下剋上
1
布団の中で、今にも息絶えそうな40代中半くらいの中年男性の隣に2人の若者がいた
「お前たち兄弟2人で、二階家を守り抜け」
病気の男性は、息子たちに遺言を言うと息を引き取った
「父上!」
病(やまい)に倒れた男は2人の息子に見送られて息を引き取った
しかし、この時問題が生じた
兄の二階安村と弟の二階次村どちらが家督相続するかである
2
二階安村は、弟である次村の補佐役である、三河直哉、陸奥守吉、肥後間作を呼びつけた
「三河殿、陸奥殿、肥後殿、遠路(えんろ)はるばるよく来られた」
二階安村、三河直哉が挨拶に来た事のお礼を言う
「早速だが、お主らの嫡男(ちゃくなん)を人質に渡してはくれぬか?」
嫡男とは家督を相続する男子の事である
「分かりました。我が嫡男!太朗(たろう)をお館様の元へ送ります」
三河直哉は息子を人質に渡すことを約束した
「は!我が嫡男!忠太(ちゅうた)をお館様の元へ送ります」
陸奥守吉が息子を人質の渡すことを約束した
「必ずや我が!嫡男!総太(そうた)をお館様の元へ送ります」
肥後間作が息子を人質に渡すを約束した
「ふむ!下がって良い」
三河直哉と陸奥守吉、肥後間作の3人は静かに下がった
3
篭(かご)から10歳に満たない幼い少年が降りる
「今日からここがお前の家だ」
篭(かご)から降りたのは三河直哉の長男である太朗(たろう)だった
「この屋敷(やしき)が我の住む場所なのか?」
太朗は連れの者に質問する
「左様(さよう)ございます。太朗様は今日(こんにち)より人質としてこの館(やたか)に住まわれるのです」
2つの篭(かご)が同時に付いた
篭から降りたのは、陸奥守吉の長男である忠太(ちゅうた)と肥後間作の長男である総太(そうた)であった
篭(かご)から降りた少年も清太朗と同じ歳くらいの少年だった
「3人ともよくぞ!来られた」
主である二階安村自ら3人の少年を歓迎した
「お前たち3人は人質として、この館(やかた)で暮らす事となるが、我が家の様に過ごしてくれて構わん」
こうして3人の少年による人質生活が始まった
4
月の光だけが頼りの深夜
「敵襲(てきしゅう)!」
カン!カン!カン!
「館(やかた)の外に敵襲」
敵の軍勢が館の近くにまで迫る
「お館様!起きて下され!夜襲(やしゅう)にございます!」
ドン!ドン!ドン!
「お館様、敵襲にございます」
家来と思しき少年が敵の存在を知らせる
「して、敵の数はいかほどか?」
お館様は敵の状況を尋ねる
「恐らく100程と思われます」
お館様が障子(しょうじ)を開ける
「手が空いてる者は我に続け!」
槍(やり)を持って部屋の外に出る
「にして、敵の正体は?」
お館様の問(とい)に少年は言葉に詰まる
「鎌田の謀反(むほん)にございます」
鎌田氏は旗には鎌が描かれている
謀反とは主(おも)に主(あるじ)を裏切ることである
「何かの間違いではないのか?」
お館様は謀反(謀反)を信じなかった
「確かな情報にございます」
お館様は報告してきた少年の目を見て確信した
「一平が!何故(なにゆえ)?」
お館様は何かを決意する
「お館様!火の手が館近くにまで押し寄せております!」
男は報告した後戦場に戻る
「お前、今いくつになった?」
お館様は少年に優しく年齢を尋ねる
「19にございます」
少年は何か裏を感じながらも答える
「そうか」
お館様は何か考え事をする
「お前は我が妻子に従え」
それは、最前線の戦場からこの少年を逃がす事だった
「女と20歳に満たない若者は屋敷と我が妻子を守れ!」
お館様は屋敷を出る
「ここから先は私(わたくし)が指揮を取らせていただきます」
薙刀(なぎなた)をふりかざした女性が奥から現れる
男たちが最前線で戦い
屋敷の外を元服して間もないもしくは、元服して数年くらいの少年たちが守る事となり、屋敷の中を女が屋敷内を守る事になった
5
「式丈(しきじょう)の首を打ち取れ!」
敵将の鎌田一平が指揮を執る
式(しきじょう)とは、今攻め込まれている屋敷のお館様の事である
「裏切者をこれ以上一歩も近づけさせるな!」
この屋敷の親方様である、上下式丈も指揮を執る
戦(いくさ)の場所に選ばれたのはごく普通の農村だった
田畑は荒らされ、家は燃やされ
戦場となった村は悲惨な状態になっている
