第5話 海の底

「すっかり暗くなっちゃったね」

鼻をすすりながら、私は笑った。

結局あの後、私は大声でわんわんと泣き続けた。

太陽は完全に沈み、街灯もない海辺は真っ暗になっていた。

「ごめんね、もう平気だから。帰り大丈夫?」

隣を歩く少年に尋ねる。

大の大人が泣き喚く様を見られてしまったのは恥ずかしいが、ここまで来るとむしろ吹っ切れてしまっていた。


「大丈夫です。ウチすぐ近くだし、門限とかもないんで」

私が泣き続けている間も、彼はずっと側にいてくれた。

優しい子だ。

その優しさに、すっかり救われてしまった。

「今日は本当にありがとう」

「いえ、俺は何も…」

彼は照れ臭そうに顔を逸らす。


「連絡先、教えてもらえないかな?今度お礼もさせてほしいから」

少年は慌てて腕を振る。

「いや、ホント!大丈夫ですから!」

「でも…」

「ほら、アレですよ。俺なんて、名乗る程の者じゃありませんみたいな…あの」

自分で言っておいて恥ずかしくなっている。今日見た中で1番子供っぽい表情。なんだかそれが、やけに可笑しかった。


「まぁいいや。近い内にお花屋さんにお礼をしに行くね」

「え?…あっ!」

小さな街に花屋なんていくつもあるわけがない。ましてや、こんなに親切な少年がいるところなんて、尚更だ。

恥ずかしそうに顔を隠す少年の横で、私は大きな声で笑った。


それから、私達は別れの言葉を交わし、それぞれの帰路についた。

私は少し急いで自転車をペダルを踏む。


すっかり遅くなってしまった。

お母さんに心配をかけてしまっただろうか。子供も寂しがっていないといいけど。

旦那はちゃんとご飯を食べているだろうか。帰ったら電話しなくっちゃ。


それから、お父さんの遺影に挨拶をしよう。


挨拶したらお花も飾りたいな。家にはないだろうから、明日買いに行こうか。

街もすっかり変わってしまったから、店の場所が分からないかもしれない。後でお母さんに店の場所を聞いておこう。


もしそこに優しい少年がいたら、今日のお礼を言って、小さな花束を買おう。


そして来年も、その先も、小さな花束を買って。


鯨よりも深い、海の底まで、届けよう。




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鯨よりも深く @aki89

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