エピローグ ~月刊池袋ウォーカー八月号より~
結論から述べる。《竜の涙》は街の役所に預けた。
ここから話すのは私が《竜の涙》を手にしたときに『
そして、それを信じるか信じないかも、読んだ貴方の自由だ。
《竜》の正体は、池袋の土地の守り神だった。
《竜》は数百年以上前からこの街を見守っていたが、時代が変わるにつれて住人たちの池袋の街、つまりこの土地への信仰心が弱まっていったそうだ。信仰心と一口に言っても解釈は色々あるが、ここでは敢えて“街への愛着”とでもさせてもらいたい。二年前に池袋の空に《竜》が人の目に見える形で顕現したのも、信仰が失われ《竜》の力が弱まったのが原因らしい。
《竜》に言われるまで、この街に長年住んでいた私も存在を知らなかったのだが、池袋西口方面の閑静な住宅地の一角に、公園の公衆トイレ程度の敷地面積を持つ古い小さな社があるのを誰かご存じだったろうか。後日近隣住民に取材もしたが、どうやらその社の由来を知っている者は今のこの街にはいなかったらしい。
管理する者も参拝客も既にいなくなったその社は、かつて《竜》が奉られていた場所だったそうだ。
役所の人間と確認に行った際、崩れかけた社の中を確認させてもらったのだが、そこには今回の一件で私達が手にしたものとは別の《竜の涙》が一つ納められていた。記憶はないが、おそらくは数百年前に同じように《竜》が落としたものだったのだろう。
百億円の秘宝は、ずっと昔から変わらずここにあったのだ。
それを今回の事件に関わった彼らに後日報告したが、皆一様に笑っていた。こんな拍子抜けするオチがあるか、と。
社と《竜の涙》は役所の手で管理されることが決まった。崩れかけた社も修繕されるそうだ。《竜の涙》の存在を公表すべきかは慎重に検討されたようだが、池袋の街の新たな観光スポットとして使えるとして、上の方々は街の利に変えようと画策しているらしい。賢明なことだ。それに《竜の涙》が役所、ひいては国に管理されていることが公表されれば、今回の事件に関わっていた上遠野少年たちも、これ以上第三者からの追及を受けることもなくなるだろう。
《竜の涙》を池袋の街に返還することについて、上遠野少年たちは概ね理解を示してくれた。唯一諏訪少年は多少ごねたが、それでも最後には折れてくれた。彼自身、今回の一件でいろいろと骨身に染みたものもあったのかもしれない。社のことを話すと、今度そこに写真を撮りに行きたいと言っていたので、もしかしたら近日『complication』で彼の投稿がバズるのかもしれない。私も彼のアカウントをフォローしておこうと思う。
犬山少年については、おそらく今もタクヤ少年や他の友人たちと一緒に池袋の街で青春を謳歌しているのだろう。聞いたところによると進路は池袋の大学にするそうだ。彼なりにこの街を気に入ってくれていたのなら、私としても嬉しい。
上遠野少年。今回の事件で最初に関わった人物であり、おそらく一番の被害者だった子供。あの後西口の池袋警察署まで私が送り届け、無事に両親と再会することができた。大勢の人間に追われる羽目になり、きっと深く心も傷ついたことだろう。正直、この街がいっそう嫌いになったとしても仕方ないと私も思う。だが《竜》の正体を話したことで、少なくとも《竜》への恐怖心は取り除かれたようだ。いつか彼がまたこの街に来てくれることを今は信じたい。
神水女史はといえば、一度『
最後に、《竜》について。
私がこの記事を執筆している時点で、まだ池袋の空に《竜》はいる。依然変わりなく。何も語らず、ただ静かに街と住人を見守り続けている。件の社が再建されて、いつか《竜》が池袋の空からいなくなる日は来るのだろうか。
街への信仰、街への愛着。日常に深く根付き過ぎていて、人はついついそれを忘れがちだ。生まれてから変わらずその場所に住み続けていれば尚更かもしれない。辛い思い出が染みついて、自分の住む場所が好きになれないという人もいるだろう。
だが、それでも私は、この街が好きだ。その理由が他人から見てどれだけくだらないと思われるものだとしても。《竜》が現れたのが、池袋の街を好いてくれている人がいなくなったからだというのなら、私はこれからもライターとしてこの街の魅力を伝えていく使命があるように思う。今はまだ《竜》ばかりが取り沙汰されているが、池袋の魅力はそれだけではない。この短いページでは書き切れないほど、街の至る所に詰まっている。
今回の記事でもし貴方が池袋の街に興味を持ってくれたのなら、調べてみてほしい。そして行ってみてほしい。池袋の街は変わらずそこにある。いつでも貴方が来るのを待っている。
もし街に意志と呼べるものがあるのなら、池袋の街はきっとこう言うだろう。
「池袋に、ようこそ」
---終---
天翔ける街 棗颯介 @rainaon
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