Surrounded

詩人

最終章、不死の魔女

 蔵の棚にある祖父の日記は、残り一冊となった。何章かに分かれている姉弟の物語は、ようやく完結する。未だ「不死アンデッド」が、魔女として忌み嫌われていた時代の話だ──



 俺の村が魔女を匿っているとの疑いをかけられて、司祭や政府の役人が村へやって来た。村人は全員拘束され、一人ずつ魔女の所在を問われてゆく。魔女など誰も知らない。それが真実だというのに、司祭は「魔女の仲間だ」と発狂し、村人を火炙りに処していった。

「お前らふざけんじゃねぇぞ!! 魔女なんかいねぇって、言ってんだろが……!! そもそも死なねぇ人間なんか捕らえて何になるんだよっ!!」

 仲間が死んでゆく。村長も、サナエも、まだ年端もゆかない赤ん坊たちですら跡形が無くなるほど溶けてゆく。そんな惨状に俺は耐えきれず、遂に魔女審判に抵抗した。それが一体どれほどの意味を持つか、当然理解していた。

 司祭が別の村人の審判を中断し、俺の元に近づいてくる。無言で俺の腕に焼印を押した。皮膚に凄まじい衝撃を感じ、一瞬だけ失神しかけた。しかし堪えた俺は司祭を睨みつけた。跪いている俺を、司祭は虫でも見るかのような下衆な視線で刺す。

「……ぃっ、死ねよっ、クズがぁっ!!」

「もうやめて!」

 鼓膜を劈くような悲痛な叫びが、すぐ隣から聴こえた。姉貴が、涙も鼻水もグズグズ垂らしていた。

「私が魔女──不死の魔女です。隠してきてすみませんでした」

 残った村人に向けて、姉貴は手を後ろで縛られたまま土下座した。額を地に何度も打ち付け、やがて血も滲み聞きたくもないようなリアルな血液の音に変わる。

「ヒナタ──全部お前のせいじゃねぇか!!! 村長も、村のみんなが死んだのも全部ぜんぶ! なんでみんなが死んで、お前は死なねぇんだよっ……!! この魔女……悪魔め!!」

 サクヤさんがヒナタを糾弾し、それによってタガが外れたかのように村人は口々にヒナタを糾弾し始めた。その間ヒナタは、泣きながら「ごめんなさい、ごめんなさいっ……」と謝り続けていた。

「おい、姉貴……。どういうことなんだよ……意味分かんねぇこと言うなよ……!」

 この状況で、俺だけが理解していなかった。──厳密に言えば、俺だけが現実を拒んだのだ。姉貴が連れ去られるという事実を受け入れられなかった。

「ごめんね、ハル。ずっと騙してて、ごめん。お姉ちゃん、悪い魔女なんだ。永遠に『死』を許されないという制約を受けた魔女だ。……司祭さん、だから私をこのまま拐ってください。そして、村の人を解放してください」

