ショートコント 書店員シリーズ「頭文字F」
鵜川 龍史
書店員シリーズ「頭文字F」
〔登場人物〕
書:書店員 友人に振り回される 上手(右側)
友:友人 めんどくさいやつ 下手(左側)
書店のレジカウンター越しのやり取り
友:よう。
書:また仕事の邪魔に……。
友:だから、
書:あれ? お前、イニシャル、Fだっけ?
友:違うよ。(嬉しそうに)
書:だったら、なんで
友:FriendのFだよ。My friend !
書:誰がフレンドだって?
友:え、こんなところで言わせるなよ。(照れながら)
書:誤解を生む言い方をやめろ。
友:いやー、最近、イニシャル文学にはまっててさ。
書:あいかわらず、こっちの都合を無視するなー。
友:イニシャル文学にはまっててさ!(押しつけがましく)
書:わかったよ。聞けばいいんだろ。(めんどくさそうに)イニシャル文学って何だよ?
友:(嬉しそうに)本のタイトルにイニシャルが入ってるやつ、あるじゃない?
書:まあ、いろいろあるね。
友:例えば?
書:なんで、お前の話に俺が例を言わなきゃいけないんだよ。
友:例えば!(押しつけがましく)
書:(めんどくさそうに)『ABC殺人事件』とか。ミステリーに多いかな。
友:『すべてがFになる』とか。
書:それ、イニシャルじゃないから。
友:みんながフレンドになる話じゃないの?
書:そういう話を期待して読むと、だいぶ裏切られるな。
友:じゃあ、『ドラゴンボールZ』とか。
書:どこがイニシャルなんだよ。
友:え? ザーボンの「Z」だろ。『ドラゴンボールザーボン』!(力強く)
書:(ぼそっと)違うけどな。その上、文学でもないし、書名ですらない……。
友:まあ、とにかく、そういうのにはまってるんだよ。
書:分かったから、レジの前からどいてくれ。
友:F~。
書:フレンドじゃない。
友:「復活のF」~。
書:フリーザでもない。
友:藤子~
書:いいからどけって!
友:あのさー、俺って、バカじゃん?
書:今まさに、それを実感していたところだよ。
友:だから、うろ覚えのタイトルが多くてさ。
書:何だって言うんだよ。
友:だから、俺がこれから言う限られた情報から、タイトルを考えてほしいんだ。
書:なるほどね。プロ書店員である俺にぴったりの依頼だな。
友:そう。
書:そこ、イニシャルにするな。
友:第一問!
書:しょうがないな。
友:なんか、代入すると犯人が分かりそうなミステリー。
書:代入? ……ああ。『容疑者Xの献身』か。
友:早い! すごいな! ネットに繋がったGoogleみたい!
書:ネットに繋がってないGoogleはまるで役に立たないぞ。
友:で、なんだっけ。
書:聞いてろよ。『容疑者Xの献身』、東野圭吾の。
友:あー! 知ってる知ってる。
書:そらそうだろうよ。うろ覚えなんだから。それにしても、いきなりイニシャルじゃないやつ、来たな。
友:イニシャルじゃないの?
書:イニシャルがXって、どんな名前だよ。
友:X JAPAN !
書:個人ですらない!
友:じゃあ、何なんだよ。
書:Xって変数だろ。誰でもないし、誰でもある。そういうところが、作品のテーマになってるんだよ。
友:じゃあ、やっぱり代入するのか!
書:まあ、本を読んでから、好きに代入してくれ。
友:この調子で、第二問!
書:まだあるの?
友:なんか、伏字になってる何かが、修行するやつ。
書:伏字?
友:
書:そこを伏せるな! 人を何だと……ああ、Pか。
友:分かったのか?
書:松浦理英子の『親指Pの修業時代』だな。懐かしい。
友:え、どんな話?
書:主人公は女子大生。
友:おお! 楽しそう。
書:お前の価値観はどうなってるんだよ。……それで、ある日、昼寝から目を覚ますと、親指が……。
友:え? 親指が?
書:そこは、えーと、あれだ。伏字だ。
友:伏字なの?
書:いや、イニシャルなんだけど……。まあ、読めばわかる。
友:第三問!
書:まだあるのか?
友:関西人が、なんか、ひどい目にあう感じのやつ。
書:聞き方が、どんどんバカになっていくな。
友:関西人をけなすな!
書:関西人はけなしてない。バカはお前だ!
友:ワイかて、関西人やで!
書:ん……? わい……。そうか。『Yの悲劇』か。
友:『ワイの悲劇』?
書:イントネーションが違う。
友:じゃあ、第四問! なんか、いい感じの列車で旅行するやつ。
書:ネタが割れてきたな。
友:分かったの?
書:「A列車で行こう」か。
友:「ええ列車で行こう」?
書:関西弁な。そんなことより、本ですらなくなったぞ。
友:じゃあさ、何かオススメない?
書:(溜め息)イニシャル文学で?
友:そう、イニシャル文学で。
書:……『Wの悲劇』とか。
友:「W悲劇」!
書:「の」を抜くな! 意味が変わる。
友:悲劇に次ぐ悲劇!
書:(溜め息)今が「W悲劇」だよ。
友:どこが?
書:お前が来た。そして、俺の友達だと言い張っている。
友:それは違う。
書:何が違うんだよ。
友:だって、これは悲劇じゃない。喜劇じゃん。
ショートコント 書店員シリーズ「頭文字F」 鵜川 龍史 @julie_hanekawa
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