E―3:「前に」

「あの……、丈士さん。大学って、どんなところなんですか? 」


 その時、唐突に満月が丈士に話しかけてきた。


 丈士は少し驚いて満月の方を見る。

 それぞれの心の中に、それぞれの思いを抱えたままの、静かな家路。

 今は、丈士自身も、自身の心の中にある感傷と向き合っていたかった。


「実は、わたし、まだ進路で迷っていまして。……いえ、その、本当は、学校を卒業したら、うちの神社の巫女になろうかなーなんて、思ってたんですが。……ちょっと、丈士さんを見ているうちに、大学ってどんなところかなって、興味が……」


 満月は、どこかあたふたとしながら、だが、真剣な様子で言っている。


 丈士は最初、満月が、沈痛な様子の丈士を心配して、気分を変えさせるために突然関係のない話をはじめたのかとも思ったのだが、どうやら満月は本気であるようだった。


「えっと……、そりゃ、悪いところじゃ、ないよ」


 丈士は、満月がどうやら真剣であるらしいと理解して、まだ戸惑いながらも満月の問いかけに答える。


「そりゃ、大変なことは多いよ。勉強も難しくなるし、教授は気難しい人も多いし……。でも、今まで知らなかったようなことを勉強できるし、時間もかなり自由に使えるようになるし、楽しい、と思う」

「そ、そうですか! えへへっ」


 丈士の答えに、満月は嬉しそうに笑う。


「今からだと、少し大変かもしれませんが……、やっぱり、わたしも、大学受験、してみようかなー。……そしたら、ほら、毎日、学校で会えますし……」


 満月はそこまで言うと、急に顔をうつむけて黙り込む。

 その顔色が赤く見えるのは、おそらくはまだかすかに残っている夕陽のせいだけではないだろう。


 その時、丈士は背後に強い殺気を感じ、反射的に背後を振り返っていた。


 そこには、きれいな金魚の模様が入ったかわいらしい提灯(ちょうちん)を手に、ムスッとした顔で、(この提灯(ちょうちん)の火で火あぶりにしてやりたい)という視線を丈士へと向けているゆかりの姿があった。


 以前の彼女だったら、今、この瞬間に、丈士に向かって食ってかかってきていただろう。

 そうでなくとも、なんだかんだ理由をつけて、無理やり丈士と満月の間に割って入って来たのに違いない。


 それが、いったい、どういう心境の変化なのだろうか。


 丈士が、驚きと、薄気味悪さの混じった視線をゆかりへ向けていると、ゆかりは「チッ」と小さく舌打ちをし、それから憮然(ぶぜん)とした表情で視線をそらす。


 まるで、(邪魔者は引っこんでいますよ)とでも言いたそうな表情だった。


 丈士は数回まばたきをした後、視線を、まだうつむきながら隣を歩いている満月へと戻す。


「満月さんは、大学でなにを勉強したいんですか? 」


 やがて丈士は、満月に向かって、少し大げさな口調で言った。


「受験するなら、どの学部を目指すのかも決めないと。テストの内容が変わりますから。……満月さん、どの学部を目指すんですか? 」

「あっ、えっと……、その……、丈士さんって、なに学部、でしたっけ……? 」

「オレは、建築学部です」

「なっ、ならっ、そこを目指します! 」


 満月のその返答に、丈士は内心、苦笑した。

 つまり、満月は学部のことなどあまりよく考えておらず、とにかく大学という場所に行ってみたい、という、曖昧(あいまい)な動機でいるのだ。


「建築学部ですか。……自慢じゃありませんが、けっこう、難しいですよ? 」

「だっ、大丈夫です! こう見えて、わたし、勉強はけっこう得意なので! 」


 丈士は、満月がまじめに勉強をいているところをあまり見た記憶がなかった。

 いつも一生懸命に頑張っていることは知っていたが、薙刀(なぎなた)部や、高原稲荷神社の巫女として頑張っている姿がほとんどで、黙々と勉強机に向かっているところを見たことがない。


