第50話 なりたい自分
「ただいま〜」
「あらマルカ、早かったわね」
「おや、その人たちは?」
マルカがドアを開けると、ご両親らしき人が出迎えてくれた。いかにも彼女にそっくりな、優しい雰囲気のご夫婦だ。
「どうも初めまして、カオル=サキヤと申します。こっちは──
「初めまして」
「ああ、あなたたちが! よく来たわね〜。さ、入って入って」
「娘から話は聞いているよ。こちらこそ、娘がお世話になってるね」
2人は僕たちの急な訪問に困った顔ひとつせず、むしろ当然のように招き入れる。
なぜか僕も、なんの違和感も無くその家に足を踏み入れた。まるで心身がここを『帰る場所』と認識しているような、そんな感じだ。
カオルも「実家オーラがすごい!」なんて言って、空間の温かさを感じていた。
「ちょうどお昼にするとこだったのよ、2人も食べてって〜」
「ああ、ぜひそうしてほしい」
そう言いながら、お母さんは僕たちの手を引き、お父さんは僕たちの背中を押して、こちらが何か言う前に席に座らせてしまった。
ポカンとしている間にも、食卓はどんどん整っていく。
マルカに「普段からこうなの?」と聞こうとして見上げると、彼女も驚いた様子で僕たちと同じ顔をしていた。
勢いがありすぎて意識が追いつかないけど、だからと言って断る気もないので、とりあえずご厚意に甘えることにした。
〜〜〜〜〜
「それでね〜、この子ったら、2人のことばっかり話すのよ! 『カオルさんがカッコいい』だとか、『ユウくんがカワイイ』って!」
「もうっ! お母さん、それは言わないで!」
5人で食卓を囲みながら、会話に花を咲かせる。
マルカが本気で僕たちを気に入ってくれていたことがひしひしと伝わって、それがとても嬉しかった。
「うんうん、弟はカワイイからね。紹介したくなるのも分かるよマルカ」
「そ、そこ取り上げなくてもいいでしょ……」
「はっはっは、お姉さんに随分可愛がられてるんだね。本当に仲の良い
「そんなことは……いえ、まあ」
僕とカオルのやりとりを見ていたお父さんがニッコリと微笑む。
知り合いの親御さんにこういう場面を見られるというのは、予想していたよりもずっと恥ずかしい。
咄嗟に否定しそうになったけど、下手に空気を壊すのも怖かったから、素直に頷いておいた。
──可愛がられてるのは、間違いないし……。
「娘がいじめられていたところを助けてくれたのも、カオルさんとユウくんなんだってね。本当に、ありがとう」
「私たちこそ、当てのない中をマルカに助けてもらって……」
「ね、カオルちゃん。あなた、男をモノにする色んなテク持ってるって本当? まだまだ若そうなのにやり手ねぇ〜。うちの子にも教えてあげてよ」
「そ、それを誰から……」
「マルカから」
怒涛の勢いで話は進む。その流れは早速、カオルの貞淑な印象をぶち壊しにかかった。
「一体、私を、どんな風に紹介したのかな?」
「ひゃ、ひゃっへ! ほんろうのことじゃにゃいでしゅか!」
思わぬところでマルカからの一撃をもらったカオルは、マルカの柔らかいほっぺたをムニムニと揉み解しながら尋問する。
ご両親は変わらずニコニコして、そんな2人を見守っていた。
〜〜〜〜〜
昼食を終えて、マルカとカオルはお母さんの家事を、僕はお父さんの仕事を手伝うことにした。
家の裏では色んな動物を飼っていて、いつもその世話をしているらしい。
「ご飯はおいしかったかい?」
「はい、とても」
「だろう? 妻の料理は絶品なんだ! 私も最高だと思ってるよ!」
小屋の中に何頭もいる牛にブラッシングをしながら、お父さんと喋る。
物腰は柔らかいのに、彼の声はすごく力強い。何より、奥様への愛が強い。
「いや〜それにしても、マルカがお友達を連れてくる日が来るとはなあ」
お父さんは昔を懐かしむように語り出した。
「マルカは昔から体格も小さくてね、周りの子によくいじめられてたんだ。それで友達もぜんぜんできなくて」
「……」
「だけど負けん気だけは人一倍で。早く強くなりたいからって、まだ幼いのにギルドに通うようになったんだ。『少しでも冒険者たちを見ておきたい』と言ってね」
「それで支部長とも仲が良かったんですね」
