中身チンパンジー

@jjjumarujjj

中身チンパンジー

  

 俺は革ジャンを着たままゲームセンターの角のゴミ箱の隅で目を覚ました。ウイスキーでまだ酔っ払っていて視界がぼやっとしていた。昨晩、喧嘩に絡まれた俺は顔面を殴られていてシャツの襟首は破けて、血だらけだった。記憶がないのはきっと酒の飲み過ぎだ。俺は携帯電話で佐和子にかけるとコール音を聞きながら待った。佐和子は電話には出なかった。俺は路上で歌ってその日暮らしをするのが日常だったから、アパートにギターを取りに行かなきゃならなかった。駅に着くと電車は止まっていた。人身事故だ。


 中身チンパンジー。俺がいつも思うのは単純なこの言葉だった。真っ当な成人が人生に何の目的も持たず生きてる様は虚しく空っぽだ。脳で考える人間は行動を取る時には既に考えが及んでいる場合が多い。行動に思想が伴えば、その人はその人として生きていく。大抵の人間は中身チンパンジー。箱に分別して分けるのなら、同じ人間ばかりのつまらない集合体。何奴も似通っていて集団心理に流されている私利私欲に生きる猿達。ただ餌を貰ってキィーキィー吠えるだけの猿。俺は人間と猿との違いはなんだろうと考えていた。人間が人間らしく人間でいる理由。人として生きる理由。考えれば考えるほど馬鹿らしかった。作り話しの作り話しをしているような。人身事故を目の当たりして俺はそんなことを思っていた。真夏だと言うのに身体中に虫が這うような悪寒がしていた。その真夏の嫌な寒気さが過ぎ去ると電車はアナウンス通りに動いた。腕時計を神経質に確認するサラリーマンが横にいた。その隣で俺は無性に唾が吐きたかった。東京という街にいるといつも何故だか試されている気がした。

 

 佐和子はきっと家に帰ればまだ眠っているだろう。コンビニバイトとキャバクラの掛け持ちをしてるから、彼女は夜ばかりを過ごしている。仕事の話しは一切しない。俺は自分の女が水商売をやってることが胸糞悪くて仕方がなかったが、なんといっても俺には稼ぎがなかった。単細胞で喧嘩っ早く、歌うことしか俺には能がなかった。よくブルーハーツのボーカルの人みたいだとか言われたが、俺の容姿はもっと痩せていたし、もっと骨張っていた。犬よりはマシな脳を持ってるつもりだったが、アルコールと煙草に実験されてる猿のような脳内だった。

 

 電車に数分揺られて駅を出ると直ぐ裏路地に入って佐和子のアパートまで俺は電柱を数えるように歩いた。東京に来ていいことなんて何もない。俺は佐和子に会っていなかったら、野垂れ死んでいただろう。俺が東京へ出てきたのは親にボコボコにされたからだ。そのことがあってから一年が経っていた。

 

 

 俺の家は親父がボクシングジムを経営していて、小さい頃から馬鹿みたいに腕だけは鍛えられていた。俺が仕事もしないで酒ばかり飲んで親父の金だけで日々食いつないでいたら、遂に親父がキれて俺は家を追い出されたのだった。それから俺はあるだけの金を持って路上生活をしていた。公園のベンチで眠るのが常で、コンビニで百円のパンだけで食いつないでいた。もっとも、その日のうちにギターで歌って路上で稼いだ金がそこそこあれば、ラーメンを食うぐらいの贅沢はした。俺は元々プロボクサーになるために親父に訓練されていたが、俺としては全くやる気がなかった。ギターを買ったのは高校の時で一本目は言い合いになって親父に直ぐに折られた。俺は音楽でプロになりたくて二本目のギターもバイトして直ぐに買った。父親からの暴力は日常的だったから、俺は男の強さみたいなのに関しては一つの哲学があった。俺は一発殴られるまではどんなやつでも殴らなかった。例え少々、頭の悪いチンピラでも、殴られる前にはやらなかった。一発食らってからは殆ど相手を殴り倒してきた。東京に来て唯一殴られ負けたのが昨日だった。俺は昼間だと言うのにあの男が気になって仕方なかった。

 

 

 佐和子のアパートは二階で、階段を登ったすぐの部屋だった。電気は消えていて案の定、彼女は眠っていた。俺は冷蔵庫から麦茶を出して、グラスに溢れる勢いで注ぐと煙草に火をつけて、深くため息をついた。汗だくで着替えたかったが、洗濯をしたばかりで着替えが一着も丁度いいのがなかった。佐和子はタオルケットをかけて眠っていた。俺は眠ってる佐和子を見てる時が一番幸せだった。彼女が眠ってるいるのを見るだけで人生はただ幸せな気になれたのは、俺が中身チンパンジーだからだろう。俺はどうにかして、佐和子を幸せにしたかった。しかし、俺には堅気の仕事はどれも向いていなかった。俺はどう考えてもサラリーマンなんかにはにはなれなかったし、奴らのように前に習って仕事をすることは俺には想像も付かなかった。

 

 

 佐和子は拒食症だった。彼女は一日のうち少量のお菓子と酒ぐらいしか口にしなかった。精神的な病みからか、佐和子には友だちも数える程しかいなかった。ガリガリに痩せていて、肌は日中日に当たらないから真っ白だった。手首には自傷行為のあとが幾重にもなっていて、痛々しかった。ピアスの数も俺には把握出来ないくらい開いていた。そんな不健康な佐和子みたいなやつが社会に溶け込んで生活していること事態が俺には不思議でならなかった。それでもこの退屈な世界に佐和子みたいな女がいてくれて、俺は本当の意味で救われていた。

 

 佐和子は長い髪の中に埋もれたまま起き上がると真っ先にバスルームへむかった。二十分程、シャワールームから聞こえる音を俺は聞いていた。スヌーピーの壁掛け時計をみると三時を過ぎていた。佐和子はこれから夜の仕事へ行くのだ。俺もギターをケースにしまって夜の街へ出かける準備をした。洗面台でコンタクトを入れると佐和子は口を開いた。

 

「おはよう。あれ?どうしたのその顔?電話あったから心配してたんだよ。」

 

 酒焼けしたハスキーな声だった。前にボーカルをやらないかと勧めたくらいに、佐和子の声には特徴があった。彼女の華奢な身体つきからしたら、彼女は意外なくらいの声量があった。

 

「昨日、道端で殴られた。ギター持ってきてもらおうかと思ってたんだ。そしたら人身事故見ちまったよ。」

 

 佐和子も冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注いだ。その手で、メンソールの細い煙草に火をつけて煙りをふーと、一吹きした。佐和子は俺と付き合って自傷行為を辞められたと言うから俺は嬉しかった。それまでは手首を毎日の様に切っては見ているのが日課だったらしい。殴られてる血だらけの男は見飽きていたが、血だらけのカッターナイフと手首は男の俺が見ても痛々しいものがあった。初めて佐和子に会ったのは吉祥寺の井の頭公園だった。俺がデカい声で歌ってると、見てくれた客の一人が佐和子だった。その時は夕暮れで、ギターのハードケースに投げられた金を集めて俺はその日の寝床を探そうと思って、丁度、一服している時だった。黒一色のファッションで話かけてきたのが佐和子だった。

 

「歌、上手いですね。」

 

 この時、佐和子はシャンプーの様な変わった香水の様な物凄くいい匂いがした。長い黒髪に変わった柄のコンタクトレンズをしていた。藍色のマニュキュアをしていて、いろはすのペットボトルを手に持っていた。俺はなんか変わった子に話しかけられたな、と興味津々だった。そのまま俺は逆ナンされるような形で飲みに行って佐和子と付き合うようになったのだった。

 

「絶対、売れるから。」

 

 これが佐和子の口癖だった。俺は兎に角そう言う佐和子が好きだった。田舎から東京に出てきて、生き方の全く何もわからない俺はその言葉に何度救われたかわからなかった。路上生活で着替えもなく神経衰弱していた俺は久しぶりに佐和子のアパートでシャワーを浴びた時、人生何があるかわからないと驚嘆していた。目の前に滅茶苦茶タイプな女が自分のことを好きだと言ってくれて一緒に暮らせる。これ以上の幸せがこの世にあるだろうか。俺も運がよかった。

 

 

 麦茶を飲み終えると、佐和子はグラノラに牛乳を注いで食べていた。佐和子が何かを食べている時、俺は何か小動物が食事をしているのを見ているかのように安心した。佐和子にとって、その食事が今日一日で最後だと思うと俺はなんだか心配で仕方なかったが、佐和子はなんとも無さそうだった。


 

「わたし今日、これからキャバだけど、」

 

「何時くらいに終わるんだ?」

 

「多分、二時まで。」

 

「ああ、それならいつも通り俺の方が早く帰ってるよ。」

 

「たまには迎えに来てよ。」

 

「珍しいこと言うな。いいよ。二時に駅な。悪いけどまた金くれよ。」

 

「幾らいるの?五千円でいい?」 

 

「サンキュ。」

 

 俺は財布からすっと抜き出たその五千円を受け取って、ポケットにしまった。佐和子に金を貰うのは普通になっていて、俺は自分でクズだな、と心底思っった。佐和子との金銭感覚は全くズレていたが、殆ど金のやり取りで揉めることはなかった。佐和子は本当にこの世に未練が無いのか金にも執着がなかった。必要なものは全て揃っているようだったし、俺がいることで何故か満たされているようだった。俺にとってはそれが何よりも変えがたい幸せだった。佐和子は甘えたがりの寂しがりだったが、俺にはそれが何故か丁度よかった。佐和子は化粧を始めたので俺は先に出かけることにした。ギターを抱えて玄関を出ようとすると「またあとでね。」と佐和子は言った。



 佐和子があんまりにも美人で綺麗だから、俺は逆に性欲が沸かなかった。佐和子は何故か美術品のように見えるのだ。球体関節人形のような美しさが佐和子にはあって、何故かその妖美さは初めから感じていた。今までいい加減な性交渉でいろんな女を抱いてはきたけれど、俺はまだ佐和子に一切手を出していなかった。佐和子は月が満ち欠けするような尊い美しさがあって、俺はその感じを無性に大事にしたかった。本質的に人を好きになると言うことを俺は佐和子と付き合うことで知ったような気がしていた。

 

 

 俺はいつもの商店街を抜けてシャッターの降りた店の前でギターを出して歌った。いつも作った曲を繰り返して、順番に歌った。客は大概は素通りだが、一、二時間も弾いて歌っていると必ず誰かしら足を止めてくれて、俺の歌を聴き入ってくれていた。ギターケースに金だけ放り込むサラリーマンもいればずっと聴き入る真面目そうな中学生もいた。俺はそんな人の足並みを見ながら高らかに歌うのが好きだった。そのうち、通りを通る奴の顔もなんとなく覚えるようになっていたから、きっと彼等も俺を覚えていてくれていただろう。俺は自殺者の歌を歌った。人の生き様の儚さをギターに込めて歌った。週の中日だったから、人通りの少ない空っぽな商店街に俺の声は良く響いた。ワンコードがなんとも哀しく響いた。

 

 結局、この日は全く稼げさなかったから、俺は佐和子に貰った五千円を崩して並の牛丼を食った。なんともリアルな金額に胸が苦しかった。駅の喫煙所で一服して俺は佇んだ。佐和子がキャバを終えるまでは一時間もあった。いつもなら家に先帰って酒を飲んでいるから、この日はなんだかそわそわしてしまった。花の一つでもプレゼントしたい気持ちだったが、俺の手元には何もなかった。目の前に置いたギターが重たく感じた。俺はまたこの時、中身チンパンジーを感じた。この考えは何なんだろうと思いながらも俺はただ一人そのことについて考えることにした。深夜一時の駅前は鎮まりかえっていた。人の波を俺は思った。働いて働いてただそれぞれの家路に着く。中身チンパンジーの人々を俺は想った。自分をコントロールして動かさないと自分は動かないんだと俺は思っていた。もっと曲作りがしたいと思った。人に響く曲とはなんだろうと、考えた。俺はテレビに映るアイドルグループや大衆向けの音楽は嫌いだった。それでも俺の作る曲には何処か共通して、ポップな要素があるような気がしていた。ポップ。ポピュラリティー。大衆の心を掴む力が欲しかった。俺はそれを考えた。何か上手くいくに違いないと、、、考えに行き詰まっていたら、佐和子が俺の前に現れた。今日も黒統一のファッションだったが、なんとも女らしかった。

 

「ありがとう、本当に来てくれたんだね。待った?」

 

 真夏の夜に佐和子の声がすっと響いた。その感じが俺の暗い気持ちを洗ってくれた。家まで佐和子と並んで歩いた。会話がなかったけれどなんだか、気持ちが良かった。佐和子の隣りにいると俺は元気が出た。佐和子が手を繋いでと言うから俺は手を繋いだ。俺は少し寂しくて何故か泣きそうだった。この世界が普通に時間通り進んでいること、この世界が昨日と変わらずにあることが嬉しかった。佐和子の手は痩せていて細かった。

 

 

 アパートに着いてから、俺はシャワーを浴びた。今日は稼ぎがなかったから悔しくて、シャワーを浴びながら俺は唸った。排水口に流れていく水は何処へ行くのだろうと、考えた。今朝の傷は瘡蓋になっていた。俺のこの蟠った気持ちは一体なんだろうと、俺は考えた。

 

 シャワーから上ると佐和子はマニュキュアを塗っていた。俺と初めて会った時と同じやつだった。佐和子はずっとそれを愛用しているようだった。俺は頭をドライヤーで乾かして鏡を見た。目の前に映った顔は間違いなく自分なのに、中身チンパンジーを感じた。この真夜中にどう生きる俺の人生?と試されている気がするのだ。俺はその考えに飲み込まれるのが嫌だったから曲作りをすることにした。ギターを取り出して全弦をチューニングした。ため息をつくと佐和子は嬉しそうにこっちをみて瞬きをした。

 

「なんか歌って!」


「曲、作ろうと思って。」

 

「それじゃ、邪魔しないように聞いてるね。」

 

 佐和子は片手の指を逸らしてマニュキュアを乾かしていた。俺はノートに思いつく言葉を書き殴りながら、一定のコード進行で歌詞をつけていった。今この瞬間も人生は進んでいることを俺は忘れないように何度も自分に言い聞かせた。中身チンパンジーを佐和子に一度だけ説明しようと思ったが、俺は到底上手く伝えられないだろうと思って辞めた。この考えはどうすればいいのか俺には全くわからなかった。何度も歌にしようと試みたが、一度もこのイメージを歌えたことがなかった。きっと人生の中でも絶対的に何か伝えなくてはならない時がくるのだろうと俺は思っていた。言葉はギターの音色と共に指先からどれも掠れて消えていった。夜が深まるにつれてこの思いが重くのしかかった。

 

「見て!」

 

 佐和子が両手を広げてマニュキュアを見せてきた。普段と変わらないのにわざわざ見せてくるところが可愛かった。歌詞に行き詰まっていたから、俺はなんだか笑ってしまった。佐和子は蝋燭に火をつけて部屋を暗くした。蛍光灯の明るさを嫌がる佐和子はいつも薄暗い部屋で過ごしていた。俺もその生活に合わせていたらいつのまにか、暗い方が落ち着くことに気づいた。俺はいろいろなことを考え過ぎて思い悩むのが自分の悪い癖だったが、佐和子に会ってからは自分を前よりも柔順に捉えられるようになっていた。あしたも変わらずに路上で歌おうと思った。何か得るものがあるかもしれない。金に縛られない俺の生活は気楽だったが、キリギリスのような俺の生活スタイルはもっとなんとかしないとならないな、と考えた。脳内の猿。俺のチンパンジー君は元気がなかった。アルコールという餌をあたえても全く賢くはならないと言うのに、俺は変わらずに酒を飲んだ。佐和子はコンタクトを外してベッドに転がっていた。俺も隣りに横になった。夜が心地よかった。

 

 

 目が覚めると佐和子は俺の為に朝食を作ってくれていた。自分は食べないのに俺の為だけに作ってくれたのが嬉しくて、俺は台所にいる佐和子を抱きしめた。

 「昨日、迎えに来てくれたお礼だよ。」といって佐和子はフライパンとフライ返しを掲げて俺に見せた。不器用なキャベツの千切りにベーコンエッグだった。

 

「パンが焼けるのを待ってね。」

 

