未来に未練はない

芳村アンドレイ

第1話

奴はいきなり現れた。

ラスベガスの交差点に地響きと共にぱっと現れた。

走っていた車はクラクションを鳴らしながらそいつを避けていき、二分三十七秒後には警察がそいつを囲んでいた。

それでも奴は動かない。

警察は奴の周りをウロチョロ歩きながら、話しかけようとした。数日後に出た資料によると、交差点の中で突っ立っていた男は嗅覚以外の五感が三分ぐらい無かったという。

視力がやっと戻ったら警察に連れていかれた。



奴は六十代ぐらいの男だった。

正体も名前も不確かだったので、しばらくは警察著で監禁されていた。

初めの一週間は捜査官と目も合わせず黙り込んでいたが、ある日奴は、

「記者に会わせてくれ、全部話してあげる」

と言ったそうだ。

FBIは記者の代わりに捜査官を投げ込んで、奴の話の全てを記録した。

この話っていうのが実に奇妙なんだよ。

それゆえに、その資料はマスコミにも取り上げられることなく倉庫へとぶち込まれた。

でもそれだけではない。あの時の捜査官は多分怖かったんだろう。

じめじめとした恐怖だ。俺はあの資料を読んだから解る。

恐ろしいけど、そもそも信じていいのかが分からない。危機感が不安定だから不安になるんだ。不気味なんだ。

奴は頭がいかれた野郎とみなされ、そのまま解放された。クレイジーな奴だ。何も出来やしないだろう。

その通りだった。奴は毎日ストリップクラブへ行って一人の女を拝んでいるだけだった。毎日毎日、暇つぶしとも言えないくらいに忠実に通い、他の女に振り向くこともなかった。でも、

奴にとってはそれが大事だったんだ。


俺は捜査官の資料をネットサイトで読んだ。そこで奴は、

「私は未来から来た。未来を捨てて帰ってきた」

と言っていた。


来る日も来る日も通っていたストリップに行かなくなったのは七年後の事だった。奴はもう疲れ果てた変態ジジイだったが、ストリップの女達には結構気に入られていたみたいだった。俺らのいない所で紳士ぶっていたんだろう。

だから、奴がやっと死んだときは近くにあった墓場で埋めてもらえたのさ。奴がずっと拝んでいた女の墓の隣で。

彼女はその一年前に亡くなっている。

ストリップに行かなくなったのもそのせいだ。しかし、その奴はもうどうでもいい。

大事なのは、同時に通わなくなり、その後行方不明になったもっと若い男の方だ。もう死んだ奴とは言葉を交わしたことが一度も無かったそうだ。毎日同じ女を拝みに行っていたのに。

男が行方不明になってやっと奴の本名が解った。


「ここは私の過去だ」

と奴は言った。

「物質で出来ている者は決して光の速さについていく事は出来ない。だが、それを超えれば時間というものに囚われなくなる」

「この後の世の物質全てのエネルギーを速度に変え、星も速度に変え、皆も速度に変え、私自身も速度に変えた。もう決まった事だ」

「もう未来に...」


奴はいきなり現れた。だがそれはもう四十年前の話だ。

FBIは今でも密に男の行方を調べているが、上手くその捜査網をすり抜けている。

そして約束の日は近づくばかり。どっかの洞窟にでも隠れている男は、俺らもろとも未来を捨てる準備をしている。

過去の愛と皆の未来を天秤にかけ、永遠の愛を手に入れた。

なんて奴だ!

今頃あのクソ野郎も呟いているだろう。

「未来に未練はない」

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未来に未練はない 芳村アンドレイ @yoshimura_andorei

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