第83話 教室に集まった(1)

★打ち切りをお知らせしていましたが、撤回して連載再開します。更新頻度は週1〜2回を想定しています。改めてよろしくおねがいします。




やかで薄暗かった講堂の照明が完全に落ちて、ステージの照明が明るくなった。始業式が始まった。

地球キャンパスでもそうだが、始業式などの式の司会は生徒会長が行うのが決まりだ。今回も多分にもれず、生徒会長であるカタリナがステージの端にある壇に立って、マイクに向かって話していた。


「これより始業式を始めます。私は司会を務めます、月キャンパス生徒会長のカタリナ・クィンティンです」


その声ははきはきとしていて、新鮮なものにうつった。現在の個人的な関係はともかく、こういうときのカタリナはりりしく、格好良くて、憧れるものである。このようなスーパースターの妹になれたことを、今も心の底から嬉しく思っているし、私なんかが妹になっていいのかというためらいの気持ちもある。

学園長の話が始まった。入学おめでとう、我が校では現在このような方針で、5年生には次のことを心かけて欲しいなどと話しているが、正直どうでもいいし重要なことは後で教官が教えてくれるだろう。

そのあとに、カタリナがステージ中央の壇に上がってあいさつを始めた。通常ならこのあいさつも聞き流しの対象だが、学園のエースとしてその名声は学園内だけでなく前線で戦っている軍本部にも轟いているカタリナのことだ。誰もが、学園長のときよりも聞き耳を立てているように感じた。


「‥‥今年は、学園に編入が5名います。新しい仲間と一緒に‥」


カタリナのあいさつの中に、編入生の話があった。メグワール学園のような名門校ではいつものことだ。そのうちの1人ローラはハンナのいとこなのだが、ハンナは編入の話を知らない。おとといのことがなければ私が真っ先にハンナの反応を楽しむところだったのに、と思って私はくすりと笑った。

あいさつの最後に、編入生の紹介が入った。ステージの端に5人の編入生が並んでいる。カタリナが壇から下りて、1人ずつ壇上であいさつする流れだ。私たち5年生にも編入生が1人、6年生に2人、8年生に2人だ。8年生への編入生は学園史上初めてのことらしい。下級生3人の紹介が終わったところで、8年生編入生の1人目としてウェンディ、2人目としてローラがあいさつした。


始業式が終わると、やはりハンナはステージのところへ直行したようだった。1人で。いつもならハンナの行動には私が同伴しているものだから、ハンナを1人きりにすることに少しばかりの不安はあった。私はずっと自分の席近くに立って、講堂を出る他の生徒たちを見送りながら、ハンナの後ろ姿を眺めていた。

ハンナは、同じく白髪だがピンク色の髪飾りを付けている、ハンナより背の低いローラと、ステージの上で談笑している様子だった。


◆ ◆ ◆


普通の教室は、魔力・技力クラスの人を別々に収容することを前提にしている30人部屋が多い。そのため、1学年全員を集めるには特別な教室が必要だ。そのような教室は、5階建て校舎の5階に多い。

真っ白な廊下に、大きな白い引き戸が並んでいる。これは地球キャンパスでも何度か見たが、月キャンパスのそれもあまりデザインに違いはない。ただ、初めて月で勉強するだけあって、新鮮な気持ちは段違いだった。

私がその引き戸へ手をかけた瞬間、もうひとつの手を後ろから誰かに掴まれた。


「おーほっほっほ!見つけましたわ!」

「マチルダ、うるさいよ」


誰かと思えばマチルダだった。そして、「うるさいよ」と言ったのはマチルダの後ろにいるジズというエルフの女子である。パーマのかかった赤く派手な髪をしているマチルダと違って、ジズは地味な茶色の髪の毛を耳下で結んで、前に出している。この2人はいつも一緒にいることが多い。


