第50話その手を離さない

 太陽は傾き、夕暮れが王都を照らす。

 貧民街での戦闘が終わると、騎士団が黒風の旅団のメンバーを拘束していた。ライドとリーズレットの迅速な対応のおかげで、スムーズに事が進んでいく。

 さらに、街の被害。主にアオとベルベットによって破壊された道や家屋、倉庫の修繕が始まっていく。

 作業服を着た人や、街の住民、騎士たちでざわつく中、アリスとアオは目線の先で迎えるクラスの仲間のもとへ歩きだす。


 「で、これはどういう状況なんだ、アリス?」


 アサギはおもしろいものを見たという顔でアリスに問いかけた。

 なぜなら、アオがアリスの後ろから手を回してがっつりホールドすると、幸せそうな笑顔でアリスの頭の上に顎を乗せていたからだ。そのあまりに幸福そうな表情は、花びらがふわりと舞うようだった。

 アリスはそれを拒むこともなく、腕の中に抱かれる。満更ではないといった様子だ。これまで距離のあった二人の行動を思い返すと、なぜという疑問を持つのも無理のないことだった。


 アリスは、ニタついた顔のアサギを見て顔を真っ赤にしたが、それでもアオの腕を振り払おうとはしなかった。

 

 「こ、これは、その・・・。そう!無理やりよ!む、無理やり、後ろから抱きつかれたの!ほら、こんなにがっしり腕を組まれたら動けないでしょ!?」


 「え~?そうか~?その割に、すごーく居心地よさそうじゃん。なんか、心も体も全部預けてるって感じがするんだけどな~。なあ、ジュウベイもそう思うよな?」


 後ろからジュウベイが、流れるように前に出てくる。腕を組んで笑う姿は、間違いなく目の前の光景を面白がっていた。


 「ああ、そうだな。仲睦まじくていいことだ・・。あれだな、初日にアオに抱き着かれた時も、満更でもなかったということだな。」


 「あー、それ言っちゃうのジュウベイ・・。アリスが必死に顔赤くして否定したあれを言っちゃうの~?。誰もがアリスの照れ隠しを信じて疑わなかったあの事を、蒸し返しちゃうの~?」


 「っ~~~!わ、笑うな!」


 ケタケタと笑うアサギとジュウベイ。悔しそうに顔を高揚とさせるアリス。そんな3人のことなど目にも耳にも入らない様子で、ただアリスを大事そうに後ろから抱きしめるアオ。

 混沌としてはいたが、今までの緊張感が嘘のように和んでいた。

 

 アサギの後ろから更なる人影が近づく。ベルベットだ。

 下を向いて体を震わせていた。

 アリスは心配そうに顔を窺う。


 「・・・ベル?」


 「・・ア・・・ア・・・アリスーーー!!!!!!」


 「うわああ!?」


 獣のようにアリスに飛びつくと、感情を爆発させた。アオから強引にアリスを引き剝がし、頬ずりをするベルベット。アリスは困ったような顔をしていたが、親友の体温にどこか嬉しそうだ。


 「ちょ、ベル~。くすぐったいよ~。」


 「う~、アリス~。心配したんだぞ~。よかった、無事で~。この~、ほっぺすりすりの刑だ~。」


 「ア、アリス~・・・。」


 思う存分と言わんばかりに頬を擦り合わせる二人に、アオは悲しそうな声をあげた。

 そんな、哀れなアオの肩をポンと叩く。

 振り向くとアサギとジュウベイが首を振っていた。今は許してやれよ、と言ってるようだった。

 そして、アサギはそっと右の拳をアオの前に出す。


 「アオ、おまえはホントにすげえよ。見ろよ、アリスがあんなに笑ってるぜ。やっぱりおまえは、すげえやつだ。俺の思った通り、アリスのヒーローだよ。」


 「アサギ・・。」


 アオはアリスを見る。ベルベットの熱い抱擁に困ったように笑っていた。アサギの言うヒーローとは悪党からアリスを救うことじゃない、アリスの憂いに満ちた表情を笑顔に変えることのできる人を指す言葉だった。

 アオは穏やかに笑う。アリスの幸せそうな顔が何より、アオの幸せだから。

 

 そして、今度はジュウベイが拳を前に出した。


 「アオ。やはりおまえは儂が見込んだ通りの漢だ。まさに、アリスの救世主だ。儂はおまえのような男と同じクラスの一員であることを誇りに思うぞ。」


 「ジュウベイ・・。」


 アオも同じ気持ちだった。アオ一人ではアリスを救えなかった。アサギがいたから迅速に対応ができた。ジュウベイがいたから信じて前に進めた。ベルベットが背中を押してくれたから、勇気が湧き起こった。Dクラスの皆がいたから、ここまで来れた。

 アオは二人に拳を合わせた。三つの拳が合わさる。

 

 「アサギ、ジュウベイ。本当にありがとうございます。みんながいなければ、アリスを救えなかった・・・。このクラスでアリスと再会できた。最高の仲間に会えた。未来に向かって生きようと決心がついた。・・Dクラスで、みんなと出会えて本当に良かった!」


 アオは、破顔する。白い歯を見せ、満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔に驚く二人は、お互いの顔を見合わせると、なんだか可笑しくなって大きな声で笑う。

