第11話 街で最強

 起きてすぐ、まだ日が昇り始める頃に目が覚めた。

 昨日の冊子にはギルドは24時間開いているとの事が書かれていたので、この時間でも問題ないだろう。

 朝食をどうしようかと考えながら大通りに出る。流石は他国との貿易拠点、こんな早くから商人たちが慌ただしく動いている。

 一軒だけ開いている食堂があったのでそこで食事を摂った。おまかせで頼むと、新鮮なサラダと薄味のマッシュポテトが出てきた。

 美味くはないが不味くもない。

 そこそこ腹が膨れたところで食堂を後にし、ギルドへと向かう。

 中に入ると、すでにそこそこの人数が掲示板前に集っていた。

 冒険者の朝は早いようだ。

 俺も掲示板を見ようと思って、一歩足を踏み出した、その時。

 背中に何かが刺さった。


「ッ、誰だ!!」


 いや、正確には刺さったような感覚があった。

 誰かがとんでもなく鋭い殺気を俺の背中に当てやがった。

 剣の柄に手を当て、構えを取りながら振り返る。

 そこには、俺と変わらない歳に見える少女が立っていた。


「おっと、すまない。見慣れない顔だったもので、つい」

「・・・ついであんな殺気を飛ばすな」


 身長は160センチほど、茶色のローブを身に纏い、その下には赤い革鎧を着込んでいる。右手には身の丈近い大きさの杖を持っている。杖の先には、大きな黄色い水晶のようなものが付いていて、取り回しは悪そうだ。

 美しい銀髪を肩より少し上で切りそろえている。小顔で、目鼻立ちは良く、金色の瞳が輝いている。まぶたが少し閉じていて眠そうにしているのは、早朝だからだろうか。

 見た目が物語っている。魔術師だ。

 魔術師は剣士や戦士と違って見た目で強さを判断しにくい。

 だが、恐らくこの眼の前の少女は強い。実践経験の少ないやつ、そもそも実力の無いやつがあんな殺気を飛ばせるものか。

 少女はへぇー、ほぉー、と気の抜けた声を発しながら俺をじろじろと見ている。

 ギルド内も、俺の怒声と構えを見てざわめいている。

 俺は構えたままだ。

 ギルドの中で仕掛けてくるとは考えにくいが、魔術ってのは基本的に無詠唱で、いきなり足元から石の槍が飛び出してきたりする。構えておけば対応は出来るが、構えておかないと対応が難しい。


