第2章 偉大なる長兄

ブライアン・アデュー、彼はどこにでも居そうなごく平凡な17歳の男の子である。

幼い頃は、やんちゃでどんな事にも怯みもせず チャレンジする活発的な男の子だったらしいが

5歳になる頃、周りが心配する程の怪我をして それ以来、皆を気遣い 無茶をしなくなった。

その後、彼の興味は他人の視線を集めるような事ではなく 幅広い知識の習得に向けられ 17歳になった今では やんちゃだった頃の印象は全く感じさせない。

それどころか、学校の授業では物足りず 図書館に陳列されている専門書がお気に入りで、傍から見ればいつも小脇に辞書抱えてるオタクじみた優等生が彼の印象となっていた。

とりわけ、大好きな分野は化学と物理学、歴史の3つ。

本人曰く、『知識は先人が積み重ねた歴史そのもの』らしい。

彼はおじいちゃん子らしく、昔のテレビ番組や戦争の歴史には 祖父譲りの豊富な知識を ところ構わず披露したがる為に 周囲からB・Adieuの頭文字を取ってバッドと呼ばれていた。

当然、皮肉混じりなのだが ブライアンはそのあだ名に嫌悪感を示した事は無かった。


彼の家は 曾お祖父さんの頃、この街に来て成功を収め 地方には珍しいお城の様な豪邸を建て 現在も変わらずそこに住んでいる。

俗に言うおぼっちゃまであった。


経済的には非常に恵まれた環境であったが、彼自身は両親が離婚し 母親は今何処に住んでいるかも教えて貰えず父親は海外を飛び回り 年に数回しか会う機会が無いと言う可哀想な家庭に育った。

小さい頃、彼がやんちゃで無茶な事を繰り返した事も 両親に振り向いて欲しくてやってた事は 後からわかった事である。

小さい頃から、周りに気を遣う優しい男の子であった事は間違いない。

両親の離婚後、しばらく塞いでいたのだが 祖父のフレディや使用人の暖かい心配りで立ち直ったらしく 彼自身、他人、特に悩んだり苦しんでる人達にとても優しく接する様になった。

彼は、そんな心優しい面ばかりでなく 実はとても勇敢で 更に トレーダーにも引けを取らない戦略家と言う側面も兼ね備えていた。

10歳の頃、夜中に屋敷に泥棒が入り 使用人は誰も気づかない中、気配を感じた彼はわざと泥棒の視線をひきつけ鍵付きの部屋に泥棒を閉じ込めて警察に引き渡した。

人目に晒されるのを恐れ、マスコミの取材には応じなかったが 彼の知略には 当時事件に当たった警察の職員は目を丸くしたらしい。

勇猛果敢、聡明叡智に富んだ彼、外見は全く逆なのだが 中学に入った頃 一人の女の子に心を奪われた。

特に美人でもなく、自分に優しくしてくれたわけでもないのだが 何故か彼女を目で追ってしまっていた。

ついつい、近くに寄って声をかけてしまう。

彼女から好意は感じるどころか、変人扱いされているのでは無いかと偶に感じてしまう自分にも気づいているのだが、こればかりはどうしようもない。

これが俗に言う『恋』なんだろう。


最近の事だが、彼女が落としたタオルをたまたま拾って…

誓って後はつけていない。

本当に偶然なのだが、拾ったタオルを渡した時 手に触れた瞬間、彼女から何か電流の様な物を感じた。

大人びた彼女がローブをはおり 自分の方を柔らかな愛情に満ちた目をしながら話しかけてる映像が脳裏に浮かんだ。

冷静である筈の彼は、息を二度小刻みにして まるで幻でも見たかの様に立ち尽くしてしまった。


何だったんだろう!

こんな映像、映画でも見た事ないし、ましてや体験などした事がない。

彼女への感情が余りに強すぎて 脳が勝手に誤作動を起こしたのだろうか?!

