第13話

 いつものように走り込みを終わらせ、丁寧に素振りをして、街に戻る。

 食堂に戻り、食事を取ってギルドへ向かう。

 ルーティーンだ。

 街中がいつもより騒がしい気がする。何かあったんだろうか。

 ギルドに入ると、明らかに空気が違うのが分かった。張り詰めたような緊張感が漂っている。

 入り口近くで様子を伺っていると、俺を見つけたギエロがずんずんと近づいてきた。

 真剣な表情だ。いつもの明朗快活といった雰囲気ではない。


「おう、待ってたぜ」

「何かあったんですか?」

「昨日、森の浅部に黒蛇が数匹出やがった。ランクの低い奴らが数人殺されてる。数カ月ぶりの合同任務だ」

「黒蛇、ってのはどんなヤツですか?」

「ああ、知らねえのか。4級の中でトップクラスの魔物だ。麻痺毒を持ってて、それは大したことねえんだが、魔術が効きにくく物理的にも強固な鱗がびっしりだ。搦手なしに強えヤツだよ」


 そう言ってギエロは顔をしかめた。

 師匠と暮らしていた時に教えられた事がある。大森林には、近寄ってはいけない場所がいくつかあると。

 そこには、師匠ですら手を出したくないヤツや勝てないような化け物がいると聞いた。

 だから教えられた場所や縄張りと思わしき跡がある場所には近付かないようにしていたが、おそらく黒蛇もその中の一体だろう。


「そんな奴がいるんですね」

「1匹だけなら俺のパーティだけでも相手に出来るんだが、それでも楽勝とはいかねえ。そんなのが複数だぜ? 無理に決まってる」

「なるほど、でも放っておくと・・・」

「近隣の村や、下手したらこの街にも被害が出る。やるしかねえ。そこでお前だ」

「俺?」

「ああ、合同任務に参加してくれ」

「ええぇ?」


 素っ頓狂な声が出た。

 俺は黒蛇を見たことがないから、倒せるかどうかなんて分からない。

 そもそもランクが段違いだ。ギルドが許してくれないだろう。


「でも、ランクが合いませんよ」

「ギルド長に推薦する。特例ってことにしてもらってなんとかならねえか聞いてみるさ」

「はあ、まあ、それでいいと言われるなら俺は構いませんけど・・・」

「よっしゃ! ちっと待ってろ!」


 ギエロはそう言って小走りでカウンターへ向かっていった。

 受付嬢と少しだけ話し、カウンターの奥へ受付嬢と一緒に消えていった。

 そう待たずに戻ってきたが、横に1人の男が増えていた。

 白髪交じりの髪をした、壮年の男性だ。少しタレ目で、気弱な印象を受ける。


「君が、カズヒロ君かい?」

「はい、そうです」

「私は一応ここの最高責任者の、ウォーレン・バーニアだ。ウォーレンと呼んでくれ」


 ウォーレンさんか。

 手を差し出されたので咄嗟に握手をした。

 感じた。

 コイツ、いや、この人はとんでもない強さをしている。

 何度も潰れた剣ダコの跡、分厚くなった手の皮、手を握っただけで伝わる圧力。

 咄嗟に手を振りほどいてしまった。

 冷や汗が頬を伝う。握手しただけだというのに、少し息が上がっていた。

 ウォーレンさんは困ったように苦笑している。


「お、おい、カズヒロ?」

「・・・すみません」

「いやいや、いいんだよ。試すような真似をして悪かったね」


 ウォーレンさんの左手を見て、背筋がゾッとした。

 いつの間にか剣が抜かれ、その手に握られていたからだ。

 手を離さなければどうなっていたかも分からない。

 音もなく剣が鞘に戻された。ギエロは剣が抜かれたことにも気付いていないようだ。


「うん、今のに反応出来るなら悪くない。合同任務に参加してもらおうか」

「ええ!? いいんですか!?」

「危険を察知出来る奴は死ににくいからね」

「・・・え?」

「さ、会議室に行こうか」


 なんか今、恐ろしいこと言われた気がしたんだが。

 ・・・囮扱い?