 と言うのでその間に俺は朝の一服をすることにした。近所の小学生が家路に向かうのがベランダから見えた。もう夕方だ。こんな時間に起きてうだつの上がらない生活だなと、俺は思った。街の営みの音が聞こえた。今日は風が穏やかだった。昨日殴られた後がまだ少し痛かった。あいつに出来れば俺はもう二度と会いたくなかったが、また会うような気がした。記憶が曖昧だが、クラブで飲んでいて口論になりその流れで喧嘩になったのだ。

 

 俺は確かその時も中身チンパンジーについて考えていた。俺が殴られた男は中身チンパンジーの中でも突飛な奴だった。ボス猿感を周囲に匂わせるそんな感覚の奴だった。俺はいつでも出来るだけそう言う奴は避けて生きているつもりだが、なぜかそう言うところには一人や二人中身チンパンジーな人間がいるのだ。自分の言動や行動をストイックに扱えない人間は基本的に嫌いだったが、そいつは極端にも中身チンパンジーだった。煙草一本吸う間に俺は嫌なことを思い出したなと思って部屋に戻った。

 

 佐和子が作った朝食を俺は心良く食べた。佐和子は携帯ゲームをやっていた。退屈そうなのに淡々とゲームをやる様がなんとも言えない中身チンパンジー感があった。佐和子は今夜はコンビニバイトらしく化粧も薄かった。キャバで稼ぎがそこそこあるからコンビニのバイトはやめればいいのにと俺は思っていたが、佐和子は結婚したいからお金貯める、と言っている。俺はその言葉を聞いて凄く嬉しかったが疑問にも思った。佐和子が結婚したいと言う相手が、本当に俺なのか、と言うこと。俺は何故かストレートにそのことが聞けなかった。佐和子は子供も欲しいし結婚もしたいと、漠然と思っているらしく。ミュージシャンを夢みる俺にとってはなんだかその考えは雲の上の存在だった。だから、その話については、俺もよく考えるとだけ伝えておいたが、その後一切話していなかった。中々日常の中でも、突っ込んだ話をするのは難しかった。それでも佐和子はいつでも寛大に俺を受け止めていてくれたから、俺は安心して夢が見られた。

 

「俺、歌って来るわ。朝食ありがとう。すげーうまかった。」

 

 佐和子にそう伝えると、俺は出かける準備をした。にっこり笑う彼女は本当に可愛いらしかった。食器を片付け台所へ向かう佐和子。今日も黒尽くめだった。佐和子はすれ違うだけでも良い匂いがした。俺は洗面台の鏡に向かって歯を磨いてから耳のピアスをした。それから整髪料で軽く髪を立ててから、ギターケースを担いで家を後にした。

 

 

 商店街のシャッター前は相変わらずの人通りだった。俺は早速昨日作った新曲を歌うと三コードでアドリブで一曲を歌った。二時間も歌っていると一人の男が止まってくれた。名前を安広と言うその男はベースをやってると言う。このあと、スタジオに入らないかと言うので俺は彼の話に乗った。一時間後にスタジオの予約が取れたので近くのカフェで時間を潰すことにした。安広は隣の駅に住んでいて、音大卒らしい。ぼそっと喋る彼は無駄に好印象だったが、中身チンパジー感がなかった。ストレートのコーヒーを飲む仕草がベーシストらしかった。彼こそ俺が日常の中に求めている人物だった。性格もマルチで音楽も幅広く知っていて、話は弾んだ。初めて会ったとは思えないくらい急に仲良くなり、なんだか新しいイメージが生まれつつあった。俺は彼になら通じるだろうと思って、中身チンパンジーの話をしてみた。そしたら案の定彼には中身チンパンジーが通じた。この日初めて俺は共通の意識を体感出来る人間に会ったような気がした。彼は大爆笑で中身チンパンジーを理解してくれた。彼も日々そう言うことを感じていたと言う。俺は妙にハイで変な気分だった。

 

 スタジオに入ると彼はゴリゴリのベースを弾いた。プレベが最大限に良い音を放っていた。俺はその音に飲み込まれそうになったが勢いで歌うと気持ちがよかった。二時間があっという間に過ぎ去ってしまった。チンパジーが沸き立つ。俺の中のチンパジーが手を上げて喜んでいる。ジャンプしている。彼もそれを感じているようだった。なんとも言えないその出会いから、俺たちはバンドをやることにした。『中身チンパンジー』アホな名前だがバンド名には良かった。共通のその意識が集合体として増えればどんな形になるのか、俺は見てみたかった。この日は安広と通りで飲んでから家に帰った。久しぶりになんだか人生の進展を感じた。

 

 

 

 家にフラフラで着くと、灰皿の置いてある机の上にはメモ書きがあった。

 

 薫へ、おつかれさま。コンビニバイトがんばるね。三時には帰ります。なんか食べてて。

 

 俺は安広に出会ったことをはやく佐和子に話したかった。東京に来て一番の友人が出来たような気がしていた。もう、かなり酔っ払っていたが、調子に乗ってこの日はジンをロックで飲んだ。佐和子が帰って来るまでに俺は起きていられそうもなかった。酔って、歌うのはいい。言葉が自由に出てきて、躍動感がある。生まれたての言葉は誰に浴びせる訳でもなく、宇宙の中の幻のように消えていった。酒の熱が覚めるくらいに美しく言葉の羅列は連なった。気付けば俺はベッドに転がっていた。

 

 佐和子が帰ってきた玄関の音で俺は起きた。半分うたたね状態で手に持ったロックグラスから酒をブチまけて零すところだった。佐和子は右手に花と左手にケーキを持っていた。そう言えば今日は俺の誕生日だった。二十五歳になる。二十代も折り返しだ。花を手渡されたから、俺は鼻に当てて匂いを嗅いだ。佐和子にしては珍しいプレゼントだと思った。昼間のうちに買っておいてくれたと思うと本当に嬉しかった。ケーキにローソクを立てながら佐和子はバースデーソングを歌った。サプライズ感のある誕生日。佐和子に会ってから二回目の誕生日だった。

 そう考えると、俺が東京に出て来たのは割と遅い。ロックで食うにはもうあと数年だと焦っていた矢先に安広に知り合えたのはきっと運命だろうと、俺は思った。感覚的な俺の神経がそう思わせた。佐和子からのお祝いのケーキを食べながら俺は安広の話をした。


「今日、路上でベーシストに知り合ったよ。」

 

「え、すごいねぇ。なんて人?向こうから声かけて来てくれたの?」

 

「安広って言って、隣の駅に住んでるらしい。」

 

「ベーシストならバンド出来るじゃん!よかったね。絶対売れるよ!」

 

 ケーキを食べながら佐和子が言う。なんだか、深夜の三時過ぎに俺は幸せだった。自分の今のその置かれた環境が夢みたいだった。佐和子もジントニックを飲んでいた。彼女はこの日、ケーキがはじめての食事だと言って殆ど一人で食べてしまった。珍しく食べているからなんだか小動物を観察するように嬉しかった。安広とは連絡を交換したけど次の日曜日まではスタジオに入れないと言っていた。

 

「ドラマー探さないと、誰か知り合いにいる?」

 

「うーん。いない。」

 

「流石にそうとんとん拍子にはいかないか。」


「そだね。でも、早くステージに立つ薫がみたいな。」

 

「俺頑張るよ。」

 

 ベーシストに知り合うだけで、人生は大きく変わったような気がした。佐和子がきれいに食べ切ったケーキの箱を見ながら俺はまた一つ歳をとったような気がした。あと、一本煙草を吸ったら眠ろうと思った。定期的に吸いたくなる煙草への依存性さえ俺は中身チンパンジーに感じていた。俺はこの一本でしばらく禁煙しようと思って箱を潰した。佐和子は寝巻きに着替えて先にベッドに着いていた。俺もシャワー浴びてピアスを外した。一日がいつもより長く感じた。明日からが無性に楽しみだった。

 

 

 

 目を覚ますと、佐和子はまだ眠っていた。たまたま今日はキャバもコンビニも休みらしい。俺はたまにはデートでも行こうかと考えた。佐和子が起きるまでの間に、コーヒーを煎れた。ベランダから昨日と同じ小学生が見えた。煙草が吸いたくなった。コンビニまで行こうかと悩んだが、禁煙の二文字が脳裏にあった。コーヒーを飲みながら佐和子の眠っているキレイな顔立ちをみた。瞼に適度な膨らみがあって鼻筋が通っていて唇は潤っていた。髪はサラサラで眠り姫のようだった。幸せな時間だった。四時を過ぎると佐和子は目を覚ました。俺の煎れたコーヒーを飲みながら寝ぼけ眼で言った。

 

「誕生日おめでとう。何処行きたい?」

 

「考えてなかったな。」

 

「井の頭公園行こうか!あひるボートデートしようよ。」

 

「あ、それいいな。」

 

 佐和子の思い付きで、この日は井の頭公園に行く事にした。都会にいると自然が恋しくて、佐和子とは何度も一緒に井の頭公園にデートへ行っていた。前に吉祥寺に住みたいね。なんて話もしたこともあった。高円寺から電車で数分。二人で井の頭公園を目指して歩いた。初めて会った場所なだけにここはお互い大好きなスポットだった。木々が生きている。この日は通りでライブペインティングをしている一団がいた。時間が時間なだけにあひるボートには乗れなかったがいいデートができた。散歩する人。ランニングをする人。絵描き。路地ミュージシャン。だんだん夜になるに連れて井の頭公園はいいムードになった。

 

「あひるボートまた乗れなかったね。」

 

「それ初めて会った時からずっと言ってるじゃん。」

 

「夜の仕事だから、仕方ないじゃん。」

 

「まあね。」

 

「帰ろっか。」

 

「そうだな。」

 

 二人で高円寺へ戻って、大衆居酒屋でその後飲むことにした。佐和子はあまり食べないけれど、酒はいくらでも飲める酒豪だった。生ビールを立て続けに頼む佐和子。俺はもう既にべろんべろんだった。だんだん何を話しているのかわからなくなって、会話もしどろもどろになってしまった。とにかく、気分だけは上機嫌だった。酔いもあって俺は饒舌になっていた。

 

「薫は自分の生きる道を表現出来ていていいよね。私、全く取り柄ないから羨ましいよ。」

 

「ありがとう。でも俺だって自分を上手く表現出来てる訳じゃないから、佐和子に生かされてるとこもあるんだよな。」

 

「それって私関係あるのかな、まぁでも、薫が歌ってることって的を得ているし、世の中に対して大事なメッセージだと思うんだ。ごにょごにょ小言を言ってる学生なんかには言えないようなしっかりしたことを歌うからすごいよ。」

 

「俺生きてるのに理由が欲しいんだよな。毎日飯食ってただ生きてるんじゃなくて、俺が死んだあとに何かこの世に残るように。俺が生きてたって証が欲しいから俺、もう少しだけ夢が見たくてさ。」

 

「そう言うところ、私にはないから憧れるよ。夢絶対叶うよ。薫が自分を信じて、自分に問い続けたら絶対叶うよ。少なくとも、私の心には薫の歌が響いてる。元気付けられてるもの。」

 

 

 なんだか酒の酔いで強気に豪語してしまったが、俺は佐和子との会話でまた新しく自信が湧いてきた。自分を信じてやっていこうと思えた。言葉に想いが宿る力を改めて俺は実感した。その想いが消えずに自分の中から絶えず響いていれば最高だと思った。この思いは酒の酔いの中でも鮮明に輝くものがあった。力強く光り放っていた。

 

 

 次の日、ものすご二日酔いで起きてからすぐに吐いた。俺は二十五になって禁煙とバイトをする決意をした。兎に角手始めに佐和子の為になることをしたかった。なんとなく俺は近くのスーパーの折り込みチラシと一緒に入ったバイト募集の紙を見て電話をかけた。

 

 佐和子はそんな俺を横目にメンソールの煙草を平然と吹かして、何も二日酔いで就活することないのにと嗤った。それでも俺は何故か、唐突にスーパーのレジ打ちなら出来るような気がして、面接まで漕ぎ着けていた。スヌーピーの壁掛け時計は五時を指していた。佐和子はキャバの仕事へ出かけた。俺は追加でウコンを飲んだが、頭痛が止まなかった。こう言う日はまったく何も出来ないが明後日、面接。明後日、面接。明後日、面接。と頭の中で何故かその言葉がループした。俺の中のチンパンジーはお手上げ、伸び切ってしまって、もう何も出来ない。それでもニコチンの依存性から抜け出そうとした俺はすごい。えらいと自分の中のチンパンジーを褒めてやりたかった。ベッドに横になったまま天井がぐるぐるした。俺は白湯を作って少し眠ることにした。昨日は何故あんなにいい事が言えたのか自分で自分が不思議だった。それでも、誰にだって波はあると、言い聞かせた。

 

 

 目を覚ますと十一時過ぎだった。吐き気は治っていた。俺はお茶漬けでも食べようと台所に立った。頭痛も少し引いていた。するとなんだかいいメロディが降りてきた。俺はそのメロディを鼻歌まじりに歌いながら、ご飯にお茶漬けの素をかけて、お湯が沸くのを待った。

 

 なかなかいいメロディだった。俺はこう言うふうに、いつの間にか歌が浮かぶ時は自分でも結構気にいった曲が書けることが多かった。この日はだんだん調子も良くなり、気づいたらギターを持って歌っていた。新しい曲がまた一曲できた。明日、安広とまたスタジオだ。その時に一緒に出来たらいいなと思って俺は簡単な譜面を書き上げた。そうこうしているうちに佐和子が仕事から帰ってきた。

 

「二日酔い治った?」

 

「なんとか、新曲できたよ。」

 

「え!やった。聞かせてよ。」

 

 俺は全弦チューニングし直してから前奏を弾き始めた。佐和子が曲に合わせて身体を揺する。サビにかけて歌い易いメロディなので佐和子も一緒になって歌った。二人で盛り上がって、二番も歌った。歌い終わると佐和子は拍手した。

 

「いえーい。すごいすごい、絶対売れるよ!」

 

 佐和子の同じように繰り返すその言葉に俺も乗せられるところがあった。二本目のウコンが効いたらしかった。かなり新曲は気に入ってもらえた。言葉にメロディがうまく乗ると何故こんなにも気持ちいいのか俺は不思議だった。そこから生まれる活力にエネルギーを感じた。一日があっと言う間にだったけれど、いい日が過ごせた気がした。

 

 

 安広とはまた同じカフェで待ち合わせだった。商店街の外れの一角。ストレートのコーヒーを安広はまた頼んだ。店内のジャズに合わせて、肉厚な指を小刻み動かす。モッズファッションがお洒落に決まっている。

 

「今度、ドラマー候補を連れてくるよ。長年友達の奴がいるんだ。」

 

 安広は独特のリズム感でそう言い放った。スタジオまでのその時間、俺は新曲の譜面を安広に渡した。安広は真剣に目を通してから煙草に火をつけた。俺も煙草が吸いたくなった。安広といると何故か意識が高まった。自分も格好良くなれる気がした。ジッポライター一つの音でも安広は『出す音』として扱っていた。丁寧な男だ。

 

 安広のセッティングは早かった。スタジオに入ると直ぐにサンウドチェックは終わって、俺の準備が終わるのを無音で待っていた。相当上手いプレイヤーで無い限りなかなかこう言う弾き方はしない。俺は二回目にして舞い上がっていた。ほぼぶっ通しで持ち曲全部を歌って新曲まで歌った。ベースが大蛇のように合わさる。ドラムさえ入ってくれば完璧だと思わせるほどのセクション。スタジオの二時間はあっという間に過ぎていった。

 

 仕事の都合で折り合いをつけて、またスタジオの日取りを話し合おうと話した。次はドラマーも連れて来ると言うから俺は猛烈に楽しみだった。飯でも一緒に食うかと言うので安広とそのまま焼き肉屋に入った。流石に連チャンでは飲めないから、酒は断って烏龍茶と生ビールで乾杯した。

 

「俺、禁煙始めたんすよ。」

 

「中身チンパンジーからの離脱?いいじゃん。」

 

「そう。それっすね。」

 

「絶対、続かないって。」

 

 そう言いながらアメスピに火をつける安広。店に入ってから注文した肉のトレーが届く。俺は肉を焼き。話を続ける。

 

「なんで中身チンパンジー通じるんすかね?」

 

「いや、わかるよ。世の中バカばっかりだよ。そりゃいい奴もいるけど、みんな動かされてんのよ。」

 

