9と3/4番煎じ
その日、3091万人の人類が同時にあるアイデアを思いつき、小説にした。
のちの調査によれば、これらの人々の間にはいかなる特殊な関係性―たとえば数年前に同じ飛行機事故に遭遇している、たとえば子どものころに近所の裏山で不可思議な円盤状の光を目撃している、たとえば交際相手や配偶者に宇宙人の疑いがあるなど―は何一つなかったとされている。当然、国籍年齢職業学歴ジェンダー家族構成その他あらゆる社会的属性にも、なんらかの傾向は有意にはみられなかった。
しかしもちろん、近親者などと同時にそのアイデアを思いついたケースも見られた。
「本当にありえない、不思議な経験でした」と証言するのは、米国アリゾナ州に住むアバランシェ・アガリャンセである。
「私が妻にこのアイデアを話したとき、妻はまるで、砂漠にいたら瓢箪が頭に落ちてきたというような顔をしていました。話を聞くと、妻もまた、まったく同じことを思いついていたというのです」
アガリャンセ氏とその妻は、およそ17年ぶりの性行為も最後の最後、その瞬間に小説のアイデアを思いついたとされているが、結局のところこのケースは平和裏に終わった。思いついたときの状況が類似していた者は複数いたが、もちろんそうはいかなかったものも多数ある。
また、それぞれの書く小説も様々であったといわれている。ある者はミステリを書き、ある者はSFを書き、ある者はSFミステリを書き、ある者はヒューマンドラマを書き、ある者はラブストーリーを書き、またある者はヒューマンドラマSFミステリラブストーリーを書き、そしてある者は単なる駄作を書いた。しかしそのすべてが同じアイデアに基づいていることだけは、ほかでもない執筆者本人たちの証言により確かめられている。
そのアイデアを思いついた状況もまた様々だったとされているが、紙幅を考慮しこれ以上は割愛する。
事件(と呼ぶべきか否かはまだ議論の余地はあるが)が起きたのは同時多発的アイデア発想という事象が起きてからおよそ二週間ほどが経過してからのことだった。
アメリカの片田舎で傷害事件を起こした者が、そのアイデアに触発された言い出したのである。
それから、一人また一人と同じアイデアを思いついたと称する人々が線形に増加し始めた。指数関数的な増加ですらないことも何やら不気味で、現実の社会現象にこんなにもきれいな線形変化が見られるのはありえないとされた。どう理解したらいいものか誰も何のアイデアも浮かばなかった。
そこで、各国政府は感染症と同様の対策を取り始めた。その当時10億のオーダーにまで達しつつある「感染者」たちを、一か所に隔離したのである。
その小説を問うてはならない @prognorrhoea
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