「お、おはよう、マチルダ‥‥」


私はジズの名前は呼ばなかった。マチルダがあまりにも目立ちすぎて、ジズはとにかく影が薄い。まるでハンナと似ている。


「あなた様とお話したいことがありましてよ!おーほっほっほ!」


この人、笑わないと会話できないのだろうか。私は目を細めて、黙ってドアを開けて中に入った。


「無視するんじゃないですのよ!おーい、マチルダの執事!」

「誰が執事なの?」


私は呆れ返って、教室の真ん中あたりにある適当な席に座った。教室は階段のようになっていて、後ろの机になるほど高くなる。前の人も後ろの人も、教壇をしっかり見られるような仕組みだ。

しかし私の隣の席にマチルダが速攻で入ってきた。


「お聞きしたいことがありますの!」


そうやって身を乗り出してきたマチルダを無視するいわれはない。私は仕方なく応対した。


「あなた様、今日はハンナと別行動でして?」

「‥‥あっ、マチルダも?」

「そうなんですのよ。周りが噂しているんですの。おーほっほっほ!」


だからその変なタイミングでの笑いをどうにかしてほしい。ジズが時折「マチルダ、うるさいよ」と茶々を入れるものの、ことごとくマチルダは無視してとにかく笑いかけてくる。マチルダは魔族で、見た目はほぼ人間なのだがコウモリの血が流れていると聞く。コウモリの中に、笑わないと死ぬような種類があったのだろうか。


「それで、何か2人の間に思わしくないことが起きたのでしょうか?」

「そ、それ話して何になるのかな‥‥?」


警戒する私をよそに、マチルダは高いテンションで返事した。


「マチルダは令嬢ですもの、執事1人1人の身の上を案するのは当然ですの、おーほっほっほ!」


この高笑いをやめてくれれば少しは信用できるのに、と私は思ったが、マチルダの後ろに隠れているジズがおそるおそる顔を出した。


「あの‥マチルダはこんな性格だけど、根は優しいので‥」

「ああ‥うん、分かってるよ」


ジズもマチルダの扱いに困っているのは常日頃から聞いている。

ただ、いくらなんでもハンナに抱かれて絶頂したなどという最高レベルに恥ずかしい事実を垂れ流すわけには行かない。普段から仲良いアユミにすら話すのを躊躇したくらいだ。それに下手に話すと、私だけでなくハンナも傷ついてしまう。

そう悩んでいるところに、レイナがやってきた。レイナは私とマチルダの話を聞いていた様子はなかったが、少しばかり睨んだ後に私の肩を静かに叩いた。


「ユマ、あたしの隣に来る?」

「あっ、ありがとう、レイナ」


私は席から立って、レイナについていった。

アージャ、レイナ、私、ルノの順に、教室の後ろの方の長机に座った。ハンナは前の方の隅っこの机に座っているのが見えた。クレアが隣りにいるから大丈夫だろうけど、何だろう。私の心がもやもやし始めたような気がする。


私の前の席に座っているのはクィオデールのようだった。クィオデールは草食系で、背も低い、おかっぱの男の子だ。前になにか理由をつけて女装させられたことがあるらしいが、その時はものすごくかわいらしくて、本物の女の子のようだったと聞いている。本人は女装趣味ではないだろうけど。

そのクィオデールが隣の席の男子と話している。その男子がちらちら私を見ていたので、おそらく私の話題だろうなんて思っているうちに、クィオデールが振り向いてきた。クィオデールの席は私の席の一段下にあるので、クィオデールが私を見上げる形だ。その顔は嬉しそうだった。


「おとといの歓迎会で僕に投票したって本当?」


その話はアユミとセレナにしかしていなかったはずだが、2人が他の誰かに言ったのだろうか、それとも10ポイント先取のタイミングから逆算されたのだろうか。


「うん、投票したよ」

「ありがとう。僕、技力の高い人に囲まれて本当に自信なかったから。少しでも僕を応援してくれて、嬉しいな」


そう言って、クィオデールはにっこり笑った。

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