「そうだ、転生しよう!」 ~世界脱出演説~

天声蹟譜

17時の演説

 以下の資料は、17時に突如として某TV局の電波がジャックされ放送された映像からの、表示テロップならびに演説内容の書き起こしである。

 映像はその後一般市民らによって大手動画共有サイト等のSNSに転載・拡散されていったが、映像本体ならびに思想信条によらず拡散行為自体が悪性扇動活動として指定され、公権による警告と削除が実行されていった。しかしながら、その後も秘密回覧や地下出版などの手段によって市民宣伝が継続されたため、当資料は未だにイデオロギー的注意を必要としている。







■テロップ


 檄


 転生チートざまぁ系を愛する万民に訴求する、発想の進化と肉体的方法の奨励を此処に勧告宣言す。

 期は満ちた。同志が待ち望み草の根活動を続けて広報させてきた真の世界「異世界」への到達は遂に万民の同意を得たり。

 今こそ、困人を見て見ぬそぶりにうつつを抜かし、生きる大本の崇凛精神を忘れ、矛盾の体繕いと保身に堕ちた者たちの跋扈する世界に歯噛みせず別れを告げよう。我々はこの世界に生を享ける恩あるも当決起は忘恩的行為に非ず。むしろ我々に気づきを与えてくれたことによって、世界よ、ありがとう。

 さあ往かん、空想を現実へ。共に起ち、共に往こう。同志万民、右足を踏み出し挙に出よ。




■演説


 (数秒沈黙)


 ここは、実は嘘の世界なんです。


 この国が無残に戦争に負けた過去も、隣国にこれほど軍事や歴史的に舐められながら一方で文化的に歩み寄りを押し売られてこちらの善意を要求されねばならない屈辱も、金と肉体の耽溺のためならネット上に流れることまでも承知の上で下着の露出と性交の喘ぎ姿を許す女の自堕落ぶりも、長年迫害され過ぎた人々の一部の嫉妬と憎悪から生まれた誤理論である共産主義を未だに根に持ち国政の改善の足引っ張りをすることに民意の正義があると思い込んで憚らない政治家が処罰されないのも、自らもまたどうであるか顧みないくせして自分が優等能力者であり下等凡愚らを出来れば蒙昧な動物のままにさせ支配してやることが使命であると悦に浸りながら特権的利益を享受する上級国民が蔓延していることも、己を言葉によって表現する技術を満足に育めなかったか教育環境の劣悪なことのせいで心性が歪み暴力に訴えるか肉体の快楽を貪るかで社会の闇を形作る組織が絶えなくて常に市民生活が脅かされ続けねばならないことも、上司の無理解と労働搾取な雇用のせいで折角育て上げられた珠玉の技術者や基礎研究らが困苦に喘ぎ自らを貧しさにやつし衰亡させるどころか海外へ流出させてしまうような愚劣さを晒してしまうのも、己の価値観に凝り固まり肉体的反応も劣り経済を停滞させるどころか若人に介護・日常生活で迷惑を被らせて自尊心を満たそうとする高齢者らを処分削減できずに野放しされているのも、自分が差別されることは許さないが自分が差別することは許されてもよいと考える似非ヒューマニストが幅を利かせているのも、いざそのダブルスタンダードを批判されるや途端に自分を弱者演出したり「皆を愛している」と公に嘯いたりして相対的に批判者を悪者にし稚拙ながらも感情で人権派大衆を操縦し始めようとする卑怯も。


 そして何より、この自らの言葉に何か共感し耳を傾けてくれているあなたたち一人ひとりが。こんな状況の世界そして国に生まれてしまったがために、公に誇れる自尊心や文化的背景を独自の中で育むことができず、理想と現実の比較に揺られていつも言葉にならない哀しさや不満を心の底に沈殿させ浄化する手立てもままならず、それから目を逸らしに一時の快楽に身を任せるばかりで明日を迎えねばならないなどという日々が。誰かに下に見られ馬鹿にされ、そのくせ人格だけは一丁前に完成されたものを求められ感謝されることも少なく、いつになればもたらされるかもわからない人情という返礼品に妙にやせ我慢な期待をかけてその日その日を送らねばならない日々が。


