Gift of Nightmare【EP5】
野良・犬
プロローグ
グツグツ…と、鍋の中で料理が煮立つ音は心地良い。
料理をしている…と実感できる。
同じ理由で、食材を炒めている時の音も良いモノだ。
それと同時に、鼻へと香る、食材や香辛料の匂いが、気持ちだけではなく空腹感をより強いモノへと変えていく。
その内、お腹だって鳴ってしまうんじゃないか…、そう思えた。
まぁお腹が鳴るのは、お腹の中の掃除をしている音であるらしい…、お腹が空いて腹が鳴る…というより、空にするための音…てヤツね。
まぁお腹が鳴る理由は何であれ、鳴りそうな状態である…と言うのが重要だ。
私ことフェリス・リータは、とにかくお腹が減っている。
---[01]---
お腹は鳴らずとも、空腹である事に変わりはない。
そうだ、お腹が減った。
早く食事を寄越せと何度も何度、頭が…お腹が催促をしてくる。
無意識に、何度も唾を飲み込んで、喉をゴクリゴクリ…と、料理をしている間に何回も鳴らし続けた。
人間界に行き、天人界に戻ってきて1カ月ほどが経過している。
天人界での生活が再び始まって、私が今いるのは、エアグレーズンにある孤児院…。
私にとっては、天人界における第二の家…みたいなモノね。
何はともあれ…だけれど、私は…天人界にいる…帰って来たのだ。
---[02]---
そう…天人界に…。
…にも関わらず…、私の前には、空腹を刺激して、食欲を掻き立てるモノが、完成に近づいている…、真っ当な料理をしている。
どうしてこうなった…と思う気持ちはある…、でも同時に、この事実は両手を上げて歓待したいものだ。
なにせ、天人界でちゃんとした料理を食べられる…という事実は、素晴らしいなんてモノじゃない。
その程度の言葉では言い表せない事なのだ。
正直、この世界の食事はマズい…、マズいという言い方も、すごくオブラートに包んでそのレベル…、本音を衣着せずに発するのなら、アレは料理じゃない…、料理として認めちゃいけない。
魔力を扱うための体の機能、魔力機関の成熟までは、体だけで魔力を確保する土壌ができていないから、そのために体外から食事を取るという形で、体内に魔力を入れる。
---[03]---
必要ではあるが、魔力機関が成熟してしまえば、生きるために必要な魔力は自己完結できる…、絶対に取らなければいけないモノ…ではなくなるのだ。
俺のような人間界の人間と違って、天人界の人達は、寿命も長い。
その長い期間で、例外はあるものの、20年にも満たない期間は、人間界からしてみれば長い…、でも天人界からしてみれば、短いのだ…、その結果、食事を豊かにする文化は根付かなかった。
その文化を昇華させていく成人連中は、食事は空腹を満たす為だけのモノ、1日1回軽く取るだけで済む…、食文化の未来が明るくなる訳がない。
食事とは名ばかりのただの作業だ。
後々必要性の無くなるモノだからこそ、そこにそれ以上のモノを求める事もなかった。
この世界の食事の未来は暗い…、それはもう完全密閉された空間で、光源も無く閉じ込められるようなレベルで暗い。
---[04]---
光は差さない。
そんな生活に、美味しい料理という花が咲くのだ。
ハッキリ言おう、こんなに嬉しい事はない…と。
嬉しさの度合いで言えば、家族との再会に少し劣るぐらいか。
でも、限りなく同じ…に近い。
じゅるじゅる…と、自分の手によって作られて行く料理を見ていると、口の中にはとめどなくヨダレが溢れ、少しでも気を抜けば溢れ出しそうになる。
いかんいかん。
もし万が一、ソレが料理に落ちたりでもしたら、目も当てられなくなる。
自分だけが食べるにしても、イイ気分にはならないし、そもそもこれは私個人の為に作っているモノではないのだ。
---[05]---
こうして、料理に対して体が反応し、今か今かと、早くそれを寄越せと催促し、周りの事など意識外に置いてけぼりにして、何も聞こえなくなっている瞬間がある。
今この瞬間まで、実際にそうだった。
しかし、意識が料理から少しでも離れると、もう周りからの料理を寄越せと催促する声がひっきりなしに聞こえてくる。
私以外の、この孤児院で生活している子供達の声が。
Gift of Nightmare【EP5】 野良・犬 @kakudog3
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