「バンドで音にして、この中身チンパンジーって感覚を伝えていくには、何をしたらいいっすかねぇ?』

 

「やってりゃなんとかなるよ。お前の音には説得力あるから、歌詞はもう一声って感じだけど、」

 

「いやー、でも命掛けて音楽やりたいんすよ。」

 

「お前は単純だからそのままでいいと思うぞ。」

 

 安広とは二歳差だった。人間二歳の差でこうも大人びるものかと俺は思ったが口にしなかった。とにかく奢りだと言うので俺は肉を食った。帰っても今日はまだ佐和子は仕事でいないだろうと思った。俺は追加でハラミとタンを頼んだ。安広は三杯目の生ビールを頼んだ。

 

 安広は知り合ってまだ二回目だと思えないくらいに気さくに話した。今までやってたバンドが、解散して新しいバンドを組もうと思っていたところで俺に出会ったから運命的なものを感じたと言う。それまでやってたバンドは学生からの付き合いでやっていたバンドで、この辺のライブハウスでも何回かライブをやっていたと話してくれた。安定感のあるベースを弾くのはそのせいかと俺は関心していた。

 

 音大生ばかりの集まりも中身チンパンジーみたいなものだと安広は言っていて可笑しかった。音楽は学んでも生まれるもんじゃない。湧き立つものだと安広は言った。その話を聞くと俺もなんだか、原点に戻されたような気になった。一頻り酔っ払った安広の話が聞けて俺は嬉しかった。散々肉を食って二人は焼き肉屋を後にした。終電間際、俺たちは別れた。

 

 

 今日も時間が時間なので俺は路上で歌って佐和子を待つことにした。煙草を吸わない違和感がなんだかあった。いつものシャッターの閉まった所で俺は歌った。なんだか久しぶりな気がした。人通りはなかったが、通りに向けてデカい声で歌うのは気持ちが良かった。はやく、バンドがやりたい。俺はそう思った。数曲歌うと俺は徐ろにコンビニへ足を運んでいつの間に煙草を、買っていた。三日ぶりの煙草は美味かった。三日坊主とはこの事だと俺は思った。なんだか自分の目の前にある事実が取り留めなくて哀しくなった。煙草一本で満たされてしまう自分が薄っぺらくて、ちんけで情けなかった。心が弱いな、と思った。悔しかった。ふと思い出したが明日は面接だ。なんだか、何もかもが操作されていて自分の歩むべき道が見えなかった。吠えるだけの猿。路上の俺は世の中から引き離されていて孤独だった。怖くなって、佐和子に電話した。落ち合って家に帰る途中俺は本当に自信喪失していた。強く良いイメージだけを持ち続けるのはむずかしい。それでも俺は歌いたかった。自分だけで空回りしてダメになってしまうのが嫌だった。

 

 

 アパートに帰っても佐和子は俺を心配してくれた。佐和子の存在が大切なのに上手く言葉に出来なくて俺は辛かった。それでも佐和子は理解してくれた。飲み込みのいい女だった。

 

「薫、大丈夫だよ。」

 

「ありがとう。佐和子も疲れてるのにごめんな。」

 

「無理しなくていいよ。表現者には波があって普通だよ。」

 

「そうかな。」

 

「休む時はしっかり休まないと!」

 

 俺ははやめに眠ることにした。佐和子と手を繋いで寝た。安息が流れる。きっと何もかも上手くいく。俺はそう思いたかった。佐和子から元気ばかりわけてもらっていて申し訳なかった。佐和子はやさしかった。俺は起きたら面接。起きたら面接。起きたら面接。と頭の中ループする雑念を振り払い。中身チンパンジーを感じたけれど、そのまま眠ってしまった。

 

 

 翌朝、と言うか夕方目を覚まして、俺はスーパーの面接に行った。真面目そうな四角い眼鏡の男が面接官だった。どうやらその男は店長らしく、一通りのことを聞かれると、俺は帰された。いつもの喫煙所で煙草を吸った。買ったばかりの煙草はもう五本も減っていた。久しぶりの面接だったが、なんとなく受かる気がした。きっとぼんやりとバイトを続けるのだろうと、俺は思った。それでも佐和子の為に俺は少しでも上手く生きたかった。この考え方事態が不器用な気がしたが、中身チンパンジーから脱しないと、と俺は思った。

 

 

 それから三日後採用の電話があって俺はスーパーのバイトをはじめた。レジ打ち品出しと、やっぱり思っていた通りの単純な仕事が言い渡されて、俺はなんとなくバイトをしていた。自分の意思のない仕事をしている時、俺は一番に中身チンパンジーを感じた。自分の中で誰かが五月蝿い。そいつは俺の中から殻を破って飛び出そうとするのだが、実際思考から、何か飛び出すわけもなく、バイト終わりになると、その暴れた猿もいなくなっていた。家に帰れば変わらずにスヌーピーの時計が時間を教えてくれた。俺は早く安広の言っていたドラマーに会いたかった。どんな奴で、どんな音楽を奏でるのか、気になって仕方なかった。



 それから何日か続けてバイトの日々が続いた。月末が近かったので初の給料は早々に振り込まれた。通帳を使うのが久しぶりでなんだか変な感じがした。自分に全く生活感がない。こんなんではダメだと始めたバイトだったが思いの他自分を第三者的に見ることになって、息苦しさを感じた。目の当たりになった自分。中身チンパンジー感が否めなかった。そもそも中身チンパンジーとはなんだ?と俺は考えた。自分の思考、考え、生き様。物の見方、喋り方、話し方。どれ一つとっても自分だった。気持ち悪かった。考えれば考えるほど、そのループにハマってしまう感じがした。俺は一種のノイローゼだった。それでも曲を作った。歌詞を書いた。歌った。中身チンパンジーを歌いたかった。このどうしようもない感情を当てのない誰かに。少なくとも日々は進んだ。俺が俺であることを寸分も削らずに、露わにした。リアルが見つめていた。

 

 

 ドラマーに会ったのは翌週のことだった。潤二は無口な男だった。安広よりもすこし背が高く、ドラマーなりの身体付きをしていた。スタジオに入るとそれは激しいドラムを叩いた。水しぶきが湧き立つような、滝の流れのような、轟々と彼のドラムは心に迫るものがあった。歌詞を吐き出せた。俺が考えている言葉にビートをつけていくのが上手くて、俺が吐き出す言葉が力を持って叩き出された。俺は直ぐに潤二を気に入った。本当にいいプレイヤーに出会うと、全て飲み込まれるんだと言うことを始めて知った。当然のように音楽が成り立って響き渡るのが不思議だった。俺は先週までノイローゼだったが、一気に元気づけられた。世の中にこんなにエネルギーに満ちたドラマーいることを知って、俺は驚嘆した。息を飲んだ。俺は自分の出せる全てを出し尽くして歌った。バンドサウンドになっていつもより時間が長く感じた。バンドだ。遂に俺が求めていたバンドだった。俺は自分の大きさを感じた。何でも出来るような気がした。言葉が生まれて来る。安広も淡々とベースを弾いた。俺は何故かこの歳で青春を感じた。音楽の真髄を見てしまったような気がした。初めの印象が良すぎて、振り返るのが怖かった。ギターの腕が純粋にもっと上手くなりたいと思った。自分に力不足を感じた。それでも何か起きる気がした。バンドにはそう言う力があった。俺は中身チンパンジーを伝えることを心に誓った。この人間の儚さ。人が出来る下らないことの美しさ。吐き捨てる言葉の単純さ。エネルギー。明確なイメージ。いきりたつ音。どれも湧き立つ力があった。

 

 

 その日、潤二と安広はスタジオ終えて直ぐに帰ってしまった。俺は胸の中が熱かった。東京にいると思った。自分の魂が燃えて焼き切れてしまいそうだった。俺は商店街のシャッター前で歌った。自分が自分として存在するのを感じた。嘆きにも言葉にもならない叫びが俺の中にあった。どうしようもなく。それはデカい塊だった。俺はその気持ちを自分の中に留めることにした。この誰とも共感し得ない感情を大事にしたかった。自分一人のような、世界と繋がっているような、不思議な気分だった。自分が思い描いてきたロックの像が分からなくなった。もっと壮大な何を夢見ているつもりが、手が届くような、それは明日へ直ぐ繋がっているような、なんとも言えない感情が混在していた。理屈じゃない力の波。俺はそのバイブレーションの中にいる気がした。歌っても歌っても、もどかしかった。

 

 

 散々歌って家に戻った。佐和子は先にベッドで丸くなって眠っていた。俺は何故だか無性にかなしくて、佐和子を起こしたくなった。手を繋いでみた。相変わらず細い指先にマニュキアが塗られていた。所々剥げているところを俺は見つめていた。無心になった。何も考えられなくなった。今日はこれでいい。頑張ったと、俺は自分に言い聞かせた。佐和子が生きて呼吸をしていることが、ただなんとなく、嬉しかった。幸せだった。その些細な命の営みを俺は歌に出来るな、と思った。沢山の感情が湧いて、どうにも眠れそうになかった。動悸がした。心臓がばくばくと脈打っていた。俺は冷蔵庫の作り置きの麦茶を飲んだ。夏が長ったらしく感じた。暑い。俺は今日あったことを振り返って夢のようだと思った。きっとこれからどんどん楽しくなる。そう思った。もっと自分が思う理想的な環境へ近づける。俺はそう思った。何もかもが、思い通り動いている。そんな気がした。そんな想いのまま人生で何本目かの煙草を吹かした。

 

 

 スーパーのバイトを始めてから、佐和子と話す時間が減った。それでもお互い想い合えてるのか、俺は不安だった。佐和子は変わらずに仕事を続けていた。俺は気分が憂鬱だったけれど、バイト中新曲を作ることだけに集中した。思いついては、バイト用のメモ書きの端に歌詞を書いていった。気の遠くなるような作業だったが、定期収入には変えられない。路上での生活を俺は切り上げて、ライブハウスへ進出しようと思っていた。何処か一つでいい。ライブさえ定期的に出来れば佐和子の言うように俺の作る音楽を誰かに好きになって貰える気がした。それは漠然とした思いだったが、なんとかなるきがした。こうして考えているうちにスーパーのバイトはどんどんと過ぎていった。従業員同士の会話も特にないので、仕事だけコンスタントに続けられた。

 

 

 夜にかけて珍しく雨だった。蒸し暑い中、俺はバイト上がり煙草を吸っていた。壊れたビニール傘が煩わしかった。安広も潤二もしばらくはスタジオに入れないらしく、こんな日は、家で曲を練るしかなかった。俺は帰るまでに、雨に因んだ曲だけをミックスした『雨の日プレイリスト』を再生しながら、家に帰った。ずぶ濡れだったから速攻でシャワーを浴びて、とりあえず作り置きのカレーを食べた。なんとなく佐和子が作った何処にでもあるような家庭的なカレー。俺はとりあえずそのカレーについて歌うことにしたが、三十分練って結局、対して良い曲が出来なかった。歌詞を書いても書いても、良い言葉が出てこなかった。メロディに上手く乗らなかった。こういう時は何をしてもダメだ。俺はギターを放り出して大の字に寝そべった。気付くとまた眠ってしまっていて、佐和子がコンビニバイトから帰って来た音で目が覚めた。

 

「ただいま。どーしたの?大丈夫?」

 

「曲全然出来なくて、へこたれてた。」

 

「ロックンローラーにもスランプってあるのか。」

 

「その言い方やめてくれ。」

 

「そのうち名曲かけるよ!ビール飲もう!ビール!」

 

 佐和子は能天気だった。俺も佐和子と一緒になってビールのプルタブを引いて勢いよく開けた。こうして、二人して謎の飲み会を始めた。佐和子は淡々とビールを飲みながらテレビのチャンネルをコロコロとかえて、言った。

 

「つまんない!つまんない!つまんない!あああああああああ。もぉおおおおおおおお」

 

「どうした?佐和子!」

 

「なんでもないよ。だって吐き出したかったんだもん!ああああ!なんか歌ってよ薫!」

 

 そう言いながら佐和子は俺の腕を掴んで頭を上下に振った。仕方なく俺はギターを抱えて歌うことにした。ノートを適当に広げて、持ち曲を歌うことにした。

 

「佐和子、お前また痩せた?」

 

「そんなことどうでもいいよ、はやく歌って、歌ってよ!」


「わかった。わかった。落ち着けよ!」

 

 佐和子は今日は雌の日らしく気が立っていた。ビールを飲むペースが早くて少し心配した。逆に俺は飲めなかった。とりあえず俺はいつものように全弦チューニングした。

 

「何がいい?」

 

「えっとね、あれ、俺はお前の猿じゃないってやつ?あれ歌って!」

 

「え!何それ?俺そんな曲歌った覚えないぞ!」

 

「違うよ。だってノートに殴り書きしてあるやつ!これこれ!」

 

 佐和子はそう言って俺の歌詞のノートをペラペラめくって見せた。確かにそこには『俺はお前の猿じゃない。』と書き殴ってあった。中身チンパンジーについて書いた歌詞の一部だった。

 

「これ、佐和子に伝わるのかなぁ?」

 

「いいから、歌ってよ。これが気になって仕方なかったんだよあたし!」

 

 仕方なく俺はギターをかき鳴らした。中身チンパンジーを今この一瞬。佐和子に全力で伝えようと思った。それはもう俺の人生の全身全霊で。曲はもう始まっていた。歌詞は飛び飛び。全くもって意味がわからずに、俺は歌い出していた。それはもう猿のように、チンパンジーのように。俺はお前の猿じゃない。俺はお前の猿じゃない。中身チンパンジー。中身チンパンジー。佐和子は両手を振って踊っている。手に持ったビールをこぼしながら笑っている。二人の謎の飲み会はこうして中身チンパンジーを歌い続けて終わった。俺は何がなんだかわからなくなっていた。全身また汗をかいてぐちゃぐちゃだった。佐和子も汗をかいていた。

 

「いい!絶対売れるよ!」

 

「本当かよ?」

 

「薫才能に満ち溢れてるよ!」

 

 佐和子は冷蔵庫に走って、新しいビールを開ける。

 

「もう、それぐらいにしとけって!」

 

「いいじゃん!あたし明日休みだもん!」

 

 夜が更けていった。スヌーピーの時計が深夜四時になった頃には二人で抱き合って寝てた。いつもと変わらずにキスをして、変わらずに眠った。酒で頭はぐるぐるで、天井が揺らいで見えた。煩わしいことを何もかも忘れてられそうだった。佐和子がいるだけでなんだか幸せだった。

 

「佐和子、いつもありがとう。」

 

 

「どうしたの?急に」

 

「俺、今は何にもないけど、頑張るよ。絶対ミュージシャンになる。」

 

「薫はもう、ミュージシャンだよ。歌って生きてるじゃん。お金はその次でいいよ。」

 

「いや、稼ぐよ。俺の歌で、絶対。」

 

「その意気込みだよ。私は薫を裏切ったりしないから」

 

「裏切るって?」

 

「信じてるってことだよ。」

 

「もう、寝よっか。」

 

「うん。」

 

「飲み過ぎたね。」

 

「あたしはまだ飲めるけど、」

 

「ふふ、やめときなって。」

 

「おやすみ。」

 

「うん、おやすみ。」

 

 外は静かだった。この今の一瞬が尊くて愛しかった。一分一秒でさえ、何故か掠れて哀しかった。佐和子がそこにいるのにいないみたいだった。俺は何か気の迷いがあった。自分だけではどうにもならない気の迷い。寂しさの中にいた。この夜を乗り越えればきっと朝が来る。そう思った。そう思って夜を越えようと思った。佐和子ともっと話したかったけれど俺は眠ることにした。

 

 

 佐和子は俺の性格の暗いところとぴたりとあっていた。この性格じゃなかったら、きっと今まで上手くいかなかっただろうと俺は思った。こうして悪酔いしては喧嘩することもあったが、最後にはちゃんと仲直りして、二人ベッドで寝た。それらしいことをそれらしく二人でしているうちに、それは愛し合うという結果なんだと、俺は思った。こうして、中身チンパンジーについて俺は考えながら、佐和子に初めてこのことを伝えた。それでも全て伝えられなかった。俺が思う中身チンパンジー。中身チンパンジーとは一つの思想なんだと。俺は歪んだ哲学者のように何かを解きたかった。そしてこのクソみたいな日常を何かはっきりとしたものとして、表明したかった。明日は一人でスタジオに入ろうと思った。もっともっと上手くならないと、人に見せられる表現の形をとらないと、と俺は焦った。

