最終話 帰り道
「ふう、やっと終わったわ。もう八時や。」
「さて、帰りましょうか。おじさん、お手伝いありがとうございます。」
「いえいえ、どういたしまして。」
「沙里ちゃん、これまかないや。持ってき。」
「こんなにたくさん。いいんですか。」
売れ残りだと尚美さんは言っているが、ラップに包まれた豚カツはかなりの量だ。こんなにたくさん余ってたっけ。
「ええよええよ。明日は大変やんね。どんぶりにでもして食べて。」
「すみません。ありがたくいただきます。」
「じゃあ、よいお年を。沙里ちゃんのシフト、今年は今日が最後やんね。来年もよろしくね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。よいお年を。」
「姉ちゃん、頑張ってな。」
「ありがとうございます。」
従業員用の小さなガラス扉を開けて外に出る。太平洋側の地域にしては珍しく、真っ白な雪が積もっていた。夜でも明るい都会の空から、パラパラと粉が落ちてくる。この調子だときっと、明日の朝には辺り一面の銀世界だ。
「よいお年を。来年もよろしく。」自分にしか聞こえない小さな声で、私は呟いた。
尚美さん、「来年もよろしく」って言ってたよね。私に向かって、よろしくって、言ったよね。そっか、「よろしく」か。あと一日と四時間経っても、尚美さんは私とよろしくしてくれるんだ。
「ああ、寒。」
眉毛は下がり、マフラーで覆われた喉を通って空気が身体に入ってくる。私は下唇をそっと噛んだ。
明日は笑って三日月を送り出そう。新たな門出を迎える彼らが、安心して飛び立てるように。私はもう大丈夫。あの速報から一年、覚悟を決めるための時間は十分だった。
さやかや琴音の姿を胸に刻み込み、彼らがいなくても私は努力し続ける。未来のみんなのために、私は必ず夢を叶えるから。
名鉄名古屋駅周辺に人だかりがある。電話をかけているサラリーマン、タクシーに乗り込む親子。かわいそう、今日の帰りは遅くなってしまいますね。
反対に、私が向かう方向にはスムーズに人々が流れている。傘を畳むために立ち止まると、背後から初老の男性にぶつかられてしまった。「ごめんなさい!」と言うために振り返ったが、男性は無視して行ってしまった。
「あ、」夜の街の明かりと白い雪が合わさって、美しい。遊んだ帰りであろう女性たち、居酒屋から帰ってきた男たち。普段なら煙たく思ってしまう人たちも、白く明るい夜を背景にすると綺麗だった。元来た道を数十メートルほど戻り、スマホを掲げて一回、カシャ。そして私は、一直線に駅のホームへと進んだ。
JRはまだまだ運休にならなさそうだった。
雪が降る日の午後8時 紫田 夏来 @Natsuki_Shida
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