第76話 カサノヴァ帝国
突き刺す日差しが、馬車の屋根を軽々突き抜け屋根の下だという事を忘れさせる。
乾燥した砂漠地帯は、口や肌の水分を奪い、風と共に流れてくる砂粒が体中にこびりつく。
この広大なアルスター大陸は、東側と西側はで砂質が違う。
アルスター王国があった東側の砂漠地帯は、カラカラの乾燥地帯、雨雲ですら熱で蒸発してしまい雨は殆ど降った事がない。
だから頻繁に砂嵐が、巨大なハリケーンと化し多発する。
対するカサノヴァ方面の西側は、砂の流動が少ない。昼間は同じくカラカラの砂地だが、表面より少し奥の地層の砂は湿気を含んでいる。
ここでは雨もゲリラ的に、それも半径1キロ規模の小さな雷雨が至る所で出現している。
そして、その湿気のせいで夜は寒い。
すでに、アルスター王国から旅立ち10日間が経つ。ジンの魔法で水分を作り、高タンパク質な砂漠のモンスターを倒して食材にして凌いできた。
ただ1つ問題がある。
大精霊であるジンは、シャルロットと契約を交わした。精霊というものは、単体であれば神にも等しい存在で、無尽蔵な魔力を持つ。
──否。魔力そのものだ。
しかし、土地神であり本来の生息する地域でしか存在をしない。だから神殿を構え、そこに住む。
もし精霊使いと契約をした場合。イフリートとナガレのように、ナガレの体を媒体にしてその体に宿る。だから精霊使いの魔力に依存する。
──そう。
何を隠そう、ジンの媒体であるシャルロットには魔力がない……。多少の魔法は、本来持つ魔力の100/1程度の、ジンの残りカスのような魔力と、頑張って空気中の魔素を取り込み使うが、何日もぶっ続けると無理を来たしオーバーヒートする。
万が一、この旅の最中にジンがオーバーヒートしようものなら、間違いなく俺たちは全滅すると言っても過言ではない。水分がなくなる……。
──そこでどうしたか?
ミノタウロス戦の時、三獣士の変態科学者と対等したシャルロットとジンが編み出した、奇跡のコンビネーション。
『筋トレエネルギーでチャージをするのだ!』
◇◇◇◇◇◇
「さぁ、がんばってシャルロット! ワンモア、ワンモアッ!」
夜の冷えた砂の上でシャルロットが、
飛んだり、
しゃがんだり、
跳ねたり、
バービー・スクワットをしている。
ザッ、ザッ──と砂を蹴る音とシャルロットの激しく上がった苦しそうな呼吸が、辺りに立ち込める。
「頑張れー、あと20秒だ!」
「う、うん!」
身悶えしながら、呼吸を荒げ、額からはバケツの水を被ったかのように汗が流れ落ちる。
体のあちこちに汗に張り付いた砂の塊がペタリとこびりついている。
アルスター王国の少し変態っぽい肌色のレオタードを思い出にと持ってきた。
胸元の十字マークが、汗でピタリと張り付き、シャルロットのシルエットが露わになっている。
「は、はずかしいよぉ〜」
見た目は異様だが、機能性は申し分ない。
速乾性、除菌力、運動力、丈夫さ、流石は軍お墨付きの軍着だ。どれをとっても一級品だ。
──見た目以外は……。
『がんばれシャルロットくん、もう少しで明日分のチャージが終わりそうだよ』
シャルロットを励ます俺の横にポツンと体育座りをして、ジンは筋トレの様子を眺めていた。そばでシャルロットの生み出したエネルギーを吸収しているみたいだ。
「5──、4──、3──、2──、1──、0。はい、ストープ」
掛け声と共にピタリと動作を止め、膝に手をつき、地面に向かって苦しそうに呼吸を吐き出す。
40秒のバービー・スクワット、これが3セット目だ。
──インターバルは20秒。
「20秒前──」
フリーウェイトと違って自重での負荷は、どうしても軽くなりがちだ。高低差も使わず、高負荷をかけたい場合は回数を増やすか、伸縮の動作をゆっくり行い負荷を掛けるかだ。
しかし、この魔力にチャージをするエネルギー力は負荷というより、カロリーを吸収しているみたいだ。
カロリーの消費目的ならば、腕立てや腹筋といった自重筋トレよりは、ダッシュやバービー、ジャンプといった有酸素を交えた全身運動の方が効率がいい。エルフで元々、脂肪分が少ないシャルロットからは効率よく摂取はできず、どうしても多くの運動量が必要になる。
「10秒前──」
かれこれ10日もの間、シャルロットはアスリート並みのトレーニングを積んでいる。
つま先に力が入るとふくらはぎの筋肉は、微かに盛り上がる。
腹筋も縦線がうっすら浮き出ていて、キュッと引き締まったウェストがセクシーだ。引き締まった二の腕、小さくもポコッと女性らしく発達した三角筋、プリッとして上向きのハリのあるお尻、そしてエルフの美しい容姿……、おまけにこのアルスター十字軍のレオタード。
──前世の世界なら簡単に筋トレを公開するだけで、SNSでバズり食っていけるだろう。
「5──、4──、3──、2──、1──、はい、腿上げジャンプッ!」
「はい!」
掛け声と共にシャルロットは、胸元に太ももが着くように大きくジャンプを何度も、何度も繰り返した。腿上げジャンプだ──。
ジャンプの動作の消費エネルギーは大きい。
人間の日常生活で最も使わない動作だ。
そもそも人間の体は、それをやるように作られていない。ゆえに消費カロリーは大きく、ダイエットにはかなり効果がある。それを40秒もの間ひたすらやるのだ。生み出すエネルギーは莫大だ!
