灼け落ちない翼

棗颯介

灼け落ちない翼

 俺はきっと運がない。物心ついた頃からそうだった。幼稚園や学校の入学式はいつも雨だったし、学校の席替えで好きな女の子の隣の席になれたことなんて一度もないし、大学時代の友人に薦められて始めたパチンコだって、講義をサボって足繁く通った挙句負けを積み重ね、しまいには生活費までつぎ込んでしまって親に頭を下げる始末だった。

 今の俺が置かれている状況も“運がなかった”の一言に尽きる。そう思わなければやっていられなかった。


「お客様にお知らせいたします。ただいまこの列車は大雪のため、大幅な遅れをもって運行しております。お急ぎのところ大変恐縮ですが、いましばらくお待ちください」


 冬の夜。自分以外に乗客が誰もいない二両編成の電車の窓際席。車窓から見える街並みは、わずかながら故郷の気配を感じさせる。気配しか感じ取れないのは、ここから見える風景が降りしきる大雪で遮られていて、民家の明かりすら満足にこちらに届いていないからだ。


「年越しくらい帰ってらっしゃい」


 実家の母にそう言われたことを口実にするかのように入社後溜め込んでいた有休を使い、俺は今日地元に戻ってきていた。新幹線に乗れるような金銭的な余裕もなくて時間がかかっても料金が安い鈍行に朝から乗ってきたが、帰省する今日を狙いすましたように降雪に見舞われ、こうして途中駅で足止めを喰らっている状況だ。


 ———やっぱり、帰ってこない方がよかったのかな。


 自分は今、東京のとあるゲーム会社に潜り込んでシナリオライターとして働いている。が、今のところ自分が担当したシナリオの評価は社内外問わずパッとしていなかった。年末だからと浮かれて地元に帰る暇があるなら、次回作のプロットやアイディアノートでも書き溜めていた方が建設的だろう。それくらいのプロ意識は持っている。

 大雪に足を止められた夜の電車の中で一人きり。そんな状況も手伝ってか、仕事のことを考えていたらなんだか辛くなってきて、たまらず俺は駅のホームに降りた。この分じゃもうしばらくは電車は動かないだろう。

 無人駅のホームには申し訳程度の屋根はあるが、降りしきる雪と冬の寒さをしのぐにはあまりにも無力だった。降雪に追い立てられるように、俺はホームから駅舎に入った。


「………」

「………」


 駅舎の中は比較的、暖かかった。まずストーブがある。駅員がいない無人駅なのにどうしてストーブが稼働しているのかは謎だが、理由はどうあれこの大雪の夜に暖をとれるのはありがたかった。

 そしてストーブの前には、椅子に座って寒さから身を守るように両腕を抱えている女性が一人。頭には寒色系の柄のニット帽を被っている。俺が駅舎に入ってきたときに一瞬こちらを見たが、何も言わずに視線をストーブの火に戻してしまった。