「そうそう。そこからマルカも少しずつ成長して、ようやく正式に登録したんだ」
娘の成長を語る彼は、自慢げにしつつもどこか寂しそうで、でもやっぱり嬉しそうな、複雑な表情をしていた。
「最初は私たちも止めたんだがね、マルカは『絶対にやり遂げる』って聞かなくて。やっぱり血は争えないなあ」
「え?」
この人からは穏やかな香りしか伝わってこなかったから、突然のカミングアウトに僕は虚を疲れた。
「私も妻も、昔は冒険者だったんだよ。ご覧の通り、今は引退してるけど」
「そうだったんですか」
ちょっとだけ、マルカの根っこにあるものが理解できた気がした。
華奢な体躯に似合わず剣を振るったり、初めて使う道具にすぐ適応できたりするところ。いじめられてもすぐに立ち直る健気さ、カオルみたいな相手に対抗しようとする強気さ。いざという時は大胆な行動に出る度胸。
そして、強くなることへの憧れ。
そういう部分は、ご両親から受け継いだものなのかな。
「マルカが本当に依頼を達成したことには驚いたけどね、それ以上に、初日でパーティーを組めたってことの方が衝撃だったよ」
「僕も、こんなにいい人がいるんだって驚きました」
怪しい要素しかない僕たちを、マルカはすぐに受け入れて、親切にしてくれた。
僕としては、むしろマルカのように可憐な少女が1人でいたことの方が不思議だ。
「最初はてっきり、私たちを安心させるために嘘をついているのかと思ったよ。でもその日から毎日のように君たちのことを話すようになって」
ブラッシングも一区切り。今度は隣の鶏に餌をやりながら、お父さんは満面の笑みを見せる。
その様子から、マルカが楽しそうに僕たちのことをご両親に話す姿が浮かんできた。僕たちの素性を明かさないように注意しながら、精一杯に出来事を語る彼女の姿が。
そしてマルカは、僕たちのことを仲間としてだけではなく、『友達』としても話してくれていたんだ。
「もしかしたら、マルカは君たちに自分を重ねているのかもね。まだ子どもなのに臆することなく冒険者になったユウくんと、男なんかに負けない本物の強さと美しさを持ったカオルさん。それはきっと、
「なりたかった自分……」
お父さんが言っていることは、あくまでも予想でしかない。けれどそれが真実であるかのように聞こえた。
これは、いつも娘のことを想っているからこそ理解できる、奥底の心情だ。
「君たちに何か通じる部分があったから、マルカは心を開いたんだと思うよ。一目見たときそう思ったんだ。…………君たちになら、娘を任せられる」
マルカに似た、キラキラと光る眼差しを僕に向けて、お父さんはそう言った。
なんてね、と笑って、彼は鶏の世話に戻る。
冗談めかすような風がサッと吹いた。
だけどお父さんの背中は、さっきの台詞を僕に向かって真剣に訴えていた。
「はい」
僕は身体の芯から声を出して、彼に応えようとした────けど
「グエッ、グエッ、ギョゴゴゴゴゴ!!!」
「「「ギョゴゴゴゴゴ!!!」」」
鶏たちのおぞましい鳴き声に遮られてしまった。いや、これ……本当に『鶏』か?
「おっと、もうそんな時間か」
お父さんはごく自然な様子で腰を上げる。まるでこの鳴き声を毎日聞いているかのような、日常の色がある素振りだ。
「あの……この
世間知らずだと思われてもいい、怪しまれてもいい。ただひたすらに、この鶏の正体が気になってしまった。
「ん? これは『ガジャガント』だよ。見るのは初めてかい?」
「ま、まあ……」
見るのというか、
一応、他のも確認しておこう。
「えっと……あれは」
「あれはウシ」
「あれは」
「ブタ」
「で……」
「ガジャガント。ちなみにマルカの好物だよ」
ああ、さっき食べた料理に鶏の唐揚げらしいものがあった。あれ、ガジャガントだったんだ……。
他は普通なのに、なぜ鶏だけ……。
味は良かったし、見た目も鶏とそっくり。なのに名前が違うだけで、一気に得体の知れないものを食べた気になる。
以前食べた魚の『ゴンドム』といい、この世界には食材にいかつい名前をつけたがる人がいるのかもしれない。
いやひょっとしたら、鶏は鶏で別種の鳥として存在しているのか……?