廊下に立ち尽くす彼が余りに奇妙だったのか、通りかけた事務員のクリスが顔をしかめて話しかけてきた。


『バッ… ブライアン、どうかしましたか?気分でも悪い?!』

クリスの問いかけに、初めて我を忘れて廊下に棒立ちになってる自分に気づいた。

『あ、クリスさん。大丈夫です。お気遣いありがとうございます。それでは失礼します。』

ブライアンは、慌てて対処したが その日以来 カイリーのあの神々しい姿が忘れられず 事ある毎に思い出す様になった。


あれから数ヶ月経った今、彼女からあだ名で呼ばれるぐらいに仲良くなれて 内心嬉しい気持ちと本名で呼んで欲しい気持ちがせめぎ合って 実に複雑な気持ちで毎日を過ごしている。


最近、そんな彼女に少し異変が起きているようだ。。

一般的に女性には肉体的成長期が早めに来るらしいが 彼女に至っては例外の様に感じる。

彼女は、他の女の子達が段々大人びた雰囲気に変わりつつある中で 未だにボーイッシュで秘密めいた感じは一切感じさせない。

明るくて、まさに『天真爛漫』の言葉が似合う女の子である。

だが、ここ暫くの事なのだが 授業中に机にうつ伏せる事が多くなった。

先生達から、注意される事もしばしばだ。

何処か悪いんだろうか…

彼女が親友のブリジットと会話してる内容にも、全くおかしなところは感じなかった。

別に盗み聞きしてる訳ではなく 席が斜め後ろだから自然に耳に入るだけだ。


気になって学校の図書館にある医学書も少し読んでみた。

自分ながら実に健気である。

だが結論には至らなかった。

特別彼女と親しいわけでもなく、でしゃばってギクシャクした関係になるのは避けたいので 陰ながら彼女を支えようと心に誓った。


そんな日々が数日続き、昨日 とうとう彼女に担任のグリジット先生が鉄槌を下した。

今日の野外研修にクラスで一人だけレポート提出を命じられたのだ。

『やぁ、カイリー。元気かい?!』

彼は励ましの言葉をかけずには居られなかった。

『元気に見える?バッド?』

『今日、レポート書くんだろ?!何か困ったら 手伝うよ。』

『ありがとう、バッド。その時はお願いね。無いと思うけど……』

ブライアンは 彼女から、落胆にも似た感情を感じていた。

始業のベルがなって、グリジット先生が教室に来て バスに移動を命じた後 カイリーに釘を指したのを見て 一層心配になっていた。


バス移動が終わり、座席が離れている為にカイリーの様子は分からなかったのだが ブリジットがカイリーを起こしているのが聞こえた。

ブライアンは、嫌な予感がして堪らなかった。


資料館は、如何にも古臭い展示物で 歴史好きの彼には魅力的であったのだが 彼の視線は展示物ではなく カイリーにほとんど向けられていた。

そんなカイリーは、研究員の話そっちのけで展示物の何かを取ろうとしている。

不安定な爪先立ちのその姿勢は 彼に行動を起こさせるには十分すぎた。

先生の視線を避けながら彼女の方に近づいた瞬間だった。


〈グラッ…〉地面が大きく揺れたと同時に同級生達の悲鳴と共に大人たちの避難指示の大声が資料館に響き渡った。

ブライアンは、迷う事無くカイリーが居る方向に走り出していた。

彼女は、転んだ後 なぜか転がる石を触った瞬間 突然意識を失った様に見えた。

ブライアンは己に降りかかる危険もかえりみず 一目散にカイリーに近寄った。

気を失ってる彼女の名を呼び 己の身にも迫る危機感を感じながらも 彼女を抱き起こした。

その時、彼女の手から落ちた石を触った瞬間、瞬く間に彼は本来の己の姿と記憶を取り戻していた。

時間が止まってるのか、落下物は空中で止まり 自分とカイリーの吐息だけが聞こえる。

だが、今はその感情に浸る訳にはいかない

大切な人、妹を守らなければいけない!

