第8話 いつか還る日まで

 埋葬を終え、俺は奈々果の車のハンドルをにぎり、福岡市方面へと走らせていた。

 助手席には奈々果を乗せて、トランクには土産としてもらった果物や日本酒を乗せて。

「結局、1週間も村にいたんだな」

 予想外に滞在が長くなってしまった。レンタカーは翌日にはジイサマたちの手により返却されていた。おかげで多額の延長料金を支払わずに済んだ。

「祥吾が長く村にいてくれてみんな喜んどったよ。農道の草刈りと稲刈りと、あとうちの梨の収穫まで手伝ってもらったし」

「梨のほうはあまり役に立たなかったけどな」

 熟した梨と未熟な梨の判断が難しいため、どれをもいだらいいのか、いちいち奈々果やおじさんたちに確認しなければならなかったので、大して役に立っていない。

「梨の収穫は経験が大事やけん。やってるうちにコツがわかるけん平気よ。そのうち慣れるって」

「なんだよ。毎年手伝いに来いって?」

「うん!」

 奈々果だけでなく、おじさんも俺を来年の労働力としてカウントしてそうで怖い。



 やがて車は福岡市内に入った。が、空港には向かわず、都心部を抜けて海を目指す。

 大濠公園を通り過ぎてさらに進み、福岡タワー近くの駐車場に車を停めた。

「ここでいいのか?」

「うん。ありがとう」

 奈々果はこの辺で一人暮らしをしているらしい。

「ちょっと寄っていく?」

「えっ、いや、まずいだろ。おじさんに怒られる」

 子供のころからの付き合いとはいえ、女の一人暮らしの部屋に行くのは……。

 俺が渋ると、奈々果は慌てたように、

「な、何を勘違いしとると! そこ、そうよ、そこに寄って行こうって言ってるだけやん!」と目の前の海を指さした。

 なんだ。がっかりした。


 俺たちは車をおりて、砂浜を散歩することにした。もう夕暮れ時だ。夕日を浴びて輝く砂浜をゆっくり踏みしめて歩いていく。海から吹く強い風に、奈々果は髪を押さえた。

「潮の香りがするね」

「ああ……」

 もう9月だというのに海水浴をしている外国人が何人かいた。砂浜に建てられたバーベキューの店からは陽気な音楽が流れ、テラス席では腕に入れ墨をした若い男女がビールを飲みながら談笑していた。

 音楽に耳を傾けながら、日暮れ時のビーチを歩いていると、奈々果が腕を組んできたので、そのままにさせておいた。

「なあ」

 俺はずっと考えていたことを口にした。

「あの広場に天皇が埋葬されてるってことはないか?」

 村には天皇の墓があると言われているが、具体的な場所はどこかわかっていない。村には、流れ着いたよそ者の遺体は広場に埋めるという風習がある。ということは、天智天皇の墓はあの広場だということにならないだろうか。

「あの土地を守るために、村の男全員で登記したんだろう。それぐらい大事な場所なんだから、あそこが天皇の墓と考えるのが自然じゃないか」

 もう今となっては、あの土地は誰にも売買できないだろう。所有者が多すぎて登記移転の手続きもままならない。曾祖父たちがそれを狙っていたかどうかはわからないが、現実として、あの土地は未来永劫あのまま村人全員の土地として残されるに違いない。

「祥吾、もういいかげん天皇の墓のことは忘れようよ」

「何だよ、このロマンがわからんのか」

「わからん」

 まったく。


 この後、俺たちは大名のあたりまで食事に行き、そして、俺は飛行機には乗らず、奈々果の部屋に泊まった。

 翌朝、身支度を整える奈々果の背中をベッドに寝転んで呆然と眺めながら、もしかしてこれは梨農家への就職が決まってしまったのではないだろうかと考えた。



 自分のアパートに戻ると、伯母から電話がかかってきたので、事の顛末を話した。

「大林さんが税金を払ってくれるとね。それなら安心やね」

「それで、実家のことなんだけどさ、だいぶガタが来ていて近所の人が困ってるみたいなんだ」

「ああ、あそこは私が正式に相続できることになったから安心しなさい。近々、取り壊す予定よ」

「そうか……」

 子供のころに思い出をつくった家だ、荒れたまま放置するのも気が引けるが、なくなると思うと寂しい気もした。

「更地にしたら、あんたにあげる。人に貸してもいいし、あんたがそこに家でも建てて暮らしてもいい。好きにしんしゃい」

 遠い未来、俺はあそこに家を建てる、そんな予感がした。


 どこかで、あの男の子が笑った気がした。


 気の毒な魂は村へとたどり着き、再び生まれ変わる。

 あの子の魂は、俺と奈々果のもとに流れ着いて、今度こそ幸せになるために生まれるときを待っているのだろうか。



 <終わり>

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ウルバンの寄辺 ゴオルド @hasupalen

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