『キタ! むむむ、キタ、キタ、キタ、キタ!』
シャルロットから魔力を補給しているジンが、立ち上がり両手で頭をグリグリしている。
その幼女の体からは、蒸気がモクモクと立ち込める。
『キタ、キタ、キタ、キタ、キタ、キタッ』
──お、おい……、爆発したりしないよね?
「よくやるね〜、エルフくせに肉体強化なんてよ」
どこかに出かけていたゲシムが、夜の闇からニュウと現れた。半裸で汗だく、少し体がパンプし、筋肉にハリとツヤがある。
「そういう君も、どこかでトレーニングをしてきたのかい?」
「まぁな……、いつかメイメイをぶっ飛ばす」
視線を後方の焚き火に移すと、その横にアルミラージの毛皮を敷いて、その上に魔物羽毛を敷き詰めた寝心地の良さそうな寝床が人数分作らている。
その一角でメイメイがよだれを垂らして、爆睡をしていた。
「ったく、呑気なやつだぜ……」
月明かりと焚き火に照らされた、そのあどけない寝顔を見てゲシムはため息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇
ドコドコドコッ──と早朝から馬車が砂漠を横断する。灼熱の太陽に照らされ、至る所に蜃気楼がユラユラと姿を漂わせている。
大型の魔物以外は、ほとんど無気力にじっと動かない。この早朝の時間帯は、ほとんど活動時間外で旅をするには気温も、状況も動きやすい。
──地図だとそろそろだと思うんだけど……。
ソロモン王にもらった地図を広げて、じっと睨む。トリタウロスの手綱を引くゲシムの横でメイメイが、大サソリの乾燥肉を頬張りながら双眼鏡を覗きこんでいた。
大サソリの乾燥肉100グラム。
【240/1250】
ここにきて素晴らしい筋肉料理に出会った。
大サソリの毒を抜き一度サッと茹でる。
そして自然に乾燥させて4日、ジャーキーの完成だ。砂漠の食糧としてはカロリーもしっかりとれて腐らないから保存が効く。
大サソリは砂漠地帯にはどこにでもいるし、調理も簡単。味もエビのようで乾燥させる事により、魚の干物ようで申し分ない。
──何よりこの破格のタンパク質量!!
もはや無敵だ!
「見えたアル、城壁っぽいのが見えるネ!」
メイメイの声を聞き、皆一同に馬車から顔を出した。横一面に広がる壁が見える。
正門の見張り代からは、高々と掲げられた旗のマークはバーバラのローブに刺繍されていた反乱軍のサソリのマーク。それを見て、生唾を飲み緊張が走った。
──相手は、無頼の反乱軍だ……。慎重に接近しなければ……。
そう思う心境とは、正反対にゲシムはガンガン正面から突き進んで行く。
「ちょ、ゲシム。慎重にいこう、相手は反乱軍だよ?」
「へッ、かまわねぇーだろ。俺と旦那がいるんだぜ? カサノヴァなんざ速攻でぶっ潰しちまえばいい」
『いやいや、ゲシムくん仮にも魔王四天王のテリトリーだよ? それは賢くないよ』
「うるせぇーな。俺だってミノス様の配下なんだぜ? エレインの旦那だってミノス様と互角に張り合った漢だぜ〜? 楽勝よッ!」
ジンと俺の静止声なんて、まるで聞く耳を持たない。ゲシムはひょっとしたらただ暴れたいのかもしれない……。
「それによ〜、騒ぎになった方が俺たちにだって理はあんじゃねーの?」
──俺たちに理?
