第3章 託した未来と希望

マルスを長男としたゼウスの子供達には、特化した能力はあるもののゼウスが愛した他人を思いやる気持ちなど俗に言う『人間らしさ』を持つ者はいなかった。

己もまた神であり超越した存在であったが為に 中には他と一線をひき ゼウス同様 人間を愛し 子をもうける神も多かった。


カイリー達も例に漏れず そこに含まれるのであったが、彼女達の中には隔世遺伝なのか、ゼウスも目を見開く様な素質を生まれながらに持ち合わせる子がいた。

しかし、オリンポスの限られたテリトリーの中で その能力が開花する可能性は低く、人間界の切磋琢磨する環境にかけたのである。

アポロンは絶対神である父ゼウスを尊敬していたのだが、オリンポスの未来を見据え、人間が争いを繰り返しながらも学び、構築した『社会』を子供達即ち第三世代が理解すれば、神界は更に発展するとも考えていた。

戦略家らしいアイデアであり、理にも適っていた。

アポロンは子供達に個性が芽生え、自我が形成されたのを見計らい、胸を締め付けられながらも、子供達に全てを話し、その姿を稚児に変え この孤児院に預けたのだった。

アポロンの決断からの17年間経った今、オリンポスは大変な危機に瀕していた。

ヘラの悪巧みの影響で、ゼウスのパワーは日々弱りつつあり、他族とのバランスを保てず 打開するには隔世遺伝で子孫にもたらされた『ギフテッド』と呼ばれる能力の集結に頼らざるを得なくなってしまったのである。


石によって目覚めたカイリーは、金色に輝く弓から 様々な情報を受け取っていた。。

オリハルコンから出来たそれは父アポロン自信が愛用していた武器であり、アポロンとの通信媒体でもあった。

『カイリー、目覚めたのだな。』

『お父様、なんと言えば…時間を取らせて申し訳ありません。』

『それはよい。記憶が戻り何よりだが ただ時間が無い。急ぐのだ!』

『アンナは無事です。ブリジットもクリスも…。何が起きているのですか?仲間とは誰なのですか?』

『ヘラが反逆を起こしたせいで、ゼウスがパワーを失いつつあるのだ。このままでは、オリンポスはもとより人間界にも多大な影響が起きる。ブライアンが、先に行動を起こし 武器の入手や仲間にすべき人物達を探し訪ねている。すぐ合流しなさい。』

『ブライアン…兄様?!』

カイリーは、初めてそこで記念館で気を失いながらも微かに感じた懐かしい感覚が 尊敬する兄のオーラであった事に気づいた。

そして、それは日頃感じていたバッドのものも僅かではあるが含まれている事も…。

『オリンポスには以前と同じ、いやそれ以上の危機が迫っている。ギガントマキアー以上の脅威だ。急ぐのだ。』

『ギガントマキアー?』

『大昔起きた巨人族との戦いだ。巨人族は、人間の力がないと私達だけの力では倒せなかった。人と神とのハーフでなければ倒せなかったのだ。今度もお前たちと協力せねば倒せないと思われる。特に今回は、巨人族に加え、竜族、魔族が加わり 今のままではオリンポスは確実に陥落する。人間界の龍族、魔族を倒したという勇者や武器を集め オリンポスに戻るのだ。』

確かに人間界には、英雄や武器の伝説がある。

しかし、それはほとんど偶像でしかないのではないか?

