カイリー・アズライルと運命の子供たち

@takeda_yoshiharu

第1章 神話からの誘い

『カイリー! カイリー・アズライル!! 』

少し怒りめいた教師の声で ブロンド癖毛の少女は夢の国から引き戻された。

ハッとして椅子を倒しながら飛び起きた彼女に教室が笑い声で包まれると同時に、授業終了の鐘がけたたましく校舎に鳴り響く。

少女の名はカイリー・アズライル。

生後まもなく両親を亡くし 親戚の居ない天涯孤独の身になった彼女は 孤児院に引きとられ 今年で17歳になる。

眠気まなこのままでホームルームが終わると まわりの同級生は皆それぞれ自由に教室を後にし始めた。


『アジー、帰ろう』

カイリーをアジーと呼ぶ栗毛の少しいたずら好きそうな雰囲気の彼女は、ブリジット・ミューラー。

彼女も小さい頃から 孤児院で育った幼なじみである。


まだ少し寝ぼけ気味の彼女の目に ホワイトボードに書かれた『野外研修 ゲラド生物化学資料館』の文字が映る。


『え?生物化学資料館?!』

ゲラド生物化学資料館、隣町にずっと前からあるらしいが

活発で 余りこれまで勉学には縁遠い彼女には 興味が湧く対象ではなかった。


『うん、なんか色々置いてあるらしいよ。でも、あんまり行きたく無いけどね……』


本やノートをディバッグに突っ込んでるカイリーたちに

生物の教師から報告を受けた事務員のクリスが困った顔で近づいて来る。


『アジー!また寝てたらしいわね。グリッジ先生、怒ってたわよ。明日の研修後、貴方にはレポート提出させるらしいから 資料館ではちゃんとするのよ!わかった?』


『えーっ!!私だけ?!』

『何言ってるの!! 最近 ずっと授業中 身が入ってないらしいじゃないの!!他の先生達からも苦情ばっかりよ!私に愚痴言われるのも癪なんだけど 万が一、院長先生が呼び出されたりしたら許さないからね!』


そう、察しのいい方は既にお気づきであろうが このクリスも孤児院で育ち、今はもう独立し 一人暮らしをして学校の事務員として働いているのだが 今も変わらず 孤児院の子供達の姉的存在である。


『アジー、ブルー……もう二人とも17になるんだから しっかりしなさい。貴方達は、他の子達のお手本になんなきゃいけないんだからね!院長先生が……』

バツの悪そうな顔で聞いてるカイリー達に クリスは 出しかけた言葉に封をして 振り返り教室を出ていった。


のこされた二人は 顔を見合って 少しため息をついた後、

ディバッグを肩にかけ教室を後にした。

【グレイス学院】

カイリー達が育った孤児院は 学校から1.5キロ程離れた郊外にあり、隣りには院長先生の兄が牧師を務めるグレイス教会が建っている。

二人は孤児院までの道を、今日起きた色んな事を話しながら帰るのが常であった。


『アジー、ブルー おかえり』

孤児院の手前で教会への届け物を終え 汚れ物を抱えて出てきたヘレンさんが 帰宅した二人に優しい声で話しかけてきた。

近所に住み、早くに夫と子供を事故で亡くしたらしい彼女は 教会で院長先生と知り合い、それ以来 孤児院を手伝う様になり カイリー達にとってさしずめ院長先生が母親なら 彼女は叔母さん的存在である。


