そして、プロローグ
栄一郎は、ICUを出たあと、外来に向かった。今日の午前は外来周辺の雑用担当だった。栄一郎が外来棟の中央ホールに通りかかったところで、ある異変が起きた。それまで聞こえていた外来患者や職員達の喧騒がぷつりと聞こえなくなってしまったのだ。
え...
それまで聞こえていた音が突然一切聞こえなくなったので、栄一郎は戸惑った。
突発性難聴か?いや、両耳同時なんてありえない...
栄一郎は、周囲を見回した。異変は音だけではなかった。周りの人々全てが、その動きを止めていた。まるで、時が止まったかのように。
なんだ、これ...何が、起こったんだ...
栄一郎は必死に周囲を観察する。そして、ホールの中央の天井にキラキラとした光が現れたことに気付く。光の粒子は徐々に集合していき、その形を形成していく。
「それ」は全身を黒い布に包んでいた。
「それ」は黒い大鎌を携えていた。
「それ」は胸元には黒い水晶をぶら下げていた。
「それ」の頭は黒いフードを被っていた。
「それ」はゆっくりと栄一郎の元に舞い降りた。
そして、その皮膚も、肉も、目玉もない、空っぽの頭蓋骨の口を開けた。
『ヤッテクレタナ...人間ノ医者ヨ...』
栄一郎は驚愕した。
喋った...いや...音声じゃない...まるで、頭の中に響いてくるようだ...
栄一郎は意を決し、死神に話しかけた。
「お前は何なんだ?本当に死神なのか?」
『死神?ソレハ、太古ヨリ我々ノ姿ヲ見タ人間タチガ、勝手ニソウ呼ブヨウニナッタ仮称ニ過ギナイ』
「じゃあ、いったいお前たちは何なんだ!?」
『我ラハ「御使い」。天ニマス「主」ノ使イデアル』
死神はそう言って、両腕を広げた。
「神の使いだと言うのか?」
『ソウダ。オ前タチ人間ハ、アル時ヲ堺ニ自然ノ摂理カラ外レテシマイ、爆発的ニ増加シタ。主ハソレヲ見兼ネテ、我ラヲ使ワスコトニナサッタノダ。以来、我々ハ人間ノ間引キヲ行ッテイル』
「じゃあ、一条はその間引きの対象だったというのか!?あいつが死ななきゃいけないような人間だと言うのか!?」
栄一郎は、怒りに震えながら叫んだ。
『人間ニ価値ノ違イ等ナイ。善人モ悪人も関係ナイ。全テハ主ノゴ加護デアル。ダガ、オ前ハソノ主ノゴ加護ニ逆ラッタ。許サレザル大罪ダ』
「それで、俺を裁きにきたとでも」
『ソウダ。オ前ニハ、絶望的デ孤独ナ最高ノ罰ヲ与エヨウ』
御使いはそう言って大鎌を頭上に掲げた。すると、時が止まっている周囲の人々の傍らに黒い影が次々と現れた。皆一様に、黒い布に身を包み、大鎌を携え、フードの中には頭蓋骨の顔が覗いている。
「な、まさか...」
『ソウダ、姿ガ見エナイダケデ、我々ハドコニデモイル』
栄一郎はそれぞれの死神の胸元を見た。皆同様に黒い水晶をぶら下げているが、その数字はバラバラだ。若い者の死神は1万以上、年老いた者の死神は数百、中には一桁の者もいる。
『サア、ドウスル?オ前一人デ全員助ケラレルカ?コノ場ノ者ダケジャナイ、幸イナコトニ人間ハ無限ニイル』
栄一郎は絶望した。沙耶香一人であんな大変な思いをしたのだ。
こんなの...無理だ...