『お父様、彼等や武器は伝説では無いのですか?』

『カイリーよ、歴史には目に見えない力が存在するのだ。優れた力を持つ者は、我々だけでは無い。』

カイリーは、父の言葉から 神の力を持ってしても 測りえぬ奇跡もまたあるのだと感じた。

『私達だけで探すのは、力不足では無いでしょうか?』

『カイリーよ、恐れずに自分の力を信じなさい。まずはブライアンの気を追い、仲間で協力するのだ。ブライアンなら、その知識で 打開策も見出してくれるはずだ。』

カイリーは、父の言葉に頷くと クリス達に視線を送った後

兄の姿を脳裏に描き 静かに目を閉じた。

カミナリの様な光を発し、カイリー達はまた一筋の光となった。


『バッドが、あのブライアン兄様だとは…』

ブリジットは微妙な顔で、心ここに在らずの様なカイリーに話しかけた。

『本人が一番戸惑ってるはずよ。』

年長者のクリスが続けた。

クリスは、17歳のバッドがカイリーに好意を持っていたのを気づいていたからこそ出た言葉であった。

『まさか従兄弟5人が こんなに近くにいたなんてね。アポロンおじ様の配慮かしら。』

『私は分かってたわよ。』

急成長したアンナが背伸びして、軽口を叩いた。

本来の姿で再会した四人は和やかな雰囲気ながらも 故郷オリンポスの危機に気持ちは落ち着かない様子である。

『バッ…ブライアン兄様の歴史好きに今は期待するしかないわね。』

カイリーは、先に動いている兄を思い、無意識に弓を固く握りしめていた。


その頃 ブライアンは、イングランド コーンウォールに居た。

英雄、聖剣、龍と言えば 『アーサー王』『エクスカリバー』『魔術師マーリン』とオタクなら即答するであろう物語が浮かんだからだ。

アーサー王伝説は、単なる物語と言う説と史実では無いかと言う説で未だに結論は出ていない。

ブライアンは、この17年間で蓄えた知識から 少なからず実在の可能性を感じていた。

聖剣は存在し アーサー王やマーリンは実在したと信じていたのである。

そして、アーサー王が亡くなる原因となったというモルガーナが持ち去った魔法の鞘さえも…


ブライアンはまずアーサー王にエクスカリバーを託し、アーサー王の死後に剣を受け取った湖の乙女が居たとされるドズマリー・プールに向かっていた。

まずは物語に準じて捜索に務めるつもりだったのだ。

半神の自分なら、そういった神がかった力には呼応するはずと手を空にかざし 湿原の中の小さな湖に光の鳥の大軍を落とした。

一瞬、湖面が金色に輝いたが 大した変化はなく 期待が外れた彼は湖に背を向け 次なる場所に足を向けた。


が、その瞬間だった…。

湖から ブライアンに対し幾つかの反撃が行われた。

湖の乙女の存在は感じられなかった。

ブライアンは、全ての攻撃を避けたつもりだったが ひとつだけかすり傷を負ってしまった。

『危なかった…!!』

彼は、次の瞬間 片膝をついた。

毒であった。

ブライアンも父やから様々な力を受け継いだのだが 癒しの力だけは引き継いでいなかった。

『しまった…。』

彼は、責任感が強く 妹達の負担を少しでも軽くする為に

合流を待たず 先だって行動していた。

『このままでは不味い…。』

体内に毒の影響を感じ始めた時、突然空から光が降ってきた。

カイリー達が合流したのである。


『ブライアン兄様!』

ブライアンの様子から 異常を一番最初に感じ動いたのはクリスだった。

『毒の様だ…。』

『分かっています。お待ちください。』

クリスはブライアンの傷に向かい 両手を広げた。

先程までバッドが憧れのブライアンである事に戸惑っていたとは思えないほど素早い反応だった。

温かい光が粒子をまとい 傷を塞いだかと思うと 傷口から

毒々しい個体が地面に落ちた。

『ありがとう、クリス』

ブライアンの言葉に、クリスは頬を赤らめた。

『皆、揃ったな。揃ったと言うのも変か…。』

17年間、お互い近くに居たのだか 自分自身の記憶さえ封印されていたのだから 奇妙な感じだ。


『ここで分かった事がある。アーサー王伝説が事実なのはまだ分からないが 魔法と特別な力は存在する。』

アンナが不思議な顔でブライアンを見ている。

『アーサー王のエクスカリバーはアヴァロンで作られたと言われている。王がなくなった後に 湖に戻されたともなっているが、ここには無かった。そして受け取った筈の湖の乙女もいなかった。だが、反撃を受けた。しかも、毒だ。伝説の中ではアーサー王とその周辺で、毒はよく用いられた。となると、剣を移動させたのはアーサー王の後継者たる者にエクスカリバーを渡したくない、しかも毒を使える当時の誰かという事になる。一番疑わしいのは、まさにモルガーナが長女と言われている9人姉妹、若しくはその仲間だ。そうなると彼女等が統治し、アーサー王とグィネヴィア王妃の墓もある彼処…アヴァロンが一番怪しい。』

カイリー達は固唾を飲んで ブライアンの仮説を聞き 17年振りに話す兄の威厳を感じていた。

『行こう。』

ブライアンの自信に満ちた言葉に四人は見つめ合い、ブライアンの肩や背中に手を当て 兄の跳躍に身を預けた。


一行が舞い降りたのは、グランストンベリーの街だった。

街にはアーサー王の墓やグランストンベリー修道院があり、19世紀からアーサー王の人気が再燃した恩恵で お店やジム、学校なども充実して いっぱしの観光地にになっている。

アーサー王の墓に着くと躊躇することなくブライアンは、『エクスカリバー!!』と念じ、鎖で簡単に囲んである王墓に手をついたが 何の反応もなかった。

期待が外れ、少し己の不甲斐なさに怒りを感じ空をを見上げ、

『ここでは無いのか?!』

言葉少なげなブライアンだったが、知略に飛んだその頭脳は 皆にショックが伝染する前に新たな仮説を生み出した。

『もしかしたら…』

日が沈みかけた西の方向に ブライアンが顔を向けた瞬間

、夕日がブライアンを赤く染め カイリー達は神々しく輝く長兄を改めて尊敬した。

キャメロットにきっかけがあるかも知れない。

エクスカリバーは、その剣と鞘で役割が違った。

魔法の鞘は、持ち主の命を守る守護そのものであり、モルガーナがすり替えた為にアーサー王は命を落とした。

モルガーナが、真に策略に長けた人物ならば 盗んだ鞘を隠すならば 誰もが予想もしないキャメロット城ではないだろうか。

そしてアヴァロンで作られたと言う聖剣とその魔法の鞘ならば 、片方を入手したならば共鳴して所在が分かるのではないだろうか。

理論がブライアンの中で成立した時、先程迄の落胆に染った顔は消え 希望に満ちた顔で戦略家らしく 妹達に持論を説き協力を求めた。

『先ずはキャメロット、ティンタジェル城だ!!』

そう叫ぶと 今度は白馬が引く父の馬車を呼び、皆を乗せ勇ましく空に駆けだした。

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