 司祭は嗜めるように、ヒナタのことを見つめた。

「分かりました。不死の魔女の命を以て、村人は解放してやる」

 司祭がそう宣言すると、政府の役人たちは次々と拘束を解いていった。たった一人を除いては。ヒナタは目隠し用の袋を被せられ、司祭と共に村を出て行った。

 茫然とした。

 俺は何故姉貴を守れなかったのか。

 姉貴は俺を守ってくれたというのに。


「私が死ぬ時は、誰かを守って死にたいな」


 姉貴。

 別れを美しむバッドエンドなんていらない。

 たくさんの命が奪われようと、俺は俺自身の選択をする。

 俺は──

「姉貴っ、伏せろ!」

 俺は、姉貴を助ける。

 司祭らは隠し持った拳銃で俺に向かって発砲してくる。当然、俺は銃弾の雨に撃たれて倒れた。視界で揺れる姉貴の顔が、みるみる絶望に染まってゆく。

 見てろ、姉貴。希望の結末を見せてやる。

 そして俺は死んだ。

 詠唱など要らない。

 だって俺は──


 ──不死の魔女だから。


 俺の魔力マナを使った英霊たちが司祭らを皆殺しにした。呆気に取られているヒナタの手を引き、俺は駆け出した。

 走り続けて見つけた、荒れ果てた大地にポツンと建つ小屋で一夜を過ごすことにした。

「なんであんな嘘吐いたんだよ」

「だって魔女なんかいないと思ってたから、私が身代わりになろうとして……。ねぇハル、本当にあなたが魔女なの?」

「そうだ。死んだ人たちには申し訳ないと思ってる。……黙っててごめん」

「ハルも辛かったんだよね。ハルのせいで亡くなった人はいる。その罪は背負わないといけないけど、守った命だってあるんだよ。今、ハルと繋いでる」

 思わず姉貴を見た。そこには果てしない闇しかない。

 自らを偽り続け、たくさんの命を奪ってきたこの俺を、赦してくれようとしているのか?

「姉貴……。あね……っ、くっ……! うぁぁぁぁ……っ!!」

 15年という、これから永遠に生き続ける罪深き命を、姉貴は真っ向から肯定してくれた。闇の中から二つの手が伸びる。情けなくも、俺は姉貴の胸の中で激しく泣き喚いた。

「魔女さんって、意外と優しいのね。私、もっとおっかない人だと思ってた」

 こんなに近づいても姉貴の顔は見えない。しかし、柔く微笑んでいることはすぐに分かった。

「充分おっかないよ」

 何人も殺してきた。

 嘘も幾つも吐いてきた。

 俺は、魔女だ。

「ねぇ、今からお姉ちゃん、おかしなこと言うけど独り言だからね」

「うん」

「人間って、どうして生まれたんだろう。そんなの、最初の二人が子どもを作って、また子どもが子どもを作って、繁栄したんだって分かってるよ。でもね、みんな家族同士でしょ? じゃあ、魔女さんはどうして子孫を残すの?」

 姉貴を見た。闇しかない。

「お姉ちゃんと、エッチしよっか。──独り言じゃないよ」

「姉貴っ──!」

 それはいくらなんでも……。

「そう、だよね……。でもね、私魔女さんとならいいよ」

 そうか。魔女さんとなら、か。

 姉貴が欲しているのは、ハルではない。

「後悔、するなよ」

 闇の中で、魔女の唇がヒナタのそれに触れた。



 遠く遠く、魔女のことなんて知らないような田舎で二年を過ごし、新たな村では俺たち家族はとても優しく扱われた。最初はみんな、他の地域からやって来た俺たちに不信感はあったが、また嘘を吐いて上手くやった。

 俺は魔女にさせられた魔女だったから、半魔女がどう成長していくのか分からなかった。が、俺たちの子ども──ミコトは僅か二年間で小学生ほどにまで成長したのだった。

「お、おいっ! ミコトくんが八百屋の娘を食ってる……」

「まさかこいつ、魔女……!」

「ヒナタとハルを捕らえろ!! ……いや、殺せ!」

 あぁ、またこれだ。

 家の中で日記を書いていた俺は、外の喧騒に覚悟した。家の中に人が大勢入り込んできて、俺に向かって銃を向けた。なんだよ、魔女のこと知ってたのかよ。

 今度こそ躊躇がない。また俺は、この人たちを殺さなければいけないのか。

「撃てぇ!!」

 銃弾の雨は、俺に当たることはなかった。

 全ての銃弾を、姉貴が浴びていたのだ。

「何してんだ姉貴っ! 俺は、死なねぇんだぞっ!」

「いいや、ハルは毎回死んでるよ。お姉ちゃんの言葉を信じて、誰かを守って死んでるの。だから今度は、私が守る番。もうハルは死なせない。ミコトのこと、よろしくね」

 姉貴はその場で息絶え、俺もまた死んだ。


 小さな命を腕に抱きながら、魔女が赦される幻の場所を目指して、死を抱えながら生きていく。

 愛する人を、守るために。



 日記を読み終え、壮大なストーリーに別れを告げた。

 心配しないで、おじいちゃん。

 不死が、そして魔女が平和に生きられる世界を僕は生きているから。

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Surrounded 詩人 @oro37

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