彼の「小説」がとにかく読みたい。
飯田太朗
毎日をやっていこう
ボクの尊敬する作家さんがよく言っていた。
毎日をやっていこう。
この言葉には、本当は色んな意味があるのだけれど、とりあえず今日は、ボクがこの言葉を胸に抱いて『エディター』討伐をするようになった経緯について触れたいと思う。
*
ボクにできることなんてたかが知れている。
日常でもそう。ボクにできる仕事なんて大したことない。
上司には、怒られる。一応、それが励ましであることは分かっているのだけれど、心が強くないボクは毎回結構へこむ。今日もため息をつきながら、屋上でお弁当を突く。
「あ」
ふと、今日が木曜日であることを思いだした。
「ラジオの準備しなくちゃ」
些細なことで落ち込むボクの、小さな得意分野。
声だ。声の仕事。例えば、詩や小説を朗読する、なんてこともするし、歌ってみたり、ラジオをやってみたり、一応色々手を出してみてはいる。
日常でも声を褒められることは多い。
プレゼンでは大抵トップバッターをやらされる……やめてほしいけど……。
ボクは自分の声が好きだった。もちろん、まだまだやれることはあるし、まだまだ駄目な部分はいっぱいあるけど、ボクがボクらしくいられる場所。それが声だった。
でも、事情は少しずつ変わってくる。
朗読をやる、とボクは言った。でもボクに朗読の仕事をくれる人は意外に少ない。詩にしても、小説にしても。
だったらいっそ、自分で作ってしまえばいいじゃないか。
その発想に至るのは当然と言えば当然だった。
そういうわけで、ボクは創作電脳空間「カクヨム」に頻繁に足を運んでいた。
「皆様こんばんは。『カクヨム』の自称『ヒメ』こと……」
ラジオの決まり文句。どんなに疲れていてもこの言葉を口にしている時だけは元気が出る。
ボクの声を聴いてくれる人がいる。ボクのラジオに集まってくれる人がいる。
それだけで、何だか、とても、幸せな気分になる。
「……本日はゲストをお呼びしています。何とですね、ボクの大好きな、そして尊敬しているWeb作家、六畳のえるさんに来ていただきました……!」
「どうも、皆さんこんばんは」
低いけれど、軽快な調子の声。
聞いていて明るい気持ちになれる。
当人は「俺なんて世の辛みしか吐き出してないぞ」なんて言ってるけど、彼の言うところの「辛み」には彼らしい「ユーモア」が混ざっていて、同じように日常の辛さを実感しているボクはいつもくすっと笑わせてもらっている。
そんな彼の、作品と言ったら……!
だってさ、例えば炎を吹きつけられたとして、その炎を「これは炎の
面白くない訳がないじゃない!
「さてさて、今夜はのえるさんと共に楽しい時間を過ごしていけたらと思います。そんな六畳のえるさんと言えば……?」
ラジオを進めていく。尊敬できる人とひとつのコンテンツを作れる。
ボクは何て幸せなんだろう!
でも幸せな時間ほどあっという間に過ぎていく。
「……さて、そろそろ時間かな? のえるさん本日はどうもありがとうございました!」
「いえいえ、楽しかったです」
「次回は飯田さんからのおすすめ小説を紹介しようかな? いつもボクのラジオを聴いてくださってありがとうございます飯田さん」
飯田さんは最近仲良くしている「カクヨム」Web作家の一人だ。ミステリーを書いている。彼の作品をちゃんと読んだことはないけれど……でも、あの人の作品は美味しそう。
飯田さんもラジオをやっている。創作にかかわること、奥さんとの雑談、色々なコンテンツを発信している。そういう意味ではライバル……かな? でもボクも彼も同じ日の同じ時間に放送がかぶらないようにしているし、ライバルというより同業者程度の関係の方が正しいかもしれない。もちろん、飯田さんとのえるさんも知り合い同士だ。
ボクものえるさんも飯田さんも、創作電脳空間「カクヨム」で活動している。
のえるさんはもっと手広くやっているらしい。他の小説投稿サイトでも活動している。ボクもたまに遠征に出る。よそのサイトはよそのサイトでまた、楽しい。
「僕は『カクヨム』オンリー」
飯田さんと初めて知り合った頃……「カクヨム」内のバーだったかな? 彼はハイボールを片手に気だるそうに話していた。
「キャッチコピー制度が好きでね。よそではやってないかな」
「ボクはたまにおでかけします」
「君はのえるさんが好きだもんな」
「ええ、まぁ」
ボクが照れているとバーに新しい客があった。
「おっ、飯田さん。飲んでますねー」
のえるさんだ。
のえるさんもよく「カクヨム」のバーにやってくる。彼は日本酒の趣味もあって、お酒のコラムなんかも書いているので本当に詳しいのだ。基本的に「カクヨム」の居酒屋エリアでお酒を飲んでいることが多いけれど……今日は、飯田さんがよく姿を現すバーにやってきたようだ。
「お次は何になされますか?」
バーテンプログラムに訊かれた飯田さんが応える。
「ソルティ……いや、ハイボールで」
