第84話 教室に集まった(2)

といっても、私がクィオデールに投票した理由は、応援とかではなくて負けるためだったけど、ここでそれを言うのは野暮だろう。


「ありがとう、私も本当に勝つと思わなくて、びっくりしちゃったよ」

「ありがとう。その、そのね‥‥」


ここでクィオデールは耳下に人差し指を当て、もしもしし始めた。ハンナが同じ仕草をしたらかわいらしいのだが、男がするような仕草ではない。


「‥‥メルアド、交換しない?」

「分かったよ」


同級生だし断る理由はない。私はスマートコンを取り出して、クィオデールのそれを確認した。クィオデールのメールアドレスは、有名なスキー選手の名前が入っていた。根っからのスキー好きなのだろうが、それを周囲の知るところになったのはおとといからだ。技力の成績が低いと本当に何も出来ないかのように周囲から思われるので、それに息苦しさを感じていたのかもしれない。

交換が終わったところで、教室のドアがかららと開いて、ポニーテールの緑髪の女性が入ってきて、教壇にあがった。


「お前ら、久しぶりだな。今年もお前らの担任が出来て嬉しい」


口は悪いし厳しいのだが、エルフ耳が大きく、胸が大きいゆえに一部の男子からは密かに人気がある。彼女はノクタンという。地球キャンパスで私たちが3・4年生だったときに学年担任をしてくれたし、夏休みに地球キャンパスから月キャンパスへ移動する時にも同行した。この様子だと、今年も私たちの担任になるだろう。

ノクタンの胸が教壇の上に乗って、ふにゃっと潰れた。生徒の名簿を開いて、順に名前を読み上げた。生徒たちが次々と返事し、私も返事した。


「よし、マーガレットは欠席だがそのほかは揃っているようだな。編入生も含めて60人か、編入生の紹介は後でする。今年の学年担任は小職(しょうしょく=自分をさす言葉)だが、副担任は地球キャンパスの時も毎年変わっただろう。今年の副担任も去年とは違う、そしてお前らも知らない人だ。出てこい」


その合図とともにドアが開き、男の人が入ってきた。


「わあ‥」


私は思わず声が出た。その男性は光の粒が舞うほどきれいな金髪で、背が高く、おまけに顔立ちもよい。外見はまったくもって私好みの異性だ。

隣の席のレイナが、私の制服を引っ張った。どうやら私は無意識に机から身を乗り出していたらしい。あわてて体を引っ込めた。

その男性は、ノクタンが譲った教壇に立って、一礼した。


「初めまして。私はイオワ・ヘンルピーと言います。書きますね」


そう言って教壇の後ろのホワイトボードを向いたが、ノクタンがすでに名前を書いたあとだったのでイオワはまた私たちの方を向き直した。

イオワは外見もさることながら、声も美しくて、聞くだけで癒やされる。外見だけなら完璧だ。私は思わず、その声に聞き惚れていた。クィオデールが何度かちらちら私を見ていたので、それだけ私はイオワに釘付けになっていたかもしれない。実際私の隣では、レイナはともかくルノも聞き入っている様子だった。


「軍で3年の実務を積んだ後、脚を痛めてしまったのでしばらくここで教官として働かせていただくことになりました。教科は軍事理論、戦術理論、戦略論、兵法論、模擬戦闘などを担当します。未熟者ですが、よろしくお願いします」


そうやってぺこりと頭を下げたイオワを、私含め生徒たちは大きな拍手で迎えた。といっても、男子の拍手は控えめだったのだが。ノクタンもそんな女子の様子に気づいているのか、小さくため息をついていた。

ちなみに編入生の紹介もあった。男子だったが、そちらはあまり盛り上がらなかった。


◆ ◆ ◆


ノクタンから今学期の授業、一年間の予定表、時間割などもらって、その日は午前中で解散になった。ちなみに上級生たちは午後もちょっと授業があるらしいが、いつもより早い時間に終わる。

学校のある日の昼食は、普通に寮のレストランで食べる人もいるが、校舎2階にある学食を利用する人も多い。そしてわずかだが、学園の敷地の外にある一般の料理店へ行く人もいる。デパートなどその格好の対象だが、昨日の事件があるのでしばらく閉店だ。