 少しだけ居心地の悪い空気が流れたが、俺は無視して駅舎の壁に貼り付けてある路線図を確認した。


 ———なんだ、実家の最寄り駅までは言うほど遠くないんだなここ。


 おそらくだがこのまま電車の運行が再開するのを待つよりも、実家の両親に車でここまで迎えに来てもらう方が早い。そう判断して俺は懐にあった携帯電話を取り出したのだが。


「げっ」


 充電が切れていた。朝からずっと電車を乗り継いでいて充電なんてする暇もなかったのだから仕方ない。

 公衆電話でもないかと駅舎の中を見渡すが、ストーブと待合用の椅子と自動券売機以外には何もない。さすが田舎の無人駅。


 ———ここまで運ないか。俺よ。


 多少気は引けたし勇気も必要だったが、意を決して俺はストーブの前で縮こまっている女性に声をかけた。


「あの、すみません」

「はい、どうぞ」

「え?」


 俺が声をかけると、女性はまるで予期していたようにどこからか携帯電話をこちらに寄越してきた。


「電話、かけたいんですよね」

「あっ、そうなんです。携帯の充電切れちゃってて。というか、どうして分かったんですか?」

「だってさっき、携帯取り出して『げっ』って言ってたじゃないですか」


 そう言って女性は悪戯っぽく笑った。この駅舎に入ってきたときは遠目だったので気付かなかったが、こうして間近で見ると綺麗な女性だ。長い睫毛と大きな瞳が特に目を引く。


「あはは、お恥ずかしい……。すみません、お借りします」

「どうぞ」

「………」

「………」

「………………」

「………………」

「———すみません、パスワード入力してもらっていいですか?」

「え。あっ、ごめんなさい。私ったらうっかり」

「あはは」


 暗証番号を解いてもらった携帯を再度受け取り、俺は実家の母に電話をかけた。


『もしもし』

「あ、もしもし母さん?俺だけど」

『あら、——。どうしたの?この番号、あんたの携帯じゃないわよね?』

「大雪で電車が止まっちゃっててさ、自分の携帯の充電切れちゃったから同じ駅にいる人の借りてかけてる」

『ああ、やっぱり電車止まってたの。帰ってくるのが遅いからもしかしたらそうかもしれないってお父さんと話してたところ』

「そう。いま――っていう駅で足止め喰らってるんだけど、もしよかったら車で迎えに来てくれない?多分電車が動くの待つよりもそっちの方が早いと思って」

『分かったよ。でもいま雪で乗用車もいろいろ渋滞してるみたいだから、それなりに時間はかかるかもしれないけど、いい?』

「うん、分かった。じゃあ駅の待合室で待ってる」


 手短に状況と用件を母に告げ、俺は通話を切った。


「すみません、ありがとうございました」

「いいえ」


 携帯をストーブ前の彼女に返し、俺は彼女が座っているところから一つ分席を空けて椅子に腰を下ろした。

 

「………」

「………」

「………………」

「………………」

「………………………」

「………………………」


 ———気まずい。


 無言の空気が駅の待合室を支配していた。携帯の充電が切れていなければそちらに意識と視線を委ねることもできたのだが、再三言っているように携帯はいま休眠状態だ。

 ストーブの火を見ながらこの微妙な雰囲気をどうしようかと思案していると、ありがたいことに彼女の方から声をかけてきた。


「雪、すごいですね」

「えぇ、本当に」

「ひょっとしてご実家に帰省されてきたんですか?」

「え?あぁ、そうなんです。本当はここからあと五、六駅ほど先なんですけど」

「タイミングが悪かったですね。普段はどちらに?」

「一応、東京の方で働いてます」

「わぁ、すごい。私はずっとこの町しか知らないし、東京ってなんだか憧れちゃいます」

「いや、そんなことないですよ」


 実際、東京暮らしを始めてそれなりに経つが、東京の生活なんて半年もすれば日常に変わる。結局は田舎と都会なんて人が多いか少ないか、店が多いか少ないか、あるいは大きいか小さいかの違いでしかない。必ずしも都会で生活するのが幸せで正しいなんてことはないだろう。

 聞かれてばかりなのも悪いかと思い、こちらも彼女に質問を投げかけてみた。


「この町に暮らしてるってことは帰省じゃないようですが、そちらはどうしてここに?」

「え?えっと、ここの近くのお店で飲んでたんですけど、店でのんびりしすぎてたら雪で電車が止まっちゃってて」

「あぁ、忘年会とかですか」

「そんなところです」


 飲み屋で長居していた割には女性の頬は赤らんでいない。むしろ雪のように白くきめ細やかだ。店を出た後で外の寒さにあてられたせいか。


「忘年会、お勤め先ではもうやりましたか?」

「いや、私の方は———」


 ちょうど今月は自社の新作ゲームの発売があって繁忙期だった。出荷ギリギリまで徹夜でバグの修正やら動作確認をしていて、忘年会なんてやる余裕もなければやろうと言い出す人すらいなかった。


