night

 深夜、高速道路の高架下に集う原付バイクの群れ。狂犬を戯画化したステッカーがフレームに貼られていることを確認し、俺はネクタイを締め直す。仕事の始まりだ。

 隅に置かれた無数のスプレー缶は既に空で、塀には数メートルほどの巨大グラフィティが描かれている。描画担当は3人、見張り役が1人。今回は、ずいぶん小規模なグループのようだ。


「……おい、そこで何やってる?」

「アァ、なんだよオッサン? 俺らになんか用か?」


 見張り役の少年は俺を怪訝そうに見上げ、睨み付ける。シンナーの影響か、歯が所々抜け落ちている。俺は冷静であろうと努めながら、静かに口を開いた。


「お前らが落書き犯だな?」

「アァ〜? お前、もしかしてポリか? そうだとしたら、どうするんだよ? 逮捕するか?  俺らまだ未成年だぜ?」

「逮捕? 違う、掃除だよ」


 胸倉を掴もうとする見張り役の少年を凝視し、俺は最小限の動きで指を鳴らした。それだけでいい。それだけで、屑は血肉に変わる。

 落書きに集中していた描画担当の少年たちが、怪訝な表情でこちらを向いた。血溜まりと肉片と化した仲間を発見するのは、その数秒後だ。だから、もう遅い。指を三度鳴らすだけの、楽な仕事だ。


「……街を汚すのは勝手だけど、先輩に迷惑はかけんなよ」


 これが俺の仕事だ。魔法のような技術で汚れたものを綺麗にする先輩のように人を幸せにすることはできないが、魔法じみた力で街を汚す輩を“清掃”することができる。決してやり甲斐を感じてはいけない、文字通りの汚れ仕事だ。

 俺の力は、人に危害を加えることしかできない。だから、故郷から出ずに俺ができる仕事をやっているのだ。俺は仕事を終えた旨のメールを送信し、返り血で汚れた上着を脱いだ。

 先輩がくれた洗剤は、血のシミを落とすのに最適だった。スーツをクリーニングに出した時から、俺の仕事に気付いていたようだ。


「なんで帰ってきたかなぁ、先輩……」


 俺の汚れた心も綺麗にしてくれればいいのに。そう呟きながら、俺は先輩が愛する街をこれ以上汚されないように仕事を続けるだろう。

 あの人のような魔法使いにはなれない。そう思いながら。

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俺は魔法使いになれない @fox_0829

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