12
***
そして、私は目を開ける。果てのない草原が、朝の光を浴びて柔らかく輝いている。かつての私が知っていた蒼白いものとは根底から異なる――もっと優しい、薄絹のような光だ。
懐かしい泉も、それを囲う木々も、もう存在しない。〈青の帳〉も存在しないのだろう、と思っているけれど、私のなかに残存している享楽的な性格が、そう思い込ませたがっているだけかもしれない。なんにしろ、あの世界のことを知る方法はもうなにもないのだ。
私。まだ〈死せる魂〉のままなのか、記憶だけを引き継いだまったく別個の存在になったのか、あるいはあの世界の出来事のいっさいが長い夢で、今ここにいる私こそが真実の私なのか、そのあたりのことはいまだに分からないままだ。円環の外側へ脱出したからこそこうして当時を振り返りうるのかもしれないと思うこともあるが、ここが外であるという証拠はどこにもない。最初から円環の外側にいる者たちだって、ここよりさらに外側の世界があるのかもしれない、と感じているのではないかという気が、今の私にはする。
私は何者なのか? その問いに対する答えは、この言葉を引くのが適切なのだと思う。自分が何者かなんて分かってはいない。分かっている者などどこにも居はしない。
風が起き、私の前髪を揺らす。幽かに草の匂いがする。空の青とひとつになったような気がする。ここはきっと完璧な世界ではないのだろうけれど、それでも私には、このうえなく愛おしい感覚だ。
少し嘘を吐いた。このうえなく、という言葉はまだ使うべきではなかった。〈詩人〉でなくなってから、どうにも言葉の扱いがいい加減になったようだ。
息を吸い上げる。明るんだ地平線の向こうから、ひとつの人影がまっしぐらに駆けてくる。私もまた駆ける。両腕を広げて、飛び込んできた彼女を抱擁する。固く抱き締め、その確かな温もりを感じながら、やっとのことで相手の耳元に唇を近づけて、ここはどう、と訊ねる。
「まだなにも分からないけど」と懐かしすぎた声が応じる。「生まれなおして、初めて呼吸したような気分だよ」
Bluecracy 下村アンダーソン @simonmoulin
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