第14話
街から出て約2時間、森の中に入った。
各パーティから斥候が1人ずつ出て、先導する。
あの後作戦会議中に決めたのは、細かい報酬の話とちょっとした戦闘時の話だけだった。
戦闘も、接敵した場合ウォーレンさんはその場で戦闘、他3匹を各自で1匹ずつその場から引き離し戦闘、という流れを決めただけだ。
細かく決めると臨機応変に対応出来なくなるから、という事らしい。
注意深く周りを見ながら歩みを進める。
ニヤニヤしながら、一人の少女がこっちに近づいてくる。
そんな奴は一人しかいない。もちろんアホの先輩だ。
「やあやあ後輩君、緊張してるかな?」
「ああ、してますよ。初めて見ますからね」
「ヤツは毒などの搦手はほぼ使ってこないが、全身強靭な筋肉で、鱗は下手な剣や魔術をすべて弾く。用心し給えよ。時間さえ掛ければ私が颯爽と向かおうじゃないか」
「あざっす」
「君なんだか私への対応だけ雑じゃないか・・・ん?」
「・・・近いですね」
「いや、これは・・・」
リオ先輩が訝しげな顔をした。
空気が変わった。
少し前から縄張りというか、行動範囲に入ってるのは分かっていた。
不自然な枝の折れ方、何かが這いずったような跡など、判断する方法はいくつかある。
そして今、明確な雰囲気の変化。
姿こそ見えないが、敵はすぐそこだという確信があった。
肌がヒリつく。4級の魔物でも、これだけ強い圧を放てるのか。
「おかしいですね」
ウォーレンさんがそう呟いた。
程なくして斥候が戻って来る。
「前方10時方向に黒蛇を3匹確認! 負傷しています!」
「2時方向に2匹確認、ですが、2匹とも死亡を確認しました! 全身に爪でズタズタにされたような傷がありました!」
ざわめきが広がった。
討伐対象である黒蛇が既に死んでいる。
つまり、さらに格上の生物が居るということ。
「黒蛇を浅部まで追いやった奴が、逃げた黒蛇を追ってきたんでしょう」
ウォーレンさんは冷静に、ブツブツと呟きながら状況を判断している。
ほんの数秒の思考で、判断は下された。
「黒蛇を蹴散らし、大森林深部から浅部まで追いかける執念深い魔物となると、タイラントベアですね。3級上位の魔物です」
合同部隊が静まり返った。
誰かが生唾を飲み込む音が聞こえた。
挙手し、発言する。
「どんな魔物ですか?」
「6本の腕を持った熊です。体長は平均で2メートル程度ですが、俊敏さと耐久力が極めて高く、静止状態からトップスピードに加速する技を持っています。シンプル故に強い魔物の代表格ですね」
なるほど、バケモンじゃねえか。
正直、戦ってみたい。が、当然ながら死にたくはない。
戦うかどうかを決めるのは俺じゃないだろうが、戦うなら参戦するし、戦わないならそれに従う。
俺はタイラントベアを見たことすら無い。そんなヤツが判断するより、知っている人の判断に従うのが確実に決まってる。
師匠が言っていた。魔物と戦う際に重要なのは前準備だと。対象の細かい情報を知っていて、それに合わせた対策を取ったほうがより確実に討伐出来るのは当然だ。
「報酬を釣り上げます。タイラントベアの討伐、金貨500枚です。爪や皮等、必要な素材があればそれも優先的に持っていって構いません。残りをギルドが買い取ります」
少しの間、沈黙。
俺以外の2パーティが集まって話し合いを始めた。
黙って待っていたら、俺の隣でギエロが手を上げた。
「ブレイカーは降りる。ペナルティを食らっても良い。どう報酬が変わろうと、タイラントベアと戦うのは割に合わねえ」
「なるほど。他はどうしますか? 一応言っておきますが、ここで辞退したからと言ってペナルティはありません」
「俺は、ウォーレンさんに合わせる。戦ってみたいけど、他が引くのに一人で突っ込むほどバカじゃない」
「私は戦いますよ。緊急の高危険度依頼の処理もギルド長の業務ですので」
これで俺とウォーレンさんは戦うことになる。
残るはパーティ轟雷だが、まだ仲間同士で集まって話し合っていた。
苛立ったような声や言い争っているような声が聞こえてくる。
ウォーレンさんが急いでくださいと声をかけると、苛立った様子のリオ先輩が前に出た。