 

 

 次の日、俺はバイト終わりにスタジオに入った。デカい音でアンプを、二時間も掻き鳴らしていたら、完全に、気分だけハイになってしまって、全く練習にはならなかった。音楽で稼ぐ。その稼ぎ方が全く分からなくなってしまって、俺は立ち尽くしてしまった。気休めに飲んだ自動売買機のコーヒーは異様に苦くて、余計に気分が悪くなった。なんとなく暫く佐和子にも会いたくなかった。一人になりたかった。本当の意味の一人。一切の付き合いを断ち切って一人になりたかったが、どうしても俺は繋がりを感じた。家族の顔を久しぶりに思い出した。なんでこんなにも生きづらいのだろうと思った。俺はいろんな意味で苛々としていた。俺は中身チンパンジー状態から抜け出せずにラーメン屋でやけ食いした。腹だけは膨れたが、気分的には何も変わらなかった。通りで煙草を吹かした。世の中は何も変わらなくて、俺は耳鳴りの中に一人でいた。虚しさの中。通り過ぎる人が平然と生きて生活してるのが見えた。なんだか笑ってしまった。何もない。なんもねぇなと思った。俺は佐和子にフラれないか心配だった。また、路上生活に戻るのかと思った。この真夏の暑い中。それだけは御免だった。俺は何がなんでもバイトを続けようと思った。

 

 

 それから何日かして、バンドでスタジオに入って何度か合わすうちに俺達のバンドは形になって、一回三十分から四十分のライブを熟すようになった。佐和子もステージに立つ俺を見てくれて、中身チンパンジーは日常的にバンドとしてだんだん周囲の人に認められはじめた。その頃から俺はなんだか自分が波に乗ってきたのを実感し始めた。そんな翌る日。安広の知り合いの映像作家さんを呼んでミーティングだった。

 

「今回の曲にプロモつけるのにこんな適役は他にいないからな!」

 

 そう言う安広。サイケデリックな映像を持ち味とするその作家さんと我がバンド中身チンパンジーとのコラボ映像。まさに動くチンパンジー。俺の頭の中にあったイメージがエキスとして抽出されて、最大限に実感のあるものとして描き出された。そう、動く中身チンパンジーの映像が俺の目の前にあった。カラフルな脳が弾ける映画が切り替わりその中でチンパンジーが頭を抱えている。ぐるぐる回ってバンド演奏のアニメーションに変わり、ボーカルが歌い出す。俺の声が作品に、なっていくのを肌で感じた。その動画が全部出来上がってバンドメンバー全員で打ち上げになった。


「いやー今回は本当にお世話になりました。」


「いや、こちらこそ。」

 

 とりあえずメンバーと乾杯して、映像作家さんの完成品をメンバーで鑑賞する。動画サイトに上げ、めきめきと再生回数が上がっていく。打ち上げには佐和子も来ていた。マネージャーとしていつの間にかバンドについていて、俺にべったりだった。通算十曲をアルバムの為にレコーディングをする方向で話合っていた。気付けば何もかもがスムーズになっていて、スタジオは安広の知り合いが持っているやつをダダ同然で使えるようになった。夏の終わりから俺達は遂にレコーディングにまで漕ぎ着けた。潤二ともいつの間にか打ち解けていて、バンドは熱を持ち始めていた。ライブをやればそれなりの集客があって、波に乗り出したと言う感じだった。缶バッチにステッカーといったグッズやTシャツをアルバムと同時進行で作ろうと話した。

 

 だんだんと中身チンパンジーが共通意識として伝わっていく感じが俺にはたまらなく面白かった。バンド名だからといって、その名前がシンプルに伝わる訳じゃなくて、思想そのものがバンドの味として伝わっていくのは俺の理想的な状態だった。今回ファーストアルバムを作るにあたって俺は初めて自分が今まで考えてきたことを形に出来るような気がした。それはやっぱり、安広がいて、潤二がいて、佐和子がいて、またその周りにファンがいてくれて出来るものだと思った。集合的意識が繋がってバンドと言う感じだった。俺はめきめきと歌詞が書けるようになっていたし調子がよかった。

 

 

 レコーディングが始まってから、俺は持ち曲、歌詞の練り直しを改めてした。大方形は出来上がっていたが細かい気になる点を段々と修正していった。メンバーにも相談しながら、曲の印象が纏まるように作り上げる慎重な作業だった。

 

 メンバーが音取りの間、交代でタバコを吸いながら曲を聴き直していった。だんだんとサイクルが、出来き上がって、ミステイクも減り楽しかった。全体のマスタリングを残してほぼ全ての曲を撮り終えた頃、一週間があっと言う間に過ぎていた。

 

 バイトは続けなくてもいいくらいにいろんなサイクルが周り初めていたが、なんとなく俺は続けた。レコーディングをほぼ終えて、アルバム完成が毎日楽しみだった。プロモーションビデオを作った時の佐藤さんの作品がジャケットデザインに起用されて、月末にはアルバムリリースが出来そうだった。

 

 俺は日々を佐和子となんとなく過ごした。それこそ、そこにあってもなくてもいいようなものを複雑な歌詞にしてまどろこっしく歌ったたりしながら、誰に言われる訳でもなく、ただ中身チンパンジーを表現していった。重なる猿。イメージ。伝えられないことまで、深入りは出来ない。それでも限界まで、この人間一人のくだらなさと言うか、つまらなさ、何も出来なさ、を上手く歌いたかった。結局アルバムに入れる八曲に絞ったし、一曲で中身チンパンジーを伝えられるものはなかった。そもそもバンド名にしたけれど、それ自体が適切だとも言い難かった。それと言うのも、中身チンパンジーはあくまで個のイメージで在り方と言うか、その状態だったから、本当は一曲にするのが一番いいのだろうけどいつの間には八曲のアルバムが作れるほどの思いの集結となってしまった。

 

 思いは積み重なって山となる。なんの気なしにバンドがいつの間にか成長していることに俺は驚いた。アルバムが出来上がったのは十月の終わりだった。夏の暑さを最後に閉じ込めたようななんとも風情のあるアルバムになった。ライブハウスには顔馴染みがいつの間に沢山出来ていたし、バンドが浸透しつつあった。アルバムは直ぐに売れた。レコーディング費用がかからなかったから、売れた分は丸儲けだった。稼ぎよりも、中身チンパンジーがファンに伝えられることが嬉しかった。アルバムの反響がよかったので、俺はだんだん性格も明るくなったような気がした。

 

 しかし、八曲のアルバムの中には何か足りない要素がある気がした。安広もそれは感じていたらしく、俺も気にしていた。例えば、脳みそをすっぽりと中身を入れ替えたとして、人柄が変わるだろうか、俺の考えた歌詞の羅列の中にはそう言った部分を問う歌詞が何度か続いた。人柄、人格、人間性、性格、精神、心、並べればキリが無いこう言った要素は、歌詞の中でも曲と共に一緒になって問われる。八曲では到底歌えなかった。中身チンパンジーはそんなに易々と語れない。自分が自分であって自分では無いような感覚。操作されていない自分を乗りこなすのは至難の技。誰しもが何かしらのそうした中身チンパンジー要素に苦しめられて生きているのだろう。俺はだんだんと深みに入ったバンドの蠢きを自分の身を持って感じていた。

 

 アルバムをリリースしてから、俺はまた禁酒禁煙をした。自分自身をまた、全く別の目線から見つめ直してみたかったのだ。佐和子も珍しくそれに同意してくれて一緒に禁欲生活を送った。

 

「先に吸った方が負けね。」

 

「そんなこと言って、佐和子が絶対先に吸うからな。」

 

 煙草が目の前にある状態からの禁煙は本当に難しかった。しかし佐和子とゲーム性が出てきてしまったので、俺も吸うに吸えなくなっていた。アルバムを出してから暫く自分のバンドの曲を改めて一つ一つ聴いたが、どれも中身チンパンジーの真髄には触れられていなくて残念に思った。

 

「あのさ、俺禁煙とかしてると中身チンパンジー感じるんだよな。」

 

「わかる。もう、煙草吸いたいもん。」

 

「なんか、もどかしいよなぁ。手が届きそうで届かない感じ。」


「ずっとそんなこと考えてんの?」

 

「そうだね。ずっと中身チンパンジーについて考えてるよ。」

 

 日々が淡々と過ぎていく、佐和子は変わらずにキャバクラとコンビニバイト、俺はバンドをやりながら路上で歌って、なんとなく、生きていた。何故か足りなかった。気分が満たされることがなかった。それでも中身チンパンジーについて考えて歌うのが俺の使命だと思った。硬直する脳を遠巻きに監視するように俺は俺の描きたいビジョンを見据えた。アルコールもニコチンも摂取しなくなったら、見えてくものが違うだろうと俺は思った。それでも中身チンパンジーを感じた。自分がやっていることに、手も足も出ないもどかしさ、ストレス、蟠り、どうしようもない閉鎖感。檻から俺は飛び出したかった。音楽と言う術を借りて、このちっぽけな脳から飛び出してもっと大きな所へ行きたかった。自分では何もかもわからなかった。自分がこれからどんな風に変わっていくのか、これからどんな風に世界と折り合いをつけてやっていくのか、全く見当も付かなかった。それでもメンバーを信じて、俺は中身チンパンジーを続けるしかなかった。俺は一歩でも前に進みたかった。

 

 

 年の暮れになり、久しぶりに俺は実家へ帰った。本当はもう会わなくてもよかったが、俺は佐和子と相談してなんとか実家へ帰った。昔から俺には頑固な父親に見えるが、根は真っ直ぐだった。母親とは離婚していて、もう何年も会っていない。東京に住んでいるらしいが、実はほとんど顔を知らない。久しぶりに会うと父は言った。

 

「なんだ、もう出て行ったと思ったぞ、食いっぷちは見つけたか?」

 

 俺は久しぶりに会っても父が苦手だと思った。威圧感、言葉遣い、性格、そのどれをとってもやっぱり俺は父が好きになれなかった。佐和子と付き合って東京にいることを話すと、俺は父にアルバムを渡して、今こんなことをしてると告げた。正月に二泊だけして俺はすぐに東京に帰ることにした。別れ側父はたまには母に会ってやれと言って、紙に書いた住所を渡してきた。



 帰りの電車の中、束の間の帰郷はなんだかいろいろ考えさせられてリセットされたな、と思った。父も老けたと思った。それでも俺には夢があったし家業を継ぐ訳にもいかなかった。そもそも親の代で立ち上げたボクシングジムなだけに俺は何も魅力を感じなかった。父は変わらずにボクサーだった。時代は違えど父の生き様は俺にはかっこよく見えた。父親といる間は中身チンパンジーについて考えない自分がいることに気付いて、俺はなんだか変な気分だった。禁酒禁煙は続いていた。佐和子に会いたくて仕方がなかった。少し離れるだけでもこんなにも会いたくなるものなんだと不思議に思った。佐和子は俺と離れている間煙草を我慢しているか気になった。佐和子のことだから吸ってるだろうと思った。

 

 東京の家に帰って久しぶりに佐和子に会った。佐和子は思った通り煙草を吸っていた。恐れべきニコチン。変わらない佐和子の匂いに安心した。それから、二人して初詣でに行ってバンドの成功を願って手を合わせた。折角なのでおみくじを引いた。末吉。何事も信心して慎重に事を成しなさい。と書いてあった。佐和子は大吉。バンドのブレイクは難しいが、いい年になるといいと思った。

 

 

 それから数日して、バンドメンバーで新年会をすることになった。安広が予約していた居酒屋で鍋がついて飲み放題二千円のコースだった。

 

「明けましておめでとう。今年からも中身チンパンジーよろしく。」

 

 安広の音頭で乾杯した。

 

 

「正月は実家だったん?」

 

 一杯目のビールをぷはーと飲み干してから、潤二が聞いてきた。それに俺はウーロン茶を飲みながら答える。

 

「久しぶりに親に会って来ましたよ。」

 

「正月もあっという間に過ぎたよな。はやくスタジオ入りたいわぁ。」

 

「まぁ、そー焦らなくてもいいんじゃないか、アルバムも出したばっかりだし。追々行こうよ。」

 

 二人は煙草を吹かした。俺だけそこにいるのに何故か取り残されたような感覚があった。東京に来てからずっと思っていたような感覚。中身チンパンジーを伝えようと思っても何故か自分だけ切り離されているような、孤立した感覚があった。二人の話題になんとなく耳を傾けて俺は頷いた。

 

「そろそろキーボードとか入れたいよね。」

 

「あー。売れ線を狙うならそーかもな。薫は今後の構想とかあるの?」

 

「なんか、前回のアルバムでも自分の言いたいことを全部表現出来なかったんで、もうちょっと浮き彫りにしたいんすよ。中身チンパンジー。」

 

「俺はただドラム叩くだけだからなぁ。」

 

「キーボード探してみて、表現の幅を広げるってもんかな?」

 

「安定した二人の演奏に支えられてます。ほんと。」

 

「お前はそのままでいいよ。本当にこのままやってくだけで、さっちゃんが言うように上手く行くと思うからさ。」

 

「新曲作り頑張ります。」

 

 そう言いながら、三人で鍋をつついた。二人とも酒が強いから毎回飲むと潰れていたけれど、案外ウーロン茶だけで付き合うのはいいものだと思った。酒を飲まない方が常に曲のことを考えられてよかった。意識が散漫にならずにいられた。俺は曲作りの構想が出来ると絶えずそのことを考え続けた。曲で何が一番伝えたいのか、いつも考えた。バンドでは殆ど、俺の思い付きが舵を握っていた。二人はプレイヤーとして天才的だったが、曲作りはしなかったからだ。

 その分俺は自由にやれた。そんなこんなで飲み放題一時間はあっという間に過ぎ二軒目に行くことになった。結局大衆酒場へ流れて、焼き鳥屋へ入った。

 

「ねぎま塩で二本。」

 

「俺はハツとタンをタレで一本ずつ。」

 

「あ、じゃ俺もねぎま二本ください。塩で。」

 

 二人ともビールを飲み続けていた。既に六杯は超えている。焼き鳥の匂いが立ち込めていた。



「次いつスタジオ入ろっか?」

 

「土日どっちかだな、俺は。」

 

「解体屋忙しい?」

 

「まぁなんとなくだよ。ビート刻んでるうちに終わる感じ。」

 

「お前、バカでいいよな。」

 

「キーボードって候補いるんすか?」

 

 俺はちょっと話しにズレて質問した。安広は手に持っていた煙草をトントンすると口に加えて、言った。

 

「ライブハウスの受け付けやってるミっちゃんいいんじゃないかな。あの子昔から知り合いなんだけど鍵盤上手いらしくて」

 

「それ、お前が口説きたいだけだろ。」

 

 潤二が横から野次る。俺もつられて笑った。クールに安広はジッポを開けて煙草に火をつけた。

 

「そんなんじゃねぇよ。」

 

「なんにしても、キーボードってのは名案っすね。音数増やして厚み付けたかったんすよ。」

 

 それぞれ頼んだ串が卓に運ばれる。潤二がさっそく塩のねぎまをつまみながら追加のビールを頼んだ。周りの客はみんな中身チンパンジーに見えてしまった。俺にはバンドの話だけが全てだった。あとのことは一切シャットアウトしていた。

 

「ミっちゃんならライブも直ぐにブッキングしてくれそうだな。」

 

「今から呼んでみるか?」

 

 そう言うと安広はコールした。さっき火を付けた煙草は半分ななっていた。相手が電話に出ると口を開いた。

 

「バンドメンバーで飲んでるから今から来いよ。」

 

 『ちょうど今、仕事上がったから飲み行こうと思ってたとこなんよ。邪魔しちゃっていいん?』

 

 俺も面識のあるミっちゃんがそのあと合流した。

 

 

 

「中身チンパンジー気になってたんよー。」

 

「ありがとうございます。鍵盤歴長いんですか?」

 

「今度スタジオ入ろうよ。音源聞いといて。」

 

 そう言って安広がファーストアルバムを渡す。サイケなチンパンジーのジャケットが笑っている。

 

「聴く聴く。私で良ければ弾くよー。」

 

「今まで、バンドはやってたんすか?」

 

「バンドはないけど、今でも弾いてるよ。」

 

「ミっちゃんはソロシンガーで活動もしてるんだぜ。」

 

「へーそーなんすか。」

 