「君、手を戻し給えよ。ほんの出来心だったんだ、許してくれ」

「・・・ふぅ、やめてくれ、本当に。俺が切りかかってたらどうするつもりだったんだ」


 剣から手を離す。 

 真剣だった俺の態度とは真逆で、彼女はへらへらと笑っている。


「そりゃ、逃げたさ。ギルド内の揉め事はご法度だよ」

「殺気向けてきたあんたが言うかぁ?」

「何、私は人の目利きに疎くてね。試しただけさ、あっはっは」


 変人だ。

 見た目はめちゃくちゃ美少女なのだ。この世界の顔面平均値は高い。街を歩いていてそう思っていたが、こいつは平均値を上に引っ張り上げるくらい可愛いのだ。

 しかし喋り方やら行動やらが変人である。

 師匠が言っていた、強い奴らは軒並み頭がおかしいと。

 俺の中で変人筆頭の師匠が言うんだ、間違いない。

 そう考えるとこの眼の前の少女も相当な実力の持ち主である可能性が高い。


「名前はなんて言うんだい?」

「カズヒロ・タナカ。ランクは10級」

「へんな名前だなあ」


 イラッとするなコイツ。

 敬語を使ってなかったが、いいだろ、もう。


「あんたは?」

「リオ・エスカドラ。3級だよ。この街で一番強い魔術師だ、覚えておきたまえ」


 目を見開いた。

 コイツがこの街で一番強い。

 周りを見渡してみると、苦々しげに頷いているのが何人かいた。


「おい、何で周りを見る」

「信じられなくて・・・」

「ふん。私には君が10級という方が信じがたいがね」

「昨日登録したばかりだ」

「なるほど。殺気の詫びだ、困ったことがあったら私の所へきたまえ。覚えていたら、話くらいは聞こうじゃないか新人君」


 そう言うと、彼女は手をひらひらと揺らしながら掲示板へと向かっていった。

 どき給え、でかいのをお見舞いしてやろうか、などと言いながら杖で人をかき分けていく。

 あれがこの街で最強なのか。にわかには信じがたいが、あの態度に誰も文句を言わないことを見るに、本当のことを言ってるのだろう。

 俺の肩に、ぽんと手が置かれた。

 振り返ってみるとギエロが立っていた。


「よう」

「おはようございます」

「どうだ?」

「どうだ、と言われても・・・」

「ふてぶてしいだろ」

「まあ、そうですね」


 胸は小さいが態度はでかい。

 そんな感じだ。

 変態だと罵られるかもしれないが、俺の率直な意見はそれだ。

 男なんかみんな最初は胸に目が行くんだよ。そう出来てんだ。


「あんなだが、実力は確かだ」

「そうなんでしょうね」

「パーティメンバーは今ひとつだが、あいつが引っ張ってるからやれてる」

「その辺りは、俺は何も言えませんがね。戦闘を見たわけでもありませんし」


 何より俺はまだ10級だ。ぺーぺーのぺーだからな。

 しばらくはランク上げに専念することになるだろう。

 今の所、この街でランクを上げて金を稼ぎ、それから次の行き先を決める事にしている。

 どのくらいこの街にいるかは分からないが、半年か、1年くらいはここを拠点にするつもりだ。

 運が良ければ彼女やギエロの戦闘を見ることもいずれあるだろう。その時は遠慮なく見て勉強させてもらおう。


「だな。だが、いずれランクが上がれば合同任務なんかを受ける機会もあるかもしれねえ。楽しみにしとくから、さっさとランク上げてくれよ?」

「善処します」


 合同任務ってのは確か、緊急性・危険度の高い依頼が来た際、近くにそれに相対するランクの冒険者がいない場合に発生するものだ。

 分かりやすく言うと、ランク2の緊急依頼が来たがこの街にはランク2の冒険者は居ない。周辺の街から呼び寄せようにもそれを待っている時間もない。そんな時に、危険は承知でランク3や4の冒険者パーティを複数招集して合同で任務に当たらせる。

 そういったものだ。

 基本的には危険度が高い依頼より、魔物の群れなどが発生して1パーティでは人数的な問題がある場合などに発動されるそうだ。

 数の暴力に対抗するために数を揃える。理にかなっている。


「じゃあ早速、依頼を受けてきますよ」

「おう、頑張れよ」


 ギエロと別れ、掲示板の前に向かう。

 10級の受けられる依頼はあまり多くなく、端の方に数枚貼り付けられてあるだけだ。

 荷物運び、無くし物の捜索、特定の植物の採取など。最低ランクだから当然だが、魔物の討伐依頼は1つもない。

 時間はかかるが、これらを毎日少しずつやっていくしか無い。

 ギエロともっと仲良くなって、推薦してもらいながら早くランクを上げるなんてことも出来るのかもしれないが、流石にそれは彼もいい顔をしないだろう。

 万が一俺が問題を起こした場合、彼にも責任がある、なんてことになってはいけない。

 もちろん問題を起こすつもりは毛頭無いんだが、彼らからしたらそれは口約束でしかないからな。

 それに、冒険者としての常識なんかも知っておきたいからゆっくりランクを上げるのも悪くないだろう。

 荷物運びの依頼を手に取り、カウンターへと向かう。

 なにはともあれ依頼を受けなきゃ始まらない。行動あるのみだ。

 楽しい日々になりそうだ。

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