Scholeío
επίλογος
「そうそう、最後に一つ注意があります」
職員室の応接セットから腰を上げかけた僕は、これから担任になる先生から呼び止められ、やれやれと座り直す。
転入に纏わる事務的な話を、もうずいぶん長くしていた。やっと解放されると喜んだ気分が意気消沈するのも仕方ない。
「生徒会には注意してください」
「……それって、どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味です。少々個性派が揃っていまして、いえ、その何と言いますかトラブルメーカーと言いますか、面白そうな生徒をスカウトする傾向がありまして」
「僕は別に面白くないですよ?」
「彼らの基準はよく分かりません。もっとも、行動、言動、掲げている団体名もよく分からないのですが」
担任は、笑うと年端もいかない少女にも見えるが、いったいいくつくらいの年齢なのだろうか。
「……団体名? 生徒会なのでは?」
「〝アルゴノーツ〟を名乗ってます。なんでも金色の羊毛、つまり当校に集う生徒は皆、金色の毛を持つ羊で、その才能を見つけ出すとかなんとか」
「アルゴノーツ、確か冒険者とかの意味ですね。ギリシャ神話でコルキスを目指したアルゴー号に乗った英雄たちの逸話からでしたっけ?」
「あら、詳しいのね」
「中二病で通り過ぎる道ですからね。嫌いじゃありません」
英雄でもなんでもないけどね。
「お話は以上よ。ようこそ群羊学園へ」
先生はこのタイミングで僕に右手を差し出してきたので、思わず握手する。
ずいぶんフランクなんだな。
僕が異性との皮膚接触によって劣情を覚える異常者だったらどうするつもりなんだろうか、自重してほしい。
「こちらこそ、えっとカネイロ先生?」
「ブラジル人じゃあるまいし、さっき言ったでしょ?
先生は胸元にあるネームプレートを示す。
祥子……なるほど、吉兆ってことか。
「いい名前ですね」
「あなたほどじゃないわ。
先生に見送られ退室する。
「そうそう、あなたの預りモノだけどね、いつでも取りにいらっしゃい」
祥子先生の言葉は、敢えて聞こえないフリをする。
必要ないにしても説明義務は果たしたからね。
そんな言い訳に感じたからだ。
だいいち、恐怖も激怒も今の僕には必要ないだろうが。
金曜の放課後。
もうすっかり晩秋で、西日が金色に輝き始める時刻が近付く。
職員室を出てすぐ、掲示板スペースに不思議なポスターを見つける。
『生徒会役員募集』
と印刷されたポスターは実にユニークな構図だ。
CGで描かれた帆船の上で六人の男女が、船首方向、斜め前方を見つめている。
全員が右腕を伸ばし、人差し指で同じ方向を指している。
航海の目的地は明瞭みたいだな。
写真の六人にはそれぞれ役職と名前が記載されていた。
「会長が
どいつもこいつも、どれだけ七に拘っているんだか。
「相変わらずリーダーは小さいままなんだな」苦笑が漏れる。
ふと、窓の外グラウンドの奥、街を見下ろせるフェンス付近に人影を見つける。
「どうしたもんかな。心の準備ができてない」
呟きの途中、そこにいる人がこちらを見る。
直線距離で百メートル以上は離れているから、そこにいるのが誰かなんて視認できるはずもない。
それでも、僕も、おそらくは向こうも、お互いを認識してしまった。
―――――
「ここはとてもいい場所だね」
「……その感想は同意するけど、昨今、一歩間違えれば事案だからね」
世知辛い世の中だ。
「私服で申し訳ないけど、一応今日からこの学校の生徒なんだ」
「ああ、転校生。それなら仕方ないけど、次からは注意してね。簡単に声掛けできるような安い女じゃないので」
「ちょっと、いくらなんでも失礼だよ」
失礼な応対をする少女と、それを窘める瓜二つの少女。
「
「……あんた、何者? 転校初日からストーキング宣言とは恐れ入るわ」
「そう思うんならあんな個人情報ダダ漏れのポスターなんか掲示しなければいいのに」
「……なるほど。あれを見たのか。ちぇっ、だからボクは嫌だってあれほど言ったのに」
「ミキちゃん、ポーズ指定してノリノリだったくせに」
ああ、未来と書いてミキか。それじゃもう一人が。
「うるさいわよミライ。で、何の用?」
失礼なボクっ子、
前言撤回。
瓜二つは胸以外だった。
「どこ見てんのよ……」
「そっくりなのに性格はずいぶん違うんだなって」
「容姿もって言いたいんでしょ? ちなみに異性の好みも大きく違うのよ、ふふん」
なんでそんなに嬉しそうなんだろう?