「ブッキングに人呼べない時、自分で歌ったりしてんのよね。」

 

「そんなのありなんだ。」

 

 そう言う潤二も煙草を吸っていた。俺も煙草が吸いたくなったが、ぐっと踏み止まった。

 

「最近は活動してる人多いからめっきりやらなくなっちゃったけどね。」

 

「歌も歌うんすね。」

 

「まぁね。次、スタジオっていつなん?」

 

「次の土日どっちか。十時以降かな。」

 

「弾きたいなー。」

 

 レモンサワーを飲みながらミっちゃんも煙草を吹かした。佐和子より少し身長が高く、健康的なくらいにはふくよかだった。愛想がよく笑うと笑窪が出た。俺は初対面のミっちゃんになかなか心が開けずにいた。確かに音の厚みを求めてキーボードは欲しかったが、改めて人も込みでのバンドだと言うを思い知った。それでも俺はなんとか打ち解けようと話しを続けた。こういう状況になるとなんともお酒の力を借りたかった。

 

「ライブハウスは勤めて長いんですか?」

 

「あー、二年くらいかな?なんとか続いてるよ。」

 

「あれ?道子美容院のモデルやめたの?」

 

 安広が横槍を刺す。彼も淡々と飲んでいていよいよ日本酒に手を出していた。

 

「あーあれもやめちゃったよ。なんか怪しかったから。」

 

「そーなんだ。彼氏できた?」

 

「結局口説いてるじゃねぇか。」

 

「できないわよ。」



 こうしてバンドの新年会は終電前に解散した。俺は久しぶりにやる気に満ちた。次の土日が楽しみになった。佐和子に会って早く話したかった。俺は真っ直ぐ家に帰ってそのまま新曲作りに励んだ。佐和子が一時間くらいすると帰ってきた。

 

「今度キーボードが入るんだ。ライブハウスで働いてるミっちゃんてコ。」

 

「へーキーボードかぁ。いいねぇ。」

 

 佐和子はもう、禁煙をすっぱりと忘れて煙草を吸っていた。

 

「禁煙つづいてるね。」

 

「何も吸ってる時に言わなくてもいいのに。」

 

「吸う?」

 

「吸わないよ。」

 

 佐和子は煙草を持った手を伸ばして首を傾げた。俺はギターをケースに閉まって寝る用意をした。明日からスーパーのバイトだ。佐和子もあくびをしていた。

 

 

 バイトの日々を乗り越えて、俺は路上で歌っていた。久しぶりに外で歌う。煙草も酒も辞めてから前より声量がついたような気がした。通りを行く人は相変わらずだった。俺はアルバムの曲を全て歌い切ると新曲も歌った。新しいアルバムに向けて書いている曲で中身チンパンジーⅡと言う感じ。アコギで歌うのには限界を感じはじめた。だから俺はエレキギターが欲しかった。バイトして貯めた金で必ず買おうと思った。路上で投げて貰えるお金は嬉しかった。バンドを初めてからあまり路上で歌わなくなっていたので新鮮だった。何かがいつもと違った。ギターの弾き心地。指通り。声の伸び。空気。目に映る風景。俺にとって変わらないものがいっぺんに押し寄せてくるような感覚。歌うこと。これからの人生。思いつく限りのことがちっぽけで、それでいて多大で、この宇宙の中で確実に蠢いてること。なんだか俺は頭の中でいろいろ思い描き、一喜一憂した。それでもただ人は通り過ぎていくだけで、俺は変わらずにそこに立ち尽くした。帰ろうと思った頃には佐和子はもう家に帰っていても可笑しくない時間だった。俺は人通りの消えた商店街で一人で夢中になって歌っていた。闇に紛れて孤独を抱え、声に出しているのに誰にも想いを伝えられないでいた。いつもより商店街が淋しく、がらんとして見えた。

 

 

「遅かったじゃん。大丈夫?」

 

「佐和子、、、」

 

 俺は言葉が出なかった。相当精神的にやられていた。特別何があった訳でもないが、酷く自分自身の殻に閉じこもってしまった。佐和子が声をかけてくれたそれだけで嬉しかった。寝てると思っていたからだ。

 

「薫、元気ない。今日は早く寝よう。きっとなんか疲れてるんだよ。」

 

「ありがとう。なんかいつもの癖で考え過ぎた。頭ぼーっとしちゃって。」

 

「そうだと思った。無理しちゃダメだよ。」

 

「うん、早めに眠るよ。」

 

 佐和子のやさしさを感じて俺は洗面台ではを磨いてからピアスを取ると、颯爽とベッドに飛び込んだ。

 

「煙草吸いてぇー。」

 

「ああ、それで調子狂ってるのかもよ。一本吸う?」

 

 少し悩んでから俺は断った。こんな直ぐに負けてたまるかと思った。佐和子をベッドに惹き寄せて抱きしめた。

 

「俺ら付き合ってどのくらいになる?」

 

「一年半とかかなぁ、どうして?」

 

「いや、なんとなく。気になった。」

 

 

 俺はそのまま佐和子を抱きしめて暫く離さなかった。佐和子は黙って俺を受け入れた。どろっと脳みそが飛び出るように俺は放心した。彼女に溶けるようにしがみついた。頭の中でイメージだけが反復して、気分が悪かった。だんだんと体はリラックスして、俺は佐和子のことだけを考えた。佐和子の痩せた小さな身体。小さな手。スベスベの肌。どうしても壊れそうな儚い彼女の生がそこにはあった。俺は目を細めて佐和子を見た。こんなに近いのに遠いなと、思った。考えが纏まらずに彼女を抱きしめ続けた。巻き貝が蹲るようにしてその日は二人で眠った。自然に抱き合って眠る二人を神さまは見ているんだろうか、と言うところまで一人で思い悩んで俺は眠ろうと二度思った。同じベッドで眠っても別の夢を見て別のことを考えて眠る。人間らしいと俺は思った。佐和子が何を考えてるかわからなかったけれど、それが幸せだった。別の人間として、別の考えを持ってそこにいられることが俺は限りなく幸せだった。

 そう、中身チンパンジーについて俺は考えることがやめられなかった。起きている間は常にそのことばかりだったからだ。この思考、この思想、考え、ルーティーン。全てが絡み合って俺は抜け出せなかった。夜だけが俺を許してくれる気がした。

 

 

 夕方また目を覚ます。俺は佐和子と抱き合ったままだった。アパートを横切る車の音がしていた。スヌーピーの時計は四時を過ぎたあたりだった。俺はとりあえずテレビをつけてなんの気なしに流れている番組を見た。

 佐和子を起こして、朝食を作ってもらった。パンとハムエッグレタスとミニトマト、コーヒー付き。眠そうな佐和子を横目に俺もあくびをした。今日はスーパーのバイトが六時から、佐和子はキャバの仕事だから丁度同じくらいに家を出る。窓から傾いた日差しがオレンジ色にさしてきた。もう、夕暮れだ。そう言えば最近、煙草を吸わなくなって、下校途中の小学生をみなくなったなぁ、と俺は思った。平凡な日常をなんとなく現実的に感じられる瞬間だった。

 

「なんか、どーんとお金持ちにならないかな。」

 

「なんか欲しいものでもあるの?」

 

 

「エレキギター欲しいんだ。」

 

「買ってあげようか?」

 

「いいよ。その為に自分でバイトしてんだから」

 

「どんなやつ買うの?」

 

「マッドキャットかな。」

 

「何そのかわいい名前のギター。」

 

「俺の好きなギタリストが同じの使ってるんだよね。」

 

「高いの?」

 

「十九万。」

 

「買ってあげるよ。」

 

「いや、だからいいって、自分で買うから。」

 

「薫の歌聞く為ならギターの一本や二本買ってあげるよー。」

 

「甘えたいところだけど、今回は自分で買いたいんだ。」

 

「いいと思うよ。折らなきゃ一生使えるじゃん。」

 

「そーそー折るもんじゃないよ。」

 

 そんなことを話していたらバイトの時間になって二人して家を出た。俺は佐和子と別れたあと直ぐに近くのスーパーに向かって出勤した。久しぶりのバイト。変わり映えせず、俺は新曲の構想を頭の中で考えながらレジ打ちをした。夜の時間帯はそんなにレジは混まないから時間だけが長く感じた。俺は大抵バイト終わりにまとめて食材を買って家に帰った。自炊生活にも佐和子のおかげでだいぶ慣れていた。今月の給料が出れば貯金もエレキギターを買う金額が貯まりそうだった。俺の頭の中はマッドキャットでいっぱいだった。

 

 

 スーパーのバイトを終えて一旦家に戻り俺はアコギを持って商店街に向かった。数曲歌っていたら、たまたま潤二が通り過ぎた。

 

「おお、歌ってんじゃあーん。」

 

「歌ってるよー。」

 

「飯食い行こうぜ。」

 

「ラーメン食います?」

 

「おお、そうだな麺食おう。麺。」

 

 アコギをケースに閉まって、潤二とラーメン屋を探す。時間が時間なだけに何処も閉まっている。商店街を抜けて数分歩く。立ち食いのラーメン屋を見つけた。

 

「こんなとこラーメン屋あったんすね。」

 

「探した甲斐があったぜ。」

 

「仕事帰りっすか?」

 

「いや、友達とその辺の奴ナンパして飲んでたんよ。」

 

「スタジオ入ってないと一週間が長いっすよ。」

 

「だな。俺も早くドラム叩きてーよ。」

 

「潤二がドラム始めたきっかけってなんなんすか?」

 

「俺ねぇ、なんとなくだよ。高校出てから、やることなくって、専門通ってた安広のバンド界隈とつるんだりしてて、なんか、やるかっつって急にドラム始めたら楽しくてよ。それこそ、馬鹿みたいに好きになっちまってさ、暇さえあればドラム叩いてたな。一人でスタジオ取ってな。」

 

 潤二は瓶ビールを開けて飲みながらそう言った。めちゃくちゃ良い表情だった。俺は本当にこの人のこう言うところが好きだなぁと、思った。二人で深夜にラーメンを啜り。なんだか、東京と言う街にいる気がした。

 食べ終わって潤二は外で煙草を吹かした。通りはまだ少し寒い。俺は革ジャンのジップを閉めた。

 

「じゃあまた、次のスタジオでな。」

 

 そう言うと潤二は駅の方へと消えて行った。俺もギターを抱えて家まで帰ることにした。帰り道。また俺は中身チンパンジーについて考えた。この体温。体から飛び出せない感じ。さっき食べたラーメン。どれももどかしかった。なんか日々進んでいるんだろうけど、何にも変わってないような、何もしていないような、何かしなくちゃいけないような、そんな気持ちになった。俺はメロディを口ずさみ家まで、その曲を温めて帰った。

 

 

 アパートに着くと佐和子はまだ帰ってなかった。俺はアコギを出して、さっまで歌っいたメロディに歌詞を上乗せした。アップテンポのリフに安定したメロディ、日常をリアルに描くような詩を二、三並べて書き殴る。声を乗せて消しては繋げて、曲を作っていく。電車がかけるように頭の中でイメージが回転していく。何匹もの猿が俺の中で踊っていた。その一匹ずつが隣りの猿に影響されて踊り、その隣りの猿も隣り猿に影響されて踊る。躍りの連鎖がおこりループする。イメージだけが、また頭の中で湧き立つ。言葉で上手く表現したかったが、一曲書くので限界だった。それでも潤二にあったことでまた一曲新しく曲が出来た。そうこうしているうちに佐和子が帰ってきた。

 

「おかえり、お疲れ。」

 

「おつかれさま。なんか良い顔してる。曲かけたでしょ?」

 

「なんでわかったの?」

 

「薫は曲出来るといつもすっきりした顔してるから。歌ってよ。」

 

 俺は出来たての新曲を佐和子に歌って聞かせた。じんわりと空気感の変わる曲だった。一日がすんなりと過ぎる。なんだか歌い終わると一日の疲れを感じた。佐和子は気にいったようだ。彼女は口角を上げて笑顔でリズムをとりながら左右に揺れた。


「すごい。絶対売れる。よくこんなメロディ浮かぶね。」

 

 歌い終わると佐和子は満足そうに感心していた。俺はなんだか上手く自分の表現したいことを歌えているような気がして嬉しくなった。中身チンパンジーの確信に触れるような感じ。佐和子はさり気なく化粧を落とすと先にベット入って目を瞑った

 

「薫が描きたい世界観なんか、ちょっとわかった気がした。」

 

「新曲はそう言うイメージの曲だからね。」

 

「耳に残る。」

 

 目を瞑ったまま、佐和子は両手を伸ばして言った。まるで上空を泳ぐような気持ち良さそうな顔付きだった。今すぐにでも眠りにつきそうな。そんな表情をしていた。

 

「ねぇ、もう一回歌ってよ。」

 

 佐和子は心から俺の曲を聴きたがった。ぱっちりと目を開き手を伸ばして俺のシャツの裾をかまった。俺は丁寧にもう一度全弦チューニングしてから深く呼吸して、ふーと一息ついて、コードを鳴らして佐和子に歌って聞かせた。さっきよりもスローテンポで、それでいて歌詞はソリッドに歌い上げた。

 

 佐和子は泣いていた。瞳に涙をいっぱいに貯めて、零れる涙が視界を邪魔しているようだった。声にならない叫びのような想いを感じた。きっと歌詞に想いが重なって、感情が溢れ出したのだろう。涙が止まらないようだったから俺は歌い終えてから佐和子をそっとしておいた。

 

「なんかあった?」

 

「ううん、ほんとに薫の歌が良くて、それだけ。」

 

「仕事とか、辛くない?」

 

「上手くやってるよ。大丈夫。」

 

「その言い方。余計に気になるな。」

 

「多少ストレスはあるけど、言い出したら切ないからなぁ、、薫も、もう寝よう。歌、ありがとう。」

 

「そうだな。」

 

 俺は洗面台に行ってピアスを外して歯を磨いた。ベッドにいって佐和子を抱き寄せた。涙で顔が潤っていた。閉じた目の睫毛が長かった。それを見ていたら安心して、俺は直ぐに眠りに落ちてしまった。


 それから土曜日まで俺はバイトの日々を続けた。遂にその週末ミっちゃんを含めて四人でのバンド練習が行われるのを俺は楽しみにしていた。いつものスタジオで十時過ぎ、メンバーは集まった。安広が来て潤二が来て、みっちゃんが来た。

 

「この間のラーメンは美味かったな。スタジオ終わりまた行くか。」

 

「なんだ、二人とも密会?抜け駆けなんでズルいぞ。」

 

「何処のラーメン屋ですか?」

 

「二十四時間やってる立ち食いの店ですよ。」

 

「ああ、あそこか、あそこ甘口だけど美味いよね。」

 

 そんな話しをしているうちに時間になってメンバーでぞろぞろとスタジオに入った。ミっちゃんは体に不似合いの少し大きめなキーボードを背中に担いで持ち込みだった。メンバーそれぞれが音出しをする。気分が上がった。ドラムの単音ピッチの調整。ベースの低音の広がり。キーボードの音色切り替え、声とギターのバランス。黙々と一つの音が出来き上がってく。また潤二から会話が始まる。

 

「なんか、ミっちゃん初期からいるみたいだな。」

 

「既に馴染んでる。」

 

「そーかなぁ。」

 

「なんか、曲やりますか?」

 

「いつも通り、アルバムの曲通そう。」

 

 アルバムの一曲目から俺は歌い出した。中身チンパンジーを結成して初めに猿をテーマにして作った曲だ。ギターのリフにベースがスラップで重なり、ドラムが淡々とダンスビートを叩き出すこの曲。ミっちゃんのキーボードがジャジーにレゲエのカッティング的に乗っかってくる。俺はギターをディレイに変えてアレンジしながら曲を歌った。

 

 続けて二曲三曲と合わせる。潤二が言うように初期からいるみたいに息ぴったりと合って、不思議だった。なんとなく書き綴った譜面を見ながらとは言えびっくりするぐらい完璧な演奏だった。音選びのセンスが良かった。耳に残る音色をふらっと使いながらも繊細なリズムを打ち出してグルーブが増した。安広は満足そうな表情で安定のベースを弾いた。

 

「これは次のライブから正式メンバー入りだな。」

 

「うそー。そんな弾けてるかな?」

 

 メンバー全員が頷いた。あっと言う間にスタジオ練習の時間が終了時刻になった。それそれ楽器を片付けながら笑顔が溢れる。何か確信したような表情。それぞれが揺れを感じた。バンドと言う生き物が空気の中にあって全員がそれを体感していた。