『明日は 研修らしいね。クリスから さっき電話があって 色々愚痴こぼしてたけど院長先生には内緒にしとくから 今日は早く寝て、明日はしっかりやるんだよ。』

幼い時から悲しかったり、寂しい時に 笑いながら、肩をパンっと叩き励ましてくれる彼女にはずっと感謝しぱなしである。


部屋に入ると 途端に小学生には満たない年少の子供達が 数人カイリーに近づいてくる。

『アジーお姉ちゃん、遊ぼう?!』

カイリーは、すぐさまその内1人を抱っこして ほっぺにキスをし、

『いい子にしてた?泣かなかった?!』

すっかりお姉ちゃんの顔になっている。


孤児院にはカイリー、ブリジットの他に10人ちょっと子供達がいるのだが

今抱えてるアンナは 乳幼児で孤児院に来た時からカイリーにだけ抱かれたら泣きやみ キャッキャッ笑うのでカイリーは実の妹の様に感じ 可愛がってしまっている。


『お姉ちゃん、明日大事な用事あるから アンナ、今日は遊べないけどゴメンね。』

目を見つめ、再度ほっぺにキスをする。

アンナは嬉しそうな顔をして頷き、他の子達と部屋を出ていった。


カイリーは、ここ数日 奇妙な夢を見ていた。

夢の中で誰かが話しかけて来るのだが 相手は知らないどころか 変な格好をしていて

以前、テレビで見た映画やドラマに出てきそうな全く実感のわかない映像に困惑している。

我ながら、何故こんな夢を見るのか分からない。

しかし、ひとつ普通と違うのは夢に現れるのは 大概同じ面子ばかりであることだ。

話しかけてくるのだが、声は聞こえず 無声映画の様で

考えるより動き出す性格の彼女には、焦れったくもありストレスを感じずには居られなかった。


今夜もまた同じ夢を見るのだろうか……

クリスから叱られた事、院長先生にバレて心配をかけるかもしれない事、そして明日の研修後に課せられたレポート提出が カイリーを悩ませていた。

鞄を部屋に置いた後、二人はキッチンに向かいヘレンの夕食準備を手伝った。

孤児院の夕食は、院長先生が敬虔なクリスチャンである事から皆揃ってお祈りを済ませた後に食事をはじめる。

今日もまた同じ様に、お祈りをして 院長先生や、ヘレン、子ども達と会話をしながら楽しい夕食を過ごした。

シャワーを済ませ、部屋に戻ったカイリーは 明日の準備をして暫く考え事をしたが なるようになるさと自分に言い聞かせ 自分の寝床の2段ベッドの下段に飛び込んだ。


その夜、カイリーは初めて夢の相手の声を聞いた。

『… めざ… なさい … … …』

カイリーは、訳が分からず 飛び起きた!