彼は咄嗟に石をカイリーの上着のポケットに入れ、彼女を抱え出口に向かって全力で走り出し 玄関口近くでいつの間にか別人の様な容姿になった姿を指先を鳴らして 皆が知ってるブライアンに戻すと 外に向かって大声で叫んだ。

本来の自分なら、どうにでも対処できる事なのだが 今やるべき事は分かっていた。

カイリーに自分で記憶を取り戻させねばならない。

彼の恋心は、今や兄妹愛に変わり、両親の離婚から感じていた家族への思いは カイリーに対象が変わりつつあった。

救急車のサイレンが近づいてくるのが聞こえる、彼は17歳のバッドを演じながら 救急隊員の来るのを待った。

救急車が到着し、カイリーが病院に運ばれ 意識を回復し孤児院に帰るまでの動向を彼は陰ながらずっと見届けていた。

カイリーのそばに従兄弟も居るし、驚く事に末の妹アンナまで姿は全く違うもののカイリー達と居る事を確認し安心して、次は己の環境 アデュー家の人々の対策の為に光の筋となって大空に飛び立った。


家に帰ると アデュー家では少しざわついてはいるものの

酷く変わったことはなく17年前の地震を教訓に家財が倒れたりしないように対策がなされていた事を初めて知った。

『ブライアン様、御無事でしたね。学校にも確認はして、状況は確認致しておりましたが 大袈裟に振る舞う事はブライアン様がお嫌いになると思いましたので…』

執事ジェイルの一言に会釈して、感謝の言葉をかけた。

そして彼は今やるべき事を最優先する事にした。

祖父の部屋を訪ね 先ずは無事を確かめてから 二つの提案をした。

一つは、特別に有給休暇を与え屋敷の使用人達の家族の現状を確かめさせる事と、もう一つは 雇用者として彼等の為に支援する事だった。

フレディに感動を与えつつ了承を得た後、屋敷に居る使用人を大広間に集めた。

大地震の後でもあり、突然の招集に不思議がる数人もいたが 彼はお辞儀をしながら話し始めた。

『突然の地震で皆驚いただろう。怪我は無かったかい。実は今回の地震で 実家や家族の状況に不安を感じいている者も居ると思う。そこで、祖父と話し合い 数日暇を出すので状況を調べに行って欲しい。その間の給金は当然出させてもらうし、修繕が必要ならその費用は日頃の感謝としてアデュー家が賄いたいと思う。』

ブライアンの一言に、フレディは孫の優しさに誇りを感じ笑顔になり、使用人達は皆感謝で涙した。

ブライアンは、皆が喜びを噛み締めて笑顔である事を確認して次の瞬間、指先を天に向け弧を描き時を止めた。

その後、大切に育ててくれたフレディにキスをして 使用人のみんなにハグをしてお別れの挨拶をした後、人々に自分の存在の記憶の改ざんを施した。

暫くの別れだ、下手をすれば命をおとし 二度と戻れないかも知れない。

『必ず戻るからね。』

と一言だけ静かに発した。

時同じくして、ブライアンは カイリー達の覚醒も肌で感じた。

『もう大丈夫だな。』

父アポロンからは妹達の世話以外にもうひとつ大切な使命を授かっていた。

万が一、オリンポスに危機が訪れた場合の対処である。

アポロンがブライアンをはじめ子供達を人間界に託した17年前には、まだオリンポスは比較的平和であった。

ただ、アポロンは これまであった幾つかの戦いの歴史を振り返り 再度起こる可能性もブライアンにだけ伝えていたのである。

今回、ブライアンは目覚めた後 アポロンと厳しい現状と対策について話し合った。

オリンポスでは全能の神ゼウスが、嫉妬深い妻ヘラの策略に嵌り 力を失いつつあり それを知った魔族や竜族、巨人族など様々な種族が主権を狙い画策していた。

ブライアンは、父から伝説の武器の収集と魔神、竜神と呼ばれる者に嫁いだ人間に密かに会い 周りに知られる事なく協力を求める事を頼まれたのである。

敵対する勢力に気付かれず動くには、時間をかけてはならず 迅速且つ的確な判断が要される事は 戦略に明るいブライアンには直ぐに察していた。

『急がねば…』

ブライアンは、すぐ様本来の姿に戻り、探索の旅に飛び出した。

彼が幼き頃から アデュー家の祖父に色々教わったり、色んな経験をしたのはこの時の為だったのかも知れない。

父アポロンがブライアンの里親にアデュー家を選んだのは賢明であった。

複雑な気持ちがブライアンを襲ったが 大切な人々を守る為に 今は一刻を争い行動する事を彼は選択したのだった。


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