エピローグ

第31話 エピローグ

「……うむ」


 その日、失った腕もすでに完治したオルバは、満足げに頷いて両腕を組んだ。


「中々の館ではないか。そう思わぬかイバラキよ」


「はっ。そうですな御館さま」


 オルバの隣に立つイバラキが頭を垂れてそう返す。


「あははっ、でも完全に一文無しになっちゃったね」


 そう言って、頬をかくのはリンダだった。

 彼女の隣には、少し不機嫌そうな様子のフィーネリアの姿もある。


「まあ、そう言うな。金ならばまた貯めればよいことだ」


 と、オルバが破顔してそう告げた。

 彼らは今、アワドセラス・シティの五番街にある大きな館の庭園内にいた。遠目に見える四階建ての館は、元々はこの街の資産家が所有していた物件だ。かなりの間、手つかずであった庭園も今は剪定され、美しい景観を取り戻している。

 三つ首の魔竜との死闘を終え、多額の報奨金を得たオルバたちは、二週間ほどかけて物件を探しまわり、念願の拠点を購入したのである。


「この館ならば四十人は暮らせるでしょう。宿舎としても使用できるはずです」


 と、イバラキが言う。対し、リンダがアハハと笑った。


「まあ、今んところ、あたしたち四人だけだけどね。それよりも早く中に入ろうよ! あたし、自分の部屋を決めたい!」


「そうだな。御館さま。宜しいでしょうか?」


 イバラキが主君に視線を向け、許可を求める。

 オルバは「うむ。許す」と告げた。イバラキは静かに頷くと、館に向かってズシンズシンと歩き出す。リンダもその後に続いた。

 そしてオルバも二人の後に続こうとしたが、ふと足を止めた。

 何故か、フィーネリアだけは動こうとしなかった。

 ぶすう、と頬を膨らませてオルバを睨みつけている。


「……フィーネリア」


 彼女の名を呼ぶが、ぷいと横に振り向くだけだ。

 この二週間、フィーネリアはずっとこんな様子だった。

 理由は分かっている。オルバがまだ、あのドラゴンとの因縁や、アナスタシアの一件に関わることなどを一切語っていないからだ。


(………ぬぬ)


 オルバは内心で唸る。どうも告げるには時期尚早のような気がするのだ。特にファランの真相を告げれば、自ずとイバラキやリンダにも知られることになる。

 フィーネリアとオルバの故郷であるガーナスはともかく、彼らの故郷である世界はすでにどこにも存在していない。

 そんな非情な宣告を、仲間たちにはどうしてもしたくなかった。

 その結果、切り出せないまま今に至っているのである。


「……そう拗ねるでない。フィーネリア」


 オルバは彼女の犬耳に触れてそう告げるが、少女の不機嫌さは直らない。

 しかし、最近のオルバの癖になりつつある犬耳を撫でる行為自体は拒否していないので、心底怒っている訳でもなかった。

 ただ、本当に拗ねているだけなのだ。


「オルバさんはうそつきです」


 銀色の犬耳を撫でられながら、フィーネリアはポツリと呟く。


「後で教えてくれると言ったのに、二週間経っても教えてくれません」


「う、む……。それはだな……」


 と、言葉を詰まらせる元魔王。


「何か言いにくい事なんですか?」


 聖女はさらに畳みかける。


「例えば、アナスタシアさんの事とか」


「いや別にアナスタシアの事は……と言うより、それが一番聞きたい事なのか?」


 オルバがそう尋ねると、フィーネリアは「知りません」と言って再び頬を膨らませた。

 元魔王さまは、愛しい聖女の不機嫌っぷりに心底困ってしまった。


「アナスタシアはただの古い友人だ」


「……本当ですか? 彼女の様子からはそうは思えませんでした」


「ぬ? そうなのか? いや、まあ、本当に古い付き合いだからな」


 嘘一つない真実を告げるのだが、フィーネリアは納得いかないようだ。

 銀髪の犬ミミ少女はしばしの間、言葉なく半眼でオルバを睨みつけていたが、もはや埒があかないと判断したのか、館に向かって歩き出した。

 オルバはふうと嘆息し、少女の背中に語りかける。


「余の事情はいずれ必ず話す。どうか機嫌を直してくれ。我が妃よ」


 すると、フィーネリアはピタリと足取りを止めた。


「私は――」


 そして彼女はまだ不機嫌な様子で振り返り、オルバに告げる。


まだ・・あなたの妃ではありません」


「その台詞も、もはや定番―――ぬ?」


 苦笑を浮かべようとしていたオルバだったが、奇妙な違和感を抱いてあごに手をやった。

 対し、フィーネリアも不思議そうに小首を傾げるが、


「………あっ」


 自分が無意識に口走った台詞の、普段との微細な差異に気付いて唖然とした。

 今の台詞は似ているようでまるで意味合いが違うものだった。


「わ、わふ、う……や」


 フィーネリアは、みるみる顔を赤く染める。

 そして恥ずかしさのあまり、走り出してしまった。


「……フィーネリア?」


 オルバは不思議そうに少女の背中を見送った。

 彼女の心情の変化は掴み切れないが、どうやら元気にはなったようだ。


「ふふっ、少しは機嫌を直してくれたのか?」


 そんなことを呟く。

 そして一人、庭園に残ったオルバは空に目をやった。

 ファランの空はとても蒼かった。

 今は雲が流れ、白い鳥たちが群れをなして羽ばたいている。

 数多なる星の欠片が集いしこの世界は、創造主の欲目を抜きにしても美しかった。

 異世界人しかいない特殊な異世界ファラン。その歴史はこれから始まろうとしていた。

 そんな想いを抱きつつ、オルバはふふっと笑い、


「さて。では余も行くか」


 そう言って、フィーネリアたちの後に続くのであった。



〈了〉


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RE:フラグメンツワールド 雨宮ソウスケ @amami789

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