「ちょっと、会社が忙しかったもので」

「そうなんですか。ちなみに何のお仕事をされてるんですか?」


 それは聞いてほしくない質問だった。今日はつくづく運が悪い。

 シナリオライターという職業にマイナスのイメージを持っているわけではない。世の中的に知名度のあるライターの書くシナリオは涙が出るほど素晴らしいと思う。ただ、なまじ自分の作品が世であまり受け入れられていないがゆえに、自分がシナリオライターを名乗ることに対してどうしても気後れしてしまうのだ。

 だが電話を貸してもらって親切にしてもらった相手に嘘をつくのも憚られて、俺は正直に白状した。


「えっと、ゲーム会社でシナリオライターをやってます」

「シナリオライターって、つまり物語を書く人ですよね?」

「はい、そうです」

「どんな作品を書いてらっしゃるんですか?私結構ゲーム好きなんです」

「えっと、『——』っていうゲームのシナリオとか」

「うーん……。すみません、ちょっと分かんないです」


 そう言われると思った。ウチの会社は所謂ベンチャー企業でできてからまだまだ日が浅い。作るゲームの知名度だって当然大手の作品と比べれば劣るだろう。

 むしろ、この人が知らなくて良かったとさえ思った。ユーザーに受け入れられていない、自分のシナリオを読まれてなくて。


「あはは、まぁそうでしょうね。小さい会社ですし」

「でも、すごいです。物語を書くって大変じゃないですか?私なんて学生の頃の夏休みの読書感想文ですらヒィヒィ言ってたのに」

「まぁ、昔から文章書くのは好きでしたから」

「読書感想文で賞獲ったりとか?」

「一応、獲ったりしたことはありますけど」

「すごい!どうすれば文章書くの上手くなれるんですか?」


 女性は子供のような嬉々とした表情で俺に問いかけてくる。俺をプロのライターと信じて疑わないという目をしていた。

 嬉しさよりも、心苦しさの方が勝った。


「人によると思いますけど、僕は子供の頃から学校の図書室とか町の図書館に通っていろんな本読んできたので、自分で書くより前にまず人の本を読むことが大事なんじゃないかなと思ってます。何かを書くにしても、どういう言葉があってどういう表現があるかが分からないことには書きようがないですし」

「なるほど、確かに私は国語の教科書のお話すら満足に読めてなかったですから納得です」

「………」

「………」


 少しの間、無言が続いた。

 その無言の間に彼女が何を思案しているのか、そして自分が先刻教えた内容を考えれば、次に女性が何を言うかは容易に想像がついた。


「何か、作品読ませてくれませんか?」


 ———やっぱりか。


「あ、もしよければですけど」 


 女性は遠慮がちにそう言ったが、その目は明らかに期待の色を浮かべていた。

 いや、期待とは少し違うかもしれない。敢えて言うならそれは、何かに縋りつくような懇願にも似たものだった。

 彼女がどうしてそんな目をするのか俺には分からなかったが、どうしてか、俺はこの人に何か読んでほしいという気持ちになった。ライターの勘と言えば手前味噌だが、普段そういう非現実的なシナリオを書いている身としては、こういう直感や出会いは大事にしたいという気持ちもあったのかもしれない。

 俺は背負っていた鞄を下ろし、中に入っていたノートパソコンを開く。パソコンには会社の企画コンペでボツになった作品のデータがいくつか入っていたし、仕事とは関係のない個人的に書いている短編や中編のシナリオも描き溜めてあった。


「ちょっと待ってくださいね」


 テキストデータを保存しているフォルダを開き、彼女に読ませる作品を吟味する。俺も彼女も、ここにいるまでの時間がどの程度あるのかはわからないし、あまり尖りすぎた内容だと変に思われるかもしれない。


