第4章 伝説と伝承
馬車が皆を降ろし空に飛立った後、ブライアンは今後起こりうる危険性について妹達に説いた。
オリンポスの危機は分かっていたが 突然のブライアンの発言にカイリー達は 自分達にも危機は迫っている事に気付かされ、急に注意深く周囲を見渡し慎重に足を進める様になった。
『兄様に傷を負わせた何者かが襲って来るかも知れない。私も出来る事はやるね。』
アンナが父から受け継いだ金色の竪琴を軽く弾くと、7色に輝く波長はオーロラの様に形を変えながら多方向に飛んでいく。
アンナは、このオーラの反射で標的の有無、所在を探す事が得意だった。
父アポロンは多才な神として、オリンポスで右に出る者はいなかったが その子供達は 父より授かった各々の武器だけは誰よりも上手に使える。
『大丈夫みたい。私たちだけよ。』
目的地につき、鞘を探そうにも海沿いに残るその跡地には
城があったと言うかよりも街らしき何かがあったのは分かる程度で平たい石が積み重ねられた唯の古い石塁にしか見えなかった。
城跡の近くに着くや否や、今度はカイリーが空に向かい多数の金色に輝く矢を放った。
魔法の鞘ならば、その能力で矢を防ぐはずだと思ったのである。
3回目の矢を放った時、1本の矢だけ地中に吸収されず 矢の半分ほど地中に埋まりはしてるものの何かに刺さっているように震えている。
『まさか…』
5人は、お互いに視線を交わしながら 期待を持って その場所に近づいた。
地中に埋まっているであろうその何かを如何に掘り出すか、皆で模索している時 、ふとアンナが『お父様ならできるんでしょうけど…』と呟いた。
その瞬間、カイリーは閃いたようにブライアンの方に向いたのだが、既にブライアンはその策に気づいており妹の閃きを待つかの様に優しい笑顔でカイリーを見つめていた。
アポロンは、太陽の神でもあるが 豊穣の神でもあり、作物の実りを司る能力も持ち合わせている。
カイリー達はそのパワーの使い方は得意では無かったが ブライアン、アンナの兄妹3人でやればもしかしたら出来るかも知れない。
3人は地中に埋まっている植物の成長を促すように必死に祈った。
すると、1m四方ぐらいの狭い範囲だけツルの様な植物が一気に伸びだしたかと思うと ツルの間に挟まれた小さな宝箱が地上に顔を出した。
カイリーがすぐ様、掘り出して開けて見ようとしたが ブライアンが制止した。
カイリーは戸惑ったが モルガーナが罠を仕掛けてるかも知れないと説明されてハッとした。
先程、ブライアンに諭されたばかりだと言うのに 慎重さに欠けた己の行動を深く反省しつつ、愚かさを恥じたのであった。
もし毒が仕掛けてあるならば クリスの能力で防げる筈だ。
しかし魔法ならば…
仮定の域でしか無かったが 先ず少し離れてアンナの竪琴で 魔法の罠を探った。
『かかってないわ!』
アンナの言葉に、とりあえず安堵した5人は次にクリスの
能力で解毒を施した。
箱の中では やはり先程と同じではなかったが 発色が見られた。
『やはり、毒の罠は仕掛けられていた。』
箱を慎重に開けると そこには鞘が収められていた。
場所を変えて、これが本物なのか確かめてみようとブライアンが話し、すぐ様 4人は行動に移した。
カイリーとアンナはお互いの武器で鞘に向かって、矢と攻撃のオーラを放ってみた。
バリヤーみたいなオーラが鞘から確かに発せられた。
5人の顔は喜びに綻んで 次なる目標『エクスカリバー』捜索に話題は変わっていった。
『ブライアン兄様、次は何処を探すの?』
この旅に出て、言葉数が少なくなったブリジットがブライアンに質問した。
顎をつまみながら自問自答するブライアンは、父アポロン譲りの知性と力強さの両方を感じさせる美しさで 誰でも振り返って見てしまう容貌を持っていた。
『そうか!!』
ブライアンは、上目遣いで 右上方に顔を上げた。
『鞘は最初の予測通り、モルガーナが隠し、罠を仕掛けたものだ。だけど、湖で私が受けた毒は同じものではなかった。つまり、鞘を見つけられなかった何者かが 聖剣も見つけられず、後に来るであろう探索者に罠を仕掛けたんだろう。毒が違ったのは そのせいだろう。ただ、相手は魔術を使う事は確かだ。』
『なるほど!さすが兄様!』
5人は、一瞬だけ明るい笑顔になったが 先程のブライアンの話から これからは魔法も関わる非常に危険な旅になる事に少し無口になった。
『大丈夫だよ、本当の強敵ならば もっと違う魔法や攻撃があった筈だ。神の子の私たちの命も一瞬で奪うようなね…』
ブライアンが妹達を気遣い話した言葉であったが、カイリー達には充分に効果があらわれた。
