見える彼女
「おはよう……」
「うわっ!! あ、ああ暁か。……隈がすごいね……寝れた?」
下駄箱で会った暁の目の下には隈ができていた。
着ている制服には皺が寄っていて、普段の活気ある暁の姿はそこにはなかった。
「今日はあまり眠れなかったわ……」
「そっか」
表情もあまり良くない暁と一緒に教室へと歩く。その道中は静かなものだった。
廊下にいる他の生徒たちは何故だか、俺たちに道を譲るように避けていく。それと、複数の生徒たちはひそひそと会話をしている。
「どうしたんだ?」
普段とは違った学校の雰囲気。ただ、教室に入れば理由もわかった。
帝島 暁は人殺し。
黒板に書かれた文字。
それが原因だと一瞬でわかった。
「帝島さん……」
心配そうに話しかけてきた小鳥遊は普段とは違う暁の様子を伺っているように見えた。ただ、そんな彼女は暁の両手を優しく握ると、
「帝島さんはそんなことしないのはわかってますから。安心してくださいね」
心配をしていた表情は無くなり、微笑みを暁を覗き込みながら向けた。
「小鳥遊さん……ありがとう」
暁はバックを机に置いてから黒板の文字を消し始める。力強さがある彼女の姿はそこにはない。そこにいたのは儚げで触れただけで壊れてしまいそうなものだった。
「俺も一緒に消すよ」
暁と一緒に黒板の文字を消す。横目で彼女の表情を見た時、俺は心の底から驚いた。
笑ってる…………。
彼女が作っている笑みはなんなのか。
まるで昨日まで俺が話していた彼女ではないような気がしてしまった。
黒板を消している彼女の表情、そして小さく動く唇。
まるで彼女は楽しいと言わんばかりの表情だった。
昼休み、いつも通りに俺は由美姉ちゃんと屋上で昼飯を食べていた。ただ珍しく、
「私も一緒に食べてもいいですか?」
と、小鳥遊も一緒に食事をとることになった。
「今日の帝島さん……何かあったんですか?」
「いや、俺も正直わからないんだ。昨日、うちで一緒に晩飯を食べた時は普通だったんだけど……」
「晩御飯を一緒に食べたって、ずるいよっ!! 私も幸ちゃんと一緒に晩御飯食べたい!!」
「お姉ちゃんは少し黙ってて……」
「は〜い」
お気楽な由美姉ちゃんは笑みを浮かべながら、俺の弁当を勝手に広げていた。
「お姉ちゃん?」
「ご、ごめんなさい……」
微笑みを浮かべている小鳥遊の視線に由美姉ちゃんは萎縮して、自分の弁当を食べ始める。
「さっき私、帝島さんも一緒にご飯食べに行きませんか? って聞いたんですけど、『今日は一人で食べる』って言ってたんです。いつもは一緒に食べてるんですけど……」
「そうなのか……後で直接聞いてみるしかないか」
「櫻坂くん、よろしくお願いします」
「にしても、教室に人殺しって書く人がいるなんてねぇ〜。アホみたいなことする子もいるんだね。というか、暁ちゃんはそんなこと言われる筋合いがあるのかな?」
「………………」
笑顔で弁当を食べている由美姉ちゃんに俺は何も言えなかった。
暁は雪真を守るために男子を半殺しに近いくらいまで追いやった。事情を知らない生徒からしたら、そう捉えることもできるかもしれない。
弁当を食べながら考え耽っていると、ポケットに入れていた携帯が鳴り出した。
表示されている名前は帝島雪真。
「ごめん、ちょっと電話だ」
二人から離れた俺は屋上の出入り口で通話に出た。
「もしもし、雪真か?」
『はい、私です。櫻坂さんにお伝えしたいことがあって……』
「朝のことじゃないか?」
『そうなんです……私のクラスでも噂になってて』
「そうなのか……」
『少し相談したい事もありますから……今から会えますか?』
「大丈夫。今屋上にいるから待ってるよ」
『すぐに行きますね』
その後、俺は由美姉ちゃんたち二人のもとへ戻った。ただ、
「…………俺の弁当がない」
「てへっ」
「すみません、止めたんですけど……」
と俺の弁当を頬張っている由美姉ちゃんと申し訳なさそうにしている小鳥遊がいた。
あの町に生きていた僕たち 将星 出流 @izuru3107
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