 ———そうなると、この辺か。


「これでよかったら、どうぞ」

「わぁ、ありがとうございます!」

「なんだか恥ずかしいですけど」

「ご謙遜しないでください。じゃあ、謹んで読ませてもらいますね」


 彼女は両足の太ももに俺のノートパソコンを乗せ、ディスプレイに映る俺のシナリオに目を移しはじめた。

 その姿を見た瞬間、俺はたまらなく後悔した。

 “つまらない”。“安っぽい”。“ご都合主義”。そんな、いろんなところで言われてきたような評価を目の前で下されてしまったらどうしよう。シナリオライターの仕事をある程度続けて、世間の評価や悪口に一喜一憂するほどナイーヴではなくなったけれど、それでもクリエイターにとって自分の作品が読者やユーザーに受け入れられないというのはどうしたって辛く苦しいものだった。

 いっそ、もうこの仕事を辞めてしまおうかと思うくらい。

 実のところ、今うちの会社の業績は芳しくない。今月に発売した新作ゲームの売り上げによっては、最悪クビを切られることもあるかもしれない。今はまだ社長や先輩方の好意に助けられているが、結局のところ作品作りもビジネスだ。会社に貢献できない実力が伴わないライターなんて淘汰されてしかるべきだろう。

 なら、これ以上会社に迷惑をかけるより先に自分で諦めてしまった方がいいんじゃないか。地元に帰省してきたのも、両親に仕事を辞めるかもしれないことを相談したいという理由もあった。

 

 ———もし、この人の反応が良くなかったらもう見切りをつけてもいいかもしれないな。


 どういう因果か、俺は今日出会ったばかりの名も知らない女性に自分のライター人生を賭けることにしてみた。


 約三十分に及ぶ静寂が待合室を支配し、その間彼女は脇目も振らずにパソコンの文面を注視していた。その間の自分と言えばまるで裁判で判決を言い渡される前の被告人のように、内心で期待と恐怖を抱えてただ待つことしかできなかった。

 ストーブの火が少し弱くなってきたかもしれないと感じ始めた頃、予想外の形で静寂は破られた。


「うっ、うぅぅ……」


 音の正体に視線を向けると、彼女が泣いていた。


「ちょ、ど、どうしたんですか?どこか具合でも悪いんですか?」

「ちがうん、でずっ………、すみ、ません………」


 彼女は、しばらく泣き続けた。俺は彼女がどうして泣いているのか分からず、ただ彼女の傍に寄り添うことしかできなかった。


「はぁ。すみません、つい」

「もう平気ですか?何か飲みます?まだ雪降ってますけど駅前に自販機あるみたいですし」

「いえ、大丈夫です。ただ———」


 彼女は携帯を貸してくれた時と同じように、思わず見惚れてしまうような笑みを浮かべて言った。


「ただ、あまりにも感動してしまって」

「感動?僕の書いたシナリオでですか?」

「はい、すごく良いお話でした。なんというか、優しい世界だなって」

「優しい世界?」

「人によってはつまらないとか安っぽいとかご都合主義とか言う人もいるんでしょうけど、お話の中にネガティブな言葉が全然なくて結末もハッピーエンドですごく好きです。私は」


 正直、面食らった。

 “つまらない”、“安っぽい”、“ご都合主義”。聞き慣れ過ぎて否定の言葉としか捉えていなかった。それが良いと言ってくれる人なんて今までいなかった。

 そう言ってくれた彼女の言葉はきっと嘘じゃないだろう。あの涙が何よりの証拠だ。

 

 ———そうか。それでも良いって言ってくれる人はいるんだな。


 胸の中に抱えていたものが、スッと軽くなった気がした。


「……ありがとうございます」

「いえ、こちらこそありがとうございます。…………本当に」


 二人してお互いに頭を下げあった。なんだかおかしな空間だった。


「そういえば、桜居さくらいさん」

「はい………はい?」


 それは、俺がシナリオライターとして使っているペンネームだった。なぜ彼女が知っている?