「討ち死に多数!お館様これ以上は」
「これ以上はなんだ?」
式丈は家来の言葉を遮る
「裏切者(うらぎりもの)を目の前にやすやすと逃げれるか!」
式丈は怒号(どごう)を上げる
「奥方様と若様はどうなさいますか!」
家来も譲らない
「親や妻子がいるのはみな同じであろう」
式丈は腰を上げる
「皆の者!ここを死に場所とせよ!」
座っていた式丈が立ち上がる
「皆の者!我に続け!」
式丈は自ら最前線に出る
「お館様に続け!」
下がっていた指揮が一気に上がる
「お館様!屋敷に火が!」
式丈が屋敷の方角を見ると煙が見えた
「な!」
式丈は絶句した
屋敷の中のは妻子がいる
「お主(ぬし)はワシと共に屋敷に戻れ!」
式丈は報告してきた青年と共に屋敷へと馬を走らせた
6
時は少し遡って、屋敷
「申し訳ございませんが、貴女の命令には従えません」
鎌田一平の裏切りを知らせてきた少年は、奥方様の命令を拒否した
「何故です?当主(とうしゅ)のいない今!私の命令に従ってもらいます!」
奥方様は声を上げた
「いいえ?奥方様、貴女は我々に命令できる立場ではありません」
謀反を知らせてきた少年が奥方様に近づく
「貴方は我々に殺される立場なのです」
サク
謀反を知らせた少年は奥方様に短刀を突き刺す
「え?」
奥方様は突然の事に驚愕(きょうがく)して、倒れた
「奥方様!」
侍女(じじょ)達が声を上げる
「おのれ!不届き者め!」
屋敷に残った少年たちが一斉(いっせい)に奥方様を刺した少年に斬りかかる
ヒュン!
しかし、少年と侍女たちは隠れていた敵の弓矢の餌食(えじき)となった
「があ!」
元服して数年くらいの少年と侍女たちが次々に弓矢に倒れて行く
「俺は、若様の命をいただく。こいつらは任せた」
奥方様を刺し殺した少年は奥へと進む
7
「急げ!屋敷が危ない!」
上下式丈は屋敷に迫っていた
屋敷から見える煙
屋敷は間違いなく燃えている
「頼む!無事でいてくれ!」
式丈の中にあるのは妻子の安否(あんぴ)であった
「お主は、奥から入ってまいれ」
式丈はお供の青年に二手に分かれるように命令した
「それでは、お館様の護衛(ごえい)が居(お)りませぬ!」
青年はお館様の命令に口答えした
「そのような者は要らん!」
お館様は声を荒げる
「お主には、我が妻子の事を守って欲しいのだ!」
上下式丈の中にあるのは、あくまでも妻子の事であった
「これを、お主に託そう」
式丈が青年に渡したのは、手紙だった
「いざと言う時に、開けると良い」
式丈が優しく微笑む
「ご武運を」
青年は一礼して主の元を離れた
「我が命運もここまでか!」
式丈は思い詰めた顔をする
8
屋敷に到達した式丈にこの世の地獄が目に入る
「な!」
門の目の前に磔(はりつけ)にされた妻の姿があった
式丈は愛する妻の変わり果てた姿に言葉を失った
「く!」
式丈は怒りのあまり歯を食いしばる
「お前の無念はこの俺が討つ」
式丈は妻の遺体をそっと地面に寝かせる
式丈が門を開ける
「一人だと!」
屋敷内にいる敵兵が大将自(みずか)らお供も連れずに乗り込んだことに騒然とする
「飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのこと!お館様のクビを打ち取れ!」
式丈に向かって一斉に矢が飛んでくる
式丈は矢の雨を次々に躱した
躱しきれない矢は刀で払い
「何をしている!相手はたったの一人だぞ!」
矢は必要に式丈を攻める
矢の1本が左太ももに刺さる
「ぐ!」
式丈は気にせず敵に突っ込んで来る
しかしその1本の矢が命取りだった
ギリギリ躱せていた矢が躱せなくなったのだ
2本3本と矢は刺さっていく
3本目は喉だった
式丈は妻の仇を一人も打ち取ることが出来ずに戦死した
9
式丈を騙し、奥方様を殺害した少年は屋敷の奥へと向かっていた
「若様さえ打ち取れば、我々の勝利は揺るがない!」
少年は片っ端から扉を開ける
「若様、いらっしゃますか?」
しかし、若様を見つける事は中々出来ないでいる
「ここまで探していないとなると、天井か?」
少年は槍(やり)を拾い天井に突き刺す
「わゎ!」
屋根裏から幼い少年の悲鳴(ひめい)が聞こえる
「アッタリ!」
少年は槍を引っこ抜いて声のした場所に槍を突き刺す
ドタ!どた!どた!
