あなたは早死したいのですか? 食生活を見直す気がないのですか?

 約10分後、部屋のチャイムが鳴った。

 小早川がドアを開けると、マスク姿の逢坂がいた。 


「なんだよ?」

「簡単な朝食を作ってきました。よかったら食べてください」


 そう言いながら、逢坂は大きなタッパーを差し出してくる。

 中身を見ると、炊き込みご飯のおにぎり、卵焼き、ウインナーが入っていた。


「それ、貰っていいのか?」

「どうぞ。あなたの朝食がアレ過ぎるので心配になって作ったものですから」

「ベランダ越しに人様のプライバシーを覗き見しやがって」

「ご不満があるなら回収しますが?」

「いや、食べる」

「懸命な判断ですね。ちゃんとした食事で栄養つけてコロナに負けない体になってください」


 引っ越してから約一週間、小早川の食生活はコンビニに依存していた。

 元から食事に拘らないタイプだが、さすがにカップ麺とコンビニ弁当の生活に思うところはあったので、久しぶりのまともな飯を逃す理由はない。


「気を使わせて悪いな」

「私のおせっかいなのでお気になさらず。あなたは普段どんなお食事を?」

「コンビニで買うことが多いな。カップ麺とか弁当とか」

「……早死はやじにしますよ?」


 逢坂に(あなたは馬鹿ですか?)という感じで呆れられた。

 反論できないので、黙るしかない。


 逢坂は、いかにも不機嫌ですと言わんばかりのジト目でぼそっと言うのだ。


「目に余る食生活をしているようですね」

「俺は何も言い返せないから、好きなだけ罵倒してくれ」

「自炊はしないのですか?」

「考えたこともない」


 小早川の部屋にある調理器具は、電子レンジとやかんしかない。

 料理経験が調理実習で終わっている男子高校生には、自炊という発想がないのだ。


「朝ごはんが菓子パンひとつだったので嫌な予感はしてましたが、まさかここまでとは思いませんでした……」


 小早川の食に対する執着のなさに、逢坂は呆れを通り越して驚愕している。

 

「美味しいものを食べたいと思わないのですか?」

「旨い飯に越したことはないが、自分で用意するとめんどくさいが勝つな」

「よく理解しました……私とあなたが相容あいいれないことが……」

「悲しい結論だが、こいつはありがたく頂くよ」


 小早川は手作り朝食弁当を受け取ると、会話を打ち切ってドアを閉じた。


「さて、食わせてもらうか」


 まずは、炊き込みご飯のおにぎりを頬張る。

 油揚げ、鶏肉、にんじん、ごぼう、ひじきが入っていて、やや薄めのバランスの取れた優しい味わいが嬉しい。程よくおこげが混じっているので香ばしさもある。


 卵焼きも絶品。

 甘めの味付けに出汁が効いた卵焼きは、小早川の好みど真ん中だった。


 ウインナーはちょっとお高めのやつらしく、歯ごたえパキッと肉汁じゅわっな、シャウでアルトなバイエルンの味わい。


「ふー、食った食った。今日は昼食いらないな」


 すでにカップ焼きそばを食べていたにも関わらず、すべて平らげてしまった。


 食後、残されたタッパーをどうするか悩んだ。

 逢坂に返却したくても、部屋に台所用の洗剤どころかスポンジさえないのだ。


「買いに行くか」


 先日、逢坂と知り合うきっかけとなったドラッグストアーに行くことを決める。


 そうなると、空模様が気になる。

 今日は雨が断続的に降るらしいので、ベランダに出て空を見上げると。


「ごはん、美味しかったですか?」

「母さんの手料理より旨かったな。炊き込みご飯のおにぎりも最高だったが、卵焼きの味付けが……おい、ここ3階だから落ちるなよ?」

「こうやって身を乗り出せないと、見えないじゃないですか」


 隣のベランダから声をかけられた。

 声の主はもちろん逢坂で、ベランダの手摺に乗り出していて危なっかしい。


「……飯、ありがとな。旨かった」

「どういたしまして。タッパーはまだ使うので返してくださいね」

「じつは、まだ洗ってないんだ……」

「構いませんよ。いま渡してくれたら、私が洗いますから」

「…………」


 小早川は何かを言おうとしたが、黙ってベランダの隣人にタッパーを手渡した。

 タッパーを受け取る際、逢坂は聞くのだ。


「小早川君は、食べ物でアレルギーがあったりします?」

「……特にない」


 なんとなく次の展開が予想できたが、大事なことなので普通に答えた。


 数分後、ぴんぽ~ん。

 チャイムが鳴って、ドアを開けるとマスク姿の逢坂がいた。

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新型コロナで濃厚接触するラブコメ 相上おかき @aiueokaki

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