 俺の疑問を見透かしたように、彼女が言った。


「さっき読ませてもらった原稿に名前が書いてあったので」

「あぁ、そうでしたか。いやこれはうっかりしてました」

「桜居さんがシナリオを書かれたゲーム、『——』ってタイトルでしたっけ」

「えぇ」

「今度、そっちもプレイさせてもらいますね」

「それは、ありがたい限りです。実は今月弊社の新作タイトルが発売したばかりなんですが、よろしかったらそちらもどうぞ」

「そうなんですか?そっちも是非買わせていただきますね」


 場合によっては彼女の中の俺への評価が一転するかもしれないが、少なくとも俺はいまゲーム二本分会社の利益に貢献した。それだけは確かだろう。

 その時、駅舎の外から待合室に白い光が差し込んできた。


「あ、どうやら迎えが来たみたいです」

「そうみたいですね。こんな雪ですし、お気をつけて」

「はい、ありがとうございます」


 俺は彼女からノートパソコンを受け取り、鞄を背負って立ち上がった。

 

「っ、あの!」

「?」


 駅の外に出ようと一歩を踏み出した瞬間、女性に呼び止められた。


「ありがとうございました。その、いろいろと」


 俺のシナリオを読ませてくれたことをよほど感謝してくれているらしい。

 お礼を言うのは俺の方だ。


「お礼を言うのはこっちです。ありがとうございました」


 そう言って俺は丁寧に頭を下げた。

 この人のおかげで俺は、もう少しだけ頑張ろうと思えた。今日は大雪だし電車も止まるわでとことん運がないと思っていたけど、そんなこともなかったみたいだ。

 そうだ。そうだよ。そういえば今日って。


「メリークリスマス」

「え?」

「ほら、今日ってクリスマスでしょう、確か」


 小さな聖夜の奇跡みたいなものが起こったのかもしれない。そう思うことにした。


***


 あの人が駅舎を出て、迎えに来た車の走行音が遠くなった頃。

 火の勢いが弱くなったストーブの前で、私は身体を丸めるようにして両手で顔を伏せ、静かに涙を流した。

 今日は運がない。そう思っていたのに。


 私は、明日の予定が白紙だった。明後日も、その次の日も、ずっとずっと白紙だった。

 本当なら今日、私は死ぬ予定だった。

 この駅の近くにある踏切で、身を投げて楽になろうと思っていた。思っていたのに。最期に一杯ひっかけていこうと思って馴染みの店に寄って飲んでいたら、いつの間にか外は大雪で電車は止まっていた。

 明日の予定もないはずだったのにそのまま帰るのもおかしな気がして、なんとなく一人で駅の待合室で電車が動くのを待っていたら、あの人が来たんだ。


 あの人が読ませてくれた物語は、私が今まで生きてきた世界からは想像もつかないくらい、優しかった。明るかった。暖かかった。所詮人が書いた虚構だと言えばそれまでかもしれない。でも私は、あの世界に心を救われた気がした。馬鹿みたいだけど、もしかしたら私が生きている世界にも、こんな希望に満ちた未来があるのかもしれないって思うくらい。

 

「………はぁ」


 二度目の涙はすぐに収まって、私は目尻を拭って立ち上がった。

 それとほとんど同じタイミングで、ホーム側の出入り口から電車の車掌が顔を覗かせた。


「まもなく電車の運行が再開しますが、お乗りになりますか?」

「いえ、すみません。今日はもう帰ります」

「そうですか。こんな雪ですからお気をつけて。メリークリスマス」


 愛想の良い車掌はニッコリと笑い、そのままホームに停車している列車へと戻っていった。その様はまるで、一日遅れのサンタクロースのようで。

 見れば、外で降り続けていた雪はだいぶ落ち着きを取り戻していた。きっと歩いて帰るには道に雪が積もりすぎているんだろう。近くでタクシーでも捕まえた方がいいかもしれない。


 ———桜居さんがシナリオ書いたゲーム、買いに行きたいな。あ、でもこの時間じゃお店はもう空いてないか。


 ———じゃあ、明日?


 ———……明日の予定、できちゃったな。


 今日は運がないと思っていたけど、そんなこともなかったみたい。

 小さな聖夜の奇跡みたいなものが起こったのかもしれない。そう思うことにした。

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