両想い、なんじゃねーの」

@MapleCoffee

一話完結

 十二月。色の薄れた青空に凍てつくような風が通り抜けていく。二人並んで歩く足元に、葉が落ちて枝がむき出しになった街路樹が細々とした影を落としていた。

 ザクリ、と靴の裏で霜柱がはじける。

「最近、寒くなってきたなぁ」

 顔をしかめてミナトが言った。寒さこそ悪だ、と言いたげな表情のまま、白い息を吐きながら分厚いダウンジャケットに顔を半分埋めている。かぶらないまま後ろに放ってあるフードについたモコモコが、湊が一歩進むたびにふわふわと跳ねた。

「寒さに弱いよな、お前」

 夏の暑さには強いのに。

 真っ黒に日焼けするまで外を走り回っていた昨夏の湊を思い返しつつそう横に目線を送ると、湊はポッケに突っ込んだままの俺の手をちらりと見た。

「…シュウ、ホッカイロ持ってたりする?」

 カサリとホッカイロを指先で触る。目敏いな。

「あげないよ」

「う」

 湊がうらめしそうにこちらを見る。しょうがないのだ、釘を差しておかないとふとした拍子に奪って行ってしまうから。そもそもそんなゴツいダウン羽織ってるんだから、いらないだろ。普通。

 帰り道、部活がなかったから普段は時間があわない湊と並んで帰っている。テスト一週間前だから、という理由から目背ければ、舞い上がって踊りたい気分だ。

 ずるいずるい、とぶつぶつ聞こえるのから目をそらし、反対側に目を向けるとクリスマスツリーが目に入った。俺の視線につられたのか、湊があ、と声をあげる。

「もうすぐクリスマスじゃん。今年も7人全員クリボッチだな」

「あれ、龍一別れたんだっけ」

 よく行動を共にする友人グループのメンバーを思い浮かべる。浮いた話が少ないとはいえ、全く無い訳ではなかったような。そうついこの間、恋人ができたとか自慢していた共通の友人の話題を出すと、湊は悪い笑みを浮かべる。

「あいつもこの間ぼっちに逆戻りしましたー!」

「あーあ、いいやつなのにな」

「今年も、どうせいつもみたいに集まるよな?」

 頷く。

 去年もやったクリスマス会という名のお泊まり会を、今年もやろうぜ、という話になっていた。


 高2の冬。1年の時に仲良くなった7人で、毎日馬鹿騒ぎして。楽しいけど、来年は受験でもうここまで自由には遊べないのだと思うと寂しさもある。教室にちらほらと表情険しく問題集と向き合うクラスメイトが増えて、それを隠すように俺らは今も騒いでいる。

 とりあえず3年に入るまでは受験の話はなしにしよう、という暗黙の了解があるのだ。来年度はもうそこまでたくさん集まれないから、今のうちに楽しまなければ。誰も口にはしないのに、そんな空気。

 今年は何を持っていこうか、と真剣に考えている湊の冷風にさらされ赤くなった頬に、一週間前から自室の勉強机にある包みの存在を思い出した。




 一週間前、俺は友人が待ち合わせに遅れるというので駅の改札前に併設されたショッピングモールで時間を潰していた。改札口に挟まれた通路は風が吹きさらしていて、暖を取るためにひやかそうと思ったのだ。

  リースとリボンんで騒がしく飾られた入口を潜り抜けると、人工的な温風が肌を包んだ。赤や黄色の札ばかりついている安売り棚やら、高級感の演出のためか黒に金の印字がされてある札やらが所せましと主張している。

 それらを見るともなしに見ながら、目的も特になくゆっくりと歩いた。

 ―――毎年のことながら、派手だな。所詮は海外の宗教行事なのに。

 そう心の中で呟く。家族かリア充のためのイベントとして定着しているクリスマスの雰囲気は、少しだけ肩身が狭かった。自分の恋心も、特にどうする気もないし。叶う見込みも無ければ、打ち明けられるはずもない。

 湊は大切な友人だ。馬が合うし、いるだけで場が明るくなる。

 なんでも話せる相手だった。去年の今頃までは、多分。でもいつからかよくわからない感情が友情に混ざっていて、気がついた時には恋愛感情とすり替わっていた。

 初めは焦ったが、それを隠して生活するのは、思っていたよりも簡単だった。湊は鈍感だし、俺の表情筋はそこまで感情を表に出そうとしない。何もしなければ、欲を出さなければ、バレる要素がないのだ。

 だから今まで通りに、友達として一緒にいた。仲がいい7人組の、1人と1人。誰か別の奴が湊と仲良くしていようが、カラオケでラブソングをふざけて誰かと歌っていようが、クラスの女子と何かの噂で囃し立てられていようが、何も口出しはできないけど。

 だって何か言ったら友達ですらなくなるかもしれないだろ? 温かい笑顔を浮かべる湊が離れていくかもしれないと考えたら、ひた隠すという選択肢しかなかった。

 ため息をつきながら壁にもたれかかって時間を見ると、待ち合わせた相手が来るのは15分くらい先だった。

 もう少し時間を潰すか、とあたりを見渡すと、クリスマスプレゼント用のコーナーばかりが並ぶ中、目線の端に温かいグレーのマフラーが目に止まった。ぶ厚めの、しっかりしたマフラー。