そういや、と飯田さんがのえるさんに訊く。
「バーだとハイボールがウィスキーソーダって呼ばれたりしますよね。あれってどうしてなんです?」
「ああ、それは……」
と、のえるさんのお酒談議が始まる。
作家たちが自由に、自分の好きなことを、好きなように発信して、楽しんで、楽しませて、暮らす。
ボクはそんな「カクヨム」が好きだった。
のえるさんの拠り所のひとつである「カクヨム」が好きだった。
飯田さんみたいな新しい知り合いができる「カクヨム」が好きだった。
そんな「カクヨム」に異変が起きたのは、「カクヨム」闘技場でイベントが開かれた日のことだった。
もちろんボクはイベントには参加しなかった。戦闘は……できなくはないけど相手が限られる。色んな意味で、ボクは強いけれど……一応、「ヒメ」だし。
「皆さんこんにちは。『カクヨム』の自称『ヒメ』こと……」
しかしボクのいる「カクヨム」内のスタジオからでも、その異変はすぐに見てとれた。
「え……」
放送中であることも忘れて、ボクは「カクヨム」の空を見ていた。スタジオの窓に近づき、ガラスに手を触れ外を見る。
空が割れて、中から何かが降ってきている……。
ボクが事態を飲み込むのと、地響きが起きてスタジオが揺らされたのとはほぼ同時だった。悲鳴を上げて、つんのめる。照明が消え、闇に包まれた。
*
「カクヨム」サイバーテロ事件。
「カクヨム」内に何者かがウィルスをばら撒いたのだ。ウィルスは作家の作品を犯し、作品から様々なものを引っ張り出し、暴れさせた。
ボクのいるスタジオを襲ったのも、ある作家のミステリー作品から出てきた爆弾魔による爆撃だった。
多分、飯田さんの作品に比べると純度が低かったのだろう。
そんなに美味しくはなかった。でもミステリーだった。ボクの守備範囲内だ。
闘技場に逃げ込んだボクたち作家は戦闘を余儀なくされた。ボクも戦った。ボクのスタジオを爆破したテロリストと。幸いにも、ボクの能力は相性が良かった。ボクは最低限、ボクの身を守ることには成功した。
「カクヨム」のクラッシュアカウント置き場、通称「墓地」には様々なアカウントの残骸が堆く積まれている。
あの山の中に、ボクもいたとしたら。
ゾッとする。ゾッとする。
「カクヨム」内でギルドが出来た。
「カクヨム」運営が作家に自衛を求めたからだ。これを機に「カクヨム」から去る人、逆に「カクヨム」に流れ込んでくる人、「カクヨム」内に残って何とか作品を守ろうとする人、様々だった。
そんな人たちが結束し、サイバーウィルスこと『エディター』に抗う目的で作られた集団、それがギルドだった。
ギルドは三つあった。
それぞれのギルドに関して情報は集めた。どこかに入ろう。どこかに入らなければ。そうじゃないとあの「墓場」にあるアカウントみたいになるから。「カクヨム」から出ることも考えたが、ここにしかない作品もある。ウィルス騒動後、他のサイトはセキュリティを厳しくして、「カクヨム」からの作品の持ち込みを禁止したので、同時に複数サイトで連載していた作品でもない限り移植はできない。ボクはボクの作品を守る必要がある。
ギルドを選ばなければ。そう思っていた時に、あの人から声がかかった。
ボクの尊敬する作家、六畳のえるさん。
「ギルドを新しく作る」
それは、希望の光のような言葉だった。
「仲間を集めている。よかったら、来てくれないでしょうか」
「ボクなんかでお役に立てるかは分かりませんが……」
するとのえるさんは首を横に振った。
「人を勇気づけたり、元気にさせたりすることができる作家。そんな作家が、必要なんだ」
不思議だった。
その一言で、何でも頑張れる気がした。
*
今の「カクヨム」での生活は、辛いことの方が多い。
仲間が死ぬことだってある。アカウントのクラッシュは下手すればリアルの世界での死だ。最低でも脳機能障害は免れない。「カクヨム」運営は必ず復旧すると言ってはいるが、どこまで信用できるか分からない。
毎日が、辛い。
趣味の空間でまで辛い思いをする意味なんてない。作品なんて捨ててさっさと逃げた方がいい。
普通の人はそう思うだろう。でもボクは作家だ。作品の生みの親だ。捨てるわけにはいかない。ボクが生み出したボクの物語を、ボクが面倒見なかったら誰が見るって言うんだ。
だから毎日、ボクは「カクヨム」にログインする。
今日も誰か死ぬかもしれない。
今日も誰か傷つくかもしれない。
自分の作品が壊されるかもしれない。
自分が殺されるかもしれない。
そんな恐怖に立ち向かえる、魔法の言葉がある。ボクの尊敬する作家が言ってくれた言葉だ。
毎日をやっていこう。
作家は言葉に命を吹き込む存在だ。
そして同時に、言葉に命を、吹き込まれるのだ。
彼の「小説」がとにかく読みたい。 飯田太朗 @taroIda
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