天井から逃げる音が聞こえる
「それでは場所を教えているようなものですよ」
音がするたびに、少年は音の方向に槍を突き刺す
たくさん突き刺したことにより、天井が脆(もろ)くなっていたのだろう
「うわあぁ!」
天井を突き破って、10歳前後の幼い少年が落ちてきた
「これはこれは、若様、お命(いのち)頂戴(ちょうだい)いたします」
少年は若様に向かって槍を突き刺す
しかし、その槍が若様に届くことは無かった
「え?」
少年が持っている槍が何者かに斬りおとされた
「ご無事ですか?若様!」
少年の槍を斬り落としたのは、式丈と別れた青年だった
「よくも!俺の槍を!」
少年は怒り、刀を抜く
「・・・・・・・・・・」
ズバ!
少年が刀を抜く前に少年の槍を斬った青年は少年を斬っていた
その瞬間少年は血しぶきをあげて倒れた
「もう安心ですぞ若様」
幼い少年は助けてくれた青年に泣きついた
「怖かったよ!千代法師丸!」
助けに駆け付けた青年、千代法師丸は優しく幼い若様を抱きしめる
「若様、拙者はお館様を助けねばならぬのでこれで」
千代法師丸は幼い若様から離れる
10
千代法師丸は主の式丈を助けるために屋敷を走る
「おい!若様を見なかったか?」
槍を持った兵士が千代法師丸に若様の居場所を尋ねる
「いや、見ておらぬ、この先には居なかった」
千代法師丸は嘘の情報を伝える
「それだけ分かればよい!感謝する」
若の場所を尋ねた兵士は頭を下げて立ち去った
大きなトラブルもなく千代法師丸は式丈の近くまでたどり着いた
千代法師丸が駆けつけた時には時すでに遅し
主である式丈は打ち取られていた
「お館様」
式丈は速やかにこの場から去った
(こうなれば長いは無用)
千代若様の元へと走った
ガラ!
「ご無事ですか?若様!」
千代法師丸は襖(ふすま)を開けて、幼い若様の元へと駆けつける
「父上と母上は?」
幼い少年が両親の心配をする
「お二方は敵の手に掛かりました」
幼い少年は呆然とする
「ごめん」
千代法師丸は、幼い若様を抱えて屋敷から脱出した
11
「若様、今しばらくのご辛抱を」
千代法師丸は、幼い若様を乗せて馬を走らせる
「千代法師丸、父上と母上は?どこにおるのだ?」
幼い若様は両親が心配だった
「父君と母君は、立派な最後を遂げました」
千代法師丸は遠回しに幼い若様に両親の死を伝える
「そうか」
幼い若様は口を閉じだ
幼い若様は、千代法師丸の一言で全てを察した
「若様、この先には、同盟相手の二階安村の土地となります故、今しばらくのご辛抱を」
千代法師丸は馬を急がせる
12
「そうか、屋敷は落ちたか!」
鎌田一平は家来から上下式丈の屋敷を攻め落としたことを報告された
「お館様と奥方様は討ち死に、若様は今探しておりますが」
報告してきた家来は歯切れが悪くなる
「若はまだ見つからんのか?」
鎌田一平は報告してきた家来に尋ねる
「屋敷中を探しておりますが未だ痕跡(こんせき)すら見つけられず」
報告してきた家来は言いわけをする
「ガキ一人探しだぜず何を腑抜(ふぬ)けとる!!」
上下式丈を打ち取った、鎌田一平は激怒していた
「あのガキを打ち取らんことには、我々の勝ちとは言えん!」
鎌田一平は一刻も早く、上下式丈の嫡男(ちゃくなん)を打ち取りたかった
成長して復讐(ふくしゅう)する可能性を取るためである
「草木をかき分けてでも探し出せ!」
鎌田一平は声を荒げた
誰もいない陣中に風が舞(ま)う
「何故、この一平だけを愛してくだされなかったのですか?」