「だってよ。バーバラのような奴らを救うんなら、十中八九カサノヴァのトップと、その胸糞悪りぃ邪教を叩かなきゃなんねーわけだろ?」
「あぁ……、それが?」
「だったら派手に騒いで、ちゃっちゃとトップを引き摺り出しちまった方が早ぇーぜ!」
「あ、なるほど!」
『いや、納得してんじゃないよエレインくん!』
ビシッと鋭い音を立て大胸筋に青い幼女のツッコミが入る。
そうこうしているうちに門前にまで着いた。
ゾロゾロとローブを羽織った門番らしき人達が馬車の前に並ぶ。
「止まりなさい」
門番の1人、渋い顔をしたおじさんが俺たちの馬車の前に立ち塞がった。
「荷物の点検だ。ご協力願う」
「どうぞ」
馬車の御者席のうしろの荷台の前に、ローブを羽織った二人の男が現れた。
「失礼、荷物を改めさせてもらいます」
「は、はいです、ます!」
シャルロットがテンパリながら答えた。
「この白い粉はなんですか?」
「これはプロテインです」
「プロテイン?」
「はい、筋肉の友達です」
「き、筋肉の友達!?」
──だめだ。伝わってねぇ〜。せめて筋トレの概念でもあれば説明は早いんだが……。
「まぁ何でもいいです。荷物はもう大丈夫です、ではこの紙に指名と住所と年齢、職業を書いて下さい」
そう言って門番はペンと紙を差し出した。
「はい」
「チッ──んだよ、拍子抜けだぜ」
「字を書くのメンドイある〜」
「関所でこんな物書くなんて珍しいね」
一同が紙を受け取る。用紙の内容をよく見ると名前、生年月日、血液型、住所、年収、クラス、大成ヒュドラ教会を信じますか? の項目がある。
──ん……、年収? 大成ヒュドラ教会?
「え、あの〜この年収って何故書くんですか?」
「規則なので」
質問に対して、鋭い睨みで返す門番。
「そ、そうですか……」
──そんなのいる? 年収って関所にいる?
それにこの大成ヒュドラ教会ってのがバーバラが言ってた普及した邪教? なんだこの部分……、紙が二重になってるぞ。
厚みのある部分をぺらっとめくると、その隠された部分に【私は、大成ヒュドラ教会に入信します】と書かれていた。
──おいッ!
思わず心の中で激しく突っ込んだ。どさくさに紛れて入信させようてしていたのだ。さすがは邪教……。
「なんだこれ、大成ヒュドラ……入信……?」
すぐに気づいたジンの用紙を一同が覗きこんだ。
「え!? ヤダ、何これ!?」
「悪徳アル! 詐欺アル!」
「んだよ、これッ!」
門番の男は舌打ちをしてバツが悪そうな顔をした。
「あの〜、これは……、僕達はその、宗教とかの勧誘はお断りでして……」
俺の顔を見て再び門番の男は舌打ちをし、もう一枚の用紙を差し出した。
「あ〜、わかりましたよ。では、こちらの簡単なアンケートにお応え下さい」
「アンケートなら……」
そう言って用紙を受け取り、中身を確認する。
どこから来ましたか?
暑いのは苦手ですか?
好きな料理は?
ご趣味は?
カサノヴァに対するイメージは?
などと、実に簡単なアンケートだ。
その下の欄に先程と同じく、名前、生年月日、血液型、住所、年収、クラス、大成ヒュドラ教会を信じますか? の項目がある。
──怪しい……。まさかな……。
そう思って紙のアンケート部分を爪でカリカリ削ってみる。
──あれ? とれるぞ……。
そのままアンケートの部分をガリガリと削り続けていくと、あ〜ら不思議【大成ヒュドラ教会に入信します】の文字が現れて、先程の入信用紙と全く同じ用紙に変貌した。
──こ、これは……。
転生マッスル〜異世界フィットネス〜「伝説のボディービルダー異世界転生したけどフィットネスジムがないので筋トレ布教の旅に出ます!」 プロテインD @meriamen
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