 アオもつられた様に声を出した。貧民街を楽しそうな声で満ちた。

 3人の深く熱い絆が芽生えた瞬間だった。


 レッドは、そんな生徒の青春を後ろから見守っていた。さっきまで、一人で戦っているアオを心配していたのが嘘のように、優しい微笑みで顔を緩める。


 「なんだよ、心配して損したぜ・・・。ったくよ、青春しやがって・・・。はー・・・、まあ、無事でよかったよ、ほんと。」


 小さく零す男の声は、紛れもない生徒を想う教師のものだった。レッドは、安堵する気持ちと、生徒の成長に喜びを抱く。

 

 そんな、暖かムードの一同に予想外の声が掛けられた。


 「あのー、レッド・スターク様はいらっしゃいますか?」


 作業服を着ていた一人の男が声をかける。指名された男の方、つまりレッドに全員の視線が集まった。ただ一人を除いて。アサギはビクっと体が反応すると、そろりとその場から離れようとしていた。


 「あー、レッド・スタークは俺だが。」


 「ああ、これは失礼しました。今回の修繕の見積書をお届けに参りましたので、その、ご確認をお願いします。」


 「ん?俺に?・・・・まあ、いいか。はい、拝見しますよっと。んー、どれどれー・・ほー、すげえなこりゃ、一等地に屋敷が建つ額だぞ。おまえらどんだけ街で暴れたんだ。こりゃあ、理事長の泡を食ったような顔が目に浮かぶな。・・・ん?あれ?あんた、なんで俺の名前知ってんだ?」


 「それは、請求先のお名前に記載されていたものですので・・。」


 「・・・え?・・・ちょっと、確認するけど、お宅はどこから来た業者さんなの?」


 「あ、はい、私たちは、ゴルド商会から委託を受けました、ギルド所属の王都復興班です。」


 不穏な空気が流れる。次に危険を察知したのはベルベットとジュウベイだった。アサギと同じく忍び足でその場を離れようとしていた。

 アオは、その行動の意味がよくわからかった。なので、とりあえずアサギを呼び止める。


 「どうしたのですか、アサギ?まるで寝ているドラゴンから逃げるような動きですけど。」


 「馬鹿っ!おまえ、声が出けえよ!って、あ・・・・。」 


 言葉を言い切る前に、アサギの目がレッドとかち合う。

 アサギの目の泳ぎっぷりと、ゴルド商会の名前でレッドは解を導きだす。はめられたのだと。

 そして、全てを理解したレッドの瞳がメラメラと燃えだした。


 「お~ま~え~ら~!!」


 「やべえ、逃げるぞ!!」

 「くそっ!バレんの早すぎだろ!」

 「まったく、なんで儂まで含まれているんだ。」

 

 レッドの咆哮から逃げる3人。状況が飲み込めていないアオは呆然としていた。

 すると、アリスがアオの横を駆け抜けていく。そして、少し前でぱっと、振り向いた。

 逆光で、しっかりと見えなかったが、とても楽しそうに笑っていた。

 そして、アオにそっと手を差し出した。


 「行こう、!」


 アオの目が大きく見開いた。それは紛れもない彼女が与えてくれた名前だった。

 初めて名前を呼ばれたような不思議な感覚に陥る。

 

 アオはゆっくり、手を前に出すと、アリスはグッとその手を引っ張った。

 それは、かつてアオが繋いだ手だった。森を、湖畔を、いつも離さず握り続けた手。その手を再び取るために、幾星霜の時を戦い続けたのだ。それがやっと今、叶ったのだ。

 アオはその手に引っ張られ、太陽の落ちる空へと駆けだした。


 「こらっ!待ちやがれ、おまえら!」


 逃げ出す5人に、レッドの怒りの炎の球が飛ぶ。

 アサギはヘラヘラしながら避け、ベルベットは義手から魔力弾を放って相殺し、ジュウベイは刀で真っ二つにする。そして、アオはアリスに降りかかる全ての火の粉を打ち払った。


 「おいおい、先生よぉ、生徒に物騒なもん投げるなよな~。熱すぎると嫌われちゃうぜ~。」

 「てゆーかよー、せんせーがバシッと腹を括って、責任果たす所だろぉ。」

 「その通りだ、たまには甲斐性があることを証明して見せろ。」

 「黙りなさいっ!おまえら、好き放題言いやがって!大体な、こんな額俺一人で払えるわけねぇだろうが!」

 

 「ふ、ふふっ・・・あはははっ!」


 4人のやり取りに声を出して笑うアリス。アオはその顔を見ようと何とか後ろから覗こうとする。しかし、太陽の光が眩しくて前が見えない。諦めるようにアオは笑う。きっと、笑顔に違いない、そう思ったからだ。

 明るい声が耳を吹き抜けていく感覚と、アリスに手を引っ張てもらう感覚。その二つを今だけは、確かに感じていたいと、アオは望んで後ろを走る。

 アオはアリスの手を握り返す。


 (ああ、アリス。今度はどこに連れて行ってくれるのですか・・・。あなたの観る景色を、あなたの感じる気持ちを、私も観たい、感じたいです。・・もう離さない。この手を絶対離さない。)


 洛陽が二人の影を映しだす。地面に手を繋ぐ影はもう離れない、離さない。

 どこまでも続く道を、アリスとアオは駆け抜けていく。

 二人の物語が始まった。

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