 過去、政治にせよ経済や文化にせよ権力にありついた者たちは、数十年以上その通り権力者の立場に浴して我々の困苦試練に対処する機会がありました。なのに、守る気のない約束を交わし我々を常に魂の空白へ卑しめてきました。だからこそ、彼らは事実上我々に告知したのです。彼らはこれまでの行いなどその場しのぎと偽善な甲斐なしものでしかなかったということを。

 我々は増々百年の大計を見損なわされるように一時のファッションへ快楽を催してしまい、困苦は続き、金も精神も上辺か底辺かという目に捉われるものばかり追いかけさせられてしまう。我々は内向的な親密圏の中でしか希望と自信を繕えないように至ってしまいました。また、我々が悟りを得ることを恐れるばかりに、彼らは我々を瞬間的に平凡蒙昧な大多数とそれらとは異なる一部の商品化された人々とに報道させ、敵対心や焦燥心や優越感を持たせるように仕向け、弛みない分裂の発生とその行為の忘却とを繰り返した。

 だから我々は精魂尽き果て、目先のうれしがらせとごまかしに完全に右往左往させられるところでした。


 そうあるからこそ過去、あの戦争が終わってから数十年後に学生たちの運動という形で、「戦争を起こす過ちを犯した大人たちに依らない、新しい自らの理想とする世界を創ろう」という意気込みによって、一度この世界を嘘と判じ真の世界を得ようと公に試みられたことがありました。しかしその試みは潰えました。それはまず彼らが理論的根拠に求めた共産主義そのものが誤理論だからこそ、仮に出来上がる世界も誤った世界にならざるを得ないこと。次に彼らはあくまで「自らの理想の世界を創りたい」のであって共産化は手段に過ぎないのに最後まで手段に拘った、だから一応大衆に支持されている政治機構と警察などの暴力装置全てを敵に回さざるを得なくなり、自前の革命軍を組織するしかなくなったこと。結局そちら側は大衆に支持されなかったどころか内部分裂ばかり繰り返して自滅しました。そして彼らは理想の世界をこの世界という枠内に留まったままで実現させようとしてしまったこと。つまるところこの世界は嘘の世界なのであって、この嘘の世界の範囲内のまま挑戦される改革は嘘なものからは抜け出せません。

 嘘は延長線上でも嘘であることを正しく評価していなかったからこそ、尊厳の消えた魂の空白に抗い理想の世界へ到達しようとする試みは、失敗したのです。


 またこのほかにも過去、我々の運命的悲劇に対応しその後詠嘆を続けさせられるようなことがないための加護という手もあったでしょう。加護を与えられる立場であった存在を仮に神…もっと詰めて言うなら護国神とでも言ってやりましょうが、しかし一体今まで、我々が最も加護を必要としていた肝心な時に、過去そして現在において顧みても、果たして役に立ったことがあったでしょうか?

 解りますか。ここでも我々は見損なわされたのです。役に立たないものに効力を思い込み律義なかいがいしさを持ってしまったその蒙昧をして愚かでした。故に強く心に刻みましょう、神を信じるなどとは無駄なのだと! 神とは我々の生活上の都合によって見出された産物に過ぎないのであって、神は我々の味方などしてくれはしない無能なのです。そのうえで世界現実を評価しましょう。


 もし神なるものがあると妄信し抵抗してしまうなら、冷静に、冷静に過去を顧みて下さい。例えば国家という単位で挙国一致で崇拝されていたあの戦争のとき、その甲斐なくあれほど無残な負け方をすることがありますか? その後も同様です。神が有能であるなら、隣国人の犯罪行為などとっくに解決していた。占領勢力による文化財破壊強奪や3S政策などの企ては無かった。公害企業の責任者は根こそぎ制裁されていた。ブルドーザーのような胆力を持った政治家は失脚されることなど無かった。我々に不平等な国際合意が結ばれることは無かった。芸能界に暴力団と過剰労働と枕営業が癒着し芸能人たちが疲弊することは無かった。マスコミの過激取材と偏向演出は改められていた。暴行遺体を瀝土で固められる凄惨な事件は無かった。空の軍事訓練法の危険性は改められ、民間航空機が墜落し著名人が一度に死亡する事故は起きなかった。アニメとゲーム産業は開発者を使い潰す産業にならず収益を持続可能で開発できた。地価高騰の異常に踊らされないから景気収束に冷静に対応できた。過激派宗教集団が立て続けにテロを起こすことは無かった。児童買春の顧客たちは断罪されていた。災害復興や疫病対応のための資金を国際商業赤字スポーツイベントに裂かれる愚行は犯されなかった。