 痩身気味の背中を見ながら、カウンターの中へと付いていく。

 俺の気のせいならいいんだが、ウォーレンさんからどす黒いオーラが出ている気がした。

 この人には、逆らわないようにしよう。

 普段は入れないギルドの奥、カウンターの先。

 会議室と書かれた部屋に入ると、既に10人ほどの冒険者が揃っていた。

 何人かは椅子に座っていたが人数分はないので、残りの数名は壁に寄りかかっていた。

 俺も入り口近くの壁に寄り掛かる。

 ざっとメンツを見渡してみる。ほとんどの奴らが、俺が入ってきたことに驚いている様子だった。

 驚いていないのは、ギエロと、どっかりと座っているリオ先輩だけだ。

 そりゃ居るわな、先輩。

 ギエロのパーティの仲間たちと、リオ先輩のパーティの仲間たち、そして俺とウォーレンさん。

 それが今ここに居るメンツだ。

 リオ先輩のパーティとはあまり面識がないが、ギエロのパーティとはそれなりに話している。何人かは手を振ってくれた。


「さて、では始めましょうか。黒蛇討伐合同依頼、作戦会議です」


 ウォーレンさんが真剣な面持ちになり話し始めた。


「出現した黒蛇は5匹。6級パーティ『群狼』が遭遇、5名が死亡。逃げ出した1名が報告しています。なぜ大森林深部に生息する黒蛇が浅部に出現したかは、討伐後ギルドが調査します」

「報酬は?」

「討伐数に関わらず、1人に一律金貨100枚支払います。通常依頼なら黒蛇1匹につき金貨70枚。不満はありますか?」

「いや、無い」

「よし。次に担当数の割当ですが、私が2匹、3級パーティ『轟雷』が1匹、4級パーティ『ブレイカー』が1匹、8級カズヒロ・タナカが1匹」


 轟雷がリオ先輩のパーティだろう。ブレイカーはギエロのパーティだ。

 しかし、俺1人で1匹か。随分評価されたな。


「異論は?」

「あるね」


 声を発したのは、リオ先輩の後ろに居た男だ。


「そこのカズヒロってのは最近冒険者になったばっかりだろ? ランクも低い。1人で1匹相手にするのは危険だろ」


 そいつは、ウォーレンさんから目を離して俺の方を向いた。


「別に嫌がらせや個人的な感情で言ってるわけじゃない。俺はあんたの実力を知らないからだ。ここに居るってことは誰かの推薦を受けてだろうが、俺はそれを信用しきれない」

「あー、推薦したのは俺だ」


 ギエロが手を上げた。

 他のメンツは黙って男の話を聞いている。


「ギエロか。まあ、推薦が誰にしても、だ。命の危険がある以上俺は実力も知らない奴と背中合わせでは戦いたくないな」


 言っていることは分かる。

 彼からしたら、俺が期待はずれの実力だった時に危険が増大するからな。

 要するに俺が黒蛇にやられ、他のパーティのところにそいつが合流する、といった事態を恐れているのだ。

 俺の実力を知らない分、その不安はなおさら大きくなる。

 俺としては黒蛇と戦ってみたいが、相手が言っていることも正しいと思う。

 部屋の中がざわつき始める。2パーティのリーダー格であろうギエロとリオ先輩は黙っていた。


「では、報酬を金貨150枚にしましょう」


 ざわめきを止めたのはウォーレンさんのその一言だった。

 俺を含めた全員が驚愕の表情をしている。


「私は彼の実力ならば問題ないと思っています。まだ不満ならば、死者が出た場合損害費として追加で金貨100枚を払います。それでいかがでしょう」

「・・・なんでそこまでするんですか?」


 つい、口から溢れた。

 そこまでする意味が、ウォーレンさんの意図が分からなかったからだ。


「さっきので、君のある程度の実力を計れたからです。それと・・・」


 ウォーレンさんの視線が、俺の顔から少し下に降りた。


「懐かしいものを見せてくれましたから」


 どこを見られたかは分からない。

 言ってることもよく分からないが、合同依頼に是が非でも参加させる気なのはよく分かった。


「・・・後輩なら、大丈夫だろう。早めに1匹倒せれば私もサポートしよう」

「リオ!?」


 先輩は少しニヤつきながらそう言ってくれた。

 多分あいつはあんまり深く考えてない。後輩の前でカッコつけよう、くらいのはずだ。顔に書いてある。

 結局反対していた男も渋々ながら了承してくれた。

 あまり無茶するなよ、と言われたので頭を下げておいた。

 最後に出てくるのが俺の心配なあたり、かなりいい人だと思う。

 その後細かい流れを話し合い、すぐに出立となった。

 初めての合同任務、そして今までで一番強いであろう魔物との戦いだ。

 腕が鳴る。

 黒蛇の目撃地点を目指し、俺達は街を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る