ろくでなし

変貌

 鏡の役割や存在について、人々は語る。ある陰謀論者はこう答えた。

「鏡は世の姿を映し出してきた。よって物や人々の本当の姿を明らかにする。占いや童話に、カメラ。時代を超えて概念が受け継がれる鏡こそが全ての鍵だ。」

冷めた者はこう答える。

「鏡は光を跳ね返す物だ。ある時は我々の盾として、時にはフィルターとして。所詮はその程度の話さ。」

鏡とは何なのだろうか。実を言うと、答えはどちらも正しい。


 一人の女が話している。話し相手は檻を挟んだ向こうの部屋にいるようだ。そこは生活に必要な物が揃っているものの、彩りがなく無機質で寂しい部屋だった。牢屋のように見えるが、身を隠すカーテンや換気が出来る窓もあり、出ようと思えば外にも出られる。

「…ぼったくりバーの従業員っていうのはァ…」

女は途中でムダ口を止めた。横の部屋から壁に金属が当たる音が響いて、そこにいるロボットが目を覚ます。


 ロボットは目覚める前に映像を見ていた。自身に内蔵されているファイルにある物だが、見覚えはない。人で表す所の"夢"という概念だろうか。それはどこかにある人の生活を切り取った映像だった。

 誰かがテレビを見ている。それは展開が白熱するヨーロッパサッカーだ。テレビを見る人は影が見えるものの、姿が見えない。そのため性別はおろか、ファッションも不明。テレビに食いつく者とは別に、その部屋にある鏡台の鏡はヒビを入れ始めた。テレビでは審判が選手を止める。違反行為だろうか。両者の間で激しい口論が起きて、不穏な展開を予感させる。その後で映像に砂嵐が入り、それは途切れた。


「こいつ今起きたんか。」目を覚ましたロボットに女は話しかける。しかし、ロボットにお喋りをする余裕はない。

 ロボットは銀色と青を基調としたデザインになっており、よく見ると細かいパーツに白も入っている。肩には“DFX 72-K”の文字が入っており、その瞳はカメラになっている。バッテリーが長く、二足歩行で移動する事も可能だ。

 横で話しかけてくる人物が誰かも分からないが、己の正体も分からない。機械であるが故に、自分の存在意義が気になって仕方がなかった。プログラムのせいか、現状に対する探究心も強い様子だ。AIが搭載されている為かある程度の知能も持っている。

 横にいる女は若く見えるが詳しい年齢は読み取れない。そんな彼女はどこか儚げで、美しい顔立ちをしていた。金髪のポニーテールで、その毛先は別で薄いピンク色に染まっている。その上には英字デザインの黒いキャップを被っている。左手には4本の指輪をしており、どことなく派手だ。ダメージジーンズに白い無地のTシャツを合わせており、首にはチェーンをぶら下げている。


「話していたところ申し訳ないが、牢屋のようなここは普通の施設には見えない。私は何処にいる?」

ロボットが合成音声で話しかけると女は答えた。

「ここのこと知らないんだ?まぁ、見てもらった方が早いかも。」

 困惑するロボットに女は指を差した。その先には牢の扉を開ける鍵がある。すると、女は部屋にあるカーテンを掛けてこう言った。

「それでその部屋の扉を開けるといいさ。あとは適当に歩いてたら上にいけるし。」

自分の正体も、今の居場所も分からない。

ロボットは真実を求め、檻のある部屋から外へ出た。


 牢屋のような部屋を出てからの廊下は長い。そこには奥まで続く細長い足元灯が埋め込まれている。その濃い紫色の光がロボットを照らす。ただ、照明のセンスの良し悪しをこのロボットが判断する事は出来ない。

 部屋を出てから左へ曲がり、ロボットは廊下の奥へ進み続けている。そして突き当たりで右へ曲がった。すると、扉が見えた。ロボットは己に内蔵されている文字識別機能を扉の前で使った。決められたパターンに従って文字を解析する。どうやら扉にある文字は【資料室】となっている。文字を読んだのはいいが、それはデータにある地球上のどの文字ともパターンが合わない。鍵が掛かっていない部屋であったため、ロボットはそのドアを開けて資料室に入った。

 棚が多い部屋だ。それとは別に何か壁に貼ってあるのをロボットが見つける。どうやらそれは写真と切り取られた新聞記事のようだ。

 工場の写真や、電気の輝きが見える地球の写真を瞳のカメラで捉える。新聞記事は戦争や危惧されている環境問題に関するモノが多く、明るい未来を予期させるようなニュースはない。それだけに限らずロボットは他にも部屋から手掛かりを見つけた。

 それは部屋に並んでいる棚だ。棚の上にはケースが置いてかれている。そのケースにはカテゴリーごとに様々な物が入っている。機械類、本、レコード、楽器、文房具などその幅は様々だ。その中から一つだけロボットは意図の分からない項目を見つけた。

 バラバラになっているガラスの破片だ。ケースの中にかなりの量が入っている。その断面は微かに虹色の輝きを放っていた。

 ロボットは様々な物を発見したが、集めた情報はうまく噛み合わない。

 ロボットは【資料室】を出る。廊下の天井にある監視カメラは小さな動きでそれを捉えていた。


 ロボットは廊下を歩き続ける。その中で細かな発見をしていくが、いずれある結論に辿り着く。それはこの地下の施設が都市になっているということ。

 都市を利用する者達は独特なコミュニティーを形成している事が分かった。例えば資料室に限らず、様々な場所で地球上に無い言語が使われている事が分かった。そこから『独自の造語が使われている』とロボットは結論付ける。探した限りではコインランドリーやスーパー、病院なども見つかった。