 神なるものが有能であった当時があったなら、そのとき有能ゆえに自らの限界を悟り忸怩の思いで自滅したのです。自らの偉大さなど何の足しにもならないと知って恥辱のあまり自滅したのです。人間の起こした出来事は、つまりほかでもなく人間の意思によるものです。結局我々は超常的な何にも守られておらず、またそうであることに今まで無知で愚かなままでした。


 悔しくないのですか。辛くないのですか。満足しているのですか。自分に、この世界に!


 終わりにしましょう。もう終わりにしましょう。実は嘘だったことに気づいて下さい、この世界というものが。もうこの世界にしがみ付かなくても、義理堅く他人の顔色を窺いながら無味乾燥し漠然としすぎた生きる根拠にしがみ付かなくてもいい。偽善者が正義づらして徒党を組み我がままに跋扈することに歯噛みしなくてもいい。自分が依拠する価値観を、外側から改めて観察し直して下さい。実際そんなものに無上の普遍の金剛の善き価値なんて無いじゃないですか。逸脱したら顔の見えない誰かに非難されるかもしれないだなんて、形のない怖れにまかれなければならないだなんて、誰がそんなの決めたんですか? 一体誰があなたを苦しめるんですか?


 終わりにしましょう。もう終わりにしましょう。どうしてしがみ付くのですか。価値あるかもしれないと思い込んでいたものなんかに実は価値などなかったんです。盲目的に従う姿勢からバーチャルに抜け出して、外側から観察し直してみて下さい。見えているものにあなたの本当の全てはありますか? あなたの素晴らしき誇りはありますか? あなたの可能性はありますか? 本当に「こんな程度」があなたの全てというわけですか?


 もうやめましょう。自分の期待に応えてくれない世界に辛抱強く付き合ってあげる心持ちを。全ては嘘だったんです。終わりにしましょう。もうやめましょう。


 いいですか。この世界で、過去はやり直せない! 失ったものは、もう取り戻せない! 奪われたものは、自らに還らない! 辱めは、癒せない! この国が長幼的上下価値観に喘いでしまったことも。戦争に負けた絶望も。先祖の負債を我々が未だに背負わされている事実も。上級国民や暴力組織に搾取された金も、命も。政治家や主権者国民の政治的判断の失敗も。外国から見た我々という思い込みも。この世界は、あなたがたを常に肝心なところで裏切り続ける! いいですか、あなたがたはいま、裏切られるために生かされているだけ! それも、生きるということだけに何故か無上の価値を置いてそのほかは何の補償もされず、そうして精神の空白が保たれたままに生かされているだけ! それがいまのあなたがた!


 だからこそいいですか。この世界は鈍じた! この国は死んだ! 神を信じるのは無駄だった! なぜこれほど我々は苦しめられるのか。それは我々を肝心な時守るだろう最後の盾となる筈の神など居ないから、そもそもこの世界それ自体が嘘にほかならないからです。虐げられ利用され捨てられたおびただしい罪なき人々が報われることはない。怒りや悲しみの平原の上を、強欲と無関心が飛んで去る。神への祈りの場所など人の願望がひけらかされた長物でしかなかったからこそ人の味方ではない。願いは聞き入れられない。恃んでも実際に報いはない。小さな希望さえ、健気なその信仰力も一つの餌にして世にのさばり人海をしゃぶり尽くす公然たる欲の拠点でしかない。だからこそ、我々はこの世界を前提にするもの一切を恃みにすることなど初めから出来やしなかったのです。


 しかし。しかし我々はすんでの所で踏みとどまりました。我々が未来を望むという肝心な精神だけは、遂に誰にも奪われはしませんでした。我々の肉体が撃たれても、我々の精神までは撃ち抜けない!

