E―2:「お墓参り」

 そして、お盆の準備を終えたその日の夕方。


 丈士たちは、百桐家に満月とゆかりを加えて、百桐家のお墓参りに向かった。


 いわゆる、盆迎え、というやつだ。

 丈士たちは百桐家のお墓へと向かい、そこで昨年の収穫でとれた稲わらでお炊き上げをし、祖先の霊を出迎える。


 もしかすると、星凪が、帰ってくるかもしれない。

 丈士は、誰にも言わなかったが、そんな期待を持っていた。


 あらためて、自分が情けなく思えてくる。

 星凪は生半可(なまはんか)な覚悟で最期の旅に出る決意などしなかったはずだし、丈士もあの場所で、星凪に不安を抱かせないように、強く生きて行こうと誓ったはずだった。


 それでも、丈士の心の片隅には、お盆にかこつけて、星凪がひょっこり、戻ってきてくれないかなという期待があった。


 百桐家の代々のお墓は、家から少し離れた、歩いていける距離にあるお寺の裏手にあった。

 そこは百桐家がある集落と、その隣の集落に暮らしている人々の代々のお墓がある小さなお寺で、普段は住職も常駐していないような静かな場所だった。


 それでも、手入れはきちんとされている。

 常駐する住職はいないと言っても、他の大きなお寺の住職がこの小さなお寺の管理も兼任してくれており、毎年お盆の前などには丁寧に掃除をしてくれている。

 もちろん、お参りをする側である丈士たちも、自分たちのお墓の掃除をしている。


 時刻は、夕暮れには少し早い、というくらいだった。

 どこかで、ヒグラシがカナカナカナ……、と鳴いている。


 お墓には、丈士たちと同じように、盆迎えに来た家族がいくつかあった。

 中には、小さな子供を連れた家族もいて、和やかな雰囲気だ。


 百桐家の墓地には、墓石が2つあった。

 1つは、もう、碑銘(ひめい)も読めないほどに風化してしまった、百桐一族がこの土地に住みついてから代々使い続けられてきた古い墓石。

 もう1つは、丈士の曾祖母(そうそぼ)らが亡くなった時に、新しく建てられた墓石だった。


 黒くツヤのある石で、百桐家の墓地の敷地の中心に静かに建っている。

 [百桐家代々之墓]と、エッジの立った彫刻で文字が掘られていた。


 その墓石の下に、星凪の遺骨が眠っている。

 3年前、星凪が亡くなった時に、丈士は火葬場で星凪の遺骨を拾い、骨壺に納め、そして、この墓石の下に納められるのを見ている。


「ここが、星凪ちゃんのお墓、ですか」


 お炊き上げの準備を父親が進める中、星凪が眠っている墓石の前に立ち、その側に置かれた石板に刻まれた星凪の名前をじっと見つめていた丈士の隣に立った満月が、感慨深そうにそう言った。


「ああ。……ここが、星凪のお墓です」


 丈士は、満月の方を振り返らずに、視線を少しだけ上にあげながら言った。


 そこには、相変わらず濃い青の、夏空が広がっている。

 今日は、雲一つない快晴だ。


 すでに太陽は西の山の稜線(りょうせん)に沈み始めており、西の空が赤く染まり始めていたが、それでもまだ気温は高く、立っているだけでも汗ばむほどだ。


 丈士はその汗をぬぐうフリをして、手で顔を軽くこすった。


「えっと、コレ……、お線香です」


 そんな丈士に、満月はそう言うと、少し遠慮がちに、いつの間にか丈士の背後で行われていたお炊き上げの火でつけられた線香を渡した。


「ああ。ありがとう、満月さん」


 丈士は精一杯の笑顔でそうお礼を言うと、線香を受け取り、墓石に供えた。

 それから満月も同じように線香を墓石に供え、2人して墓石に向かって合掌して拝む。


 2人が他の人のために場所をあけると、丈士の父親、母親、そしてゆかりと、続けて墓石に線香をそなえ、拝んでいく。


 それから、墓参りを終えた丈士たちは、祖先の霊を導くために火を灯した提灯を手に持って、家路へとついた。


────────────────────────────────────────


 丈士は、本当に、ほんのわずかにだったが、星凪がまた自分の前にあらわれてくれるのではないかと、そう期待していた。


 だが、星凪は、その姿を、丈士の前にあらわしてはくれなかった。


(本当に……、いっちまったんだな)


 丈士は、そう思って、目頭が熱くなるのにじっと耐えていた。


 こうなることこそが、自然なことなのだ。

 死者には、死者の、いくべき場所がある。

 それは、丈士にもわかっている。


 そしてそれは、いつか、自分もいく場所だ。

 そうなれば、丈士はまた、星凪と会うこともできるだろう。


 その時に、できるだけ多くの、良い思い出を土産話に持っていくこと。

 それが、星凪がもっとも喜んでくれることに違いなかった。


 だが、やはり、どうしても、心残りがある。


 自分は、星凪に、なにもしてやることができなかった。

 自分が星凪を守るつもりだったのに、結局、丈士は星凪に助けられた。


 そんな気持ちが、丈士のなかにあって、消えることがない。


 だが、丈士は、前に進まなければならなかった。

 生きなければならなかった。


 星凪は、丈士が、自分の足で、しっかりと自分の命を生きるだろうと信じ、そう願って、最後の旅に出たのだから。


 丈士は、提灯(ちょうちん)の中で燃える蝋燭(ろうそく)の炎が、その火そのものの揺らめきとは別の理由で揺れるのを自覚しながら、黙々と、星凪のいない帰り道を歩き続けた。

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