 丈士がそれとなく背後へと視線を向けると、(はぁ? 貴様は満月先輩をなんだと思っていやがるんですか? できるに決まってんでしょう)という視線が返って来る。

 どうやら、丈士と満月の間に割って入ることは断念することにしたものの、丈士に対するフラストレーションは相当たまっているようだった。


「あの……、でも、ちょっと、心配かもしれないです」


 丈士がまた視線を満月へと戻すと、満月は、少し不安そうに、上目遣いでチラチラと丈士の方を見ていた。


「えっと、じゃぁ、勉強会とか、します? 一応、受験経験者だし、テストの傾向とか説明できますよ? 」

「あっ、はいっ! じゃ、じゃぁ、よろしくお願いしますね! 」


 少し満月が何を求めているのかを考えてから丈士がそう言うと、満月は少し声を弾ませながら、嬉しそうにうなずいた。


「なら、私も」


 その時、とうとうこらえきれなくなったのか、ゆかりが介入してくる。


「私も、大学進学のお勉強、心配なので、見て欲しいです。百桐、センパイ? 」


 やや棒読みの、その内に強い怒りの込められた言葉だった。


「えっ? ゆかりちゃんは、成績優秀ですし、まだ1年生じゃないですか。そんなに慌てなくてもいいんじゃないですか? 」


 丈士を今にも襲いかかりたそうな視線で睨みつけていたゆかりに、少し驚いた様子で満月が振り返りながらそうたずねる。

 本当に、ゆかりが突然そんなことを言い出した理由が、満月にはわからなかったのだろう。


 たまに出てくる満月の天然というか、空気の読めなさに丈士は思わず苦笑し、ゆかりはすべてをあきらめているようにため息をついて肩をすくめる。

 なにも満月には他意はなく、こうなのだ。


「えっ? ちょ、ちょっと、2人して、どういうことなんです? 」


 そんな丈士とゆかりの顔を交互に見ながら、満月は不思議そうだ。


「なんでもありませんよ、満月さん。……それと、勉強のことは、任せておいてください。いままでたくさんお世話になりましたから、しっかり手伝わせてもらいますよ」

「はっ、はい。……が、頑張ります」


 満月は、丈士の言葉にうなずくと、提灯(ちょうちん)を持っていない方の手で身体の前で握り拳をつくり、気合を入れるようなしぐさをしてみせた。


 どうやら、丈士のこれからの毎日も、楽しいものになりそうだった。


(星凪……。見ててくれよな)


 丈士は、これから自分がどんなふうに生きていくのかを想像しながら、暗くなった空を見上げていた。


(兄ちゃん、お前が信じてくれた分、頑張るからな! )


 そこには、いくつもの星が丈士を見守るように瞬(またた)く、穏やかに凪(な)いだ夏の星空が広がっていた。


※作者あとがき


 お疲れ様です。熊吉です。


 本作、「妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん? 」ですが、これにて完結となります。


 いかがでしたでしょうか。

 読者様に、なにかしらの感想を持っていただけたのなら、作者として大変喜ばしく思います。


 本作ですが、表向きはラブコメ路線であり、夏らしく少々のホラー要素を交えながら書き進めさせていただいたのですが、熊吉には別の狙いもありました。


 それは、「お墓参りがしたくなる」作品、です。


 本来であればちょうどお盆の時期に完結させる予定であり、そのためのハイペース投稿でしたが、ちょっと内容を付け加えて詰め込んだりいろいろあったりして間に合いませんでしたが、熊吉なりに書きたいことは書ききれたと思っています。


 熊吉もすでに三十路を超え、いくつかの不可逆的な[別れ]を経験しております。

 そして、熊吉もいつか、そういった[別れ]の当事者になります。


 その時に向けて、できるだけ悔いなく生きたいというのが、熊吉の願いです。


 ですので、本作では、妹を守れなかった、救えなかったという思いを抱く主人公が、その後悔を抱きながらも、その悲しみを乗り越えて前に進み始めるまでの過程を書けたらな、と思って書かせていただきました。


 ヒロインの1人である幽霊、星凪ちゃんが最後の旅路に出る、という展開には、読者様にも様々に思うところがあったかとは思いますが、初志貫徹させていただきました。


 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 読者様のご期待にそえたかどうかはわかりませんが、少しでも多くの読者様に楽しんでいただけましたのなら、幸いです。


 今後も、熊吉なりに、様々な物語を書かせていただきます。

 熊吉としては作家業を本職にしたいのですが、なかなかそれも難しいようで、まったく見通しは立ちませんが、やはり、自分だけの物語を作り、それを読者様に読んでいただけるのは楽しく、これからも頑張らせていただきたいと思っております。

 また、本作から、[イラストつきの作品は人気が出やすい]という噂を聞いて、熊吉の封印されし右腕を解放してみたのですが、今後も(きまぐれではありますが)続けさせていただきたいと思います。


 ペンタブとイラストソフトしゅごい(語彙崩壊)。


 もしよろしければ、作品への感想、高評価等、よろしくお願いいたします。


 これからも、熊吉をよろしくお願いいたします。


 では、またお会いできる時まで!


 ありがとうございました!

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妹でもヤンデレでも幽霊でも、別にいいよね? お兄ちゃん?(完結) 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats

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