『ソレトモ、見テ見ヌ振リヲシテ静カニ暮ラスカ?イズレニシテモ、我々ノ姿ガ見エルオ前ハ、モウ他ノ人間ト同ジヨウニハ生キラレナイ』
栄一郎はその場にへたり込んだ。
『ソレトモ、イッソ一思イニ楽ニシテヤロウカ?』
死神はへたり込んだ栄一郎に顔を近づける。
『オ前タチ人間ハ癌細胞ト同ジダ。老イルコト、死ヌコトヲ忌ミ嫌イ、主ノ与エタモウタ寿命ニ逆ライ、生キ永ラエ、無限ニ増殖シ続ケル』
死神は大鎌の刃を栄一郎の首の後にあてる。
『中デモオ前タチ医者ハ特ニ悪性度ガ高イ。ソノ業ニ満チタ技デ、主ノ定メタ運命ヲ狂ワセテイル。ダカラ、我々ノ手デオ前タチヲ切除シテヤロウ。コレハ、「手術」ダ』
そう言って死神は、大鎌をなぎ払った。
「うあああああっ」
栄一郎は叫び声を上げて飛び起きた。はあはあと息を荒らげながら、周囲を見回す。そこは、外科外来の点滴室だった。
「おう、気が付いたか」
仕切りのカーテンを開け、山本が顔を出す。
「山本先生...俺はいったい...」
「外来棟のホールを歩いてる最中に倒れたんだよ。周囲のスタッフが対応したが、バイタルは全く問題なし。で、1番近かったここに運んだ。安心しろ、心電図もとったけど、さすがにお前までブルガダなんてことはなかったよ」
「そうですか...」
夢...だったのか...
栄一郎は状況を理解したあと、顔中に張り付いた汗を拭った。
「お前、もうまる3日帰ってないだろ。さすがに倒れるわ。今日はもういいから、帰れ」
「はい...ありがとうございます...」
山本がその場を去ろうとしたところを、栄一郎はあることが気になり山本を呼び止めた。
「山本先生!!」
「うん、何だ?」
栄一郎は山本の傍らを見た。そこには何もいない。
やっぱり...夢か...
「いえ、すみません。なんでもありません」
「お前やっぱり疲れてるよ。早く帰れ」
山本はそう言残して去っていった。一人残された栄一郎は、その場でゆっくりと息を吐いた。
山本先生の言う通り...無理し過ぎたかな...
栄一郎はお言葉に甘えて早退しようと考え、ベッドから足を下ろした。
が、そこであることに気が付いた。先程から、背後になんとも言えない嫌な感覚があることに。栄一郎は恐る恐る、自分の背後に目をやり、そして、驚愕した。
そこに死神が立っていた。
「なっ....」
栄一郎は声にならない悲鳴を上げた。
死神は何も語らず、ただそこに立っている。
俺に...死神が憑いたということか...
栄一郎の視界は、死神の胸元の数字を捉えた。
691...俺の寿命は、あと691日ということか...
栄一郎は携帯を取り出し、カレンダーで死亡予定の日を割り出す。
再来年の...3月31日...
栄一郎にとって、その日は特別な日だった。
俺の...初期研修が終わる日...
栄一郎は絶望し、泣いた。ようやく、自分が医者になった理由を思い出し、これから頑張って一人前の医者になろうと思っていたのに。これからなのに。
神様に逆らうヤツを...一人前の医者にはさせないってことか...
栄一郎は死神を睨みつける。が、死神は何も応えない。
『じゃあ、もし、二人ともお医者さんになれたら、一緒に困ってる人を助けようよ』
栄一郎は、トモエとの約束を思い出し、涙を拭った。
691日...あと、691日もある...
その間に、一人でも多く、死神から患者を救ってやる!!
栄一郎は立ち上がって部屋を出た。
病院内に潜む死神を狩るために...
最後までお読み頂き、誠にありがとうございました。
至らぬところが多かったかと思いますが、少しでも楽しんで頂けておりましたら、大変幸いです。
もし、少しでも「面白かった」と思って頂けましたら、レビュー、コメント、ブックマークを頂けると、嬉しすぎて感涙します。
何卒宜しくお願い致します。
死神はそこに立っている 阿々 亜 @self-actualization
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます