いたたまれない空気感と先ほどの醜態がアオの顔を赤面させていた。

 アドルフは咳払い一つすると、新たに淹れなおした紅茶を口に運んだ。


 「ま、まあ、なんだ、勘違いさせた私も悪かったよ。ここへ呼ぶ前に要件を伝えておくべきだったかな・・・。」


 「い、いえ、早とちりしたのはこちらです・・・。大変見苦しい所をお見せしました・・。そ、それで、話とはいったいなんでしょうか?」


 アオは親身に気を使われて余計に肩身が狭くなると、話題をスパッと切り替えることにした。

 そして、喉が渇いてるわけでもないが、用意された紅茶を飲みほした。

 

 「あ、ああそうだね、本題に入ろうか。まずは、アリス君を賊から救いだしたこと、学園を代表して陳謝する。本来なら私が、頭を下げるべきところを、本当にすまなかったね・・・。と、とにかく、私の望みを叶えてくれて、ありがとう。心から礼を言うよ。」


 アドルフは座ったまま頭をアオに向かって下げた。

 学園に来た初日、アオに話したこと。アドルフの視たアリスが何者かに攫われるという未来。それを未然に防ぐことは叶わなかったが、それでもアリスを最悪の状況から救い出したことには変わりない。

 アドルフの謝辞を素直に受け取ると、アオは急ぎ顔を上げるように促した。


 「顔をお上げください理事長。私は、当然のことをしたまでです。アリスを守ることは、私の存在理由の一つですから。それより、街を無駄に破壊したことを、私から謝罪申し上げます。申し訳ありませんでした。」


 今度は、アオが頭を下げる。アドルフは少し目を見開いて驚く。そして、少し笑みを浮かべた。


 「君こそ頭を上げてくれ。今回の君の功績に比べれば街の破損など、些末なことだよ。それに、修繕費に使ってもお釣りがくるくらいの報奨金を学園は受け取っているからね。」


 「え?今回のことで、学園が関わってることは内密のはずでは・・・?」


 報奨金。それは、アオやDクラスの活躍に対するものだろうと予測できた。ただ、今回の件は隠匿を重ねており、学園が関わっていることなど、ごく一部の者たちにしか知りえない情報だ。

 アオは少し緊張した面持ちになる。アリスのことはバレてはいけない。アサギが心配したようなことにはなってはならないからだ。


 アドルフは焦りを見せるアオの顔を見て、また笑うと胸の内側のポケットから、封緘された手紙をアオの前に差し出した。

 表面には大陸語で、推薦状と書いてあった。

 

 「君の心配は無用だよ。報奨金は騎士団から、つまり国王陛下の名のもとに送られたものだからね。非公式のものだから、世間に伝わることもないよ。・・・そして、これが君宛の騎士団への推薦状というわけだ。やれやれ、騎士団に一目置かれてしまうとは、君も隅に置けないな。」


 「私、宛に?・・なぜ、騎士団の注目を受けているのでしょうか・・。賊を多く倒したということなら、アサギたちも同じはずでしょう・・・。」


 アオたちは黒風の旅団と交戦し捕縛した。その功績を讃えての推薦状であった。なら、アオだけに送られるのはおかしいのではないか。アオの疑問は当然のことだ。

 

 「いや、君は、アサギ君やジュウベイ君そしてベルベット君にも、できなかたことをしているよ。思い出したまえ、君は、アリス君を救う為に強敵を討ち倒したのではないかね?」


 「・・・風撃のガリオ、ですか?」


 「そう。君は知らなかっただろうが、黒風の旅団は凶悪な犯罪者組織でね。大陸中で指名手配されているほどだ。実は最近その危険度が各国の協議の元、更に昇格していてね。騎士団の中でも警戒を高めていた矢先に、君たちの活躍というわけだ。とりわけ風撃のガリオは幹部の一人でね、それを単騎で倒した君を騎士団へと勧誘することは、至極まっとうな反応だと、私は思うがね。」


 風撃のガリオ。アオも最初は苦戦を敷いた相手だった。不可視の攻撃や、最後の強力な魔術を防げたのは、単に運が良かったのだと感じていたほどだった。

 実際、アオがこの世界に転生してから戦った相手の中では相当な強者の位置付けであった。

 それでも、最強の相手と定めない理由は、校門で出会った最初の生徒の顔が浮かんだからだ。


 (確かに強かったが、あのラグナという男に比べれば、大したことない気がしますね・・。)


 「それで、どうする?この誘い伸るか反るか。君の判断を聞きたい。」


 アドルフは真剣な目でアオを見た。アオの判断を尊重するという言葉の意味合いだが、本音は違うように感じさせた。

 アドルフの気持ち云々で、アオの考えは既に決まっていた。


 「謹んでお断りします。アリスの隣が私の居るべき、いえ、居たい場所ですので。」


 「・・・・そうか。それは、良かった・・。いや、なんだ、正直君は残ってくれるとは思ってはいたが・・・少しほっとしたよ。」


 アドルフはススっと紅茶を流し込むと、緊張の糸を緩めた。

 安堵の表情でアオを見ると、前傾に姿勢を起こした。


 「話を戻すが、騎士団からの報奨金は街の修繕費を上回るものだ。何も出来なかった学園がそれを受け取るのも忍びないだろう。そこで、今回一番の功績を納めた君に、残りの報奨金を受け取ってほしい。」


 「え、いやしかし・・・。Dクラスやレッド先生、みんなの協力あっての結果ですので、私だけ受け取るのは――。」


 「アリス君と、デートをしたくはないかね?」


 アオの言葉を遮ると、アドルフは両手を顔の前で組み不敵に笑う。

 アオの首筋に汗が伝う。

 デート。それは、夢にまで見た光景。その言葉で浮かぶのは楽しそうに街を往くアリスの姿。

 それの姿を一番近くで見ることを許される、最高のイベントだ。

 アオは、喉を鳴らす。唾を大きく飲み込んだ。


 「・・・しかし、私利私欲のために・・いいのでしょうか・・。」


 「アリス君の私服、見たくはないかね?道中、アリス君の欲しいものを贈ってあげれば、喜ぶ姿を見れるかもしれない・・・。いや、もしかしたら、もっといいこともあるかもしれない・・よ?」


 「もっと、いいこと・・・・。」


 アオの想像が膨らむ。アリスとのデートを夢想した。

 アリスの笑顔が眩しく光るのが頭に過ると、いつの間にかアオは立ち上がり頭を下げていた。


 「謹んで、その報奨。お受けいたします。」


 キリっとした顔つきを見せたが、緩んだ頬が少しだらしなく、アオの二枚目の顔がカッコ悪く歪んだ。

 


 ※※※※※※※※※※※※※


 詳しい報奨金の受け取りについて、一通り聞き終わると、アオは部屋を後にした。

 

 アドルフは一人になった部屋の窓辺に立つ。

 すると、ウキウキと花びらを振り撒くアオの姿が見えた。

 アドルフは口を吊り上げると息を零した。


 「ふっ、神竜の威厳はどこへやら・・・。しかし、彼の力は想像以上だ、それにまだ伸びしろがあると見える・・。聖剣も今だ目覚めていないが、まあ、これからの楽しみとしておこうか。」


 静かな部屋の中で、陰鬱と笑うアドルフ。彼の企みはまだ始まったばかりだ。不穏な計画の歯車が動き始めた。

 

 「しかし、世界広しといえ、神竜に土下座をされたのは、私だけでしょうね。」


 アドルフは思い出し笑いをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る