 –––––湊、いつも寒そうにしてるよな。

 学校についてすぐに暖房の前で震えている湊を思い出す。そんなに寒いなら、もう少ししっかり防寒すればいいのに。

 マフラーを手に取る。

 手触りは柔らかくて、それでいてあたたかそうだった。落ち着いた雰囲気が、やけに湊がいつも着ているダウンに合いそうに見えた。



 –––––あのマフラー、なんで買っちゃんたんだろ。

 ふぅ、とため息をつくと、隣を歩く湊が首を傾げて、どうかしたのか、と表情で聞いた。

「いや、なんでもないよ」

 湊の首元は今日も寒そうで、風が吹く度に彼は首をすくめている。

 ホッカイロ奪われるのはごめんだからだよ、とか、茶化せば不自然じゃないかもしれない。…回りくどいだろうか。

 いっそ渡さなければいいのではとも一度は思ったのだ。

 でもうまく渡せれば、冬の間、湊の首元は俺が買ったマフラーが守ることになるわけで。しかも、湊は物持ちがいいから、数年間は使ってくれる。たぶん。

 そう思うと、渡すしかない気がした。

「そーいやさ、今年もプレゼント持ち寄るんだろ?」

「えっ?」

「? ほら、去年ランダムで交換するやつやったろ? あれのこと」

「あ、ああ、たぶんな」

 …思考、読まれたかと思った。危ない。

「あれ地味にむずくね? 下手にギャグに走ると滑りそうだしさぁ」

 テキトーでいいだろ、そう返しながらまた買ってしまった例の包みを思い浮かべる。

 さて、どうやって渡したものか。








「おー、いらっしゃい。もう皆なかにいるから、はよ上がって」

 ガチャリと玄関が開いて湊が顔を出すなり言った。バチリと目が合う。

 –––––不意打ちは心臓に悪いって!

 胸中で叫びながら、答える。

「おー…、いらっしゃいって、ここおまえん家じゃないだろ」

「勝手知ったる他人の家? だな」

「んー?」

 濡れた傘を折りたたんで隅の方に置かせてもらう。

 去年集まった時はファストフード店やカラオケを梯子したのだが、今年はあいにく雨が降っていた。だから誰かの家に全員で集まることになったのだ。

 雪だったらテンションも上がるのだが、ただの雨だ。めちゃくちゃ寒いのに、雪が降るほどではないらしかった。

 自分の靴と、きっとすでに中にいるやつらが脱ぎ捨てた靴をそろえて手を洗う。

 いろいろ考えているうちにあっという間にクリスマス当日になってしまった。鞄を持ち直すたびにガサガサと中に入れた紙袋が音を立てている。

 わざとらしくないように、とシンプルな紙袋に入れてきてしまったが、もういっそド派手にしておけばよかったんじゃないかと今更ながら思う。色とりどりのうるさい紙でぐるぐるまきにしておけば。どうしよう。今更考えたってしょうがないのだが。

 リビングに入るとすでに四人が並んでテレビゲームをしていた。適当に声をかけて輪に加わる。

 スナックをつまみながらゲームして、それに飽きたらカードゲームに移行して、途中で少し豪華な出前を割り勘で頼んで。

 そんな風に過ごしていると、ふと誰かが言い出した。

「パンケーキの材料ある?」

「たぶんあるけど、どした?」

「ケーキ作ろうぜ、ケーキ!」

「生クリームねーよ」

「コンビニでホイップのやつ売ってるべ」

 数人でどたどたとキッチンに向かったので、あとを追いかける。

 全員料理できるなんて聞いたことがないし、飽き性だからここは見張っておかないと。湊はリビングに残っているが、致し方ない。

 パンケーキを焼いて重ねて、ケーキっぽい形にしようという計画らしい。

 何かやらかしやしないかと横で見ていたはずの俺は、いつの間にか作業要員になっていた。というか、ほとんど俺がやっている。解せぬ。

「パンケーキって難しいんだな」

 しみじみとした声が聞こえて少し笑う。パンケーキミックスがあるから混ぜて焼くだけなのだが、不思議なことにそれがうまくいかなかったらしい。

 言い出しっぺのはずの彼らには最後のトッピングだけ任せることにしてリビングに追い返し、できるだけ丸い形のパンケーキを焼いていった。

「なにしてんの?」

 ひょこっとリビングの入り口から湊が顔を出す。

「リビングにいないと思ったら、こんなところにいたんか」

 –––––だからふいうちは!

