竜の命が廻る島【一話完結】

比良

「たとえ弱くとも、あなたは誇り高き竜。私の亡き後は、あなたがこの島を導くのですよ。アーフマル、私の愛したこの島を、守って――」

 導きの竜ザラムはそう言い残して土に還る。大地が竜を生み、竜の血は灰となって島に降り注ぎ大地を肥やす。竜の命が廻り、島は栄える。それがこの島の在り方だった。


「ザラムに託されたこの島を、次は僕が守るよ。それが竜の誇りだから」

 紅き鱗の竜アーフマルは降り注ぐ灰に固く誓う。彼の母親代わりだった黒き鱗の竜ザラムはもういない。そして、ザラム亡き後、島に棲む竜はアーフマルだけであった。竜の最も大切な使命は島の命を絶やさないこと。ゆえにアーフマルは新たな導き手として島を守り治める使命を負うのだ。

 先代ザラムは偉大な竜であった。その黒い鱗はいかなる牙も通さず、その爪は一振りで山を削る。彼の者が咆哮すれば、島中の生き物が怯えた。その偉大なる先代に比べると、アーフマルはいささか貧弱かもしれない。紅い鱗は熱いためか少しばかり柔らかく、山を削るほどの膂力も無い。それでも彼は竜の一員であり、島にいるどの生き物よりも強いことは間違いなかった。


「どうして人はこうも欲深いのかなぁ……。生きていくには十分な土地があるはずなのに、それでも森を拓きたがるなんて」

 島に住む人々は森を拓こうとすることを止めようとしなかった。ときには生贄を差し出して嘆願に来ることさえあった。「生贄なんて、命の無駄なのに」森を拓けば島が枯れてしまう。そう説得しても人々は止まらない。やがて彼らは竜に怒りを向けるようになった。「怒りを買うようなことはしてないはずなんだけどね……」やがて人々の目的は竜を討ち取ることに変わった。


 あるとき島の外から賢者を名乗る一人の男がやってきた。恐れを知らないのか、その男は竜のもとまでやってきた。

「生ける厄災たる紅き鱗の竜アーフマルよ。竜の時代は終わりだ。このサーヘルが討ち取ってくれる」「人に竜が討ち取れるものか、この島の秩序を乱す者よ、疾く去るがいい」「戦うのは人ではないぞ厄災よ。呪いだ。人々の怒りが形を成したものだ。形ある怒りを受けてゆっくりと滅びるがいい」

 サーヘルがそう言った次の瞬間、アーフマルの身体は巨大な杭で大地に縫い付けられていた。「報いを受けるのだ。人を縛る竜よ」アーフマルの身体が徐々に植物に変わる。蔦が杭に巻き付いて、天に伸びてゆく。その姿は一本の巨大な樹となっていた。

 島を去るサーヘルは人々にこう言い残した。

「この竜はまだ生きている。だから、命の果てるその時まで血を流させ続けるのだ」


 アーフマルは血の涙を流していた。『僕がもっと強ければ、もっと人に歩み寄っていれば――』彼の後悔は尽きることはない。ゆっくりと流れゆく彼の命は人々に回収され、加工され、島の外へと輸出される。彼の命は島へ還ることはなく、命の廻りはここで途絶えるのだ。


 幾度も幾度も陽が廻ったある日、大樹となっていつまでも血の涙を流し続けるアーフマルの元へ一人の少年がやってきた。

「僕の名はガビー。賢者の教えに反する愚か者の一族の末裔です。偉大なる竜よ話があります」アーフマルは少年の心に語りかける。『人の子よ。今更私に何の用だ』「お喜びください。竜の仔が生まれたのです」

 そう答えたガビーの腕には、鱗の無い白い竜が抱かれていた。竜は肥えた大地より生まれる。人によって命の廻りが途絶え、枯れた大地からは竜が生まれるはず無いのに。『――大地は枯れたはずではなかったのか?』「我々、愚か者の一族が長い年月をかけてあなたの血を集め、燃やし、灰にして大地に撒いたのです」『なんと、人が、島のために……』

 アーフマルは本当に、本当に久しぶりに後悔以外の理由で涙を流した。「偉大なる竜よ。僕には、あなたの姿を取り戻すことはできません。しかし、この竜の仔を育て、新たな島の導き手とする手助けはできます」『ああ、心から礼を言う。ありがとう、人の子よ。これでザラムとの約束を果たせる。ようやく、我は灰になれるのだな……』「待ってください竜よ。どうかこの竜の仔に名前を付けてはくれませんか?」アーフマルが自らの身体を灰にしようとしたところで、名付けを頼まれる。幼き竜は奇跡的に繋がった竜の命だ。『よかろう。では我が名を分けて、希望アマルと』

 名付けた次の瞬間、大樹は血を燃料にして燃え盛る。

『たとえ幼くとも、キミは誇り高き竜。僕の亡き後は、キミがこの島を導くんだよ。アマル、僕の愛したこの島を、守って――』その日、島には竜の灰が降り注いだ。


「ねえガビー。僕、独りでも島を導いていけるかな?」「大丈夫さ。なんたってあの偉大なるアーフマルと約束したんだ。……アマル、先に逝ってしまってすまないね。でも、命は廻るものなんだ」「うん、任せて。ガビーの命も、僕が繋いで行くよ。だから、どうか安らかに」

 その島は、竜の命が廻る島。今も竜に導かれ、島は命を繋いでゆく。

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