『とりあえず、湖に戻るよ!』
今度は、白馬の馬車は呼ばず 5人それぞれ空へ飛んだ。
天空から見る湖は、水面が月明かりを浴びて所在はわかるものの 不気味な様相を呈していた。
ブライアンは、祖父ゼウスの能力を一番色濃く引き継いだカイリーに魔法の鞘を持たせ、エクスカリバーを呼応させようかと思ったが
万が一、また思わぬ反撃にあった場合 カイリーを危険に晒すことを危惧して 自ら鞘を手に取った。
『エクスカリバー、現れよ!』高らかに声をあげたが 辺りに変化はなく 今回は反撃もない。
『まさか、ここでは無いのか…』
ブライアンに落胆からか、疲労に襲われ 少しよろけた時 カイリーが魔法の鞘に少し触れた。
その時 魔法の鞘が、真の主を得たかの様に一瞬であったが清らかな光を放った。
ブライアンは、羨ましいと言うよりも 幼い時から感じていた妹の可能性を改めて嬉しく思い、
『カイリー、お前なら いやお前しか出来ない役目だ。』と鞘を託すのだった。
兄の目を見つめ やる気になったカイリーは 左手で鞘を高く掲げ 『エクスカリバー現れよ!』と叫んだ。
途端に湖から天に向い 光が放たれたと思うとカイリーの足下に1本の錆くれた剣が刺さった。
その剣をカイリーが握った直後、鞘に描かれた2匹の蛇がプラチナに輝く龍に変わり 命を与えられたかの様に剣に移り、切先から柄頭に至るまで動き周り、最後には威光を放つ鍔になった。
ギラギラ輝くのでもなく、静かに霊的な光を放つその剣には聖剣の名に相応しい風格がある。
ブライアンはカイリーに『剣がカイリーを選んだようだ!』とだけ言い、笑顔で皆を見回した。
エクスカリバーを無事入手して、5人は次なる作戦にかかる事にした。
ブライアンによると、伝説上失われた聖剣は他にも有って東方の国、日本にも天叢雲剣と言う剣が海に沈んでいるらしい。
八岐大蛇と言う怪物の尾から見つかったと言う伝説のロングソードで 魔法の鞘にも劣らない守護の力を持っているとブライアンは言う。
5人とも、故郷に差し迫った危機を思うと すぐにでも動き出したかったが いくら神の子と言えども 空腹は感じるし、この姿に戻ってから緊張の連続で疲労困憊であり、一旦休息を設けようとブライアンが提案した。
だが流石にこの場所で休むのは危険だと判断し 彼らが休息に選んだ場所は霊的な場所でもあるストーンヘンジだった。
アンナのキタラのレーダーとブライアンの霊鳥達の見張りのお陰で 5人はゆっくりと休む事が出来た。
カイリーが酷く汗をかき、寝返りをうっている。
神と巨人族の凄まじい戦いの中、大量の血が流れ落ち 混ざりあってファイヤーオパールような異様な光を放っている。
流動的に蠢くその中から顔の様な物が形成されつつあり、
次の瞬間 目が開き 口許が笑った様に見え 此方を目視した気がした。
カイリーは、悲鳴をあげて飛び起きた。
夢だと理解した彼女は、すぐ平静を取り戻しはしたのだが そのリアルさが頭痛さえ引き起こす程に拒否反応を示していた。
『大丈夫よ。』気丈に笑って見せたカイリーであったが
カイリーと孤児院で17年間ずっと一緒だったブリジットは 余程の事だと気づいていた。
カイリーが こういった様子の後は必ず不吉な事が起きるのを知っていたからである。
『どんな夢を見たの?』
ブリジットが、カイリーに夢の内容を聞こうとした時、『みんな 起きた様だね。さて、次は少し遠いぞ。』と
先に起きて、少し離れた場所でアポロンとテレパシーでやり取りを終えたブライアンが戻って来て 皆に挨拶し、すぐさま白馬の戦車を呼びだした。
オリンポスから飛んできた馬車には、5人分の杯と皿等が添えられていた。
その食器は、願えば様々な料理が勝手にあらわれる物で、杯は同じ様にパワーの源でもあるネクタルが自然と湧くアイテムであった。
『この器、さすが父さん!そういや、昨日の朝から 何も食べてないな。みんな、お腹減ったよね?!』
ブライアンの一言に、アンナがお腹を擦りながら 目配りした。
野外研修のゲラド生物化学資料館での地震から、環境が一変しすぎて 食事の事を忘れてしまっていた。
『じゃ、せっかくだから食事にしようか。』
器と杯が並べられ、あらわれたのは肉料理や果物、アムブロシアやネクタル 。
久しぶりの神の食事に笑顔になる5人を、朝日が讃えるように照らし今から迎える困難をきわめるであろう長旅に勇気を与えているようである。
カイリー・アズライルと運命の子供たち @takeda_yoshiharu
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