最終話 されど歩みは止まらず

 散々泣いた後、色々と恥ずかしさが込み上げてきた椿は、大地から逃げるようにしてシャワールームへ向かい、汗を流す。


 隠れ家セーフハウスのクローゼットには、以前大地とともに両親の墓参りに向かった際にしていた服装――デニムパンツと黒のブラウス、白のジャケットのセットがあったので、そちらに着替え、無用の長物となったテーセウス用の絶縁スーツは廃棄する。

 大地がそのことを知れば、まず間違いなく残念がるだろうが、さすがに知ったことではなかった。


 服と同様、隠れ家の物資として備蓄されていたスマホを持ち出し、まだ生きている組織自前の回線に繋げてから、眠っていた三日間に起きた世間の動向を知るためにネット上の情報を見て回っていく。


 ヒーロー側の損害は、大地が言っていたとおりアンブレイカーが戦死。

 フォトンホープは意識不明の重体。

 ピュアウィンドは軽傷だったものの、ベレヌスが東京に落下するのを阻止した際に相当無理をしたらしく、風の力を失ったとのことだった。


 負けはしたが、ヒーローたちも無事では済まなかった。

 その事実は、ほんの少しながらも慰めにはなった。


「しかし、ピュアウィンドが力を失った件については黙っていればいいものを」


 SNS上の噂だけならともかく、れっきとしたニュースサイトまでもが喜々としてヒーローの不利益になるような情報を掲載しているのは、正直どうかと椿は思う。


 その逆に、グランドマスターが東京を消滅させるという声明を出した後の、政治家の動向については極端に情報が少ないものだから、度し難いとしか言い様がなかった。

 SNSなどを見た限り、声明後に東京から逃げ出した政治家が少なからずいたという話だから、なおさらに。


《ディバイン・リベリオン》についての情報は、ニュースサイトは大地から聞いた話と似たり寄ったりのものしかなく、SNSは組織への罵詈雑言ばかりだったので、調べるだけ時間の無駄だった。


 あとは情報の裏取りをするだけだが、さすがにスマホ一台で各機関をハッキングするのはリスクが大きすぎるので、情報収集はこれくらいにして、大地のいる部屋へ戻ることにする。


 部屋に戻った途端、


「で、〝これから〟どうするよ?」


 大地が、試すように訊ねてくる。

〝これから〟とは、隠れ家を出るのか出ないのかという差し迫って決めるべき事案は勿論のこと、今後エネミーとしてどう行動するのか、そもそもエネミーを続けるのかという決断も含めての話であることを、椿は理解していた。


「ヒーローとの戦いに敗れたことで、組織の中核を担うグランドマスターとダークナイトが死に、本拠地でもあったベレヌスを失った今、《ディバイン・リベリオン》は事実上滅んだと言っていい。だが――」

「だからこそ退く気はない……だろ?」


 一言一句たがうことなく言い当てられたことを少ししゃくに思いながら、首肯を返す。


「わたしは生涯、奴らを許すことはないだろう。この想いがある以上、表社会に戻りたいなどとは欠片ほども思わない。それに〝裏〟からの働きかけなしに、父様と母様が、グランドマスターが目指した、エネミー正義ヒーローという二元論的な考え方をこの世界から払拭することなんてできはしない。だから……」


 宣言するように、言葉をつぐ。


「わたしはグランドマスターの、《ディバイン・リベリオン》の遺志を継ぎ、次こそは絶対に父様と母様が目指した世界を実現してみせる」

「ならオレは、その手伝いをさせてもらうってことで」


 軽い調子で宣言に乗っかってくる大地に、椿は難色を示す。


「わかっているのか、大地? 《ディバイン・リベリオン》という後ろ盾がなくなった以上、身に降りかかる危険は今までの比ではないぞ」

「わかってねぇのはオマエの方だ。ろくに戦えもしねぇのに、どうやって〝今まで以上の危険〟ってやつを振り払うつもりなんだよ?」

「……もう少し設備が整っている隠れ家にいけば、戦う力くらいはことができる」

「それまでに、危険ってやつが降りかかってきたら?」


 ぐうの音も出ないほどに痛いところを突かれ、口ごもってしまう。

 そんな椿を見て大地は、にへらと笑った。


「わかってるぜ。心の底じゃオレのことを巻き込みたくないとか、そんな感じのことを考えてることくらい。だがまぁ、いい加減諦めろ。オマエのいる場所なら、オレは天国だろうが地獄だろうが、オマエの意思に関係なくついて行くつもりだからな」


 相変わらず直球すぎる好意に、少しだけ頬が熱くなっていくのを感じた椿は、意趣返しも含めて指摘する。


「言ってることが、まるきりストーカーだぞ。阿呆」

「スト……ッ!?」


 絶句する、大地。

 その表情は、今にも吐血して死にかねないほどに苦悶と絶望に充ち満ちていた。

 まさかここまで効くとは思ってなかった椿は、深々とため息をつく。


「……ごめん。今のはちょっと言い過ぎた」

「…………本当か?」


 もう一度、諦めたように深々とため息をつく。


「本当だ。だから……その……あれだ……〝これから〟も、よろしく頼む」


 散々目を泳がせた挙句、相手から盛大に顔を逸らしながら言う。

 頬は、もはや決定的なまでに熱くなっていた。


 先程まで苦悶と絶望が嘘のように、大地はニッカリと笑う。


「あぁ。よろしく頼まれてやるよ」



 こうして《、椿と大地の戦いは終わった。


 けれど椿も、大地も、今はまだ知らない。


 二人にとって本当の戦いは、それこそ〝これから〟だということを……。

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