第17話 知らない場所

カタカタカタ…。

誰かがパソコンのキーボードを叩いている。男のひと達の話し声も聞こえるけど、何を言っているのか聞き取れない…。

私は…。横になっている…?

確か、瑛君とイタリア旅行に来ていたんだよね。二人で街を歩いていたら、写真を撮って欲しいって可愛らしいカップルが何故か英語で話しかけてきて…。

イタリアなのに、珍しいなって思いながらカメラを受け取り、写真を撮って男の子にカメラを返す時に…。チクって何かが指に刺さってから…。


頭が痛い。

身体中が重くて、動かせない。声も出せない。

知らない天井しか見えない。白い…。明るい…。

私は仰向けになっているようだ。

腕と足が動かせない…。

何かで留められているような感じがする。

瑛君はどこにいるんだろう?


頭が重い。頭痛もする。

何だか眠くなってきた。


◇◇◇


舞ちゃんはどこだ?

彼女との初めての海外旅行だったのに、どうしてこうなったんだ?

そう、何故か僕は両脇を知らない外国人に抑えられて車に乗せられた…。

舞ちゃんが、外国人カップルの写真を撮ってあげた後、急に崩れるように倒れたのを見て、支えようと駆け寄った際に取り押さえるように囲まれたのは覚えている。

頭が重い。

車に乗せられて、腕にチクッとした痛みが走ったあとの記憶がない…。

今は何時だろう?いや8月何日なのだろうか?

早く家に帰って、バイトに行かないと…。

僕が働かなきゃ、来月の生活費は誰が払うんだ…?

誰かが打つキーボードの音がやたらと耳につく。煩い…。

頭が痛いのに、その音を出さないでくれ…。



◇◇◇



研究員らしき白衣を着た男たちが、世界地図をみながら話をしていた。

世界地図には赤い印がついていた。

「ウイルス散布する場所はここで決まりだな。

ところで、このウイルスはインフルエンザウイルスにとても似ているんだろう?

致死率だって大したことはないんだし、パンデミックなんて本当に起こせるのか?」

「やり方次第さ。

パンデミックっていうのは、世界中で急に感染症が起きれば、そう呼ばれるのさ。

特に未知のウイルスならば、すぐにマスコミが大騒ぎしてくれるよ」

「そうだな、WHOあたりが、『謎のウイルスが出現して大変だ』って騒いでくれれば、それで世界中のマスコミが飛びついてくれるだろうな。

今は特にニュースもないし…。」

「その後の調査が問題だろう?」

「いや、大丈夫さ。ウイルスは宿主の身体に入ったら勝手に増殖してくれるはずだ。そして、感染した細胞の中で自分自身の遺伝子をミスコピーして遺伝子の配列を変えてウイルスの変種を作ってくれるよ。ウイルスの増殖速度は計算できない速度で変種を生むから調査は間に合わないよ。」

「致死率は0.04%だろ?何もしなくたって誰も死なないぜ?

致死率がこんなに低いのに、誰も問題にしてくれないだろ?」

「ははは。言い方があるんだよ。0.04%しかじゃなくて、0.04%もあるって言えば、知識のない奴らが慌ててくれるさ。」

「恐怖心をあおるんだな?」

「そう、そうしておいて、ワクチンを流行らせるんだ。

このワクチンを打たないと助からないって…。

ワクチンに関しては、大企業が製造販売を担う予定だし、各国首脳が国家予算で購入する予定だから、国民全員が打たないといけないよう、義務化されるはずだ。

作られたワクチンは致死率が高い…そう生存確率が50%…。二人に一人しか生き残れない。

だが、残れば最強のDNA変異体に生まれ変われる…。」

「いきなり半分が死んだら問題になるだろう?」

「ワクチンの有効成分が入ったロットを決めておくのさ。

ま、50本に1本程度にしておけば分からないさ。

ウイルスで死ぬ奴もいるだろうし…。

5年くらいの時間をかけて人類全体の総数を減らしていくのさ。」

「俺たちはどうなるんだ?」

「俺たちは、まずは鼻腔に特殊フィルターをつけてウイルスに感染しないようにしながら、自分達のクローンを何体が作って、ワクチン耐性が出来た身体に記憶のチップを入れて終わりさ。

今の自分と違う身体が欲しかったら、実験体の中からワクチン耐性できた身体を選んで挿げ替えたっていいんだ。

幸いにも、ワクチン耐性出来ている身体はいくつもあるしな。」

「ふ、クローンでちまちまワクチン耐性のある身体を作るより、そっちの方がよっぽど楽かもしれないな。」

「別に日本人じゃなくてもいいんだろ?」

「ま、主要国のお偉いさん達や有名どころの企業・経営者さん達が協力してできたプロジェクトだからな、何とでもなるんじゃないか?」

「俺は結構楽しみだぜ。

この研究は、何十年も前から始まっていたって聞いたけど、実行に移すのが今でさ。

俺たちが歴史を塗り替えるんだ。

人類の『種族変更計画』…。カッコイイじゃないか。」


男たちは、頬を赤らめ高揚した表情で熱く語っている。

彼らの傍らには、床から天井まで続く長く伸びた円柱が何本も立てられてあった。

その中には、人間らしきものが水に浸かった状態で何本もの管に繋がれている。


診察台のようなベッドには、手足を固定された人間が横たわっている。

これまで黙ってパソコンのキーボードを叩いていた男が声を出した。


「イタリアで捕まえた男女の意識が戻ったようだ。

どうする?」

「あ、あいつらはちょっと特殊な被験者だから、そのまま四肢拘束しておいて。

セデーション(鎮静剤等を使用して昏睡状態にすること)を掛けて、眠らせとけばいいよ。

もうすぐ所長が来るから、指示をもらおう。

あ、何だか所長の知り合いっぽいけど、深く探らない方が身のためだよ。」

「分かった。指示を待つよ。」


妙に明るい部屋で、男たちの話し声は続いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたに出会った理由 糸已 久子 @11cats2dogs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