エピローグ
退廃的(クソ)な人生、それでも
そうして、佐藤は死んだ。周囲の期待を裏切り、私だけが蘇える。これがゲームだったら「バッドエンド」だと言われ、非難され、実は今までの道中でハッピーエンドに導くためのアイテムがあったのかもしれない。私は佐藤のお葬式に行くほど心を強くできなかった。色んな秘密を抱えたまま、佐藤は燃やされ、灰になり、骨壺へと詰められた。関係性は死に絶えた。断絶した。
あれから、私は上手く眠ることができなくなった。新しい早朝のバイト先が見つからないストレスなのか、それとも、ミュトスというよく分からないものに残してきた未練なのか。もしも「二周目」というものができるのなら、今度こそはバッドエンドを防げるような気はする。でも、「一周目」のように心は多分ない。繰り返すことができると分かれば、誰が死んでも今度こそ心が痛まなくなる。
肺を煙草の煙で埋めると、口から吐き出す。高校生になった妹からは「お姉ちゃん早死にするよ?」と本気で嫌がられたが、これがなければ生きることができない。今すぐにでも、ベランダから飛び降りて死んでしまう自信すらある。
「……過去なんて、いつだってクソみたいなことばっかりだよ。佐藤」
死んだ人間というのは、どうしてこうも「心」に残っているのだろうか。私たちの意識は実際、私が蘇えった時には分離していた。少なくとも佐藤の気配はなかった。それでも、隣で枯れていく植物と一緒に滅ぶ佐藤の姿を見て、心の中の思い出が「形」になった。その瞬間から、心の中にずっと佐藤が住み着いている。
今日もそろそろ深夜のコンビニバイトだなと煙草を足で消そうとして、さすがにやめておくかと灰皿に擦り付ける。セックスよりも処理が簡単ではあるが、消えない匂いという意味では良い勝負だ。
コートを羽織ってアパートの一室から出ようとすると、ちょうど外からノックの音がした。妹か叔母さんが鍵でも忘れたのかと開けてやると、そこには見覚えのある顔があった。もちろん死んだ人間、ではなく、メリープさんの方だ。ご高齢だしもう引退したのかと思っていたが、杖をつきながらだが、昔と変わらずの恰好で黒服の人たちを引き連れていた。
「なんですか。……もう、私に関わる理由はないと思うんですが」
「えぇ、まぁ。晩杯亜様が亡くなられた今、鈴木様とも接触はするなと旦那様からのお達しがございます。ですが、一つだけ伝えておきたいことがありまして」
「それは……バイトが終わってからじゃダメですか」
その発言への返事の代わりに、少なくとも十万円はありそうな札束を見せてくる。一瞬受け取ろうとしたが、いや、と思う。丁重に断ると、私はバイト先に「休みます」とだけメールを送った。また、貴重な仕事先を失うことになりそうだ。ここ数年はせっかく安定して給料も良い場所を見つけていたというのに、心がピリピリしてしまう。
そうしてメリープさんに呼ばれたのは、あの日に訪れたカフェだった。お金持ちなんだし、てっきりもっといいレストランにでも呼ぶのかと思っていてびっくりする。私はコーヒーを頼むと、メリープさんはパイナップルジュースを頼んだ。届いているのを待っている間に、メリープさんは皺を寄らせて口を開いた
「あのミュトスには、確かに”正解”のルートがございました。それを辿れば晩杯亜様は救える予定でした。ですが、貴女は全てを失敗して”間違い”のルートに至ってしまいました」
「……数年越しに、私を責めに来たんですか」
「いえ、とんでもない。鈴木様は実際、晩杯亜様を助けようと思ってくれていました。ですが、その思いも結局は失敗につながった。……ポケットの中の切符を覚えていますか?」
「はい。あれがどうかしたんですか?」
「あの切符は本来、晩杯亜様を助けるために必要なものでした。最後にあの切符を使うことで、二人一緒に帰るルートが存在したのです」
ちょうどこのタイミングでコーヒーと紅茶が届いた。私はコーヒーを一口飲むと、口の中に程よい酸味が広がる。やっぱりここのコーヒーは美味しくない。だが、それで目が覚めた。今の会話のおかしさに、あるいは、過去に聞き忘れていたことを。
そもそも、あのミュトスというもの自体が謎だったのに、どうして「バグ」なんてものが発生したのか。どうして、メリープさんは「ロゴス・ユーリカ」というものを知っていたのか。どうして、「正解」のルートを知っているのか。私が睨み付けると、口先をホの形に尖らせて笑った。
「望む人間に”ゲーム”として願いを叶えるチャンスを与え、どういう結末を迎えるのかを観察する。それはまさに、一種の娯楽」
「キミは……一体、何者なんですか?」
「誰でもあるし誰でもない。未来の人間であるかもしれないし、過去の文明に生きた人間かもしれない。あるいは、現代に生きる神なのかもしれない。ただ、一つだけ言えるのならば。……私の正体を知っても、その先にあるのは”破滅”だけです」
パイナップルジュースを飲み干すと、「それでは」とだけ言い残してメリープさんは姿を”変えた”。完璧なスタイル、完璧な美貌、あらゆる人間が「美しい」と表現するような見た目。店内の視線を釘付けにすると、あっという間に消えた。
意識を取り戻すと、目の前にはあの十万円ほどはある札束が置かれていた。時計を見ると、今から走ればバイトの開始時間に間に合いそうだった。私は十万円を懐へ入れると、バイト先へと急いだ。
キミを踏破する旅 海沈生物 @sweetmaron1
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