「次ライブいつやんの?」

 

 スタジオを出て潤二が煙草を吹かしながら安広に聞いた。

 

「ミっちゃん今月末とかブッキング出来る?」

 

「今月は厳しいと思うから、来月頭とかどうかな?」

 

「俺はいいよ。潤二と薫は?」

 

「俺もいつでも大丈夫。」


「俺も大丈夫だよー。」

 

 潤二のピースする指の間から灰が落ちた。ライブは順調に決まりそうだった。俺はそれまでにはギターを新調しようと決心した。今年初のライブ。楽しみだ。みっちゃんのキーボード加入によって中身チンパンジーは新しくなった。今までガレージロック寄りだったのが、急に色が加わって、絶妙にポップスの良さが浮き出た。俺は中身チンパンジーのイメージ像にまた一つ近付けた気がした。自分一人ではどうにも出来ない塊が、だんだんと動かされていく。俺は上機嫌だった。こんなにも音楽が自分を作り出してくれるとは思わなかった。と言うより自分が作り出した音楽がこんなにも形になるとは思っていなかったのだ。不思議だった。小さな一曲一曲がだんだんと大きな物に思えた。バンドの力を思った。

 

 その後は流れ解散して結局、潤二が残ったので、二人でラーメン屋にまた歩いて行った。

 

「今日のスタジオめっちゃ良かったよなー。俺今までドラム叩いてきてよかったー。こんな楽しいことあるんだなぁって思いながら叩いてたよ。」

 

「潤二がめっちゃ楽しそうにドラム叩いてたから、めちゃくちゃ中身チンパンジー感じたよ。自分で歌っててあれだけど。」

 

「それはよかった。俺はマジで薫が言う通り中身チンパンジー状態だよ。その表現しかあてはまらない気がするわ。」

 

「キーボード入ってアレンジっぽくなると余計に楽しいっすね。」

 

「もしかしたら、このまま売れてったりするのかな、なんて俺思ったよ、今日。」

 

「マジっすか、そんなに?」

 

「いや、て言うかこんなに楽しかったら売れる売れないはもう関係ないな。こんないい歳してこんな時間まで騒いでられることがあるって幸せだわ」

 

 そんな話をしているうちにラーメン屋についた。二人してスタンダードなラーメンを食らった。潤二の言う通りだった。中身チンパンジーになれること。それだけが意味がある気がした。俺は改めてバンドをしている自分を感じた。ここ数年で一番楽しんでいる自分がいた。俺が求めていた物がバンドにはあった。

 潤二が啜るラーメンの音すら、東京では何か力を持った音に聞こえた。そんな気分だった。漂う音楽にずっぷりと浸かりたかった。その日、俺はギターを抱えてまっすぐに帰った。

 

 帰ると佐和子はベランダでタバコを吸っていた。最近俺に気を使って外で吸う習慣が付いたようだった。

 

「おかえりー。スタジオどーだった?」

 

「いや、マジ楽しかったよ。ライブも来月の頭に決まりそう。」

 

「やったじゃん。ミっちゃん気になるわー。」

 

「キーボード入るだけで、全然違うよ。世界観が広がり過ぎてやばい。新曲もやったんだけど興奮したなぁ。」

 

「薫が楽しそうだとうれしい。」

 

「ありがとう。俺、頑張るよ。寝るの待っててくれたの?」

 

「大丈夫、やっと眠くなってきたところだよ。」

 

 俺はいつものように洗面台でピアスを取ってから歯を磨いた。一日が終わった気がした。スヌーピーの時計は深夜二時を過ぎていた。

 

 

 それからバイトの日々が続き二か月分くらいの給料で遂に俺はマッドキャットを手に入れた。ネットの注文でアパートにハードケースごと届いた。ずっと欲しかったギター。映画パープルレインでプリンスが弾いていたギター。実際手にすると思いのほか軽く体にしっくり馴染んだ。猫のロゴがニヤっとギターヘッドで笑う。俺はその日に一人でスタジオに入りマッドキャットを鳴らしまくった。

 想像以上に自分に馴染む一本だった。そのギターを手に入れてから、俺はうきうきだった。佐和子が言ったように折らないか心配なくらい朝から晩まで弾きまくった。毎度楽しみなスタジオ練習だが、今回は余計に楽しみで仕方がなくなった。

 

 

 月末の日曜日。ライブを一週間前に控えたリハーサル。俺はさり気なくマッドキャットをスタジオに持ち込んだ。ハードケースを見るなり、先に着いていた安広は言った。

 

「また、大層なギター持ち込んでどうしたの?」

 

「遂に買ったんですよ。マッドキャット。」

 

「マジかよ。あれ二十万くらいするよな。」

 

「バイト代貯めて買いました。どうしても欲しかったんで、もうマッドキャットのこと考えるとずっと俺頭の中、中身チンパンジー状態でしたよ。」

 

「鳴らすの楽しみだな、お前ギター負けしないようにもっと上手くなれよな。」

 

「そればっかりは心得てます。」

 

 その後ミっちゃんがコーヒーのストローを加えながら来て、潤二も少し遅れてスタジオ入りした。全員で音出ししてから、俺はまず新曲を歌った。マッドキャットはしなやかに俺の歌と合わさった。バンド演奏になるとよりリアルにギターの音が浮き彫りになって、存在感があった。安広だけが俺のギターに気付いていたが途中で潤二も気付いて声をかけてきた。

 

「やばい何そのカッコいいギター?新調したの?」

 

「ライブ前に合わせて買っちゃいました。」

 

「音が違うね。いやー高いんでしょ?」

 

「給料二回分ですよ。」

 

「マジか、そりゃいい音するわけだ。」

 

「似合いますね。」

 

 とミっちゃん。まだ二回目のスタジオなのにメンバーらしいオーラがあった。ミっちゃんは曲の覚えが早かったのでそのまま、全曲通して、リハーサルは無事終了した。ライブを控えてメンバーはなんだかそわそわしている様子だった。チケットも配らないとならない。久しぶりのライブに俺も興奮が収まらなかった。

 

 

「ライブ前、これで最後のスタジオだけど大丈夫?」

 

「私はもう全曲弾けるよ。」

 

「頼もしい。」

 

「じゃぁ月頭、ライブよろしくお願いします。」

 

「薫また、ラーメン行く?」

 

「行きますか。」

 

「じゃライブ当日よろしく。」

 

「またねー。」

 

 スタジオで解散して、潤二と二人でラーメン屋まで歩いた。ハードケースがなんともしっくりくる重たさだった。寒空の下、空を見上げて歩いた。ラーメン屋まではあっという間に着いた。

 

「ライブ久しぶりだから楽しみだぜ。」

 

「俺は緊張してます。」

 

「楽しんでやろうぜー。せっかくなんだからさ。」

 

 この日もスタンダードなラーメンを二人で啜った。スタジオ終わりのラーメンは妙に浸みた。世の中は変わらずに回っていて、同じ場所でこうして食事をしていると、なんだか一つのルーティンを感じて、中身チンパンジーの歌詞に出てくるような、日常の闇に手を突っ込んだような気持ちになった。変わっていくこと、変わらないこと、じわじわと日常にあってないもの、感じる些細なこと、真剣にラーメンを食う潤二の表情を目の前に俺は一日の疲れを思った。

 

「人間ってなんで生きてんだろうな、」

 

「なんすか?その漠然とした質問?」

 

「いや、宇宙って広い訳じゃん。それなのに俺と薫は中身チンパンジーとかふざけた名前でバンドやってて、それすらも宇宙の一部で、なんか全部繋がってると思うと不思議だなぁつーか、なんてゆーか、」


「こうしてラーメン食ってることもですか?」

 

「そうだなー。なんかレーゾンデートルって言うか。」

 

「レーゾンデートルってなんすか?」

 

「フランス語かなんかで、ある物が存在することの理由とか、存在価値って意味らしいよ。俺はさ、バンドやっててそれがなんかリンクするんだよな。」

 

 潤二は口をもぐもぐとしならが力説した。言葉よりも潤二自体に熱があったから、圧倒された。ラーメンを完食すると、潤二は更に続けて言った。

 

「最近、ようやく薫が言う、中身チンパンジーってのがわかってきた気がするんだよな。ドラム叩いてて、自分の芯は真っ直ぐここにあるのに、何かが形成されて、それが音楽の中で流れてく感じ。あの瞬間にレーゾンデートルってのを感じるって言うか、めちゃくちゃシンクロしてるなって思うんだよな。」

 

「潤二が、そう思う時ってやっぱり俺もギターかき鳴らしてる時とかで、言葉では上手く言い表せない部分じゃないですか、バンドやってると、そう言う隠れた力を垣間見る瞬間がありますよね。」


「おう。なんか、話がデカくなっちまったな、ライブが楽しみだ。今日はこれで行くか。」 

 

 ラーメン屋を出て潤二は煙草吸った。俺は潤二に煙草を貰った。何日ぶりかの煙草を吸った。

 

 

「久しぶりの煙草はうめぇだろ。」

 

「そうっすね。」

 

「じゃあ、けーるか。」

 

「それじゃまた。次のライブで。」

 

「お。よろっしくな。」

 

 潤二は駅の方に歩いて行った。俺もギターを抱えてアパートへ向かった。きっと佐和子に煙草吸ったことは直ぐバレるだろうと思ったから、俺はコンビニでエコーと言う親父が吸っていた煙草を買って帰った。

 

「ただいま。」

 

「おかえり、薫。なんか食べたー?」

 

「また、潤二とラーメン食ってきたよ。」

 

「それならよかった。」

 

「煙草買っちゃった。」

 

「えー遂に折れたか、久しぶりの煙草はどう?」

 

「うーん、なんか、浸れるね。」

 

「ああ、わかるかも。」

 

「久しぶりだとヤニクラするよ。」

 

「結局は煙草の依存性に勝てなかったね。」

 

「潤二がやたらとうまそうにラーメン屋の前で吸うの見てたらね。堪らず貰っちゃったんだよね。」

 

「中身チンパンジー感あるね。」

 

「本当だよ。結局、脳が欲っしてるものにウソつけないよな。」

 

「ねぇ、聞いてよ。ライブの日休み貰えたよ。」

 

「マジ?よかったじゃん。」

 

「もう、最前列で踊るって決めてるから。」

 

「もう、来週かぁ。」

 

「興奮してないで寝るよ。」

 

「俺ちょっと一人で考え事したいから先寝てよ。」

 

「曲作るの?無理しなでね。」

 

「おう。」

 

 俺は余っていたウイスキーをロックグラスに注いで飲みながらギターを弾いた。ライブまで一週間ないと思うと、なんだか焦った。誕生日からは半年くらいが経っていた。こんに禁酒禁煙したのは初めてだった。アルコールがダイレクトに体に染みていく気がした。佐和子は先にベッドに着くとこっちを見て目を閉じた。

 

「聞いてるから歌って。」

 

「いいよ。」

 

 俺はノートをめくり、作り途中の曲を歌って聴かせた。バンドではまだやる気になれない暗いメロウなバラード曲。ミっちゃんがキーボードで入ったから、スローテンポな曲でもクオリティ高く出来るかもしれないと思っている。花が枯れることを歌った歌で、俺は気にいっていた。ロックグラスの氷が鳴る。酔いが回ってきた。佐和子は気持ち良さそうに眠ってしまった。

 

 

 マッドキャットの音は生音でも芯があって綺麗だった。夜に俺の歌とギターの音色だけが響いた。瞑想して俺はノートに新しく歌詞を書き殴っていた。こうやって曲は生まれてきた。何度も何度も、積み重ねてきた。ギターを弾く手を止めて。エコーに手を伸ばす。咥えてから火をつけると、一服してウイスキーを齧った。心地よかった。ライブまではひたすらギターを弾こうと思った。その一杯を飲み切って俺はギターをしまい佐和子の横になって眠った。いつもなら感じる虚しさはやって来なかった。ただ、潤二の言っていたことが気になって眠れなかった。

 

 

 仕方なく俺はヘッドホンをして音楽を聞いた。音楽への旅はいつだって一人だ。無限に鳴り響く音楽を寝転がって俺は聞いた。潤二の言っていたレーゾンデートルについて考えを巡らす。今聞いている曲も存在価値があって、それにはいろんな経緯や理由があると思うと面白くてワクワクした。音楽は流動的だ。それでいて心を揺さぶる。俺はこの力に魅せられて音楽をやっているところがある。中身チンパンジーをその中で伝えたくなったのはいつからだろうと考えた。弾き語りを一人ではじめた頃からだんだんと芽生え始めた感情を思い出した。バンドを組んでやっぱりその思いは強くなったことに気づいた。中身チンパンジーを必死になって伝えようとしている自分がなんだか可笑しかった。体からは出ることの出来ない思考が誰かを変えられればいいな、と俺は思った。歌や音楽がそれに取って変わるだろうか。だんだんと眠気と共に考えは沈んでいった。俺はその夜、音楽の中瞑想をしながら眠った。

 

 

 

 ライブ当日。佐和子と一緒にライブハウスに向かった。ミっちゃんは受付のバイトで安広ははやくも楽屋にいた。トリのバンドからリハーサルをやっていた。中身チンパンジーの出演は三バンド目。音合わせまではまだしらばらく時間があった。俺はコンビニに水を買いに行くと潤二と鉢合わせた。潤二は煙草とコンビニ弁当を買って、ライブハウスに戻った。楽屋で一つ前のバンドがリハーサルするのを聞きながら、潤二はコンビニ弁当を食べていた。俺はその横でさっき買ったコーヒーを飲んでリハーサルを待った。

 

「今リハやってるバンド前に対バンしなかったっけ?」

 

「確か、前前回対バンしてるよ。」

 

「なんか上達してんなー。」

 

「最近、人気出てきてるらしいよ。」

 

 ひょっこりと顔を楽屋に出してミっちゃんが言った。手にはバンド用のピーエーと照明の詳細などが書かれた紙を持っていて、俺にそれを渡してきた。

 

「打ち上げ楽しみだな。」

 

 潤二は酒を飲みたそうな顔でそう言った。仕方なく俺はピーエーと照明の詳細を明記してまたミっちゃんの所へ持っていった。前座のバンドも楽屋に来て軽く会釈をした。知らないバンドだった。やっとリハーサルが中身チンパンジーまで回ってきた。

 

 それぞれ楽器をセッティングして音を出していった。大抵はドラムの音量にギターを合わせる。声もそれに合わせるようにして発声する。キーボードが思ったより出音が小さいのを直してもらい。改めてサウンドチェックをしてもらう。ドラムから音取り。ベース、ギターと音を取って、キーボードをチェックし声を取る。全体で演奏してみて、それぞれ不具合を確認した。


「それでは本番お願いします。」

 

 ピーエー席からオッケーのサインが出て、楽器を片付けた。そのままさっきすれ違った知らないバンドのリハーサルが入れ違いで始まった。安広はリハーサルが終わると煙草を吸った。ジッポライターのカランと言う音がクールに響いた。

 

「リハ通りに出来ればいいな。」

 

「昼なんか食べました?」

 

「いや、まだだよ。なんか食べに行くか?」

 

「ラーメンでいいすか?」

 

「おお、ラーメン食い行こうよ。」

 

 開演までの間、佐和子と安広と三人で近くのラーメン屋に入った。安広は醤油ラーメンに餃子を頼んだ。俺と佐和子は醤油ラーメンを一つずつ頼んだ。昼間から三人で麺を啜る。

 

「さっちゃんありがとな来てくれて。」

 

「休み取れたんですよ。もう楽しみで楽しみで」

 

「薫達も打ち上げまで出てく?」

 

「あるならって感じかなぁ、」

 

「五バンド対バンだから、打ち上げあると思うけどなぁ。」

 

 ラーメンを食べ終えて一服してから三人でライブハウスに戻った。ライブハウスの前には段々と人が集まっていた。久しぶりのライブハウスに胸が踊った。会場時間になってどっと人が押し寄せてきた。今日のトリのバンド目当ての客が多いようだった。中身チンパンジーを目当てで来てくれるお客さんも少なからずいるようだった。一バンド目が演奏を始めた頃から佐和子と俺は後ろの方で物販を並べながらバンドを観た。ファーストアルバムとそれに因んだグッズ。一つでも売って生活の糧にしたいものだ。きっと安広は楽器でベースを弾いているだろう。潤二もそれに合わせてドラムを叩いているだろうか。ミっちゃんは受付を終えてドリンカーをしていた。

