第2話 誓いと決意
天理と朱音の対決は始まっていた。人にはうまくても得意不得意がある、その中でも朱音が不得意とするのが角換わり。序盤に角と角を交換することだ。だからこそそれを阻止するため角道を防いだ。天理はそれに気づいたのか意地でも角を交換して来ようとする。
天理は居飛車、元から合った場所で飛車を攻める戦法、飛車を動かさない戦法だ。
朱音はよく振り飛車、元から合った場所から飛車を動かして攻める戦法を使っていたが今回は天理と同じく状況を考えて居飛車で攻めることにした。
そして囲いは聞いたことがあるかもしれない、お互い矢倉、堅い守りだ。だが天理は矢倉から穴熊という囲いにシフトチェンジした。朱音は攻め、天理は守り重視の戦い。
朱音は将棋同好会の中でも一番強い、天理はただものではないと理解する。そして朱音が隠していた本性が少しずつ限界を超えていた。
天理は攻めに移行、飛車を振り、角という大駒を犠牲に朱音の金と銀を入手。大駒が入ったため朱音が有利なように聞こえるだろう、しかし角一枚に対して金と銀の二枚を渡してしまった上に守りが崩れたため実質朱音が不利になった。
朱音は同時に不思議に思う、なぜここまで強い人物が将棋同好会に来なかったのか、それに全く興味を示していない。その表情に朱音の本性は少しずつ出始める。
天理は小駒で、朱音は大駒で攻める局面、終盤だ。ただし、天理の守りは硬すぎる。逆に天理は決め手の駒がない。
しかし、将棋同好会で一番強い人物だ、天理にあと数手で詰まされるところまできたが、朱音は勝った。天理の投了だ。あと17手詰圏内で詰まされることを理解していたのだろうか。
「朱音さん…強いですね」
「いやー、正直びっくりしたよ、多分私の次にこの同好会で強いくらいには」
「そんなことないと思いますけど…」
時間は昼休みを回っていた。
「あ、チェス戻るんだったよねー、ごめんねー時間とらせて」
「いえいえ、楽しかったので、久しぶりに…」
それだけ言うと天理はチェスの教室側へ去って行ってしまった。
朱音は天理という人物と知り合ってから何かに芽生えていた。そして今回の対戦でそれがわかり始めた。つかめない性格、特徴的な赤。その人物は朱音を夢中にさせた。天理へ芽生えた感情、それは未来の親友とはまた違い、アリスたちとの友達ともまた違う。愛、憧れ、独占欲、朱音が隠し持っていた本性。
朱音は誓うのだった、いつか必ず天野天理を自分のものにすると。
アリスは一人、しかし前のようないじめられた時のトラウマは徐々に薄れ、日曜日でも外に出ることを恐れないようになっていた。相変わらず対人恐怖症なのに変わりはないが。
路地裏、もうすぐ夕方から夜になるころだ。
「外の空気は気持ちいいね、世界はこんなにも広いのか、僕も学ぶ必要がある。この街で新たな発見をして僕のゲームのために役立てる」
アリスはとことことコンビニに出かける、今回のコンビニはアリスにしては恐怖でしかなかった。
三人の人物が一人の人物に対し暴力を振るっている。その光景は過去のアリスと合致する。何かを取り上げた後一人がアリスに気づく。アリスは逃げる。しかし、アリスは遅い。一人に捕まった。もう二人もやってくる。
「よぉお嬢ちゃん、見てたのか?あんなことされたくないよなぁ?金出したら許してやるよ」
アリスはガタガタ震えて動けない。
「おい、探り出せ」
リーダー格の一人が命令する。アリスは抵抗することなく残りの小銭を探られてしまった。
「こいつ500円くらいしか持ってませんよ」
「はぁ?すくな、もっとねぇのかコラ」
「あっ…ぁっ…え?」
その態度に腹が立ったのかリーダー格の男はアリスに容赦なく暴力を振るう。
「ぅっ…ぐぅ…」
アリスは弱い、アリスは普通の人間より普通に弱い、もちろん抵抗しても無力だろう。抗うことなどできなかった。過去のいじめのトラウマが徐々に戻り、自殺の心が開きだす。
「すくねぇな、大したことねぇな」
最後の一発をお見舞いされ金まで取られるアリス。倒れ伏しながら何もできない。
そんな時、未来と黒龍が話していた。
「雑魚チンピラが、潰したが」
「もう暴力はやめてくださいよ」
そんな時、二人はアリスを見つける。
「アリスちゃん、どうしたの!?」
「僕は所詮…未来のような優しさもなければ朱音のような明るさもない。黒龍のような強さもなければ天理のような精神力もない。明智のような冷静さもなければさくらのような人を明るくできる元気もない…僕の取柄は何なんだ。僕は結局一人では何もできないちっぽけな存在ではないか」
「何を言っているんですか?アリスちゃんには素晴らしいゲームを作る才能も人を見抜く才能もあるよ、アリスちゃんの取柄なんて私以上にあるよ」
「確かにお前の創るゲームは面白れぇ、俺の興味を引かせてくれるからな、期待してんだぜ?」
「でも…僕はもっとその上を行かなくてはならない、誰にでも興味を示してくれるようなゲームを」
「アリスちゃんならできるよ、それよりも怪我大丈夫?」
「大丈夫さ、すまないね」
「俺たちが送ってやろうか?また雑魚に絡まれても面倒だろ」
「大丈夫だよ、僕は一人で帰れるよ」
それだけ言うとアリスはふらふらと一人で帰って行ってしまった。
未来は思う。また同じようなことが起きるかもしれない。もしかそたらさっきの一軒で自殺への心がまた開きだした可能性がある。未来は再度決意する。何があってもアリスに自殺はさせないと。
「やはり僕の知らないところには怖いものがたくさんだ…未来という存在がいてもそれはただ守られているだけ、結局僕一人では何もできない。だからこそ僕は」
アリスは決意するのだった。未来たちがいなくても自分一人でもこの困難に立ち向かって見せると、時には優しく、そして明るく、強く、精神力を持ち冷静で友達を作り、理想の人物になって見せると決意した。
天野天理、この人物だけは異質だ。天理は何者にも心を開いたことはない。趣味のチェスにしてもそうだ、好きではあるが興味がある訳ではない。この人物は分からない。たとえどんな人間でさえ駒にすると、そして自分のために利用する。
「私が人間である以上私は変わることはない、人間など根本的に変わることなどできない、だが、他人はすぐに変わる、人を裏切り、そして貶めて挙句の果てには騙す。それは私にも言えること」
天野天理は最悪の事態しか想定しない人物、だからこそ烈火の少女は決意する。たとえだれであろうと信じないと。
天野天理は誓われる。
黒龍は必ず天野天理という人物を暴き出すと。
さくらは必ず天野天理にふさわしい実力者になると。
アリスは必ず天野天理の興味を示すゲームを作って見せると。
未来は必ず天野天理に心を開いてもらうと。
明智は必ず先輩として天野天理をテニス部に意欲を持たせると。
朱音は必ず天野天理を自分のものにすると。
彼女たちは決意する。
未来は何があってもアリスに自殺はさせないと。
アリスは自分一人でも困難に立ち向かい理想の人物になって見せると。
天理はたとえだれであろうと信じないと。
完
悟りゲーム 決意編(パート5) @sorano_alice
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