27話 ちゃんと話してみろ



 灯依との距離の測り方について、彼女自身と話したのか?


 父にそう問い掛けられた澄は返答は疎か、思考すら置き去りにされる程の衝撃を受けた。

 思い返せる限りでも、灯依とそういった話をしたことはほとんどない。

 精々が連絡先を交換した時くらいなモノで、むしろ彼女から詰められる距離感に澄の方があれこれ頭を悩ませていた。


 果たしてそうして脳裏に浮かべた懸念を、灯依に伝えたことがあったか。

 答えは否。

 これまでの交流において、澄はそれとなくやんわりと口にしたがハッキリと明言したことはない。

 灯依よりも奏に対して積極的に口酸っぱく言っていたくらいだ。


 唖然とする息子の様子に、茂道はまたも酒を一口呷ってから口を開く。


「やっぱりな。『ほうれんそう』はコミュニケーションの常識だぞ? ちんげんさいなんて一番の悪手だからな」

「ちんげんさい?」

「沈黙する、限界まで言わない、最後まで我慢。ほうれんそうの対義語みたいなもんだ。ここまで全部に当て嵌まってるのは中々いないけどな」

「うっ……」


 皮肉げな父の言葉のトゲが澄の胸に深く刺さる。

 言及されたように、いずれも澄が胸の内に抱えていたモノばかりだ。

 奏と喧嘩する前であったら『そんなことない』と即答していた予感すらあった。


 今だからこそ歯噛みする程に受け止められているとは、なんとも複雑な心境にさせられてしまう。


「まぁお前の気持ちは分からなくもない。別の学校に勤めてるならまだしも同じだから、白日の下に曝された時は相当な面倒になるだろうな。でも話を聞いた限りじゃ、お互いに上手く隠せてるんだろ? だったら過剰な心配は却って毒だ」

「……でもこのままじゃ良くないだろ」

「用心するに越したことはないけどな。ただ向こうが近所同士仲良くしようって言ってくれてるのに、社会がどうこうとか考えて日和るのは違うだろ?」

「それは……」


 茂道の言葉に澄はひたすら肩身を狭くするだけだ。

 顔を逸らす息子に対し、父は目を細めて真を見抜くような眼差しを浮かべる。 


「澄。お前が真面目で頑張り屋なのは知ってる。けど一人だけでこなす必要はないんだ」

「っ」

「そこまでする理由もなんとなく分かってる」


 息を呑む澄に、茂道は一息間を空けてから続ける。




「──頑張っていないと、母さんが亡くなった寂しさと悲しさで押し潰されそうだからか?」

「……」

「ハハッ、図星か。親子だなぁ」


 ほぼ確信を以て告げられた問いに、澄は返す言葉も無く顔を伏せた。

 その沈黙を肯定と受け取った茂道は、どこか切なさを感じさせる表情になる。


 母に胸を張れる息子であろう、妹を守れる兄になろうという決意は、父の言うとおり母の死から気を紛らわすためだった。

 立ち直った茂道と比較して自身を情けないと形容したのは、まさにその根幹があったからこそだ。


 同じ気持ちを抱えていた父が見抜けるのも当然と言えるだろう。


 そんな気まずさで下がっていた澄の頭を、茂道がまたもグリグリと乱暴に撫で回す。

 痛いはずなのにその痛みが心の奥底に響き、無性に込み上げてくる涙を堪える。

 それに構わず茂道が口を開く。


「バカ野郎。まだガキなんだから要らない意地張ってんじゃねぇよ」

「……でも、そうしてないと母さんが安心出来ないだろ」

「言い訳まで同じとか若干引くわぁ。大人と子供じゃ背負える限界に差があるに決まってんだろ。特にお前は背負い込み過ぎだ、アホ」

「事実でもバカとかアホとかうっせぇ……」

「ッハ、憎まれ口叩けるくらいの元気は出たみたいだな」


 グサグサと刺してくる父にジト目を向けて反抗するが、既に乗り越えている相手にはまるで効果が無かった。

 茂道はしばし笑った後に、居住まいを正して澄と向かい合う。


「筑柴さんがお前を気に掛けてくれてるのは、そうやって抱え込もうとしてる肩の荷を少しでも軽くするためなんじゃないか? そんな優しい人がいるのに、世間の目とか気にしてる場合かよ。もっと気楽に接してみろ」