 

 二番手が始まると俺もなんだか緊張してきた。開演して間もないがライブハウスはそこそこの入りだった。物販を佐和子に任せて、俺は楽屋に行った。楽器で思った通り安広と潤二二人で曲を合わせていた。なんとなく演奏する二人は楽しそうだった。俺もマッドキャットをハードケースから取り出して、チューニングした。いよいよライブだ。俺の脳内の猿達が湧き立っていた。

 

 二番手が終わって出番が来た。

 中身チンパンジーのステージ。リハーサル通りセッティングして、俺は一曲目を弾いた。そこに安広のベースとミっちゃんのキーボードが重なり。潤二がけたたましいビートを叩き上げてくる。会場はどっとなった。そう、この感じ。佐和子が後ろの方に見えた。客の視線がステージに集まってざわつく。俺はそのまま二曲目を歌い切った。轟音でギターを掻き鳴らす。ドラムが激しいビートを叩き上げて、ベースが唸る。会場が揺れてきた。中身チンパンジーの中身のチンパンジーが飛び出すような感覚。頭で考えてることが脳内と一致して初めて言葉を発しているかのようなメッセージを歌い上げる。言葉に火がつくように三曲、四曲と続けて演奏した。

 最前列でイカれ狂って踊るファンに俺はニヤけた。中身チンパンジーが生きてる。

 

「中身チンパンジーです。最後の曲聞いて行って下さい。」

 

 アルバムの曲と新曲をやって中身チンパンジーのライブは終えた。俺は汗だくでステージを降りた。安広はステージを下りると直ぐに煙草を吸った。潤二はスポーツドリンクを一気飲みした。ミっちゃんはキーボードを片付けるとそそくさとドリンカーの仕事に戻った。俺もコンビニで買った水を飲んだ。脳が空っぽだった。ライブを終えるといつも俺は放心してしまって、何も考えられなかった。

 

 トリ前のバンドがステージでは演奏を始めた。俺は歌い切った感があった。もう何も受け付けない自分が一人ぽつんといた。虚しくなる前に佐和子に会おうと物販の方へ戻った。

 

「薫ー。よかったよー。おつかれー。」

 

「ありがとう。」

 

 佐和子の言葉だけがじんわりと耳に響いた。

 

「ごめん。俺外で煙草吸ってくるわ。」

 

「うん。お疲れ様。」

 

 俺は外に出て煙草吸った。外は暗くなっていた。何もなかった。今の今までライブで演奏していたのに。何もなかった。後は二バンドみて、打ち上げを待つだけだ。達成感と共に虚しさがやって来た。煙草を一本吸い終えると俺は佐和子の所へ戻った。

 



 限られたファンが中身チンパンジーのグッズを買っていった。佐和子に聞くと既に数枚売れたらしい。四バンド目がステージで演奏していた。会場も賑わっている。俺はやり切った感でいっぱいだった。自分以外の菅克が簡単に流れてやってこない感じがした。何故だか無性に一人になりたかった。居てもたってもいられないもどかしさを感じた。それでももう、ライブは終わってしまった。なんだから物足りなかった。もっと自分では描いたものを出せるつもりだったが、意外と上手くいかなかった。俺は気分を変える為に楽屋に行った。

 

 楽屋にはトリのバンドだけが待機していて、安広も潤二もいなかった。やり切れない思いで、仕方なく俺は酒を飲むことにした。ドリンカーにはミっちゃんがいた。

 

「おつかれー。どおだった?」

 

「おつかれー。あんなんでよかったのかなぁって思ってる。」

 

「ミっちゃんは初ライブだもんね。」

 

「緊張したよー。でもライブって快感だね。やっぱり。」


「お陰でいいライブできたよ。ビールちょうだい。」

 

「ありがと、一杯奢るよ。」

 

 ミっちゃんは慣れた手つきで生ビールをサーバーから作って差し出した。

 

「ありがとう。安広と潤二みなかった?」

 

「安広は煙草買いに行って、潤二は多分バンドみてるよ。」

 

「打ち上げ待てなかったので先頂きます。」

 

 そう言って俺は生ビールを飲んだ。渇いた体が満たされていく。何もかも忘れたい。そんな気持ちだった。

 

「打ち上げあるみたいだよ。近くの居酒屋もう予約済みみたい。佐和子ちゃんも飲んでくのかな?」

 

「佐和子は酒豪だから飲んでくよ。」

 

「佐和子ちゃんってそんな飲めるんだ。意外。」

 

「今やってるバンド知ってる?」

 

「うん、なんか今回はこのバンドの企画みたいだよ。トリのバンドはリスペクトしてるバンドみたい。」

 

「へー楽しみだなぁ、ちょっと観て来るね。」

 

 ギターが二本の四人編成のバンド。ベースが角刈りでリッケンバッカーを鳴らす。オルタナにしては重厚感のあるバンドだ。潤二が見入っている横で俺もバンドサウンドを肌で感じた。気持ちいい良かった。ライブハウス独特の空気。バンドが持ち得る音の力を体感できる箱だ。安広が気に入ってる理由がよくわかる。音鳴りのいいライブハウスと言う印象だ。終わったばかりなのにもっとライブがしたいと思った。盛り上げも演出も上手いバンドだった。いよいよトリのバンドが演奏する。客入りもすごくなっていた。俺は物販の佐和子の所へ行って煙草を吸った。佐和子はマネージャーとして普通に物販を請け負ってくれていた。

 

「あれから売れた?」

 

「だめだね。」

 

「そっか。」

 

 中身チンパンジーのファーストアルバムが山積みのまま残っていた。やっぱりライブとレコーディングは違うし全然別物だった。ファンが一人でも増えればいいなと思った。それ以上にもっとライブをして人に知って貰わないとダメだなと、スタート地点に立つような気持ちだった。

 

 トリはスリーピースバンドだった。アップテンポのエイトビートの曲が多くかなりポップなバンドだった。ストラトをエフェクターで変幻自在に使うのには感心させられた。三人で繰り出す音の隙間が絶妙に気持ちよかった。坦々と曲を演奏するライブ慣れしたバンドだった。客もノリに着いていって会場が一つの塊みたいだった。酒のせいもあって俺は踊り疲れた。そんな感じでトリのバンドもあっと言う間に終わってしまった。佐和子の所へ戻ると物販を片付けていた。最後Tシャツが売れたらしい。俺も楽屋にマッドキャットを取りにいった。ライブ後独特の空気が流れる。俺はさっきのバンドの歌を口笛で口ずさみ上機嫌だった。

 

「打ち上げ行く人は移動して下さーい。」

 

 取り前のバンドのボーカリストが呼び声をかけた。潤二も安広ももう準備万端で、飲む気満々だった。ミっちゃんはライブハウスの片付けに追われてるから少し遅れるだろう。佐和子は俺の側につきっきりで金魚のふんのようだった。

 

 団体で居酒屋まで移動する。チェーン店の二十四時間営業の店。とりあえず四バンドが顔を合わせた。生ビールの数をトリ前のバンドのボーカリストが数えていた。つまみも適当に予約済みのやつが運ばれてきた。ミっちゃんの席を開けて、俺たちは安広、潤二、佐和子とまとまって座った。とりあえず安広が煙草に火をつけると、全員で煙草を吸った。なんとも態度の悪いバンドだった。

 

「はやく生来ねえかな?」

 

「打ち上げ久しぶりだから飲むぞー。」

 

「全バンド出席ってすごいね。」

 

 佐和子が言うようにスタッフも合わせると二十人を超える大宴会だった。遅れてミっちゃんが来た。そして、生ビールが運ばれてきた。全員が飲み物を手にすると乾杯した。若手バンドが挨拶に来た。潤二も安広も口にポテトをほうばる。

 

「お疲れ様です。今日二番手でやったバンドっす。中身チンパンジーやばかったっすよー。」

 

「お疲れ様。これで対バン二回目っすね。」

 

「そーいや、二回目っすね。キーボード入ったんすね。」

 

「我らがミっちゃんですよ。」

 

「いやーめちゃくちゃ良かったすよ。なんかしっくり来てました。」

 

「俺なんかめっちゃトランス入ってましたよ。」

 

「ミっちゃんがモテてる。」


「いや、私はメインじゃないから中身チンパンジーは。」


「中身チンパンジーってバンド名誰が考えたんすか?」

 

「薫だよ。」

 

「薫さんってボーカルの方?」

 

「へーそうなんすね。いや、いいなぁ。あの、CD下さい。」

 

「あ、佐和子売れたよ。」

 

 佐和子が若手バンドのボーカルにCDを手渡す。また一つ中身チンパンジーが伝心していく。会場を見渡すとどの席も賑わっていた。この打ち上げが、バンドやってる楽しみのうちの一つと言っても過言ではないかもしれない。生ビールのピッチャーを傾けてメンバーはひたすら酒を飲んでいる。潤二は顔赤くして安広と何か話していた。

 

「ありがとうございます。中身チンパンジーファンになりました。家帰って聞いてみます。」

 

「まだキーボード入ってない時の音源ですが是非聞いてみて下さい。」

 

 テーブルに運ばれた唐揚げを気にかけながら俺は言った。アルバムをレコーディングした頃のことを思い出す。もう、こんなにも時間が経っていると思ったら不思議だった。自分だけ変わらずに中身チンパンジーの中にいるような、もどかしい気持ちもあった。それでも、きっとこの感じを少しずつでも誰かに伝えられてるんだろうと思うことにした。

 

 佐和子は少し眠そうだった。連日の仕事で疲れているのだろう。あくびをしていた。それを見たら俺もなんだか疲れがどっと押し寄せた。安広と潤二がいると生ビールのピッチャーはすぐに空いた。ミっちゃんも意外にも飲む人だな、と思った。皆が何かしら話して酔っ払っているのを遠巻きにぼーっとみて酔っ払うのは気持ちがよかった。ライブの打ち上げはバンドマン同士の交流が主だが、下ネタがやたらと飛び交い俺はそれを楽しく聞いていた。

 

「飲んでますか?」

 

 トリ前のバンドのボーカルが中身チンパンジーに絡んできた。皆いい感じに出来上がっていたから、写真に納めたらいい感じだった。 

 

「飲んでますよ。」

 

 と潤二が生ビールを掲げる。もう顔が真っ赤だった。潤二はいつも顔に出る。代謝がいいのだろう。中身チンパンジーに乾杯。と言ってメンバーはさらにごぶごぶと酒を飲んだ。打ち上げが始まって一時間もするともう全員が酔っ払ってしまって、手の付けられない団体になる。それこそ、ボス猿のいない猿の群れのようになる。

 

「今月末、ライブまた企画してるんですけど出ませんか?」

 

「マジすか、同じ箱?」

 

「出る出る。ミっちゃんも予定空いてる?」

 

「私は大丈夫ですよ。」

 

「俺、仕事入んなきゃ、大丈夫かな。」

 

「薫は?」

 

「やりたい。休み取るよ。」

 

 こうして次のライブも着実に決まって、メンバーもしゅっとしたようだった。それぞれが感じる中身チンパンジーは違うものだろうけど、俺はなんだかこれでいい気がした。まだ歌い足りなさがあったけれど、次回にいい目標ができた。

 

 打ち上げはそれぞれ流れ解散した。俺は佐和子と通りに出てタクシーを待った。きっと泥のように静かに眠れるだろうと思った。タクシーが通りかかる。マッドキャットをトランクに放り込み。二人でタクシーに乗った。深夜の街は空いていてすーっとアパートに着いた。街頭がきれいだった。その夜佐和子と俺は家に着くと直ぐに眠ってしまった。

 

 

 

 三日くらいは何も手につかなかった。ライブの反動で俺は空っぽだった。中身のチンパンジーはくたばってしまったみたいだった。部屋でギターの弦を張り替えて、いろいろ考えを巡らせた。どうにもこうにも思考と言うのは一方に偏ると偏ったままなかなか変わらないもので、俺はひとしきり瞑想するようにギターを弾いた。新しく歌を作らねば、と焦った。次のライブには全部新曲をやりたい。勢いが欲しかった。佐和子はとなりで眠っていて、きれいだった。何でもないような日常がぽかんとこちらを向いている。当たり前にやっている事がなんだか虚しく感じてしまった。きっと何か上手く言葉で解釈出来る時が来るのだろうけど、今はそう言う時なんだと、自分自身に言い聞かせた。弾けば弾く程に奥深くなっていくギターは俺を魅了をした。思考がだんだんと取り払われて、感覚だけが優先になり、そのうち手が勝手に演奏し始める。飲み込まれるように旋律の中に音色を感じる。日々の中で弾くギターはそんなふうだった。急に上達することもなく、手探りで新しい指板を探していくような感じだった。

 

 

 佐和子は俺に言われなくてもいつも通りキャバ嬢の仕事を続けていた。気に留めることもなかったが、何か俺の中で蟠りがあった。そんなことを歌にした。ハサミで切ったり、ノリで張ったりするように曲を作った。俺は暇と時間さえあればギターを抱えて曲作りに没頭した。中身チンパンジーを完成させたかったのだ。それでも俺は日常を普通に生きるしかなかった。

 

 ノートに言葉だけが散らかっていくイメージが散乱してワードサラダに埋もれる。自分を表すもの世界を形取るもの、接点、部屋の隅。広がり。考えを巡らせて思いつく先。日々の重なり、連なり、交わす言葉。もどかしさ、何度も何度もギターを弾きながら考えた。俺は自分自身が中身チンパンジーであり、自分自身がそれを描いていると思っていた。少し浮き彫りになった自分の精神と常に闘ってる。中身チンパンジー。俺はどの世代のどんな人にも伝えたかった。ギターと対話するように曲を作った。俺の中のチンパンジー人とは距離のある猿。考えても考えてもその猿は存在していて、一向に賢くならない。脳みそが焼けてしまったみたいだ。言葉が溢れ出すことを俺は願った。その言葉の海で俺は適切な言葉を探した。中身チンパンジーとして中身チンパンジーを探す作業。意識だけが一人で孤立してずっと繋がっている不思議さ。自分も宇宙の端くれにいると言う事実。思いつくことはひたすらに歌にした。

 

 ライブの後遺症はこうして何日も続いた。いつもそうだ。大きな波にさらわれたように俺はぽっかりと無心になってしまう。それはまるで漂流した一匹の猿の様で手も足も出ない。何も出来なくなってしまうのだ。生活?なんだそれは、と言う感じで俺はどんどんと退廃していった。それでも自分の精神を維持して、バイトにも通った。しばらくは上手く人と話せそうになかった。それと言うのも、作品に力を使う前って言うのは何か急激にイメージがシャットダウンしてしまい何にも手がつかなくなるのだ。自分の脳がフリーズするのがわかるから、俺は脳内の猿に餌をやらなきゃならなかった。そこで思い立ったのが散歩だった。俺は近所を歩き回ってはいろんなものを観察した。通り過ぎる人。建物の古くなった立ち並び、人気のない公園。散歩をすると新鮮な情報に脳内の猿は喜んでいた。俺はいろんなことイメージしてだんだんと空っぽの心を埋めていった。一週間くらいして散歩が週間になった頃、またメンバーでスタジオに入ることになった。俺は待ち遠しくて仕方なかった。

 

 いつものスタジオにメンバーが集まった。ミっちゃんは今回は用事で来れないらしく。久しぶりに三人でのスタジオだった。スタジオに着くと潤二が煙草を吸いながら、情報誌を読んでいた。

 

「よっす潤二。」

 

「おおー薫ー。」

 

「何読んでんすか?」

 

「なんだろ?置いてあった。街行く人に聞いてみた将来の夢。」

 

「安広まだっすか?」

 

「多分まだ来てないよ。」

 

 いつもの調子で潤二と話した。数日会ってないだけでろいろと変わったような気がするものだ。俺が自販機でコーヒーを買って一服すると安広がきた。

 

「よっす。」


「お疲れっす。」

 

「ミっちゃん来れないってな。俺も一服したら入るか。」

 

「久しぶりにジャムろうぜ。」

 

 潤二は謎の情報誌を置いて煙草を取り出した。その煙草が中身チンパンジー的なものか、自分の意としたものか、俺は考えながら自分の煙草を吸った。ライブ依頼気が沈んでばかりだったが二人に会ったらなんだかやる気がした。煙草を消すとハードケースを抱えてスタジオ入りした。

