かき氷の日 後編



 車窓に映える。

 近くを流れ去る緑の川と。

 遠くに広がる黄緑の大海原。


 そんな窓が、気付いた時には。

 荷物にもたれてぐっすりと眠りこける。

 三人娘だけを映し出していた。


「お、遅くなった……、ね?」

「反省してるって。ついはしゃぎ過ぎた」


 バーベキューした後。

 目の前の川で遊んで。


 河原で横になって濡れた体を乾かして。


 さすがに帰るかと駅への道を歩いてたところで。


 朱里が宿に忘れ物したことに気付いたんだ。



 そんな忘れ物とは。

 ステーキを譲ってあげたおっさんが寄こした木箱。


 ついでに、にゅが親父さんのゲーム機を回収して。

 再び駅へと向かう道すがら。


 歩き疲れたとごねる三人のために。

 俺は、なけなしの金を出して。


 タクシーを呼んでやったんだが……。


「さすがにスッカラカンだぜ。すぐにでもバイト始めねえと」

「カンナさん……、なんで合宿の間は来ないんだって怒ってた……」

「相変わらずだな、あの人。とは言え機嫌を損ねねえようにしないと」

「バイト代、下げられるからね……。カンナさんに、労働基準法は通用しないから」



 夏の夜は。

 いつまでも暗くならないと思っていると。


 騒いで遊んでいるうちに。

 気付けば空に星が瞬いているもの。


 宴の終わりは突然に。

 急だからこそ、寂しはひとしおなんだ。



 最後まで楽しく遊んだ四日間。

 その、帰りの電車の中で。


 眠りこける三人の顔を見つめながら。

 秋乃が言っていた言葉を、ふと思い出す。



 けがや病気をさせないように。



 思えば、俺は。

 凜々花を外に連れ出して。


 何度もケガをさせたことがある。


 そんな帰り道は。

 夕日が俺を咎めるばかり。


 一日、楽しかった思い出が。

 全部消えてなくなったものだ。



 せっかく、経験してきたというのに。

 身についていないなんて。


 俺は、もうきっと忘れないよと誓いを立てながら。


 かき氷を口に運んだ。



 ……例え、この合宿を経て。

 みんなが、まるで成長してくれなかったとしても。


 ただ、ふざけて遊んだ記憶。

 怪我さえしなかったなら、それだけは持って帰らせることができるんだ。



 けがや病気をさせないように。



 ほんと、お前がいなかったら。

 俺はひょっとして、大変なことをしでかしていたかもしれない。


 ボックスシートのお向かいで。

 俺と同じように、かき氷を頬張ると。


 秋乃は、しばらく考え込んだ後。

 ぽつりと俳句を詠んだ。



 永遠を

  望めど消える

   かき氷



「凄くおいしいけど、ゆっくり味わってると無くなる……」

「感心して損した」

「え?」

「お前はノルマ二個なんだから。遊んでないでとっとと食えよ」


 電車に乗る前。

 慌てて買った、カップのかき氷。


 五人分買ったってのに。

 こいつら、電車が動き出すなり寝ちまいやがったから。


 俺が三つ目の蓋開けるころには。

 中には砂糖水が揺れていることだろう。



 ……決まったリズムの線路の音色。

 既に長いこと耳にしているせいで。

 まるで無音のように感じる電車内。


 秋乃は、かき氷を食べ終えると。

 両手を合わせてご馳走様をして。


 残りの一個を俺の膝に乗せた。


「相変わらずだなお前は」


 そんな言葉が。

 なぜか自分への投げかけに聞こえたのは。


 疲れているせいなのか。

 それとも、深層心理で気づいているとでも言うのか。



 俺は。


 この合宿で、何か変わったのだろうか。



 勉強は、まるでしていない。

 運動も、大してしていない。


 友人関係は、進展したと思うが。

 恋愛関係は…………。



 急に意識したせいで。

 秋乃から目を逸らす。


 でも、車窓の中の秋乃が。

 不安そうに俺の目を見つめて問いかけて来る。


「……どうした、の?」


 もう逃げられないな。

 俺は、溜息を一つつきながら。


 努めていつもの口調で返事をした。


「俺に、変化はあったのかなって。この合宿で」

「変化……?」

「うん。勉強とか、運動とか」

「ない……、よね」

「あと……。友人関係とか、恋愛関係、とか」

「そっちは……、うん。あったの……、かも」



 え?


 あったのか?



 きっと友人関係の方だろう。

 そう結論付けた俺の左手が握られる。


「………………ん? んん?」


 突然の出来事に、脳がフリーズ。

 どうしたらいいのか、対処がまるで分からない。


 この手には、力を入れていいのだろうか。

 それとも力を入れないのが正解なのか。


 秋乃はどうしたいのか。

 俺はどうしたいのか。



 ……変化が。


 訪れようとしているのか!?