と、同時に上段のベッドの底板で軽く頭を打った。


上段に眠っていたブリジットも飛び起き、

『え!地震?!』

と、パニクっている……

『ブルー、ゴメンね!起こしちゃった。』

『アジー、怖い夢でも見たの?大丈夫?!』

『大丈夫よ、明日 研修だから緊張してるみたい。とりあえず、寝よう。おやすみ』


カイリーは、不安になりながらも 単なる夢と自分に言い聞かせ 再び睡魔がやって来るのを期待しながら 頭から布団を被るのであった……

人生を覆す朝が静かに 彼女を迎え入れようとしている事など思いもせずに…


カイリーはいつもの様に早く起き ヘレンの手伝いをしながら朝食の準備をしていた。

ブリジットが欠伸をしながら、ダイニングにやって来て挨拶している。

アンナも幼い他の子達と一緒に院長とやって来て、カイリーにキスをした。


『院長先生、おはようございます。』

『おはよう、アジー。今日は、隣町に野外研修らしいわね。楽しんでらっしゃい。夕飯の時、お土産話を待ってるわ。』

信頼関係が構築された二人には それ以上の言葉は必要ないらしい、笑顔でお互いの気持ちが伝わるようだ。

朝食を終え、テーブルの食器を運び終わると 通学組は登校する。


学校に着くなり、おもむろにディバッグを机に投げ出し 机にうつ伏せたカイリーに近寄り声を掛ける少年が一人。


『やぁ、カイリー。元気かい?! 』

『元気に見える?バッド?』

ブライアン・アデューは 大人しい外見とは正反対のニックネームで呼ばれている。本人は気にしてないらしいが……

こう見えて、オタクとも言われるぐらいの記憶力で 他人にはなかなか理解できない冗談を常々言うから このあだ名がついた。

『今日、レポート書くんだろ?!何か困ったら 手伝うよ。』

あからさまにカイリーにへの好意がバレてるのに 気づいてない天然さも持ち合わせている。


『ありがとう、バッド。その時はお願いね。無いと思うけど……』

ひと通り、みんなと挨拶が済んで始業の鐘が鳴ると 同時に生物化学の教師で 担任でもあるグリッジ先生が教室に入ってきた。


『おはよう、みんな!昨日話した通り、今日はこれから研修に行きます。既にバスは到着してますので、駐車場で乗り込んでください。』

シャキッとした声で宣言した後、グリッジ先生はカイリーに目を配らせ

『カイリー・アズライル!貴方は、下校迄に研修についてレポート提出する事!わかった?』

指までさして、忠告された事に カイリーは少し、釈然としないながらも 頭を縦に振って承諾の意志を伝えた。


目的地の隣町までスクールバスで僅か10分足らずの間に

カイリーは夢を見ていた。

煙の中、一人の男が叫んでいる。

その指先が、空を指すと黒く渦巻いた雲と稲妻が見えていた。

周りには、逞しい男と女性達……

まるで、映画のワンシーンだ……

『 … め ざ … な さ い … 』

『アジー、アジーったら!起きなよ!つくよ!』


なんだったんだろう…

疲れてるのかな…

ブリジットの声で目覚めはしたものの、現実と夢がまだ交差している。


ゲラド生物化学資料館は、半世紀前に田舎街には珍しく鉄筋コンクリートで建てられた博物館である。

中は薄暗く今風な展示物や洒落たコンテンツはない。

建設当時に 国内外で集められた剥製、白黒写真付きのパネル資料や地球上での生物史、進化の過程や化石などが飾られている。

まさに、都会にはない 田舎特有の時代遅れな象徴、そのまんまである。


そんな中、田舎だからこそ許されたちょっと変わったコーナーもあった……

変わった鉱石を置いたコーナーや、神話のコーナーである。

入場者を少しでも増やしたい管理団体が四苦八苦した証拠なんだろう。


そんな展示品の中、カイリーは鉱石のコーナーの奥の方に綺麗な石、琥珀の様に透明感のある物が気になったのだが手を伸ばしても届かない。

同級生達も余り興味を示さず、グリジット先生が資料館の案内係の人に申し訳なさそうに顔色を伺っていた。

カイリーが どうしてもこの石を手に取ってみてみたいと 爪先立ちで 手を伸ばした瞬間、〈グラッ!!〉地面が揺れた!


実に17年ぶりに強めの地震が起きた。

この地方は、地震など滅多に起きず 地震対策は

ほとんどどの家もやっていない。

資料館も例に漏れず、地震対策はしてない為に展示物が揺れたり倒れたりし始めた。


大人も子供達も 安全な場所に退避する為にすぐ様行動に移った中、カイリーはグリジット先生の目を盗み 鉱石コーナーで爪先立ちだった為に転んでしまい 完全に大人たちからの死角にいた。


思いっきり不安に襲われ 尋常ではない精神状態の中、先程触ろうと試みた鉱石が目の前に 触ってくれと言わんばかりに転がってきた。

本来なら、すぐ避難行動をとるはずのカイリーであったのだが 寧ろ自然にその石を握りしめた。


途端に彼女の目の前に全く違う世界が現れた。

カイリーは、自分は死んでしまったのかと思えた。


『カイリー!我が娘よ!目覚めなさい!兄弟、仲間と共に動き出すのです!……』

『我が娘?!』

誰なんだろう、この父と名乗る男性は?!

兄弟、仲間?!

