第12話
冒険者になって1ヶ月が経った。
ランクは8級にまで上がった。
少し話を聞いてみたら、そもそも10級や9級というのは基礎体力や本当に最低限の能力を試す為のもので、どちらも5から10回もこなせばランクは上がるのだとか。
だが、8級からは少し違う。
まだ討伐系の依頼はほぼ無いが、魔物が出現する区域での採取などが主な依頼となるため、最低レベルの魔物ではあるが戦闘する可能性が高くなるそうだ。
もちろんそれらを討伐する必要は無いが、討伐して特定の部位を納品すれば数に応じて、ランクが上がるまでの依頼達成数を少し減らしたりもしてくれるらしい。
受付嬢に聞いたわけじゃなく、ギエロから聞いた情報だから正しいかは分からない。
この1ヶ月でこの街にもそれなりに馴染んだ。
毎日同じ食堂に通っていたら赤髪のあんちゃんと呼ばれるようになった。派手な色だとは思っていたが、やはり赤は珍しいそうだ。
冒険者ギルドでも顔見知りがそこそこ増えた。ギエロは一度依頼に出ると数日は帰ってこないので、たまに会ったら一緒に食事を取ったりする。ランクが低い人達はあまり街から離れないのでよく話している。
街中でも、商人の荷運びや大量の馬車の掃除といった雑用依頼をこなしていたから、知り合いがそこそこいる。なんなら一部の商人からは一緒に働かないかと誘われたくらいだ。
気持ちはありがたいが、冒険者をやめるつもりはない。
生活のルーティーンもある程度決まってきた。
日が昇る前に起き、街の周りを1周してから、50回ほど素振りをする。素振りは鍛錬と言うよりも、体に染み込んだ剣の振り方を一日でも忘れないようにするためだ。
城壁の外での素振りだが、街の近辺には流石に魔物も出ない。
本当ならば城壁を出て入る度に通行料を支払わなければいけないのだが、冒険者はその性質上城壁を出入りする頻度が多くなりやすい為、依頼での出入りには通行料は必要ない。
俺も少しの時間の鍛錬のためなので、門番の人達には見逃してもらっている。
今日も朝の運動をするために街の外へと向かう。
いつもどおり門には2人の門番が立っていた。
「おはようございます」
「おお、おはようカズヒロ」
「今日も元気そうだな」
この2人は俺が初めてこの街に来た時に立っていた2人だ。
アレンさんと、ロベルトさん。
毎日のことなので、1ヶ月という長いような短いような時間でも、すっかり顔と名前を覚えられてしまった。
「今日は先客がいるぞ」
「先客ですか?」
「ああ、あいつも月に2回くらい、早朝に鍛錬してるんだ」
「多分知ってるのは門番やってるやつくらいだろうな」
誰だろうか。
ギエロじゃないはずだ。彼は昨日、大森林にゴブリンの討伐に出ている。
低ランクの知り合いにも、そういう事をやってると言っていた奴は居なかった。
少し気にはなるが、俺にはあんまり関係ないことか。
「殊勝な方もいるんですね」
「お前には言われたくないだろうさ」
「じゃあ、気をつけてな」
「ありがとうございます」
そう言って別れた。
彼らも今は暇そうだが、少しすれば商人や旅人がやってきて忙しくなるだろう。
街に事前に危険人物や危険物を入れさせないのが彼らの仕事だ。
いつ彼らの力が必要になるかも分からないし、長居して邪魔したくもない。
いつものように街から少し離れ、準備運動をしてから軽く走る。これは日によって変えているわけではなく、毎日1周だけゆるいペースで走っている。
鍛えるための走り込みじゃなく、心肺機能を衰えさせないためだ。街は大きく、半径3キロほどの円状になっている。
2時間近くかけてゆっくりとペースを変えないことを意識して走っていく。
城壁が見える範囲内にはいるので、今まで魔物と出会ったことはない。
のんびり走っていると少し離れた場所に雷が落ちたのが見えた。
上を見てみるが、雨が降りそうな天気でもない。雲すら無いほどの快晴だ。
「どういう事だ?」
少し様子を見に行ってみる事にした。
剣は持ってきているし、何かしらのトラブルになっても問題はない。
進路を変えて走る。
面白いことが待ってると良いんだが。
―――――