「二人とも生徒会なんだよね。一年?」
「そうよ。好きで入った訳じゃないけどね!」
「入学式の最中に会長からスカウトされたの……」苦笑するミライ。
目に浮かぶな。
「僕も入ろうかな? あ、ちなみに僕も一年生です」お辞儀をしておく。
「不純な動機は断っているし、募集条件も厳しいわよ」
「募集条件? どんな?」
「……前世とか昔の記憶を持ってること……」
「なるほど、危ない人の集団って訳か」
「えっと、世界を救ったとか、創世に関わったとか、神話を作ったとか、まっとうな活動経験だよ」
胸の大きい……ミライが慌てた様に弁解する。
それにしても、尾ひれが付きすぎて笑えるな。
「まっとうねぇ、実際はくだらなかっただろうに」
「くだらなくなんてない! みんな必死で頑張った!」
「ちょ、ちょっとミライ、どしたのよ」
なぜ自分がそんな声を出したのか信じられない様子だ。
「でもさ、今のこの世界をどう思う? 過去に崇高な意志を持ち、どんなに頑張ってきたとしても、人は同じ過ちを犯しつつある」
言いながら高台から街を見下ろす。
全てが金色に染まり、世界にはこの色しか存在しない錯覚に陥る。
「そうだけど、でもワタシたちは間違っていない……」
「じゃあさ、確実に破綻に向かっている文明、それを引き起こしている種族である、僕らが生きる意味って何?」
「あんたはどうなのよ。無意味だからって何もせず、何かを残そうとも思わず、何の為に生きてるのよ」
「僕? そうだね、死ぬまで生き続けるだけかな」
「……そりゃあ、ボクもミライも同じような考えだけど、でも、だからこそ何か見つかるかもって、あんな、変な人たちの生徒会に入って……」
黙り込む姉妹。微妙な雰囲気にしてしまったな。
「ごめんごめん。ちょっと嬉しかったからさ、調子に乗っちゃった」
「……嬉しい?」
「うん。正直なところ、何かを果たすなんて高尚な目的なんかなくて、死ぬまでにできるだけ長く生き続けるってのは変わらないんだけどさ、その道を一緒に歩ける人がいるって、それが嬉しいんだ」
「……あなたは、一緒に歩いてくれるの?」
一瞬の静寂が過ぎ、ミライが意志を持った瞳で僕を見る。
訝しむ
「僕と、お前だけいればいい……そう思っていたんだけどな」
苦笑と共に頭を掻く。
「ボクのことは、考えなくていいのに」
ため息の後、こちらも苦笑の
「僕はどうにもわがままみたいでさ、僕につながる一昨日も昨日も、僕から続く明日も明後日も、全部必要みたいだ」
「「キョウらしいね」」
同じ言葉を発して、驚き見つめ合い、やがて可笑しそうに笑い合う双子の顔は、黄昏の金色に染まっている。
ミライ、いや今生の名は
未だ蕾にもならず、花が咲くかも分からない。
でも、僕らはやっと出会えたんだ。
どんな結果を迎えるか分からないし、幸せなんて望んじゃいない。
金色の羊毛に願う。
君たちと一緒に歩いて行ける
今日と未来があればいい。
それが僕の生きる意味だ。
金色の羊毛と忘却のアルゴナウタイ K-enterprise @wanmoo
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