私に兄弟は居ない、ましてや両親は亡くなったと聞いている。

敢えて兄弟とあげるなら、孤児院で育ったクリス、ブリジットを含めると10数人いる…

そうなると、親は院長先生やヘレン…

私、死んだのかな…

もう一度、みんなに会いたい。

当たり前の様に一緒に居て 院長先生に恩返しも未だ何もしていない…

色々考えてると、自然と涙している自分に気がついた。

クリスの言う通りだ、自分は甘えていた。

『院長先生 !!』


『おおっ!目が覚めたみたいだぞ!』

カイリーは、自分の周りに見知った顔の他に、医者、看護婦らしき人物が目に入った。

『え!何これ?!ここ何処?』

ブルーが涙を流しながら オドオドしてるカイリーに抱きついた。

『アジー、あんた資料館で1人だけ取り残されて 気失ってたんだよ。バッドが助けてくれなかったら…どんだけ心配したか!』

『ブルー、そのくらいにしときなさい。アジー、大丈夫ですか?私が分かりますか?』

院長の顔を見た瞬間、カイリーは自分が生きている事に初めて感謝した。

『先生っ!』

泣きながら院長先生に抱きつくカイリー、院長先生は優しく抱きしめ返す。

『怖かったんですね。もう大丈夫。さぁ、帰りましょう。』

院長先生と一緒に、姉同然のクリスも自分を心配して

病院に駆けつけ 瞼を赤く染めている事に気づき 改めて孤児院の家族を有難く感じていた。


しかし、何だったんだろう…

あの女性の言葉…

余りに急に色々起こりすぎて 孤児院に着いてから

部屋に戻り、院長先生から言われた通り シャワーを浴びてベッドで休むことにした。

とりあえず着替えようとして、初めて上着のポケットに何が入っている事に気づいた。


ポケットに手を入れると、感触に身に覚えがある様に感じた。

『え!これって…』

ポケットから手を出して開くと 地震の時 資料館で手にした鉱石であった…

ただ、様子は変わっていた。

琥珀の様な透明感のその石は 明らかに変色し 中で何か生命を感じる。

カイリーは、あの声を思い出した。


『カイリー!我が娘よ!目覚めなさい!兄弟、仲間と共に動き出すのです!』

『兄弟…』

カイリーがその言葉を口にした瞬間、鉱石は金色に光だし

驚くカイリーの目の前に ホログラムの様に色々な映像を映しはじめた。


『アジー、気分どう?!大丈夫?!』

何も知らないブリジットの登場に、カイリーは慌てふためいたが その後に起きた事こそ カイリーを驚かせた。

『カイリー!』

ブリジットの様子が、普段のイタズラ好きな女の子から

凛とした女戦士の様な様相に変わっていた。

『え!ブルー?!ブリジットだよね?!』

お互いに顔を神妙に向き合うと、

『待って…何か思い出しそう…』

カイリーは、一言そう言うと光る石を再度 気持ちを込めて

思いっきり握りしめた!


石は金色に輝く弓となり カイリーは、ローブと動きやすい軽い鎧を纏った戦士となった。

自分自身の姿に驚くカイリーであったが 正気を取り戻し

きっと自分以上に驚いている筈のブリジットに視線を移した。


ブリジットも、カイリーが豹変する前に様子が変だったが

更にカイリーを驚かせたのは、いつもの様に急に部屋に入ってくる可愛いアンナが 初めて見るカイリーの姿に 言葉を失った瞬間 時が急に進んだかのように カイリーと同じ年頃の女の子に成長した。


カイリーは 軽い頭痛を覚えると共に 次第に失った記憶の欠片が再び紡ぎあっていくのを感じていた。


『カイリー!!』

『姉さん!』

まさしく、あの男性が父であり この二人が…

ブリジットが従姉妹、アンナが血を分けた妹である事を思い出した瞬間であった。


『皆が危ない。行かなければ!』

ブリジットが、本来の記憶が戻り、焦る中 カイリーは

静かに一言 口にした。

『クリスも連れていく!!』


3人が覚醒して、記憶を取り戻したと同時に 院長、孤児院の子供達の時間は止まっていた。

3人の世界とは時空の流れがだいぶ違うらしい。

横を通り過ぎる3人を他所目に、みんな笑顔で停止している。


カイリー、ブリジット、アンナの3人は……既に全く様相の違う人物になってしまっているが ある人物の元に急いだ。


その頃、一人 時が止まって何が起きているのか分からず 今にも倒れそうな形相の女性、そうクリスは息継ぎも疎らにパニックに陥っていた。

そこにいきなり現れた3人組に、失神しかけたかと思うと カイリーの指がクリスの額に触った瞬間 彼女もまた3人と同じ金色のオーラを纏った神々しい姿に変わった。

『え?カイリー、ブルー…ア、アンナ?!』

余りにも大量の情報がクリスを襲ったが 彼女もまた神の子、状況を理解するに長い時間は要しなかった。

冷静になったクリスは、カイリーに話しかけようとしたが

カイリーは独り言を話していた。

『お父様…』

アポロンと話しているのであろう。

次の瞬間、カイリーは不安そうな顔でクリスを見た。

『クリス、行かなければ!!全てが終わってしまう。』

急ぎ、飛び立とうとしたが 院長先生と孤児院のみんなの事を思い出した。

『孤児院に挨拶していこう。』

皆、顔を見合わせ 武器を天にかざし 飛び立った。

孤児院は、先程3人が飛び出した時のままだった。

4人は先ず院長先生の部屋に赴き、眼鏡を片手でかけ直してる院長先生に抱きつき、感謝の言葉をかけた後 孤児院の皆にも同じ様に抱きついて別れを偲んだ。

『済んだわね。次は皆を覚醒させて 兄様…の所に向かおう。』

『兄様?!』

不思議な顔をしたクリス達に、カイリーは言った。

『バ、バッド…ブライアン・アデューよ。お父様の配慮だったの。』

『バッドがあのブライアン兄様だとは…』

戸惑う皆を制しながら、カイリーの掛け声の後 各々の武器を天にかざした瞬間、空に無数の星々が散らばり 4人は偉大なる意志の元 記憶を無くし 各地に飛ばされた仲間たちのオーラを感じると 再び無言ながら目線を交わし空を見上げて一筋の光となった。

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