「なんだ、あんたか」
「なんだとはなんだね。大層な物言いだね、君」
そこにはこの街最強の魔術師、リオ・エスカドラが居た。
平原のど真ん中で、杖を立てて睥睨している。
平原には大規模な破壊の跡がいくつか見て取れた。
「あんたも鍛錬か?」
「普段はパーティの仲間に当てないように気を使っているからね。たまにはこうやって魔術をぶちまけないと、なまってしまうじゃないか」
「仲間は一緒じゃないのか?」
「彼らはパーティを組んで日が浅い。あまり深くは知らないが、向上心はあまり無いらしくてね。全く、嘆かわしいことだよ」
少女はやれやれ、と首を振った。
「なるほど」
「君も鍛錬かい?」
「ああ、走り込みの途中だ」
「いい心がけだ。励み給えよ!」
「へいへい、ありがとうございます先輩」
おどけたように頭を下げる。
相変わらず上からの言動だな。
いや、彼女の方が俺より遥かに上のランクだから別におかしな事ではないのだけれど。
俺は大規模な魔術は使えないので、たまにはぶちまけたいという感覚は良く分からないが、剣を振らないと感覚が鈍る、と考えたらなんとなく理解できる。
顔を上げ、さあ走り込みに戻ろう、と振り向く。
するとぐっと体が引っ張られた。
首だけを動かして振り返ると、リオが俯きながら俺の服の裾を引っ張っていた。
「あのー、何か?」
「もう・・・って・・・」
「はい?」
彼女は俯いたままボソボソと何かを喋っている。
声が小さくて聞き取れない。
なんだ、何か怒らせるようなことしたっけ?
頭をポリポリと掻いて待っていると、少しして彼女は意を決したようにバッと勢いよく顔を上げた。
頬はほんのりと赤く、少しだけ口角が上がっている。
照れているかのような、喜んでいるかのような。
どっちであろうと、そういった感情を抱かせるような発言をしたつもりは無いんだが。
「もう一回、言ってくれないか・・・?」
「は? 何を?」
「も、もう一度、先輩と呼んでくれないか、と言ってるのだよ・・・」
一瞬、困惑した。
はっきり言おう。めちゃくちゃかわいくて困惑した。
リオは、言動がおかしいだけで見た目は最高級だ。そんな奴が照れながら、服の裾を遠慮がちにキュッと掴み、上目遣いで懇願しているのだ。
俺も男だ。色々と、クるものがある。
いやまあもちろん手を出したりはしないが。
「リオ、先輩」
「はぁうっ!」
彼女は胸に手を当て、ビクンと体を仰け反らせた。少し息も乱れてきている。
何が起きてるんだ。
訝しげに彼女を見ていると、すっと目の前に人差し指を立てた手を差し出された。
もう一度、ってことか?
「あー・・・大丈夫ですか、先輩?」
「ぐうぉおっ!」
「ほ、本当に大丈夫か!?」
彼女はいきなりうめき声を上げて膝を着いた。
慌ててしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込む。
はあはあと息を荒げ、満面のニヤケ顔を晒す変態がそこに居た。
「お、おお・・・先輩・・・なんて甘美な響き・・・!」
「気持ち悪っ」
咄嗟に離れてしまった。
どうやら先輩と呼ばれたことに興奮していたようだ。
少しだけ待っていると、リオは息を整えて立ち上がった。
キリッとした顔をしているが、今更かっこいい先輩として取り繕えるとでも思っているんだろうか?
口元によだれの跡が残っていると指摘したら、慌てて袖で拭いていた。
そういう所は可愛いんだがなぁ。
「いやなに、先輩と呼ばれたのは初めてでね。取り乱してしまった。これからもそう呼んでくれ給え」
「はあ・・・」
今の一連の流れで敬う気は失せたがな。
今まで先輩と呼ばれなかったのも、性格やら態度に主な原因がある気がするが、まあ言わなくてもいいか。直すとも思えん。
「では、私はそろそろ行くよ。また会おう、後輩!」
彼女はそう言って街の方へ向かっていった。
なんとも疲れる一日になりそうな予感がする。ただの予感だが。
ため息を吐きながら、俺も走り込みへと戻っていった。
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