 そう思いつつため息をついて見せる。

「パンケーキ焼いてる。あとでケーキにするんだと」

「へー、面白そうじゃん。味見用の小さいやつある?」

「ない」

「…つくって?」

 味見目的じゃないか。

 あまりに純粋な笑顔で言うもんだから、フライパンの端っこに小さく生地を垂らした。一瞬で焼きあがったのを差し出すと、熱い熱いといいながら口に押し込んでいる。なんで冷まさないんだ。まさか冷まして渡せ、ということではあるまいに。

 気を取り直して作業を再開すると、湊は特に用もないはずなのにキッチンに留まった。

 理由はわからないけど、これはあの包みを渡してしまうのにちょうどいいかもしれない。なんとなく持ってきてあった自分の鞄に目線をやる。

 –––––こっちの作業終わるまで湊がここにいたら、ここで渡そう。

 ふぅ、と息をついた。

 ポン、とパンケーキをひっくり返す。バターの香りがふくらんだ。ほとんどが焼きあがる、というところでリビングから声が上がった。

「あー! あれ虹じゃね!?」

「えっ、マジか?」

 足音がして、どうやらリビングにいたやつらが窓際に移動したらしいとわかった。

「虹」

 湊がひとりごとのような声量で言う。

「雨もやんだっぽいな」

 すっと壁に寄りかかっていた湊が動く気配。虹を見に行くのだろうか。湊が見に行くなら、マフラー渡せないな。最後の一枚を焼き始めてしまったからリビングには行けない。

 写真撮っといてよ、と言おうとして湊を振り返ると、キッチンの小窓に張り付いていた。

「なにやってんだよ」

「こっからも虹、見えるかもと思って...あ、ほら!」

 湊が窓の外を見たまま手招きする。リビングの窓からなら見えやすいはずなのに、わざわざキッチンで。

 –––––俺は、包みが入った鞄を音を立てないように手に取った。

「どこ」

「あっちの方」

 湊にならって窓に張り付くと、ギリギリで断片が見える。色の薄い空に、淡い色とりどりが弧を描いている。

「よく見つけるな」

「こっちで見れれば、キッチンから動かなくていいと思ってさ」

 柊をほっとくわけにはいかねーじゃん? と湊が茶化す。

「お気遣いどーも」

 答えながらばれない位置で、ギュッと鞄の取っ手を握りしめる。

 今だろ、渡せるはずだ。湊の視線がどこかにそれたのを見て、意を決する。

「そういえば、」 「あのさ、」

 声がかぶった。

 反射的に言葉がつっかえる。湊も驚いたような顔をして、それから先を促してきた。適当に渡して終わりにしようと思っていたのに、もうどんな顔をしていいかわからなくなってしまった。

「あー、いや、うん」

 鞄からガサリと紙袋を取り出す。

「その、これ」

 なんて言おうとしてたんだっけ。湊が同時に何か言おうとするから、調子狂ったじゃないか。

 湊がやけに静かに待っていて、もういいやと思った。俺が不自然だったところで、それをずっと覚えてるようなやつじゃないし。

「あ、あげる」

 べしっと胸のあたりに押し付ける。

「え、くれんの?」

「あげる」

 湊は紙袋を受け取ると、開けていいか、と呟いた。

 好きにすれば、と答えて目線をそらす。

 そのまま、何秒か、数分間か、よくわからない時間が流れた。紙の包みだけが小さく音を立てている。

「ふはっ…」

 湊が小さく吹き出した。

「な、んだよ」

 つられて顔を上げる。湊は、嬉しそうなのか何なのか、よくわからない顔をしていた。なんだよ、その顔。頬なんか少し赤くなってて。今回は寒さのせいじゃないのに。

 今度は湊が袋を突き出した。クリスマスらしさ全開の、緑と赤と金のド派手な袋。そんなのどこに持ってたんだよ。

「くれんのか? 俺に?」

 湊が頷く。受け取ると、開けてみろよ、と湊が言った。

 湊の声、こんなに小さかったっけ。普段はもうちょっとうるさい奴なのに。

 体験したことのない沈黙のなか、促されるままに袋を開け中に入っている包みを取り出す。その包みを開けるともう一つ包みが出てきた。

「なんでこんなマトリョシカみたいな」

「笑いに走ろーと思ってたから」

 呟きに呟きが返ってくる。

 三回ほど包みをほどくと、確認しすぎて見慣れたグレーが目に入った。

 五秒間、固まる。

「これ、」

「ははっ。プレゼントかぶっちったなぁ」

 あったかそうだから、あげたいと思って。湊はそう言った。

 見慣れたやつと全く同じデザインの、グレーのマフラー。持っているところから暖かさが伝わるような。

 ばかだな、寒がりなのは俺じゃなくて湊だろ。自分の先に買えばいいのに。

 頬が熱くなる。あ、やばい。これ顔に出てる。顔をそむけると同時に、湊が深呼吸する。

「なあ、柊」

 湊の声が少し低く真面目さを帯びた。

「なに」

「前から思ってたんだけど、…いや、勘違いだったらマジでごめんっていうか、忘れて、冗談だと思ってほしいんだけどさ」

 冗談にするには堅すぎるんだよ、声が。湊の耳まで赤くなった顔が見える。きっと俺も同じくらい赤くなってるんだろう、なんて考える余裕は残されていなかった。

 意を決したように、湊は俺の手をぎゅっと掴んできた。

「お、俺たち、もしかしてさ–––––、

































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