第16話 友人の失踪

おじいちゃんの葬儀は、警察の検視が終了してからと全て終了してからということで、少し時間がかかるようだった。

どうも、失火のことが名前入りの事件としてニュース報道になったようで、おじいちゃんの知人という人達から連絡が来たり、ご近所の方たちから葬儀についての問い合わせがあったりと落ち着かない日々を過ごしていた。

私が身内の葬儀に関わるのは何回目なのだろう…。

おばあちゃんや叔父さん夫婦、お母さん、そしておじいちゃん…。

もう誰も私のことを家族と言ってくれる人はいないんだ。

途方もない孤独ってこんな感じなんだな。現在起きていることが現実でないような、自分が自分でないような、映画のワンシーンを見ているような…、他人事としてしか感じられない今の状況を冷静に考えている自分もいる。

「なんだかなぁ…。」ふと声に出してしまった。大きな独り言だった。


あ、そうだ。舞ちゃんの実家から電話が入っていたんだっけ…。

おじいちゃんのことで頭がいっぱいだったせいで、全く折り返しの電話が出来ていなかったことを思い出した。



多分舞ちゃんは無断外泊をしたんだろうな。

前にもこんなことがあったっけ。

あの時は、舞ちゃんのママが突然このマンションに乗り込んで来て大騒ぎになりかけて大変だった。

当の舞ちゃんは彼氏の家にお泊りして、自宅に帰る前に私のマンションにケーキを持って口裏合わせに来る所で…。

舞ちゃんママの到着前に舞ちゃんも間に合って、ギリギリセーフで上手く誤魔化せたっけ…。

舞ちゃんは朝シャンと称してシャワーを浴び始めると、興奮していた舞ちゃんママがは、大好きなイチゴのショートケーキにかぶりつきながら、小言を始めてしまい…。

大人の女性の愚痴をじっくり聞くことが久し振りだったせいもあって、凄く親身になって聞いていたら、舞ちゃんママは、ご主人の愚痴まで話し始めて…。

よそ様のご家庭の内情をここまで聞いていいのかどうか、戸惑う私なんて全く気にせず、喋るだけ喋って落ち着きを取り戻した舞ちゃんママは、この部屋を物色し始めて…。

私のプライバシーなんて気にも留めずに、各部屋を見回って、何となく納得した顔をしていたっけな。

舞ちゃんママは、何を気に入ったのか分からないけど、何故かこのマンションに舞ちゃんが泊まることを快く許してくれるようになった。

だからなのか、舞ちゃんは外泊するときはこのマンションに居るって言っているようだった。

でも、いつもは舞ちゃんから連絡が入るはずなんだけど…。


改めて自分のマンションのリビングを他人の目のように眺めてみた。

舞ちゃんママは何故ここを気に入ったのだろうか。


リビングの壁一面は本棚になっている。

数学や物理、生物学などの専門書や植物に関する書籍がぎっしり詰まっている。

月間で購入している数学や物理の雑誌は、取り出しやすいラックに置いてある。

LEDで淡いオレンジ色に照らされるこの部屋にはテレビはない。

本棚がない壁には、大きめのキャンパスに描かれたオレンジを基調とした幾何学的な絵画が掛けてあり、部屋のアクセントになっている。

アイボリーでよく見ると花の模様が刺繍されているカーテンは壁と同色で、部屋を大きく見せる効果を発揮していた。

家具は渋茶の二人掛けのダイニングテーブルと花台、アイボリーの三人掛けの皮ソファーが置いているだけだ。

キッチンもアイボリーで統一されていて、明るくて清潔感がある。

床は、アイボリーのフローリングで床暖房がついている。ダイソンの自動掃除機が定期的に作動するため、埃などは全く無い。

有線で音楽を流すことだってできるから、ステレオが不要で常に好きな音楽が楽しめる。そう今は、静かなジャズが流れている。


私の部屋にはデスクトップパソコンやプリンタ、デスクとイス、ベッドなどがあり乱雑だけど、リビングだけは落ち着いた雰囲気になっている。

ま、落ち着けるリビングではあるよね。


少し気を落ちつかせてから、舞ちゃんの自宅固定電話に連絡を入れた。


「零ちゃん?おじい様のこと、ニュースで知ったわ。

大変だったわね。本当に…。ご愁傷様です。

それでね、大変な時にほんと申し訳ないだけど、うちの舞ちゃんそちらに行ってないかしら?

お友達と旅行に行くって言ってたんだけど、帰国予定の日が過ぎても帰って来なくって…。

今回は零ちゃんじゃないお友達と旅行だって聞いていたんだけど、帰国してからそっちに遊びに行ったんじゃないかって思って…。

零ちゃんはそれどころじゃないって思ったんだけど。

ほんとごめんなさい。」


ひどく落ち込んだ声で話す舞ちゃんママが気の毒に感じた。


「分かりました。私も心当たりのありそうな人に聞いてみますね。

もしかして、捜索願とか…?」


「いいえ、主人がもう少し待ってみろって言うから…。

こんなことあまりないから、心配で…。

何か分かったら教えてくださいね。」


相手が電話を切るのを待ってから静かに通話切のボタンを押した。


舞ちゃんは、どこにいるんだろう。

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