「轟雷からは私だけだ。他は森の外で待機する」
「そういう事で。ったく、ついてけねえよ」
「ふん、こんなチャンスを逃すのかい?」
「何がチャンスだ! 死ぬ可能性が遥かに高い場所にむざむざ飛び込む気がしれねえよ!」
「死地に飛び込まずして成長があると思っているのかい!?」
「今の実力で必要以上に稼げてんのにどこに成長する必要があるってんだ! てめえの英雄気取りに付き合わされる身になれってんだ!」
今までにもこういった言い争いがあったのか、今回の事がきっかけで爆発したのかは分からないが、2人はぎゃあぎゃあと言い合い始めた。
上を見なくなった者と、上しか見えていない者。
どっちが正しいかなんて俺にはわかりゃしないが、ここで言い合うことでは無いだろう。
ウォーレンさんがなだめ、その場を収めた。
とりあえずウォーレンさん、俺、リオ先輩の3人で臨時パーティとしてタイラントベアの討伐に挑むことになった。
残りのメンバーは森の外で待機、斥候1名がギルドに報告のために一旦帰還する。
俺達3人だけがその場に残される。
さて、とウォーレンさんが手を叩いた。
「作戦ですが、カズヒロさんが前に出てください。私がリオさんを守るように立ち回りますので、リオさんはタイミングを見計らって合図し、魔術でダメージを与える。大まかな流れはこうです」
「つまり俺は時間を稼げば良いんですね?」
「はい。一点、タイラントベアが6本の足を地に付けて体を伏せるような動作をしたら、急加速が来ます。私やリオさんと直線上で重ならないよう気をつけてください。リオさん、魔術1発にどのくらいの溜めが必要ですか?」
「小さいのであれば1秒、3級に効くほどの威力となると・・・10秒は欲しいね」
「わかりました。では、10秒ごとに魔術を放ってください。充分なダメージを与えられたら、私が合図しますので最大威力の魔術を撃ってください」
「承った。10秒ごとの魔術と平行して、魔術を構築しておくから戦闘開始から30秒もあれば撃てるよ」
「細かいイレギュラーは私がなんとかしますが、間に合わない可能性もありますので油断せず。では行きましょう」
そう言ってウォーレンさんは颯爽と歩き出した。
散歩に行くような足取りだ。ちゃんと聞いてなかったが、この人はどのくらい強いんだろうか。
横を見ると、リオ先輩もこころなしか表情が固い。
多分俺の顔も強張ってるだろう。
気合を入れないと、死ぬかもしれねえ。
ぎゅっと拳に力を入れた。
5分も移動しないうちに、何かが暴れているのが見えた。
てらてらとツヤのある鱗を纏った、蛇の化け物だ。
そいつが、毛むくじゃらの物体に牙を向け、襲いかかる。
次の瞬間、蛇の顔面がひしゃげ、吹き飛んだ。
毛むくじゃらの物体が、いや、タイラントベアが体当たりでぶっ飛ばしたのだ。
緊張や恐怖を隠すように、少し口角が上がった。
「では、落ち着いて行きましょう」
ウォーレンさんの言葉と同時に飛び出した。
身体強化、武具強化。瞬時に戦闘態勢に入る。
剣を抜き、瞬時に肉薄する。
タイラントベアは既にこちらに気付いていた。
獣の純粋な殺意が肌を刺す。もう気持ちは切り替えていて、強敵への恐怖心よりも、戦いへの高揚感が勝っている。
振り向きざまに2本の右足を横に薙いでくる。
それに合わせてスピードと体重を剣に乗せ、全力で、上段から振り下ろした。
ガゴォオン! と、とても剣と生身がぶつかったとは思えない音が響く。
俺もタイラントベアも、腕を弾かれ互いに数歩下がった。
タイラントベアは俺に顔を向けたまま数歩歩き、息を吸うような仕草を見せ、直後。
「―――――!!」
「っ、うるっさ・・・!」
低く、凄まじい声で吠えた。
腹の底に響く、生物としての本能を揺さぶられる声。
お前は敵だ、とはっきり言われた気がした。
暴君との戦いが幕を開けた。
ハードな異世界転生 バケモノ揃いの世界を生き抜け 柳澤 @Mister-yanagi
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