 

 久しぶりにアンプの前に立つ。指先でツマミを回しながら、ギターを鳴らす。耳当りのいいところを探す。形の無いものを捉えてそれを表現へと繋げていく。いくつかの音が生き物のようになっていく。安広もアンプに向かって音作りをしていた。潤二は手数の少ないエイトビートをハイハットだけで味をつけるように渋く叩き続けていた。俺はそれに合わせてエフェクターを踏んだ。安広が歪ませたベースでレゲエテイストなフレーズを弾いてくる。俺はカッティングにディレイをかけて空間を作った。この高揚感を俺たちは存分に楽しんだ。中身チンパンジーの音。身体から自分たちは抜け出して音に体が憑依していく感じ。音と霊体、魂の一体感。深く深くなっていくセッション。三十分はそんなことを続けた。三人の人間が作るグルーヴが重なり合う。俺は浮かぶ言葉を頭の中で探した。音に合う言葉。音が作り出す言葉。その状態を歌いたかった。ぶつかり合う音の中に言葉を放つ。言葉が独立して音に溶ける。潤二のドラムがだんだんと激しくなっていく。俺もそれに合わせてギターのリフを走らせる。ピック弾きのゴリゴリのベースで曲調がガラリと変わる。溜まっていた何がパーンと弾けるように俺は歌った。

 

 

 今ある曲を全部通してスタジオを出た。月末のライブは同じ流れでやるだろう。俺はそんなふうに思った。音楽の中に自分を見出して、立て続けにライブが出来るのが嬉しかった。誰か一人でも多くの人に自分の感性を知って欲しかった。少しずつ広がるその感覚に俺は何となく手答えを覚えた。自分の考えるビィジョンに繋がる不思議さを俺は思った。

 

「ラーメン食いいこーぜ。」

 

「いや、牛丼だろ。」

 

「それもいいな。」

 

 二人の会話を聞きながら後ろを付けていく。しばらく歩いて商店街を抜ける。駅の近くの牛丼屋に三人で入った。券売機でそれぞれ選んだメニューを頼む。

 カウター席並びに座った。

 

「今日のジャムセッションはやばかったなー。」

 

「お前のドラムめっちゃ良かったよ。」

 

「脳みそ溶けるかと思ったぜ。」

 

「ライブでもちょっとジャムセッションみたいな要素入れてぇなぁ。」

 

「でも、もうリハーサル取れないぞ。」

 

「なんとかなるんじゃないすか?」

 

 そうこうしているうちに牛丼のセットが来た。メンバーは黙々と牛丼に食らいついた。店の中全体に一つの空気みたいのが流れて時間が止まっているようだった。中身チンパンジーを俺は感じた。疲れてるからだろうか。こうして俺が牛丼を食べながら無心に考えてるように二人も何かを思ったり考えたりしているのだと思いと不思議だった。満たされていく腹と脳みその欲求。同時に何も考えられなくなって放心する。食べ終えても三人はしばらく無言だった。

 

「煙草吸いてぇ。」

 

「出るか?」

 

「そーだな。」

 

 一週間後にライブ。実感が湧かなかった。牛丼屋を出て駅の喫煙所まで三人で歩いた。煙草を吸ってその日のバンド練習は終わった。安広、潤二と帰ってしまって俺は取り残された。満腹で何もやる気が起きなかった。重い足取りでアパートへ帰った。

 

 佐和子はきっと夜遅い。俺はシャワー浴びて、ベッドに飛び込んだ。何故か泥のように眠れそうだった。兎角何もしていないのに体は疲れ切っていた。佐和子に会いたくなった。ベッドの中で目を瞑る。しばらくすれば帰ってくることを思って俺は眠った。

 

 佐和子が帰って来た音で俺は目を覚ました。ベッドから薄目で黒服の佐和子が見えた。

 

「お帰りー。」

 

「ただいまー。」

 

「佐和子ー。」

 

「どうしたの?」

 

「いや、寝起きなんだ。」

 

「ゼリー買ってきたけど食べる?」

 

「食う。何ゼリー?」

 

「みかんとぶどう。」

 

 俺は布団から出て佐和子とゼリーを食べた。深夜の細やかな幸せを感じながら、何故かほっとした。

 

「ちょーうまかった。」

 

「美味しかったね。今日仕事しながらゼリー食べたくて食べたくて仕方なかったんだよね。」

 

「佐和子らしいな。」

 

 空になったゼリーのカップを机の上に置いて俺は煙草を取り出した。

 

「もうすっかり喫煙者じゃん。」

 

「なかなか、簡単に辞められるもんじゃないね。」

 

「私も吸おっと。」

 

 二人の煙りで部屋は白く煙った。

 

「ライブ楽しみだなぁ。」

 

「それは嬉しいな。」

 

「ステージのが薫かっこいいんだもん。」

 

「照れるわ。」

 

「私最近、職場で中身チンパンジーの曲が頭の中ループするんだよね。なんか歌ってよ。」

 

 今日も佐和子にせがまれてギターを抱える。二曲歌って。ウイスキーを飲んだ。夜のこの時間が愛しい。佐和子も夜に耳を傾けている。佐和子の為だけに歌うのが俺にとっては幸せな時間だった。バンドで歌うよりも上手く歌える気がした。それは多分その通りで実際一人の方がいい演奏だった。元々一人で弾くことの方が多かったからだろう。この時ソロシンガーとしての道を俺はなんとなく考えた。バンドとして活動するよりも気楽だからだ。それでも、続けられる限りバンドは続けたいと思った。この先何年も見通しがある訳じゃないけれど、一つの生命体がそこにある気がした。中身チンパンジーを中からも外からも俺は見ていたいのだ。

 

 いつものように佐和子は気付くと眠っていた。俺はそれを見てほっとしてギターを置いた。煙草に火をつけて、煙をふーと吹かした。佐和子ともう少し話たかったが、寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。俺はウイスキーをもう少し飲もうと思って、冷蔵庫に氷を取りにいった。ロックグラスに氷を放り込む。ウイスキーを注ぐと氷の弾ける音がした。飲み始めて五分もたたないうちに俺は酔っ払った。もがいても、もがいても世界に対して今この場所で何も出来ない自分を少し哀れにおもった。

 

 俺はその夜夢をみた。

 

 ボクシングの試合。相手は俺を新宿で殴った奴だった。拳から繰り出される激しいパンチを俺はかわして、奴の腹に二、三発入れる。揺らめく視線。顔面を殴る時に夢だと気付く。ああ、これは夢だ。俺はなんでこんな夢を見ているんだろうと、我に帰る。ダウンした奴を見て俺は立ち尽くした。

 

 夢はそこで覚めて俺は目を覚ました。長い髪に埋もれた佐和子が目の前で眠っていた。嫌な汗をかいていて変な気分だった。何か危機感を感じた。俺を殴ったあいつがどうしても夢の中でも鮮明だった。気分が悪かったので、ベランダに出て煙草を吸おうと思ったが煙草がなくなったのでコンビニに行くことにした。夜明けの空が朝焼けていた。

 

 変な時間に外に出た。夢のせいもあってなんだか、そわそわしながらコンビニまでの道を歩いた。ジョギングする人や犬の散歩をしてる人、通勤のサラリーマンなんかとすれ違った。近い割にはいつもあまり寄らないコンビニ。便利だが安易に使うのは中身チンパンジー感があって嫌だった。平然とあるものに違和感もなく取っついてしまうその感じ。それでもコンビニは何処のコンビニとも一緒で並べられた物まで何から何まで同じ様だ。雑誌を横目に酒のコーナーを見てなんの気なしにコーラを持ってレジに向かう。煙草を頼んで、金を払い受け取る。まだ夢の中にいるみたいな浮遊感があった。外に出てコーラのボトルをあける。炭酸の気の抜ける音がして一口飲むと俺は空を見た。まだ朝だ。この時間一切生活をしていない俺は本当に実験されている猿のようだった。炭酸で胸焼けがした。煙草を取り出して火をつけた。この満足感にもなんだか苛立ちを覚えた。その後アパートに戻っても俺はなんだか空っぽな気分だった。いつもは眠ってる時間に動き回るのはなんだか疲れた。眠っている佐和子の横に潜るともう一度目を瞑った。

 

 

 煙草の本数を数えながらライブ当日を待った。結局、俺には前回と変わらず歌えることは限られていて、だからこそ胸を張って中身チンパジーを表現しようと思った。いつも通り、いや、それよりも少し何か意味のあるものにしようと俺は思った。言葉だけでは伝えられない部分を楽器で表現したし、楽器で伝えられない部分は逆に言葉で埋めていった。

 

 

 ライブ当日、俺は何か嫌な予感がしていた。思えばそれはあっと言う間に起こったことで、俺にとっては走馬灯のようだった。ステージから俺は波打つ観客を眺めていた。俺の目の前に俺を殴った男が現れたのだ。俺は気づいた時にはキースリチャーズのようにギターを振り下ろしてそいつを叩きのめしていた。ギターのハウが響いていた。俺は異様な高揚感の中にいた。そいつがどうなったかと言うとそのまま病院送りになったらしく、その後、俺の罪は何故か問われることはなかった。

 

 その日のステージはもう、訳がわからないくらいに荒れていた。ライブを終えてステージを降りたとき、俺の中で疑問に思ったが、殴り倒した男を誰も見ていなかったのだ。後になってみるとその男は本当にいたのかいなかったのかわからなかった。俺の妄想から出た産物かも知れないと疑った。しかし、俺の手には殴った感触があったのだった。

 

 ライブが終わってアパートに戻っても変な違和感と興奮が治らなかった。その日の記憶がほとんどないのは酒を飲んで潰れたからだろう。佐和子はやさしく横で俺を支えてくれた。俺の中で暴れていたチンパジーはなんだか満足していた。ずっと蟠っていた感覚から逃れたれたような感じだった。上手く説明出来ないけれど、俺は事実として奴を殴り倒した。それによってなんらかの幸福感を得ているような気もするし、以前と何も変わらないような気もする。俺は数日経ってもやる気が起きなかった。父の顔が脳裏で横切るのだ。音楽によって自分自身を見出していたような気になっていたけれど、実際には何もなっていない現実は俺に強く疎外感を感じさせた。誰に気持ちを話せるでもなく暫く俺は唸っていた。それで何日もしているうちに俺は母に会いに行こうと思った。きっと母なら何かいいイメージを与えてくれると思ったのだ。

 

 母は銀座で小さなバーをやっていた。俺は営業時間を避けて昼過ぎの時間帯を狙って母に会いに行った。何年も会っていなかったからきっと驚くだろうと俺は思って花束を買っていった。一階が雑貨屋で二階がイタリヤアン料理のお店、三階が母の営むバーだった。俺はそのビルの階段をゆっくり登っているうにち母に会って何を話すんだろうと我に返ってしまった。登りかけた階段を見るともうバーのドアの目の前だった。クローズの看板がかかっていた。俺はドアの前に座って二時間ほど母を待った。三時になる頃だった。母は忽然と現れた。

 

「薫!どうしたの急に!」


「母さん。久しぶり。なんだか会いたくなって。」

 

「入って。お店準備しなきゃならないけど、ゆっくりしていって」

 

 両肩に入れ刺青が少し増えたくらいで、母の印象はほとんど変わらなかった。俺は言われた通りバーの中に入ってカウンターに腰かけた。

 

「とりあえずこれでも飲んで![#「!」は縦中横]」

 

 母は何やら忙しそうに辛口のジンジャーエールを俺の前に置くと料理の仕込みを始めた。

 

「よく俺だって直ぐにわかったね?」

 

「当たり前だよ。一人息子の顔を忘れる訳がないじゃない。」

 

「何年会ってなかったったっけ?」

 

「離婚してからだから、四年くらいかな、急にどうしたのよ?

 」

 

「俺今東京にいるんだ。女と同棲しててバンドやってる。」

 

「へー相変わらずモテるのねぇ。それで悩みでも出来たの?」

 

「いや、人殴っちゃってさ。それが実際に現実にあったことなのかわからないんだ。」

 

「は?ドラッグでもやっての?どういうことよそれ?」

 

「この間ライブハウスで以前揉めて殴られた奴に偶然あったんだよ。それで俺ギターで殴っちゃったんだよね。」

 

「死んだの?」

 

「わかんない。病院には運ばれたと思う。」

 

「あの人に似て暴力的なのはわかるけど、人殺しちゃダメよ。」

 

「わかってるよ。」

 

「まぁ一回殴られてる相手ならおあいこだからいっか。それより彼女かわいいの?」

 

「かわいいよ。」

 

「写真見せなさいよ。」

 

 俺は携帯から佐和子の写真を探してみせた。

 

「あぁ、かわいいじゃない。」

 

「中身チンパンジーになるくらいかわいいよ。」

 

「何それあんたの造語?」

 

「そう。自分の中身が猿になっちゃう時ってない?」

 

「え、あたしはそんなことない。自分で自分コントロールしてるから。あんた早く自立しなさいよ。」

 

「流石は母さんだね。自立かぁ。」

 

 そう言って言葉を濁して俺はカウンター越しの母を見ながら煙草に火をつけた。

 

「いつからタ煙草なんて吸うようになったの?」

 

「ああ、家を出てからだよ。父さんに正月あったよ。」

 

「相変わらず頑固だったでしょう。」

 

「そうだね。」

 

 それからしばらく脈絡もない話をそれとなくして、一時間もすると母は店を開けた。俺はそのままバーにいるのも気が引けたので帰ることにした。

 

「それじゃまたね母さん。」

 

「ええ、元気でやりなさいよ。あんたららしく生きればあんたなりの先が見えるでしょ。」

 

「ありがとう。また来るよ。」

 

「今度は彼女連れて来てね。」

 

 そう言って母は笑った。俺はなんだか来た時よりも元気を貰った気がして、微笑み返してそのまま店を後にした。

 

 俺の中で変わらず中身チンパンジー感がいつもあるのは両親のせいなのかもしれないと、ふと思った。こうして、考えていることが誰かに伝わることなく常に蠢いてる様はなんだか激しく意味があるようでいて全く意味がないような気もした。

 

 歩きながら俺は泣いていた。母にあって、溢れる気持ちが何故だか止められなかった。自分が自分でいることが辛かった。どうしようもなくやり場のない気持ちが、込み上げてきて、俺は段々と足取りが早くなり、走っていた。

 

 思い描いた夢に手が届きそうで届かなかった。どんなにもがいても中身チンパンジー感があった。何処かで自分を悲観してみている自分が遠くにいて、そこから一歩も動けなくなっていた。何もかもが取り返しつかなくなる前に俺は自分をなんとかしたかった。

 

 

 数日後。俺は何もせずしばらく引きこもっていた。スーパーのバイトも辞めて、酒ばかり飲んでいた。それから数ヶ月して中身チンパンジーは解散した。俺の力不足。中身チンパンジーについていくら考えてもイメージが浮かばなくなったのだ。佐和子は俺のやりたいように生きていけばいいと言ってくれたが、なんだか哀しく感じた。

 

 バンドをやっていた時の自分が紙の中から切り出された切り絵みたいにくっきり記憶の中で浮き上がって、何度も俺は自分を問い詰めたけれど、もう俺には一滴も中身チンパンジーについて考える余裕はなかった。安広と潤二、みっちゃんにも会わなくなって俺の日常はただ過ぎて言った。

 

 何かに夢中になれる自分を俺はいつも外側から傍観して見ているようだった。思えばそれがいつも続いていてその感覚から逃れられなかった。

 

 佐和子の言うことや、母の言うことをもっと真っ直ぐに受け止めていたら俺は違ったかもしれないと思ったけれど、現実は違った。

 

 アイデンティティを失ってしうまことは何よりも恐ろしかった。俺は酒しか飲まなくなり次第に痩せていった。そして遂に佐和子にも愛想尽かされてアパートを追い出されたのだ。その日のことは今思い出しても、辛い思い出だ。

 

 気付くと俺は新宿にいた。

 

 自分の顔を殴って口の中が切れて血が出ていた。

 

 人身事故をみたあの日に戻っていた。

 

 ああ、この感覚だ。絶えず変えることの出来ない定めを感じてそこに立っていること。

 

 俺はずっと予知夢を見ていた。

 

 だからこれから佐和子の眠っているアパートへ帰る。彼女に会ってまた日々をやり直すんだ。きっと佐和子が言う通り何もかも上手くいく。

 

 

 

 

 

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