「な……、あの……。みみ、みんないるとこだし……」

「みんな、寝てるよ?」

「いや、だってその、えっとだな」

「だから、バレないよ?」


 秋乃が、握った手を自分の方へ引き寄せる。

 俺はすっかり、されるがままだ。


 そして、こいつは緊張からか。

 不器用に微笑んで、目を逸らすと……。



 ぴとっ



 …………手にシップ。



「なんでやねん!」


 俺の左手、四本指を巻くように。

 湿布を当ててきたんだけど。


「おま、いや、ああもう! 俺が勝手に緊張しただけだけどもよ!」

「立哉君……」

「ちきしょう! どっきりしてほっとしてがっかりしてじんわりだ!」

「怪我……。しちゃった、ね?」

「お前は、俺の純情を…………」


 いや。

 えっと。


 ……うん。


「なんだ。気付いてたのかよ」

「蛍の時……」

「そう。引き戸に鍵かけられたの忘れてて、開こうとした時に突き指っぽいことになった」

「シップもしてなかったけど、痛そうだった……」

「シップなんかしたらこいつらに余計な心配かけるだろが」


 そんな返事に。

 秋乃は、ふにゃっと微笑むと。


 俺の手を、もっと顔に引き寄せて。


「ちょ……」


 シップを巻いた俺の指を。

 ほっぺたに近付けて。




 そして。




「にょおおおおおお!!! 金塊!! 忘れてた!!」

「ふえっ!? 金塊!? …………あ! 金塊!!」

「ふにゅ?」


 急に大声をあげた朱里のせいで。

 秒で直立不動。


 そんな俺のことなどお構いなしに。

 バッグを開いて中身をぶちまけ始める朱里。


「黄金色のお菓子! 黄金色のお菓子!」

「黄金色のお饅頭! 黄金色のお饅頭!」

「にゅ? にゅ?」


 一人だけ事情を知らないにゅがきょとんとする中。

 ようやく木箱を探し当てた朱里が頭上にそれを掲げ持つ。


「お宝発掘!!」

「さて、どんな感じで金が入ってるのかな」

「そりゃもちろん、お饅頭の二段目に……」

「は、早く開けてよしゅり!」

「まあまあ! ここは慌てずに……」


 高級そうなお菓子の木箱。

 朱里は、紅白の紐をもったいを付けて解くと。


 両手で蓋を持って。

 勢いよく開くなり、中身に対して突っ込みを入れた。


「お前が金ぴかでどないすんねん!!」


 ……まあ。

 朱里が嘆くのも納得できる。


 中に並んだお饅頭。

 その上には、たっぷり一枚。


 金箔が乗っていやがった。


「うはははははははははははは!!! 文字通りじゃねえか、黄金色のお菓子!」

「ちがうんですよ、ぼくが望んでいたのはそうじゃなくて……」

「しかし金箔か。高級品なんじゃないかな」

「そんな事より!」

「おお、びっくりした」

「この、一段目のお饅頭をどけると……」

「どけると?」

「現れるのは! ジャン!! 二段目のお饅頭ううううっ!!!」

「そりゃそうだろ」


 何を期待してるんだお前は。

 その木箱と言い、金箔と言い。


 そいつは十分お礼に相応しい品なんだと思うぞ?


 金塊なんか手に入るわけはない。

 当たり前の話だというのに。

 いつまでも泣き崩れる朱里。


 そんな姿に呆れていたら。

 どこからか、笑い声が聞こえて来た。


「おっと……。騒がしくしてすいません」


 貸し切りだと思っていた電車内。

 しかも、俺のすぐ後ろのボックスシートに。


「いいんじゃよ? 元気を貰えて、嬉しいよ?」


 ニコニコと微笑む。

 品のいい婆ちゃんが座っていた。


「そうか。まあ、そうは言っても詫びくらいしねえとな。朱里、それ差し上げろよ」

「あ、うん! おばあちゃん、おひとつどうぞ!」


 いつまでもぐずっていたくせに。

 ここが朱里のいいところ。


 丹弥をまたいで、木箱を持って出てくると。

 お婆ちゃんへ、ずいと突き出した。


 ……そんな木箱を見て。

 急に目を丸くさせた婆ちゃんは。


 饅頭に手を添えながら。

 とつとつと語り始める。


「まあ……、まあ……。これは、私が奉公に出ていたお菓子屋のものだよ。懐かしいねえ……。お爺さんにも食べさせてやりたいねえ……」


 なんと。

 婆ちゃんの思い出の品だったとは。


 そんな偶然に。

 俺は秋乃と顔を合わせて目を丸くさせていたんだが。



 朱里の発言を聞いて。

 目が、もう一回り大きくなった。



「へえ! そんじゃ、全部あげます!!」

「朱里ぃ!? おま……」

「まあ、まあ。いいのかい?」

「はい!」


 やれやれ、呆れた!

 お前ってやつは、一緒にいて気持ちいいやつだよほんと。


 こんなヤツだからきっと、お前に親切にされた誰もが。

 お礼を返そうとして……。



 ん?



「それじゃ、おばあちゃんにできる事なんか何もないけど、お礼に……」

「いいの!? やったー!!」

「ちょっと待て!」

「ス、ストップ……!」

「しゅり! それは、お前……!」

「にゅーーーーー!!」


 慌てて席から乗り出した。

 俺たちの目に映ったのは。


 婆ちゃんが、朱里の猫っ毛の上に。

 手をポンと置いた光景だった。


「御礼に、たーんと褒めてあげようね?」

「わーい! うれしー!!」

「「「「だはあああああ!!!」」」」


 どっと力が抜けて。

 膝から崩れた俺たちは。


 顔を見合わせて。

 思わず笑い合う。


 そんな中。


「よかった……」


 ゆあが、幸せそうな笑顔を浮かべながら。

 ぽつりとつぶやいた。



 ……若者が。

 欲しかったもの。


 いや。


 ゆあが、若者に。

 最後に手にして欲しかったもの。



 それは金塊ではなく。

 砥石でもなく。


「あんたは、優しいねえ」

「えへへへへ!」


 誰もが微笑まずにはいられない。


 この、幸せな光景だったに違いない。





 特別編 『金塊か、砥石か』


 秋乃は立哉を笑わせたい 第15笑


 =気になるあの子と、

  気になる後輩の事を知ろう!=



 どっちもおしまい♪

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋乃は立哉を笑わせたい 第15笑 如月 仁成 @hitomi_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