 数年前にたった少数によって始まったこの転生チートざまぁ系物語同志は、10となり100となり1000となり、いまや数万もの同志たちに増殖して志をひとつに啓蒙活動をしています。だから我々は、決して孤独じゃないのです! でも重要なことは同志の数や演説を聴くあなたがたの数ではありません。同志が提示してきた理念や価値観、そしてそれに一定の評価をしてくれた人々が居るということなのです。


 だからここで真実を告げてさらなる啓蒙をします。同志は決して嘘をつかなかったことを、過去そしてこれからも行動によって示します。あなたがたが嘘に甘んじ真実を恐れる、そんな必要などなかったのです。あなたがたは本来素晴らしいんです。未だに正当な評価をされていないだけで。

 あなたがたはできます。あなたがたはできるのです。あなたがたはできるという実現性の気付きを、同志は根気よく地道に活動し十数年がけで入念に浸透させました。初めは好奇の侮辱に耐えながらも、一人また一人そして百人やがて万民の評価を得るに至りました。囚われたこの世界現況の呪縛を脱ぎ捨て、異世界へ向かう地ならしが整ったことを見て取りました。


 我々には異世界という方法があります。そのことを同志は常にあなたがたに知らせて参りました。異世界に行けば、この嘘の世界で経験させられた嫌なことも、悲しいことも、苦しいことも、全部全部かなぐり捨てられ、新たな人生を始められます。嘘の世界に留まって間違いの革命軍を組織し戦い嘘ばかり呼び起こすという問題は根本から崩れ去ります。転生すれば容姿を変えられるでしょう。チートがあれば言葉の不毛な応酬に拠らず問答無用で問題逆境を突破できる破壊力を持てるでしょう。チートがなくても人望で成り上がっていくことだって可能です。大群相手に少数で勝つことも出来るかもしれません。それらを以って、今度こそあなたがたを蝕む困苦に叛旗を翻し、気に入らない嫌なこと企ての全てに「ざまぁみろ」を突き付けてやりましょう。


 異世界という無限の未来可能性が待っています。あなたがたの生きたかった世界とこの世界の現実との乖離に、空しさから一人泣くことなどありません。もういいんです。あなたがたはほんとうによく頑張りました。辛かった。苦しかった。悲しかった。痛かった。だからこそ、今までよく頑張りました。ありがとう。ここまでよく頑張りました。もう大丈夫です。この世界は嘘であり、異世界が本物になるのです。自らの弥栄たる未来を掴むことに、なぜいつものように誰の顔色を窺うことも自らの躊躇遠慮もするのですか? もう要らないのです。あなたがたの人生ですから。あなたがたの、尊厳なのですから! 


 後ろを見て下さい。あなたの苦しみの過去に実体はない。縛られねばいけないものなんかじゃない。

 隣を見て下さい。決意に起った者はあなた一人だけじゃない。勇気は孤独ではありません。

 前を見て下さい。あなたの未来はあなたの前進する意志によって手に入るのです。


 転生しましょう。転生しましょう。転生しましょう。あなたがたを失望させるこの世界から、つき合ってあげる奉仕精神をやめ、新しい未来をみずから生きに行きましょう。与えられた苦しみがシミュレーテッドリアリティなら、つき合うほうが負けです。理想の世界への道すなわち不惜身命。意志ある右足を踏み出し、さぁ未来へ! 未来万歳! 勝利万歳!


 行こう、行こう、真の世界へ共に立ち、悲願に到ろう、未来のために!

 行こう、行こう、真の世界へ共に立ち、悲願に到ろう、未来のために!

 行こう、行こう、真の世界へ共に立ち、悲願に到ろう、未来のために!

 行こう、行こう、真の世界へ共に立ち、悲願に到ろう、未来のために!

 行こう、行こう、真の世界へ共に立ち、悲願に到ろう、未来のために!









1. ここで取り上げられた「あなたがた」がどのような影響を受けたかは、未だ正確な統計を取ることがいない。但し、主張が正しいか否かの取られようについては、大幅な分かれ方をした。

2. 「シミュレーテッドリアリティ」とは、この世界が模擬現出だとして思考実験するシミュレーション仮説の中で想定されている、疑似的な世界の現実感。

3. 「不惜身命」とは、悟りを得るためには自分の身命を惜しまないという姿勢。

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