 謎の地下都市はテクノロジーも優れているように思えた。例えば"人工ビーチ"というエリアが存在しており、海水や砂に太陽までが地下で再現されている。ロボットは自身の分析機能により、その再現度が非常に高いことを見抜いた。『太陽を部屋の中で再現する』という技術は資料室にも無ければ、自動学習されたデータの中にも無い。そこが想定される部屋のスペースよりも大幅に広くなっているのもロボットには感知できた。

 コインランドリーに立ち寄った際にはある動物に遭遇した。アロハシャツを着たカンガルーだ。珍しそうにロボットを見つめた後、カンガルーはロボットへ気さくに話しかけた。これにも独自の言語が用いられている。親切なカンガルーはロボットのために地下施設のパンフレットをくれた。パンフレットには地図が載っており、それぞれのスポットに対する説明文も付属している。

 ロボットはカンガルーに向けて礼を言った。そして地図を頼りに地上を目指した。


 地上へはエレベーターで向かう。エレベーターが上へ上がる。その度に機械音が定期的に鳴り響く。音を聴いたロボットは『まるで心臓のビートのようだ』と感じた。

 エレベーターのドアが静かに開く。

 もう地上は荒廃していた。過去にあったとされる街は崩壊しており、確実に機能していない。滅んだ社会を見下すように夜空の星達が輝く。

 どの建物にも原型はあるが、人間の気配は感じられない。それはロボットのテクノロジーでも読み取れた。その後しばらくロボットは周りを散策した。

 するとある声が後ろから聞こえる。

「着いちゃったか。上に。カメラでちょくちょく見てたけどさ。」

 ロボットが振り返るとそこに2つの生体反応があった。一つは球体状の目玉だけが付いている黄色い生き物。もう1つは人間で、その人は初めに出会った女性だった。


 そして彼女は説明を始めた。彼女が言うには『人間のほとんどは消えてしまい、フィクション的な"世紀末"が訪れた』との事らしい。そこで機能しなくなった地球に宇宙人達が目をつけ、地下都市を作りあげた。彼女は人間の中では数少ない生き残りであり、

地球が廃れてからは地下都市で暮らしているらしい。

 彼女と地球の変化についてロボットは話した。問答を繰り返すうちにその間には友情が生まれていた。

 球体の宇宙人もロボットに向けて説明を始める。時間が掛かりそうなのか、宇宙人が語る間に女は廃ビルへ探索に出掛けた。ロボットに手を振ってから奥へ消える。どうやら説明が終わる頃に戻ってくるらしい。

「人が地上から消えたのは何故だ?戦争か、環境問題か。答えはもっとオカルト的な物だ。」

 ロボットはより詳しい説明を求めた。それを待っていたかのように宇宙人は語る。

「古代から存在する呪いの鏡が原因だ。そもそも鏡というのは強大な力を持った物だ。」

 ロボットのレンズに宇宙人が映る。

「世界をそのまま写し、光を跳ね返す事も出来る。カメラやテレビ、人間達が使っていた様々なアイテムにその在り方は受け継がれてきた。時代が進むにつれて社会には多様性が与えられる。そのたびに"鏡"も進化してきた。加工で人の姿を誤魔化し、ある時はより細かく物を映し出す。」

 宇宙人は隠し持っていたガラスの破片を取り出して話し続ける。

「これは呪いの鏡の破片。我々はその鏡を"リフレクトバランサー"と呼ぶ。この鏡は人々の負の感情が衝突し合うとヒビが入るようになっている。原因は様々だ。ちょっとしたケンカや陰謀論…種類は限られていない。先に言ったように均等な世界のバランスを鏡は表しているのだ。それが割れるとどうなる?答えはシンプルだ。」

 ロボットは答えを返す。

「戦争や環境問題が悪化して人間は大幅に減る。そう言いたいのか?」

 宇宙人は待っていたかのように返事をした。

「その通り。鏡のヒビは再生する事もあるが、さすがに度を越してしまったようだ。ただ、人類にもそれを予見した変人がいたらしい。変人はロボットの貴様にプログラミングを施した。それは人生での経験や多分野における知識だ。」

 ロボットはすぐに聞き返した。

「変人の情報は?」

 宇宙人は答える。

「奴はコンピューターでのシュミレーション実験が好きだった。主にスポーツをモチーフにしたモノが多い。特にサッカーはお気に入りらしい。」

 ロボットは尋ねた。

「滅びた地球の再開発を我が身に託したのか?」

 宇宙人は答える。

「その通り。ロボットの貴様は地球再興の希望。もう事情を理解したはずだ。」

 ロボットと宇宙人は飽きるまで対話を続けた。対話が終わる頃に女も探索から戻ってきた。


 レンズでロボットは星空を眺める。星と種族を越えた仲間達は地下へ戻る。エレベーターは仲間達を平等に下へ連れて行った。

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ろくでなし @rocklowmawashi

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