昼休みの時間なので先輩もいる。サークルの勧誘も兼ねて、何人も私たちの教室の外で待機していた。廊下で同級生たちが次々と先輩に捕まる中、私は無意識に周辺を見ていた。そしてカタリナがいないことを確認すると、ため息をついて肩の力を抜いた。


「こんにちは」


突然、後ろから柔らかく優しい男の声がしたので、私はびくっとして振り向いた。イオワだった。


「あ‥あっ、い、イオワ教官」


あいも変わらず周囲は女子に囲まれているが、そのイオワの視線は間違いなく私に向いていた。ノクタンは昼休みのチャイムが鳴るなり早々に教室を出ていってしまったが、イオワはその後も残って他の生徒達と交流していたらしい。

しっかりした香水の、しつこくなく私を魅惑する匂い。それをかくだけで、私の全身は緊張したようにぴたりと固まっていた。イオワはそんな私の緊張をほぐすように、優しい声で語りかけてきた。


「他の生徒から聞いたよ。君がユマ・クィンティンだね?」

「は、はい」

「おとといの歓迎会で暴れたそうだね」

「はい」


すでにそんなことまで聞かれてしまったのかと、私は恥ずかしくなった。しかしそんな私を待ち受けていたのは、食事の誘いだった。


「昼食、学食で食べないか?」

「あ、は、はい!」


断る理由はないし、断ったら全私がキレて暴動を起こすレベルだ。それだけ私の気持ちは高ぶっていた。私は言われるがまま、衆目の中、ふらふらとイオワの後ろについていった。

学食では他愛のない話に終始した。ハンナという友達がいること、私は魔法が上手いこと、カタリナと戦ったこと。いろいろ話したし、イオワも最近あったことやニュースなどを話題に出してきた。話自体はそんなに強いインパクトはなかったが、私はイオワと話せるだけで幸せだった。声もそうだが、性格も本当に優しそうだと思った。

私は時間を忘れて、イオワと話し込んでしまった。


◆ ◆ ◆


先輩たちの授業が終わるのは14時くらいだ。それくらいの頃に、ハンナは女子寮3階の共用スペースに、クレアと一緒にいた。3階といえば6年生のいる階なので、普段同級生が来るような場所ではない。それでもハンナは、この場所に用があった。

無人の共用スペースでソファーに座って待っていると、静かにドアが開いた。そして顔を出したのは、アユミとノイカだった。


「アユミ先輩‥」


ハンナはソファーから立ち上がった。


「やあ、ハンナ。メール見たよ」

「ありがとうございます‥」

「相談って、イオワ教官のこと?」


ハンナはこくんと、黙ってうなずいた。

アユミが「まあまあ、まず座って」と言ったので、4人ともソファーに並んで座った。


「イオワ教官の噂は私たちのところにも来たよ。学食でユマと仲良く食べてたらしいね」

「はい」

「でもまだその1回きりでしょ?そんなに気になる?」

「‥‥ユマさまは、イケメンで優しい男が理想でございまして。彼氏にする相手の基準は多少下がるかもしれませんが、イオワ教官はあまりにもユマさまの理想にマッチしすぎています。危険でございます」


ハンナの脚はもそもそ動いている。いてもたってもいられない様子だった。アユミはノイカの顔を少し見た後、肩をすくめてから、ぽんとハンナの両肩に手を置いた。


「大丈夫だよ。会ったばかりだし、まだ1回だけでしょ?チャンスはあるよ。ハンナも焦らずしっかりアプローチしなくちゃ」

「‥‥‥‥それは‥そうでございますが‥」


ハンナがそっぽを向いてうつむいていたので、アユミはハンナの次の言葉を待った。

1分以上かけてハンナが用意した言葉は、そのアユミの考えた通りの内容だった。


「‥‥まず、ユマさまと仲直りしたいです」




※連載を打ち切らせていただきます。一度撤回し混乱させてしまい申し訳ございません。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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宇宙最強の百合姉妹が世界と戦うようです KMY @kmycode

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