「よいしょっと、今から牛乳の配達に行くんだけど、ユウくんも来るかい?」
「あ、はいっ」
結局会話はグダグダになってしまった。でもこれはこれで、この空気感は楽しい。
〜〜〜〜〜
荷車に牛乳瓶を乗せて、町中を練り歩く。
リムネット印の牛乳はかなり人気があるようで、配達リストにはたくさんの相手が書き込まれていた。
そしてその中には、ポーションのおばあさんもいたんだ。
「こんにちは〜、牛乳お届けにあがりました〜」
「いつもありがとうねぇ。はいお金。おや、いつかの坊やもいるじゃないか」
「こんにちは」
荷台から牛乳を下ろすのを手伝い、おばあさんに挨拶する。
おばあさんはこの牛乳を普通に飲むだけでなく、ポーションにも使用しているそうだ。
「あれ? あの人って……」
何気なく窓の向こう、庭の方を見ると、1人の人物が目に入った。
見覚えのある背格好の男性が、せっせと薬草の世話をしている。
「アイツかい? なんか薬草育てるのにハマっちまったみたいでねぇ。悪ガキのくせに筋は良いよ」
ハッキリ思い出した。あの人は、アニキの取り巻きのうちの1人だ。
「ああ、マルカをいじめてた──」
そこまで言って、僕はつい口を閉じてしまった。
隣から、つまりお父さんから、殺気にも似た気配が漂ってきたから。
正直に言うと、僕は彼が冒険者をやっていたということに対して半信半疑だった。
だけどこれで確信した。彼は間違いなく冒険者だったんだ。それも、歴戦の猛者。『気』で分かる。
しかし、恐る恐る見上げてみても、そこには人の良さそうなお父さんが立っているだけだった。
「んん? どうしたんだいアンタ」
「いえ。向こうの彼に、娘が
「ああ! アンタお嬢ちゃんの親父さんだったのかい! どうりで獣みたいな気を放ってるわけだ。どうする?
やっぱり、おばあさんにも分かったんだ。
見た目はいかにも優しそうだけど、放つ雰囲気が尋常じゃない。
「大丈夫ですよ。娘から話は聞きました。マルカが赦すと言ったのだから、私が何かするわけにはいきません。それに彼も心を入れ替えたようじゃないですか。本物の悪人には植物の世話なんてできませんよ」
殺気を消し、お父さんは静かに話す。
言葉のひとつひとつには確かな重みがあって、彼が本心でそう言っているのが理解できた。
「はあ、娘に似てアンタもお人好しだねえ。いや、お嬢ちゃんがアンタに似てるのか。ま、アイツはもうちょっかい出さないだろうから安心しな」
「ええ。それでは失礼します」
軽く会釈して、お父さんは外に出る。僕もおばあさんに頭を下げてから、特に何をするでもなく後を追った。
〜〜〜〜〜
「……本当に、よかったんですか」
扉を閉じてから、ぽつりと呟く。
僕は彼からマルカの話を聞いて、以前よりも彼女のことが好きになっていた。
だからアイツを見たとき、少しだけ、怒りの気持ちがまた燃え上がったんだ。
僕はこれが失礼に当たると思いながらも、簡単に引き下がったお父さんに納得できなくて、野暮な質問をしてしまった。
「うん。だって、娘はもう振り切ったんだから! マルカが今笑えているなら、それでいいんだよ」
けれどお父さんは、パッと笑って僕の頭を撫でてくれた。まるで、
胸の中で渦巻いていた苦い感情が、一気に溶け出していく。
彼は本当に、自分の大切な人のことを1番に考えているんだ。だからこうして、一切の
(この温かい優しさ、マルカとそっくりだ)
「さ、残りの配達に行こうか!」
「はい!」
お父さんの声に背中を押されて、僕はもう一度歩き出す。
いつか僕も、こんな優しい人になりたい。心からそう思った。
サキュバスの伴侶は少年兵~残念美人なショタコンお姉さんとの異世界冒険譚~ あまみや @amamiya555
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