「父さん……」


 そう諭す茂道は迷う息子の背を押すような慈しみに満ちた面持ちだった。

 簡単に言うな……そう一蹴するのは容易いだろう。


 だがそんな真似をしたところで、奏との喧嘩も灯依との曖昧な関係も解決しないままだ。

 聞き入れずに逃避することなどしたくない。


 加えて茂道が推測した灯依の意図にどこか納得している自分がいた。

 きっと大人の彼女からすれば、高校生の澄が無理をしていることなどお見通しだったのだろう。

 少しでも肩の荷を和らげようとした結果が、あの勘違いさせるような行動の数々なのかもしれない。


 そう考えると迷惑を掛けたくないという澄の言動は、端から空回りしていたことになる。

 話を聞いただけの茂道にすら分かることを、この時まで気付きもしなかった自分に呆れを隠せない。


 澄の自覚を察した父は、フゥと小さく息を吐いてから力なく笑う。


「──なんて奏の世話を押し付けちまってる俺が言っても説得力ないけどな」

「……さっきも言っただろ。父さんには感謝しかしてないって。特に、今は話を聞いてくれて凄く助かってる」

「おぅ。ちっとは話し合いの大事さに気付いたか若人」

「身に染み込ませるくらい噛み締めてるよ」


 たったこれだけのことで背中に感じていた重荷が、少しだけ軽くなったように感じている。

 思い返せばこんな簡単なことで頭を悩ませていたのかと、改めて己の視野の狭さに失笑してしまいそうだった。


 恐らく先までの鬱屈した気持ちを抱えたまま奏と仲直りしても、いずれまた繰り返していたかもしれない。

 今の精神状態であればそんな最悪は回避できるだろう。


 だがその前に澄にはやるべきことがある。


 ──奏との仲直りと、灯依との話し合いだ。


 罪悪感と責任感に押されていた時と違い、真摯な気持ちで目を向けようとした時だった。

 ブーッとスマホに着信が入り、画面を見てみるとそこには灯依から送られてきたメッセージがあった。


【大丈夫? もし寝ていたらゴメンね。明日のお昼過ぎに家に来れる? 奏ちゃんがどうしても話したいことがあるんだって】

「……はは」


 なんともいいタイミングに堪らず噴き出してしまう。

 向こうでどんなことがあったかは分からないが、少なくとも奏も仲直りしたいと思っているのは確かだ。

 スマホを見て小さく笑った息子の様子に、茂道もつられて微笑む。


 やるべきこと、それを行うタイミングも決まった。

 後はやりきるだけだ。


 そう決意した澄に父が声を掛ける。


「どうやら解決しそうだな。筑柴さんには足向けて寝れそうにないだろ?」

「迷子になってた奏を助けて貰ってからずっとそんな感じだよ」

「いい人に出会えて良かったじゃねぇか。ついでになんだが、時間が合えば是非とも二人の親父として挨拶させてもらっていいか聞いてくれないか?」

「父さんが灯依さんに?」


 父の提案に澄は少しだけ逡巡する。

 母と死別して四年が経っているが、再婚する気は無いと随分前に話していた。

 故に単に顔を合わせて挨拶をするだけなら別に構わないだろう。


 しかしそれだけで終わる気がしない。

 具体的には灯依に自分の息子を押し売りする予感しかしないのだ。

 だからこそ澄の答えはすぐに決まった。


 顔を上げた澄は茂道にニカッと明るい笑みを向けながら言う。



「──絶対にイヤだ」


 


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 新年明けましておめでとうございます!


 年明け早々、なんとも辛い出来事が起きてしまっていますが、こういう時にこそ冷静に。

 

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迷子になっていた妹を助けてくれた清楚な美女は、春からクラスの副担任で俺達の母親代わりになった件 青野 瀬樹斗 @aono0811

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