周りに兵がいない事を確認した鎌田一平は涙を流した
「お館様が若い男と浮気などしなければ、私はお館様を殺めたりなどしなかった」
かつて、上下式丈と鎌田一平は愛し合っていた
しかし年を重ねるにつれ、交わる回数が減っていった
上下式丈が若い少年や青年を抱くようになったからだ
それは、鎌田一平にとって耐えがたい屈辱(くつじょく)だった
そしてそれが今回の謀反(謀叛)に繋がった
「今一度、お館様に愛して欲しかった」
鎌田一平は歯を食いしばって涙を堪(こら)えた
13
千代法師丸は幼い若様を連れて、二階安村の治める土地に来ていた
「ここまでくれば、追っても来ますまい」
千代法師丸は小さなお堂を見つける
「ここいらで一息(ひといき)付きましょう」
千代法師丸は幼い若様をお堂に匿(かくま)う
「若様はここに居てくだされ、食べ物を探してまいります。」
千代法師丸は食料を探しに外へと出た
「同盟相手とは言え、他家の土地だ!不作法に荒らすわけにもいくまい」
千代法師丸は食料を慎重(しんちょう)に選んだ
「土を掘るような筍(タケノコ)は控えよう」
タケノコを取るには道具もいる
「ここは山菜や茸(きのこ)が無難(ぶなん)か」
千代法師丸は山菜を手に持てるだけ積(つ)んだ
「明日(あす)夜明けとともにここを出よう」
千代法師丸ははこの小さなお堂に一晩止まる事に決めた
幼い若様は、食事を済ませると、眠りに付いた
千代法師丸は僅かな隙間(すきま)から外の様子を一晩中(ひとばんぢゅう)見張っていた
14
夜が明け、千代法師丸は幼い若様を連れてお堂を出た
「もう少しで、二階様の屋敷にたどり着けます」
屋敷が見えてきている
「屋敷までおよそ1里か」
1里は約3.9kmくらいである
「若様、もう一息の辛抱(しんぼう)ですぞ!」
千代法師丸は幼い若様を励ました
「そうか、ならば最後の力を振り絞らねばな」
幼い若様は前に進む
「早く来ぬと置いて行くぞ」
幼い若様は千代法師丸を追い抜いた
「若様、急いでは体がもちませぬぞ!」
千代法師丸は急ぐ若様に注意する
「しかし、早くせねば追手が!」
幼い若様は追ってを気にしている。
ずっと追ってから逃げているのだから無理もない
「ご安心くだされ若様、ここは同盟相手の領土、その領主の奥方様は亡きお館様の妹君(妹気味)にございまする。必ずや助けになるかと」
千代法師丸は幼い若様を励まし前へと進んだ
「あれを見てくだされ!」
1里歩いた先に屋敷が見えた
「目と鼻の先ですぞ」
幼い若様と千代法師丸は屋敷の目の前までたどり着いた
15
「お主ら、何奴!」
千代法師丸と幼い若様を見た門番が警戒(けいかい)する
「上下式丈が家臣、千代法師丸にございます。門を開けてくだされ!」
門番は千代法師丸を睨み付ける
どうやら怪しまれているようだ
「既に話は通してある、この2人を招き入れよ」
もう一人の門番が千代法師丸たちを怪しんでいる門番に忠告する
「しかし、同盟相手を名乗った間者(かんじゃ)の可能性も!」
門番の一人はかなり警戒心(けいかいしん)が強いようだ
「ワシは昔、上下家に使いとして行った事があるが、この若者は千代法師丸様に間違いない」
もう一人の門番が昔、千代法師丸と会っていたことが幸して、千代法師丸と幼い若様は二階家の屋敷内に入るこどが出来た
飛花落葉(ひからくよう) 日田藤氏 @2bankan
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